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Letter later  -伝聞師と魔法使いの職務記録-  作者: 鳥路
序章:伝聞師見習いと魔法使いの卒業試験
7/21

6:氷の空路

食事を摂った後、カルルの案内でエリシアは中央区の高台に登っていた

カルルにとってそこは門であるが、エリシアにとってはただのいい景色が見渡せる高台だ


「今日も青い空ですな。エリちゃん」

「そりゃあわかるよ。で、なんでカルルはここに・・・」

「ちっち、エリちゃん。俺がなんだか忘れちゃったの?これでも魔法使いですよ?魔法使いの移動方法といえば?」

「魔法陣によるテレポート?」

「のんのんのん!普通これじゃない!?これ!」


必死な形相のカルルは背中に背負っていた大きな箒をエリシアの前に突き出す

立派な箒だ。かなりいい素材で作られているのを感じる。魔力の伝道が良くなるように工夫されている様子も伺えた


「まあ、最近は旧式だって言われているけど・・・俺はこっちの方が「移動している」感じがあって好きなんだよね」

「あ、なんかわかるかも。一瞬じゃ味気ないよね」

「そうそう。エリちゃんならわかってくれると思ったよ。こういうのは結果より過程のほうが面白いし」


それにね、とカルルはとんがり帽子を定位置に持ち上げながらエリシアへ笑いを向ける


「滅多に知れない魔法使いの文化講座なんてどうかな?」

「ぜひお願いしたい!」

「そうこなくっちゃ!」


同じ異種族文化の見聞が趣味の者同士、互いの種族のこともまたたくさん話したい

昨日エリシアが羊族の話をしたように、カルルもまた「魔法使い」という生き物に関しての話をしていく

もちろん、本題の試験も同時進行だ


「魔法使いの箒は、その魔法使いの手作りなんだよ」

「じゃあ、その箒もカルルが作ったの?」

「ご名答!俺の魔力しか通さない、俺専用の箒なんだよ。とりあえず座りなよ。続きは飛びながら。大丈夫。跨り続けても痛くはないように魔法はかけてるから」

「・・・そんな魔法あるの?」

「一日中箒の上で過ごさないといけない時もあるから、もちろんあるとだけ。なければ編みだすまでさ。魔法ってそんな術だからね」


「魔法って凄いね」

「魔法は万象を操る術だからね。死者蘇生だって、神殺しだってその気になればできちゃうわけ。禁術扱いだけど。ほらエリちゃん、後ろじゃなくて前に座りな」

「はーい」


カルルに誘導され、エリシアは箒に跨る。そしてカルルは箒に腰かけるように横座り


「じゃあ、しっかり掴まってなよ。落ちそうになったら俺が拾うから」

「え」

「ファシット・フライト!」


カルルが呪文を唱えると箒がカルルの魔力を通し、同時に光を帯びて宙に浮き始める


「え、ちょ・・・これ」

「足をばたつかせて暴れないでエリちゃん。びっくりするかもだけど、落ち着いて」

「う、うん」

「やっぱり魔法使いの移動といえば、箒じゃない?ほら、風があたって気持ちいいでしょ?」

「そうだね・・・本とかではそうだけど・・・こんなに便利なんだ。うわ、揺れもほとんどない」

「最適化してるからね。でもこれは序の口だよ?まだ高い場所に行くからね。空の先・・・未知との境界付近まで俺たちは今から飛ぶんだよ」


エリシアに気を遣ってゆっくり飛行する箒

今はまだ、高台と同じぐらいの高さだが、飛行能力を有していないエリシアにとってはこんな風に何もない宙を移動すると言うのは未知の体験だった

高いところは苦手ではないけれど、地面に足がつかないと逆に怖い


「エリちゃん、大丈夫?」

「だだだだだだだ・・・」

「大丈夫じゃなさそうだね・・・少し高度落として、少しずつ慣れようか」

「お願いぃ・・・」


震えるエリシアの肩を叩き、カルルは箒の高度を地面すれすれにまで落としていく


「とりあえず、地面を水平移動している感覚にまで」

「ゆっくりだね」

「平均的な羊族の移動速度に合わせてるけど、エリちゃんは人並に動ける子だからこれぐらいの方が慣れてるかな」


箒の速度を少しだけ上げていく

人間が駆け足した時の速さで箒は宙を進んで行く


「速さも高さも自由自在なんだね」

「これでも、魔法使いですからね。立って箒を操れたりするんだよ。ほら」


エリシアの後ろで、カルルが箒の上で立ち上がる


「バランス!どう取ってるの?」

「箒に細工はしてない。細工をしているのはこっち」


彼が指差したのは、箒の柄ではなくその上

彼が身につけているロングブーツだった


「靴?」

「そう。靴にかけた魔法で足場を固定しているんだ。色々なところで役に立つから、今度エリちゃんにもかけてあげようか。式と声登録さえしておけば、魔力なしでも魔法を使えるようにできるからさ」

