2:第十相談室の依頼人
講堂から出て、第十相談室
そこが、エリシアの依頼人が待つ部屋だ
最初が肝心なのはどこに行っても一緒
ノックをして、中にいる人物の返答を確認してからエリシアは元気な声で部屋に入る
「お初にお目にかかります!伝聞師養成学校卒業試験受験番号十番、エリシアと申します!」
「おや、まだ小さな子羊君だ。じゃあ、君が噂の最年少合格の子だね」
ふとみた男の姿は、いい生地で仕立てた服に、綺麗な容姿
背中に生えている白い羽から察するに「鳥族」だろう。それも、貴族の
「はい。周囲に比べたら幼い私ですが、これでも受験者の一人です。お名前と依頼内容をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「うん。僕の名前はユーリ・テスラヴェート。見ての通り鳥族だね」
「テスラヴェート様ですね」
「ユーリでいいよ。子羊君にはこっちで呼んで欲しいなぁ」
「で・・・では、ユーリ様」
「素直でいいね。でね、そんな素直な子羊君に頼みたい伝聞はね、恋人への伝聞なんだ」
「恋人さんの・・・」
鳥族の最たる特徴は、番に対する愛着と言えるだろう
一度番になった鳥人は片時も離れることなく、生涯を共にするらしい
いかなる時も、側に必ず寄り添い続けるそうだ
片割れが先に死んだ時も、その愛は消えることなく永遠に残された番に残り、残された方は死ぬまで次の番を得ることはないという
「ロマンティックですね!」
「そう言ってくれると嬉しいね!」
エリシアの言葉に嘘や装飾は一切ない。彼の素直な言葉である
多種族の生き方を学ぶ「種族学」に関してはエリシアだって万年最下位から抜け出すことができていたのだ
それほどまでに、面白くて、とても楽しい学問
初めて鳥族のその文化を勉強した時も、エリシアは同様の感想を抱いた
なんて、美しくて素敵なのだろうと
初めての依頼が鳥族の恋文にテンションが上がるエリシアと、素直な言葉を投げかけられたユーリは互いに気分をよくして、会話が先ほどより弾んで行われる
「でね、彼女「ティルマ」は今、浮遊島の病院で静養しているんだ」
「ティルマ様は、何か病気なのでしょうか?」
「事故で羽が折れちゃったんだよ。光で透き通る綺麗な羽だったのに、龍族に衝突されてそのままね・・・換羽まで血のこびりついた羽で過ごさないといけないんだ。可哀想に・・・」
会話は依頼人と伝聞相手を詳しく知るための情報源でもある
その中にあるとても見過ごせない情報をエリシアは見逃さなかった
「それは・・・とても災難でしたね。しかし光に透ける羽ということは!失礼ですがティルマ様は天使か、もしくは天使と鳥族のハーフでいらっしゃいますか?」
「子羊君、たくさん勉強しているんだね!光に透ける羽と言っても君の同期は誰も反応を返さなかったよ?むしろそれを聞いて依頼は引き受けられないというほど」
「・・・全員、露骨に依頼人を選んだな。教訓をなんだと思っているんだ」
「・・・子羊君?どうしたんだい?」
「誰も引き受けられないなんて依頼人のユーリ様に失礼なことだと・・・しかし、ということはティルマ様が静養されている病院はウィルネスですか?」
「・・・よくわかったね」
苦い顔をしてユーリは答えを述べる
同様に、エリシアの表情もかなり渋いことになっていただろう
天使か、天使と鳥族のハーフか・・・その詳細はわからない
そして極め付けはウィルネス。天界の所有する土地だ
それに気が付かないほど、他の九人も馬鹿ではない
「・・・伝聞師とて、天界の・・・天使の静養所として指定されている土地に立ち入ることは許されていないんです。それは、ユーリ様もご存知ですよね」
「ああ。知っているとも」
「天使とその混血以外の立ち入りを禁じている静養所「ウィルネス」・・・鳥族である貴方も立ち入ることはできません」
「ああ。知っている」
「それでも、貴方には伝聞して欲しいことがある!その意思は間違いありませんか!」
「それは確かなことだと断言しよう。もう二週間も連絡が途切れている。帰ってくる気配のない恋人を待ち続けているんだ。せめて、彼女が生きているかどうかだけでも・・・知りたいんだよ」
確たる意思をユーリは告げる
エリシアも、彼の思いは痛いほどわかる
鳥族であるなら尚更。番であるティルマと離れているだけでも、ユーリにはかなりのストレスがかかっているはずだとも
しかし、ウィルネスには天使関係者以外誰も立ち入ることはできない
どうしよう、どうしようと思考が泳ぎ始める
しかし、心の中ではもう答えは決まっている
「ふぬっ!」
「え、ちょ、子羊君!?急に自分の頬を叩いて・・・」
