8:伝聞は果たされる
空から下降し、二人は中央区へ戻る
それから養成学校への道のりを駆け、到着してからも二人は学校内をかけて第十相談室へ向かっていく
しかしその途中で二人は足を止める
「・・・うげ、何あれ」
「・・・分からない。でも、いい空気ではないことは流石にわかる」
箱を抱きしめて、エリシアとカルルは影からその様子を伺ってみる
自分以外の九人の受験者が第十相談室を囲むように立っているのだ
まるで、あの中にいる人物と会わせないように
「妨害だと思う。少し遊んでいいかな」
「カルルに頼みっぱなしなのも・・・どうなんだろうね」
「バカ。伝聞に集中しなよ。エリちゃんの仕事は伝聞、俺の仕事はエリちゃんの護衛、その領域だけはしっかり確立してるんだから、むしろこう言うのは俺の領分なんだから、頼まないとおかしいでしょ」
「わかった。でも、怪我しない程度でお願いね、カルル」
「優しいねぇ・・・まあ、それぐらいお安い御用さ!きちんと果たすんだよ!その伝聞だけは必ずやり遂げろ!」
「わかってる!」
二人同時に駆け出す
人族の成人が持つ脚力と、普通の羊族の子供が持つ脚力はほぼ同等
そう、普通のだ
伝聞師見習いであるエリシアの脚力は、普通のそれとは大きく異なる
むしろ、普通のアリエスの成人であってもきっとエリシアには追いつけない
それほどまでに彼の脚力はしっかりとこの三年間で確かに成長を遂げたものとして挙げられるほどに強靭なものへと変化していた
落ちこぼれと言われた彼だって、努力は怠らなかった
年齢の差に追いつけるように、日夜を過ごしていた
これは、その成果を試される試験だ
彼は今、たくさんの人の想いを繋いだ大事な伝聞でもある
全力を今出さずにして、いつ出すのか
「捕まるもんか!僕は必ず届けるんだからな!」
「壁まで走れるんだねエリちゃん!さあ、そのまま上に!誰も追いつけさせやしないから!」
「頼むよ!それと、大きいのかましちゃいなよ、カルル!」
「さあて、エリちゃんから許可ももらったことだし、お仕事しますよ!」
杖を構えて魔法陣を展開させる
飛行能力を有している護衛役も何人かいたが、カルルの前ではもちろんその能力だって意味はない
魔法の蔦で足を拘束された凄腕の護衛たちは、たった一人の子羊さえ捕らえることすら不可能になった
だからと言って、護衛を務める魔法使いの足止めができるほどではない
天災児。その名に恥じぬ事件の数々を引き起こした魔力の制御が効かない魔法使い
しかし彼だって魔法学校を出た魔法使いであることはわかりない
全属性を扱えるまで、制限付きでここに至るまで、彼もまた日夜血反吐を吐きながら努力を重ね続けていた
「セルコルド・ウィルネシア!」
「え、ちょっ・・・!」
風の魔法でエリシアの背中を押す
巨人族にも対応した建造物のため、養成学校の天井はかなり高く作られている
それを把握して、これから起動させる魔法にエリシアを巻き込まない為に
「刮目しなよ。これが、お前らが落ちこぼれと罵り、魔法使いの中で天災児と揶揄された男の初仕事をね」
杖に魔力を貯めていく
今日の全力はこの一発のため。魔力が回復するまで何も使えなくても構わない
今ここで本気を出さずに、いつ出すのか
「トルリジェータ・シュピットネスト!」
詠唱と共に魔法陣から出でたのは巨大な蚕
魔法使いには使い魔が必要不可欠
そんな彼の使い魔は、魔獣カイコカイコの「カイちゃん」だ
絹の元になる繭を作り上げるので、万年貧乏学生だったカルルの学費を助けていた
見た目はゲテモノのそれだが、犬のように甘えたがりな一面を持つとっても可愛いもう一人の相棒だ
カルル的には、エリシアもカイちゃんも同じぐらい可愛いらしい
「カイちゃん、やぁっておしまい!」
『あらほらさっさい』
「なんだか凄く悪役っぽいよ!?」
魔法陣から現れたカイちゃんは廊下を覆うほどの糸を吐き出し、それで繭を形成する
瞬く間に九人とその護衛たちは繭の中に包まれてしまう
「カイちゃんありがとね。エリちゃん、もう降りてきて大丈夫!」
「今降りてくるね」
カイちゃんはお礼を言われたことで、役目の終了を悟りその姿を消し、元いた場所へ戻っていく
壁を走り、形成されたばかりの繭の上に降り立ったエリシアは自分のことよりもまずは箱を確認した
特に異常はない。何事もなく済んだようだった
「これ、大丈夫なの?」
