7:もう一つの声
天界人と呼ばれる種族は、天使と神、そして伝説として語り継がれる神獣の総称である
浮遊島「アストラリード」を領土としている彼らは空を移動する翼を持つ鳥族と同盟を結び、共存しているが・・・互いに不可侵の領土を持っていることが特徴と言えるだろう
その、天界人が所有する不可侵領土が「ウィルネス」である
天使や神、その血を混ぜた者しか立ち入ることが出来ない土地だ
「ここに、ティルマ様が・・・」
「とりあえず門番に声をかけてみようか。伝聞の代行もね」
「うん」
カルルの箒で空へやってきたエリシアの試験も佳境へ突入していく
もう少し、もう少しで初めての伝聞を終えることが出来るのだ
「ティルマ様の表情を直接見ることができないのが難点だけどね。出来ないよりは遥かにマシだよ。いこう、カルル」
「うん。任せて」
カルルはゆっくり箒を操って、ウィルネスの門番がいる場所まで飛んでいく
「止まって!君たち、ここから先は天界人しか立ち入りができないのです。どうかお引き取りを!」
「僕は伝聞師養成学校のエリシアと申します。今回、ここに療養されているティルマ様に鳥人のユーリ様から伝聞依頼を受けました」
「伝聞師であろうとも・・・」
「ウィルネスに立ち入ろうとは考えていません。ただ、預かった手紙と、ティルマ様に、ユーリ様が早く逢いたいとおっしゃられていたことを伝えていただきたいのです」
「なるほど。わかりました。療養所にティルマという女性、ですかね?入所されているか確認をとってみます。ここでしばらくお待ちください」
話がわかる門番で、すぐさま確認に動いてくれた
まずは第一段階。無事に終えたことを二人はゆっくり息を吐いて安堵する
それからすぐに、先ほどの門番が戻ってきた
確認が取れたのだろう。彼はエリシアも知らなかったティルマの情報を交えながら得られた情報を伝えてくれた
「エリシア様」
「はい」
「確かに、ティルマ様はいらっしゃいましたよ。天界人と鳥人の混血の女性ですね?」
「はい」
ウィルネスに確かにティルマがいる
その事実に安堵しながら、門番の話を聞く
しかし、門番が次に紡いだ言葉は・・・
「大変申し訳ありませんが・・・ティルマ・ノーザンリング様は、昨日の昼にお亡くなりになっているそうです」
「・・・え」
一瞬、周囲の音が消えた感覚をエリシアは覚えた
門番の声だけが鮮明に聞こえる。変えられない事実だと変わらない事実だというように
「し、いんは・・・」
「衰弱死だそうです。元々出血がかなり酷く、そこから龍族の毒にやられてしまったようで・・・そのまま」
「そんな・・・」
すぐに渡せるように用意していたユーリの手紙をエリシアは握りしめる
もう、この手紙を読むべき人はこの世のどこにもいない
「おい。テージア!」
「なんだ?」
「療養所から通信。さっきの、ティルマの件!」
門番の名前はテージアというのだろう。光に透ける羽を持っているし、天界人の領土の門番をしているのだから種族は間違いなく「天使」
そんな彼に、彼の同僚である天使の青年が声をかける
「何か情報が他にもあるかもしれません。話を聞いてみます!」
「お願いします!」
テージアはそうエリシアとカルルに声をかけた後、通信機器がある場所まで飛んでいく
それからしばらくエリシアは無言で空の下を眺める
カルルはどう声をかけたらいいか分からなくて、帽子を深く被り、黙祷を静かに捧げる
届かない手紙、番を失ったユーリ。そして最期までユーリと会えなかったティルマを想い、エリシアは無言で涙を流し続けた
「・・・どう伝えよう」
「率直にしか選択肢はないと思う」
「でも、でも・・・・!」
「伝えにくいのはわかるよ・・・こんなこと!でも、君の仕事は伝えることだ!」
「っ・・・!」
「伝聞師たるもの、常に依頼人に寄り添え。依頼を選ぶな。投げ出すな。それは絶対遵守の教訓である。伝聞師を目指す君なら、聞いたことはあるよね?」
「・・・うん、毎日復唱してる」
「そんな君がこの教訓を無視する伝聞師にはならないと俺は信じている。最後まで一緒にいるからさ、やり遂げようよ!結果が、どんなものであろうとも」