「そんなのまで・・・でもなんで魔力無しで使えるんだい?」

「本来なら使用者の体内から魔力を出力して魔法という奇跡は行使される。けれど、この口にかけている魔法は使用者の魔力ではなく大気に浮遊する魔力を使用して奇跡を行使するんだ」

「だから魔力なしの僕でも魔法を使えるんだね。でも、なんで声を登録する必要が?」

「一種の鍵というか制限だね。エリちゃんの声を聞いたら魔法が発動するようにね。それ以外は待機中・・・普通の状態にしないと不便でしょ?」

「た、確かに・・・魔法って凄いんだね」


エリシアにとって魔法は未知の世界

その片鱗を見た彼は目をキラキラと星空のように輝かせる

それにカルルが気付かないわけがない

彼の中に存在する血もまた、楽しさを覚えて高揚し・・・制限を外していく


「魔法は万象を操れるので、こんなことはお茶のこさいさいですよ!ほらエリちゃん、少し遊ぶよ!しっかりつかまってな!」

「う、うん!」


箒の速度を上げながら、カルルは付近にあった湖の方まで箒を操る


「何するの?」

「遊ぶんだよ。少しぐらいはいいだろう?ほらっ!」


十分な加速をつけた箒が水面を駆けた

その勢いで箒が通った後の水面は水飛沫と共に激しく浮き上がる

そしてその一瞬。一番高い位置へ水が浮かび上がった瞬間に、カルルは湖に向かって魔法を唱える

今後のことを一切考えない、大魔法を行使する呪文を唱えるのだ


「サクテリア・スノークリスタル」

「ほわぁ・・・これ、凄いね。氷の彫刻?」


目の前に広がる、氷の柱

全体的に光を反射して輝いているが、薄くなった部分は光を通し、また別の美しさを生み出す


「まあね。これぐらい、俺ぐらいになるとチョチョイのちょい。水面だけ凍らせてるから、しばらくしたら溶けて元どおりだよ」

「でも、広大な湖を一瞬で・・・かなり魔力を使ったんじゃないの?大丈夫?」

「昨日も言った通り、俺は魔族の混血だし、体内にある魔力は莫大なんだよね。それに精霊楼の補助もあるから・・・一応、これぐらいはね」


箒を上に動かして、今度はどんどん上昇していく

エリシアの興味が氷の湖に向いている隙に高度を上げて、上から氷の湖を眺めつつ高いところに慣れさせる作戦だ


「カルルって凄い魔法使いなんだね」

「まあね。これでも俺は魔法学校の出身でね。でも、俺の学生時代はエリちゃんの今とよく似ている感じかな」

「似てるの・・・?」

「うん。似てる。エリちゃんは逆に落ちこぼれって言われてたけど、俺は逆に天災児って言われてたんだ」

「天才児?」

「少し違う。少しのことで大きな問題を呼び寄せるから天災児。言うなれば、はぐれって奴だね」

「凄いようで、やばいような?」

「そうだね。やばいやつなんだよ。今もデリの奴に制限を大量にかけられててさ・・・本来の百分の一ぐらいで魔法使えるって感じだから・・・」

「制限付きで、この魔法・・・」


怖がらせてしまっただろうか。そんな不安がカルルの中に芽生えてくる

それでも、話しておきたかった

このできたばかりの小さな初めての友人に、これからも一緒にいて欲しいと

仕事を、旅をこれからもしてほしいと言ってくれた彼に伝えたかったのだ。自分の中にある最大の問題を

父親でさえ学校に押し付けて投げ出した、暴走の危険を孕む問題を


小さい頃からこの問題で、カルルには友人らしい友人がいなかった

学校でも全く友達ができないところか、憂き目にあって誰も近寄ろうとしなかった


この話はきっと、初めて出来た小さな友人を怖がらせてしまった

護衛の話も、きっと・・・なしになってしまうのだろうか

それでも話さないで将来裏切られたと言われるよりは、すべてを話して切り捨てられたい

その方が、諦めがつくから

仕方ないと自分で納得ができるから


「凄いね、カルル」

「・・・え?」


意外な言葉が飛んできて、つい足元に座るエリシアに視線を移す

彼は正面を向いていたはずなのに、移動中に姿勢を動かし、カルルを見上げる体勢をとっていた


「僕は魔法のこと全然わかんないからさ、うまいことはいえないけど、制限されてもこんなに凄い魔法が使えるならさ、カルルは凄い魔法使いってことじゃないの?」

「あ、あのねエリちゃん。魔力の制限は魔法使いにとって失敗作の烙印みたいなもので、とても、不名誉な・・・」

「じゃあ、制限なしで使えるように特訓とか?カルルだってまだ若いんだからさ、これから操作が上手くなれば制限も解けるかも!」

「ちょ、エリちゃん!?」


エリシアはそう告げた後、ゆっくりと箒の上に立ち上がろうとする

カルルみたいに靴に魔法がかかっているわけではない

それでも彼は立ち上がる。座ったままで伝えるべきではないと判断した、彼の心の内を


「カルル。え、あ・・・ちょ」

「・・・エリちゃん。俺の手を。危ないからね」

「うん。ありがとう。カルル」


差し出した手は、子供ながらに小さな手が握り返してくれる