「まあ、糸さえ紡げば絹になってむしろ大儲けできる代物だよ。学校も喜ぶんじゃない?」
「いや中の人・・・」
「平気だよ。でもまあ、中からはどんなことしても脱出できないから救助されるのを待つしかないね。エリちゃんのご注文通り、怪我はさせてないはずだよ」
「・・・そうなんだ。よかった」
エリシアが胸を撫で下ろす
しかし、その光景はカルルにとってとても不自然なものだった
「いいの?今までエリちゃんを落ちこぼれって言っていた連中だけど」
「それだけだからいいの。でもなんで妨害なんて・・・」
エリシアが繭の上で考えていると、騒ぎを聞きつけた存在が第十相談室から顔を見せる
「おや、まさかこんなことになっているとは・・・」
「デリ、大丈夫なのかい?わぁ、子羊君だ!昨日ぶりだね!」
「デリ先生、ユーリ様。昨日ぶりですね。エリシア、ただいま戻りました!」
「うん。おかえりエリシア。それと、その・・・・嘘だろ」
昨日ぶりのデリとユーリはエリシアの帰還を喜ぶ
そしてデリはなぜか妨害されて見えなかったエリシアの護衛の男がどんな人物か見ようと顔を上げた
そこには、デリにとって「まさか」ともいえる存在が立っていた
「デリ先生?」
「ううん。なんでもない。あれは処理しておくように依頼しておくから、エリシアとカルルは部屋に入りなさい。全く、お前はまた派手に騒ぎを起こして・・・」
「あははー。気にしないでね、エリちゃん。デリは俺の保護者みたいな所あるからさ。顔を見せたら小言が最初に来るんだ」
「そうなの?」
「エリシアに何を吹き込んでいるんだ。さっさと部屋に入る!」
「へーい」
デリに先導されて、二人はやっと第十相談室に立ち入る
そして最初に依頼を聞いた時に座ったテーブルにデリとユーリ、エリシアとカルルの二人が向かい合う
「あの、デリ先生」
「質問を許可しよう。どうしたのかな、エリシア」
「なぜ、あの九人は・・・妨害を行なったのか分からないのです」
「それはね。全員落ちたからだよ、エリシア」
「全員落ちたと言うのは・・・僕も、ですか?」
その発言にユーリもカルルもギョッとしたが、デリが慌てて軌道修正する
「ごめんごめん。君以外の九人はすでに不合格が確定しているんだよ。君はまだ判定が出てない。で、君だけが合格だというのは、あの九人のプライドが許すわけがないから妨害に勤しんだんじゃないかな」
「そんな・・・」
「大丈夫だよ、エリシア。そんなことする人間はね、今後も伝聞師として、うちの学生としても不必要だから後で退学通告を出しに行くよ」
「・・・暇だねえ、彼ら」
「呑気な話じゃないと思うけどね・・・」
これから彼らがどうなるのか知った話ではないが、同じ学び舎で学んだ学徒ということには変わりない
二百人もいた中で十人だけ残り、仲は良くないがまあ、同期として認識はしていた
彼らも伝聞師として道を志した。そこはエリシアも彼らも変わらない
けれど、学校が決めた判断は絶対だ。エリシアの力でどうもすることはできない
「・・・みんな、ちゃんと進めればいいんだけど」
「さあ、それは彼ら次第さ。さて、エリシア。そろそろ伝聞の結果を報告してくれるかな」
デリの言葉に、エリシアとカルルは息を飲む
あの事実を、告げる時がきたのだから
ユーリは今か今かと伝聞結果を楽しみにしている
「・・・・」
「エリちゃん、頑張ろう」
「うん」
何度も呼吸を繰り返し、意を決したタイミングで、エリシアは鞄からそれを取り出す
ユーリから最初に預かった手紙だ
「・・・子羊君。どういうことだい?」
「・・・配達先、存在、なし・・・で、持って帰って・・・きました」
「配達先なし・・・どういうことだい!?ティルマは・・・!」
「ティルマ・ノーザンリング様は昨日の、お昼に・・・・!」
その言葉で、ティルマがどうなったかユーリにも察しが付いたのだろう
彼は椅子の上で項垂れて、嘘だ、嘘だと小さく呟き始める
その姿から、デリは目を逸らすしかなかった
伝えるのが辛い。けれど伝えなければならない
まだ、伝えるべきことがあるのから
涙が目元に溢れてくる。止めたはずなのにまだ溢れてくる
ユーリの反応は予想できていた。覚悟は決めていたけれど、実際に立ち会うことでさらに心が痛む
「・・・療養所が発行した死亡証明書を預かってきています。それと、もう一つ」
「もう一つ?」