「ん・・・!」
涙を拭い、前を見る
伝聞師として仕事をすることになったらきっといつかは遭遇する出来事だ
それが、最初にきただけだ
感受性の強い、素直な子供だったエリシアは手紙の想いと二人の存在に涙した
きっとこれからも同じことがあれば泣いてしまうだろう
けれど、いつかは
カルルが言い聞かせてくれたことを自分でできるようになりたいと、心の中で密かに思った
「カルルがいなければ、ここで折れてたかも。ありがとう、カルル」
「これぐらいいいんだよ。だって友達でしょ?」
「そうだね。君が友達で本当によかったよ。でも、いつかはカルルの手を煩わせないように強くなって見せるから」
「なって見せてよ。俺だって、強くなるから」
「じゃあ、勝負だね」
「いいね。一生終わらない成長勝負やり続けようか。対抗意識ほど、成長に繋がるものはないよ。あ、妨害禁止ね。勝負って言っても仲良くしてよ?」
「わかってるよ。カルルと仲良くして、公正に戦いながら負けないように頑張らなきゃね」
側から見たらおかしい勝負が始まっただろうけれど、後にこの一生終わらない成長勝負は、二人を大きく成長させることを、今の二人はまだ知らない
「エリシア様!」
「どうされましたか?」
「療養所から、ティルマ様の死亡証明書と、療養所にきていた彼女の母から預かった遺品と、書き溜めていた手紙の箱をお預かりしました。これを、ユーリ様へお渡しして欲しいと。すべてこの箱の中に積めています」
テージアから大きな箱を受け取る
鞄の中に入らないから、手で持つしかない・・・けれどこれは
「で、では・・・!」
「伝聞師見習いのエリシア様に。天界門番であるテージア・ルドレフカが依頼します。この手紙を、貴方の前で依頼人であったユーリ様の元へ!」
「その依頼。確かに受けました!必ず果たして見せます!」
「ええ。お願いします。それと、終わったら私に報告をお願いできないでしょうか」
「それは、どうして・・・」
「ティルマ様の手紙、亡くなる日まで書かれているんですよ」
「・・・もし、その手紙をその日のうちに配達することが、そしてユーリ様?の手紙を毎日配達することができていたら、彼女の運命も少しは変えられたのかもね」
「はい。そちらの魔法使い殿の言う通りです。声というものは強い糧になります。半分だけ鳥人であり、天界人である存在は少なくはありません。もし、何も動かずにいたら・・・きっとまた、我々は悲劇を生んでしまうでしょうから、今回の一例を議会に出して、ウィルネスへの伝聞師立ち入りか、立ち入りができる療養所の建設を申し立ててみたいと思いまして」
テージアは今回のことを彼なりに色々と考えているようだった
偶然話しかけた門番だからと言う理由だけではなさそうだった
まるで彼自身も、伝聞師が立ち入れないことに疑問を持っていたかのような素振りで話をつづけていく
「エリシア様には伝聞記録証明を提出して欲しいなと思っています。療養所から私が受けて依頼、ユーリ様へ、ティルマ様の遺品と手紙を送ったことを、証明していただけますか?」
「もちろんです。テージア様。ええっと、いつなら再びここで会えますか?」
「五日後のこの時間になら、ウィルネスの門番で勤務していますのでまたその時に」
「はい。確かに引き受けました」
「健闘を祈ります、エリシア様」
「テージア様も、お仕事のは頑張ってください。それと、邪魔をしてしまい申し訳ありません」
「いえ。こういうのも門番の仕事ですしね。お気になさらず」
「エリちゃん、そろそろ行こうか」
「うん。それではテージア様!また五日後に!」
「ええ。お二人とも、また会える日をお待ちしています」
箱を抱えていると、杖の上でバランスが取れないから、カルルがエリシアを固定して落ちないようにしてくれる
その様子を微笑ましく見守りながらテージアは二人を見送ってくれた
二人は下降し、目的地へと向かっていく
今度の目的地は伝聞師養成学校の第十相談室
ユーリが待つあの部屋へと、二人は向かっていく