「伝聞師たるもの、依頼人に寄り添う!依頼を選ぶな!それに、僕自身が、ユーリ様の依頼を成し遂げたい!」
「・・・子羊君」
「ユーリ様。僕に、その依頼を引き受けさせてください!」
勢いよく、ハキハキと確かな意思を胸にエリシアはユーリに告げる
その言葉を待っていたかのように、ユーリは嬉しそうに微笑んだ
「ありがとう、子羊君。では、この手紙をティルマに渡してくれるかな」
「はい!確かにお預かりしました!」
ユーリは彼の背中にある薄水色の羽と同色の便箋を受け取る
彼の思いを落とさないように、消えないように丁寧に頑丈なケースの中に入れて、鞄の中に固定した
「それと、ユーリ様」
「なんだい?」
「ティルマ様に、いち早くお伝えしたいこととかありますか?」
「そうだな・・・早く君に逢いたいとだけ。後は、再会した時に自分で告げるよ」
「その言葉も、確かに預かりました。必ずティルマ様にお伝えします!」
誰かの言葉も、様子も・・・伝聞内容に含まれる場合がある
今回の依頼に関しては、ユーリが用意した手紙を配達するだけでいいのだが・・・これは、エリシアが独自に行うと決めていたサービスだ
きっと、ティルマも無事かと心配しているユーリの様子と、早く逢いたいという彼の言葉を聞いたら喜ぶだろうから
「ありがとう。いいサービスだね。気をつけてね。君の無事を祈るよ」
「こちらこそ、ありがとうございます。必ず届けて戻ってきますので!」
「うん。いい報告を期待しているよ」
笑顔で手を振るユーリを背に、エリシアは相談室を出て廊下をかける
こうして、彼の初めての依頼であり、卒業試験が幕を開けたのだった
・・
誰もいなくなった第十相談室
ユーリはため息を吐いて、自分の背後に視線をむけた
「デリ。盗み聞きとは悪趣味だね」
「いいだろう?試験官としての仕事もあるし、それに君は今回の依頼人じゃないか」
「たった一人のね」
デリの合図で宙に現れた二つのティーカップ
さらに現れるポットが一人でに動いてカップの中に暖かな紅茶を注ぐ
満たされたカップは二人の目の前に降り、それから勝手に動くことはなかった
「魔族の魔術、久しぶりにお目にかかったよ」
「だいぶ鈍ったけれどね」
「しかしデリ。旧知の間柄なんだ。せっかくだし、今年の合格枠はどれほどなのかだけでも教えておくれよ」
「ふふっ。一人かゼロ。それ以外はもうありえないとだけ」
「もうそこまで絞ったのかい?」
ユーリの疑問に、デリは怪しく笑う
悪魔の笑みと表現されるような、禍々しさを隠しながら
「君のおかげで絞れたんだ」
「・・・教訓を守れないものを、認めることはないか」
「左様。君だって、ティルマへの手紙を受け取った人物以外難癖をつけて落とすつもりだっただろう?」
「ああ。貴族院代表としてね。しかし、今年も「残りの一通」を使わずに済むとは。見習いでも恐ろしいね、伝聞師は。しかもまさかあの子羊君が合格への切符を手に取るなんて・・・大番狂わせもいいところだ」
ユーリは机の下に隠していた「もう一つの手紙」を出す
これはもしもエリシアがティルマへの依頼を渋った時に、冗談だといって別口依頼として差し出す予定だった「不合格確定通知」が入った手紙だ
宛先は、試験に関わっている他の貴族宛のもの
宛先にいる住所の貴族から、不合格を伝えてもらう・・・というのが、不合格者の辿る道
試験の記憶を消し、もう一度学生になるか・・・道を諦めるかその後選択することになる
「・・・まさか、エリシアだけが残るとはね」
「一番最初に来た子は不服だろうね。常に一番!みたいな感じだったから。子羊君に負けるなんてームッキー!とかやりそう」
「やるだろうなぁ・・・」
「君から聞いていた通り、子羊君はいい子だね。まるであのお方を連想させる」
ユーリは立ち上がり、壁にかけられている肖像画の方へ足を進める
その肖像画に描かれている人物こそ、伝説の伝聞師「アリシア・アステラ・ヴァーミリオン」
エリシアが読み上げる教訓を作った人物であり、全ての伝聞師にとって憧れの存在
依頼人に常に寄り添い続け、正しく伝え、聞いていた伝聞師として語り継がれている
そして、その隣に控えるのは彼女の生涯の相棒を務めた魔法使い「カペラ・アステラ・ヴァーミリオン」
誰もが憧れ、志す伝聞師と相棒の二人
そんな伝聞師の彼女と、彼はよく似ていた
「・・・彼女の再来を、子羊君には期待したいね」
「ああ。そうだな・・・ん、そろそろ待機場に着く頃かな?」
デリは偵察用の使い魔を飛ばし、受験者の様子を伺い続ける
その中の一つ、特段大きなスクリーンで表示されたエリシアの様子を二人はじっと眺めた