「カルル。君のその魔力制限をなくすために、僕に協力できることがあれば、協力させてほしい」

「なんで、そこまで」

「僕もさ、学校で落ちこぼれって言われ続けて、先生たちとしか話すことがなくてさ・・・で、その・・・ね?」

「つまり?」

「つまり、僕には友達が全くいなくてね!初めてまともに趣味とか他種属の文化の話とか、家族の話をしたのはカルルが初めてなんだよ!」

「・・・マジで?」


カルルは驚くが、エリシアの性格上その可能性はあると心のどこかでは思った

それに彼はまだ十二歳。養成学校に入学したのはもっと幼い時期だ

そんな彼を十六歳やそこらで入学してきた普通の生徒は面白く思わないだろうから

特別も、特殊も浮いてしまうのはどこの世界でも同じらしい


「意外かもしれないけど、羊族の集落でも、僕には友達がいなかった。羊らしくないから、浮いてたんだ。弟や妹からも、お兄ちゃんって変だよねって言われて」


らしくないから

その理由で浮いている存在はカルルにも記憶がある

彼自身も、そうであったから

人族でも混血推奨者の多い土地で生まれ育ったカルルにとっても、それは関係ない話ではなかった

その土地は確かに混血推奨だった

しかし、メインは獣との混血。魔族はその中でもかなり稀な存在だった。その先はもう言わずとも


「・・・エリちゃん」

「僕は、僕自身は・・・カルルを友達だと思ってる。ううん。思いたい。君は、そうとは思ってないかもだけど・・・」

「いや。俺もさ、結構周囲から浮いていて、エリちゃんと同様、集落でも学校でも浮いていたんだ」


小さな手を握りしめる

互いに親以外の手を握るのは初めてのことだから、力加減が上手くいっているかわからなかった

けれど、そんなことを気にしている場合ではないことは二人も理解している


「俺はさ、昨日とても楽しかったんだ。あんな風に話したの、初めてなんだ」

「僕も。全部初めてばかりで。昨日は凄く楽しかった。照れくさくて、言えなかったけど」


互いに心の中に閉じ込めていた言葉を口に出す

やっぱり、照れくさい


「それに酷いよエリちゃん。俺、もうエリちゃんのこと、友達だって思ってたんだけど」

「・・・友達でいいの?」

「うん。こんな俺で良ければ友達になってよ」

「うん!」


やっと、子供らしく笑ったような気がする

年相応に笑うエリシアにつられてカルルの頬も緩んでいく


「そ、そろそろ仕事行こうか!」

「そうだね。話の続きは、また後で。お祝いもしないとだから」

「もうお祝いとか考えてるの?」

「受かったら合格祝い、落ちても初めての友達お祝いしようよ」

「わかった。楽しそうだし、やろうか」

「そうこなくっちゃね」


終わった後の約束を交わし合う

しかし、そろそろ試験の方に移らなければならない。時間は決められていないが、一週間以内に帰ってこなければ死亡判定だ

まだ余裕があるが、ユーリの依頼も早めにこなしたい一件

地上ではユーリが、目的地であるウィルネスでは療養を続けているであろうティルマが待っている


「ティルマ様。ユーリ様の言葉を聞いて喜んでくれるといいな」

「依頼人のこと?そういえばエリちゃんから依頼のこと詳しく聞いてないね」

「ごめん。きちんと伝えないとだよね。今回は龍族と空で衝突してしまった天使か・・・天使と鳥人の混血の女性に伝聞をね。手紙と言葉を預かってる」


依頼内容を改めて知らせるが、カルルの表情は重い

それと同時に頭を押さえ初め、彼の藤色の瞳は「何か」を見たように見開かれた


「・・・マジか」

「どうしたの?やっぱりウィルネスは無理って・・・」

「そうじゃない。いや、確かにそれも難題だけど門番に代行を頼めばどうにかなる範疇だ。それよりもそのティルマ様?龍族にぶつかったの?いつぐらい?」


カルルの焦りはエリシアにも酷く伝わっていく

その冷や汗は冗談で流せるものではない。エリシアはそんなうろたえる彼とは反対に冷静に彼の問いへ答えていく


「うん。それと、二週間も連絡が取れていないって言ってたから。衝突したのは三週間前ぐらいじゃない?龍族の特徴は聞いてないけど・・・」

「・・・龍族の特徴とか聞いているわけないよね」

「うん。龍族とだけしか」

「エリちゃん・・・龍族の中にはね、鱗に毒を持っている種族がいるんだ。もしも、その種族とぶつかっていたりしたら・・・」


療養中と思い込んでいたエリシアにとって、その可能性は・・・頭になかった

むしろあってほしくない可能性が、頭の中によぎる


「・・・カルル」

「急ごう。俺の「血」が、嫌な予感で蠢いてる」

「よくわかんないけど、お願い!急いで!」

「飛ばすよ、エリちゃん。座って!」

「ん!」


指示通りに素早く動き始めて、彼らは空へと駆け上がる

一刻も早く、伝聞を果たすために

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