序章:テレジアノーツ調査記録②「白兎族」
私は、雪が嫌い
けれど雪がないと生きられない
私は、そういう風に出来ている
「兎族」の中でも、ごく少数しか存在しない「白兎族」
険しい寒さが存在する雪山でしか暮らせない、暑さに弱い種族だ
「ほんと、何もかも白いのはうんざり」
私が住んでいる山は、常に季節が冬
毎日のように窓の外では吹雪が舞う
けれど、今日はまだ外に出かけられる程度だ
・・・丁度いい。今日は「あの日」
外に出て、あの場所へ向かおう
外出の準備を整えて、外に行く
この寒さだ。寒さに強いとしても、防寒はしっかりしないとね
雪が降らない日が一年を通して両手で数えられる程度しか存在しない山「シュペリグロウ」
その山頂の村「スノーレイク」には、もう私しか住んでいない
「あー・・・今日もうざい」
なんで腰まで積もるのよ。家から出るのも、歩くのも一苦労なんですけど
シャベルを使って道を作り、ゆっくりと前に進んでいく
外にある倉庫から、冷凍保存をした保存食を取り出して、凍った湖に仕掛けていた罠を引き上げて、魚を獲る
少ない収穫だけど、一人で食べる分には・・・十分だ
家に食料を置いてから、また別の場所に出かける
まずは洞窟
暖房に使用する魔法鉱石を発掘
大量にあるけど、少しずつ採取する・・・それは、お母さんたちとした昔からの約束だ
「・・・この鉱石は魔力純度が高い。今日はこれにしよう」
たくさんある中から、いいものを選びなさい
それは今も私の中に存在する、お母さんの教え
お陰で、魔法鉱石の良し悪しを見抜く目はそこそこに磨けていると思う
地上に出たら、私みたいな実力者はゴロゴロいるだろうけどね
それから、こんな山の中でも存在しているきのみと野草を収穫する
そして・・・
「お父さんとお母さん、久しぶり。あまり来れなくてごめんね」
お父さんとお母さんのお墓へ、辿り着く
私のお父さんとお母さんは同じ白兎族
けれど・・・二人共、私が小さい時に病気で亡くなってしまった
元々、白兎族は環境の変化や病に弱い種族
もう、私しか存在しないと言われている絶滅危惧種なのだ
幸いにして、私は割と丈夫な性分のようだから・・・病気にもならず、こうして成獣になれたけど
いつまで持つかは、やっぱりわからない
百年先まで生きているかもしれないし、明日ポックリ逝っているかもしれない
「・・・ねえ、お母さん。今日もあいつ、帰ってこなかったよ」
お父さんが死んでから、私達親子の前にはある女が現れた
その女が今の私の生活を援助してくれている存在に相当するのだが・・・
全然、帰ってこないのだ
どんな種族なのかも語らない。何をしているか知らない
どんな人なのかも記憶に残っておらず・・・お母さんが死んだその日も顔を見せることはなかった
けれど、それ以降も私の為に食料を定期的に贈ってくれる
ただ、私を生かしてくれているのだ
なぜ生かしてくれているのかはわからないけどね
「伝聞局に依頼したいけど、旅人みたいだし、居処も不明だし、なんなら名前も不明だし、伝聞局にもいけないし。どうやって連絡を取ればいいんだろうね」
風が吹く
雪と共に白い花弁が舞い、消えていく
今日も空は、薄暗い
「・・・今日は、酷く吹雪そうだな」
早めに家に帰って籠りの準備を整えよう
しばらくはきっと、外に出られなくなるだろうから
・・
レーアクルフ支所に赴任して早半年が経過した秋
「うむぅ・・・」
「どうしたのですか、コッセロ所長」
「ああ、エリシア。見てくれよ、この荷物。凄いだろう」
「・・・わぁ」
伝聞局に届いた、大量の包
レーアクルフ支所にこれほどの伝聞依頼が来るなんて初めてのことだ
例年のことなのだろうか
「所長、おはようございます。エリシアもおはよ」
「おはようございます。キャレット先輩。あの、この荷物・・・」
「あぁ・・・あれか」
キャレット先輩は荷物の山を見ても、驚かず、ただそこにあるのが当たり前のように通り過ぎていく
「例年のことなのですか?」
「ううん。これは伝聞局の名物。今回はうちの当番みたいだね」
「当番?」
「ああ。これはね、この付近の伝聞局支所が交代で運んでいる荷物なんだ」
「今回はうちが当番なの。でも、私はこんなに大量に運べないから、いつも別のところに委託しているんだけどね」
「お金はかかるけど、仕方のない出費なんだよ、エリシア。我々には無理だ」
「一体、なんなんですか?」
「あ、そっか。これはね学校では教えてくれない伝聞局の仕事なんだよ。せっかくの機会だし、教えておくね」
「よろしくお願いします」
伝聞師になるために、勉強はたくさんしてきたが・・・まさか学校でも教えてくれないことが存在していたとは
一体どういうことなのだろう
「これね、一人が一人に宛てた荷物なの」
「えっ・・・」
この山のように積み重なった荷物が、一人に宛てた荷物だって・・・?