「ティルマ様が書かれた手紙と、遺品を彼女のお母様から、療養所に引き渡されて・・・そこから門番のテージア様が持ってきてくださって、僕がここまで運んできました。亡くなる日までユーリ様宛の手紙を書かれていたと伺っています」
「・・・見せてもらうよ」
やっと、箱がユーリの元へ届けられる
彼はその中から、箱に入ったネックレスを取り出した
綺麗な水色の石がついたネックレスと対照的に夕焼け色の石がついたネックレス
「・・・あの日、ティルマは僕の誕生日プレゼントを買うために移動している時だったと聞くよ。卒業試験に向けた会議に出発する日に、プレゼントにネックレスを贈るから・・・そう言っていたなぁ・・・」
そして箱から夕焼け色のネックレスを取り出して、笑顔を浮かべる
無理して作った笑顔と、三人を安心させるように・・・あえて明るい声で話を続けていく
「・・・この夕焼けの方が僕のだろうね。なんせ大きく作られているから。彼女の瞳と同じ色だ」
「・・・水色はきっと、ティルマ様の」
「うん。お揃いだったんだろうね。僕の目は水色・・・空色だから。これ、ちゃんとした形でもらいたかったなぁ・・・」
「ユーリ様、無理をなさらずに。悲しいことが、あったんですから・・・」
「子羊君、君が代わりに泣いてくれているから、僕は泣かずに済んでいるんだ。短い間な
のに、僕とティルマのことを想って泣いてくれてありがとうね」
気がつけば我慢できずに泣き続けていたエリシアを抱きしめて、ユーリは自分の涙を隠す
「君はいい伝聞師になれるね。依頼人とその配達相手にきちんと寄り添える伝聞師。アリシアの再来を予感させられたよ。手紙は帰って一人で読むよ。ありがとう」
「・・・ユーリ様」
「これからも精進しなさい、エリシア」
「っ・・・!」
子羊とはもう思えない
ユーリにとって子供だったエリシアはティルマの声を繋いでくれた恩人となった
この恩は忘れることはないだろう
ティルマへの愛情を思い出すたびに、彼は同時にエリシアが持ってきてくれた手紙のことを思い出すのだから
もしもエリシアの身に困難が降りかかることがあるのなら迷わず手をかそうと、ユーリは密かに決める
そして願わくは、彼の未来が明るいものになってほしいと願いながら、今は亡き最愛の乙女が残した手紙を抱きしめた
しかしまだ余韻に浸ることはできない
仕事はまだ残されている。とても大事な、エリシアの今後の関わる大仕事が
「さて。貴族院代表であるユーリ・テスラヴェートはエリシア・ノ・・・・どうしたんだい、エリシア」
「苗字、言わないでください。まだ内緒です」
「・・・何か事情がありそうだしいいよ。えふん、エリシアの院側からの合格を渡します。あとは学院側の合否を聞きなさい。二つ揃ったら合格だよ」
「・・・後出しルールでしょうか?」
「うん。そのルールは最後まで秘匿されているものでね。さあ、デリ、君の判断を聞こうか」
「うーん・・・僕としては申し分ないかな。でも、依頼人に感受されすぎて、逆に君が泣いてどうするんだとは言いたかったけど、そこも長所なのかな、依頼人に寄り添える素直な優しさ。それは同時に短所でもあるけれど・・・」
「・・・何?」
デリはエリシアの後ろに控えるカルルを一瞥する
エリシアが伝聞師アリシアの再来なら、きっと彼はカペラの再来となるのだろう
・・・まあ、収まるべきところに収まったというべきかもしれないが
「そこはまあ、そこのバカがきちんと引っ張ってくれるだろうね」
「おい、デリ・・・こういう時ぐらい真面目にやれよ」
「学院側からも合格を出しましょう。エリシア、卒業おめでとう!」
「・・・卒業」
デリの言葉をうまく受け入れられずに復唱して首を傾げる
そんなエリシアを見て、カルルがさりげなく彼に耳打ちして現実を受け入れさせた
「卒業だよ、エリちゃん。伝聞師になれたんだよ!」
「卒業!?伝聞師!?」
「そうだよ。現実だよ!嘘じゃないよ!」
「やややややったねカルル!カルルのおかげだよ!」
「エリちゃんが頑張ったから貰えた合格だよ!?こんなところで謙虚になってどうするの!?」
二人して子供のようにはしゃぎながら合格を喜ぶ
受け入れた現実は夢への第一歩
そしてこれからは、伝聞師として再来を予感させたユーリの予感を本物にするために
アリシアのような依頼人に寄り添える伝聞師を目指す日々が始まるのだ