いやいや。一体どんな人の為の荷物なんだ
・・・話、続きが早く聞きたいな
「中身は生鮮食品だから、早めに持っていかないとだけど・・・今年は量がかなり多いみたいだね」
「どこに、運ぶんですか?」
「あの山、見える?」
「確か、シュベリグロウ・・・でしたっけ?」
霊峰シュベリグロウ
キャレット先輩の護衛を務めているシュベリアさんに似たような名前だと言うこともあって、ここに来てからすぐに覚えた地名だっけ
来る者を拒む大雪が山全体を包み込み、その殆どが未開と呼ばれるレーアクルフ近郊に存在する秘境だ
カルルの話だと、あの場所には膨大な魔力反応が存在するそうだ
もしかしたら、手つかず状態な高純度魔法鉱石が大量に眠っているだろうと。嬉しそうに語っていたのを覚えている
「うん。実はね、あの山の頂上付近には村があるんだよ」
「村!?あんな場所で誰かが生活しているというのですか?」
「そうだよ。雪解けで出来た湖近くに出来た小さな村「スノーレイク」。そこには、今じゃ絶滅危惧種に登録されている白兎族が住んでいるんだ」
白兎族・・・たしか、兎族の亜種で、寒い場所でしか生きられない上に、あまり身体も丈夫ではない種族
まだ存在していて・・・あの場所で生活を営んでいるとは想像していなかった
「白兎族はね、もう一人だけなんだよ」
「そうなんですか?」
「そうだよ。もう純血の白兎族は彼女しか存在しない」
「白兎族のミシェリア・レゾナント。これは、最後の白兎族を生かすために用意された支援物資なんだ」
伝聞師だからこそ、山頂にある村にも到達できると見込まれているのだろう
僕らはそういう過酷な環境にも伝聞に赴かないといけない
伝えることがあるのならば、どこへだって行くのが仕事だ
「あの子は、あの山でしか暮らせない。生きられない」
「彼女が消えれば、このテレジア・ノーツから白兎族は消えてしまう」
「これはそんな彼女を生かすために集められた物資・・・なんですね」
「うん。そういう絶滅危惧種に登録されている種族に支援物資を行うのも、伝聞師の仕事なんだよ、エリシア」
「これを「支援保護伝聞」と我々は名称をつけている。いつか君にもやってもらうことになる。しっかり覚えていてくれ」
「はい!」
初めて聞いた言葉をメモしつつ、僕は学校では教えてもらっていない伝聞の種類を覚える
そういう伝聞も、存在してるんだ
・・・伝聞というか、配達に近い気がするけどね
けど、流石に今じゃないか
やってみたいけど・・・難しいよね。流石に
それに氷漬けになっちゃうかもだし
けれど、縁というものは奇妙なもの
絶対にないと思っていたのに、気がつけば僕らは・・・霊峰シュベリグロウに足を踏み入れていた
「ささささささささささささぶっ・・・」
「ごめんねぇー・・・エリちゃん」
もちろん、所長とキャレット先輩の許可は得ているし、正式に支援保護伝聞も任されている
その経緯を、説明しないといけないだろう
時間はちょうど、僕が支援保護伝聞に関する話を二人から聞いていた時の話だ・・・