間章3:出立の日
首都「エスパシオ」その中央区
着任式を終えた僕らは、今までお世話になった方々に挨拶を済ませた後、赴任先の「レーアクルフ」に向かう存在する駅で、僕らは目的の列車を待っていた
「列車で八時間かぁ」
「二回ぐらい乗り換えもしないといけないみたいだよ」
これから僕らは、少しだけ長い旅をすることになる
この中央区から、赴任先のレーアクルフまで。八時間の旅路だ
「寝過ごしたら、どうしよう」
「もし寝過ごしても、俺がどうにかするよ。箒臨時便でね」
「ありがとう、カルル」
「いえいえ。こういうサポートも任せてよ」
予め最悪の予想をしてしまうのは、なんとも言えない
そうならないように気をつけないと
「それにさ、エリちゃんは伝聞師になれたとはいえ、十二歳の男の子なわけじゃん?」
「そうだけど・・・」
「多種族からみても、エリちゃんはまだ子供の部類。今日は疲れもあるだろう、寝過ごしても誰も咎めないよ」
「でも、伝聞師としては・・・」
「伝聞師としては、ミスが少ないほうがいいね。けれど、まだ子供なんだから。プライベートの時ぐらい、お兄さんや周囲の大人に甘えてもいいと思う」
「・・・そうかな」
「てかさ、エリちゃんはしっかりし過ぎなんだよ」
子供だからという言葉を、免罪符にはしたくなかった
それでも年齢というものは、子供だという事実はまだ変えられない事実
不貞腐れた僕を、カルルはぬいぐるみのように抱きしめてくる
「なっ、なにするんだよ、カルル」
「エリちゃん可愛い。可愛いー可愛い!」
「可愛い連呼しないでくれる・・・?」
「いいじゃん。俺から見たら、エリちゃんはとっても可愛いお子様だよ」
「お子様っていうな!」
「あはは。暴れないの」
「・・・どうしたの、カルル」
「エリちゃんは、八歳かな。それぐらいの時にはもう親元を離れてここで暮らしていたんだよね」
「まあ、そうだけど」
「それに、大兄弟の一番上のお兄ちゃんときた。羊族らしからぬ性格だし、ご両親にも上手く甘えてないでしょ」
「まあ、記憶にある限りは・・・」
一人で立てるようになった頃には、もう母さんの腕には次の弟たちが抱かれていたし、父さんは僕らを育てる為に、日中は常に外
帰ってきても、小さい弟たちを優先して僕はあまり・・・
けれどそれが当たり前だと思っていたから、甘えるのが普通と言われても変な感覚しか覚えられない
「お兄さんに、甘えてみなさいな」
「・・・頑張る」
「ただ甘えるだけで頑張るってなんだよもー」
遊んでいる間に、列車到着を知らせる鐘と放送が駅内に響き渡る
待っていた聖都「アタラクシア」を通過する列車だ
まずは聖都で降りて、そこからレーアクルフ行きの列車に乗り換えることになる
「来たみたいだね」
「そうだね。早速、列車に乗り込もうか」
「うん」
荷物を持って、列車に乗ろうとすると・・・ある人物がこちらの方に駆けてきた
誰かの見送りだろうと思っていたが・・・
「エリシア。エリシア・ノエリヴェール!」
「エリちゃん、誰かが呼んでるよ」
「やだなぁ、カルル。昨日ユーリ様は天に帰られたし、デリ先生はお仕事だよ。お世話になった人には挨拶を済ませたし、見送りに来るような人は」
「見送りじゃねえよ、落ちこぼれ」
呼びかけても僕が反応しないとわかった彼は、列車に乗り込んだ直後の僕の腕を掴んで引き止める
そこにいたのは獅子族のキーファ
共に卒業試験を受けた、彼が立っていた
「へぇ・・・猫。わざわざ何のよう?不正で重い処分を受けたんじゃないの?」
「確かに重い処分を受けてきたよ」
今回の試験では、不正が行われた
不合格者が行なった、受験者への妨害
前代未聞のその行動に、僕以外の九人はそれなりの罰を受けたと聞く
その殆どの処遇は伝聞師が所属する機関である「星刻天秤」からのブラックリスト登録
ここに登録されてしまった存在は、伝聞師どころか、公的機関の就職さえ不可能と言われる最も重い罰だ
大半が、その罰を受けたと聞く
けれどそれは、僕らに向かって魔法妨害や、危害を加える真似をした八人に限る話だ
傍観者として、その場に参加していたらしい彼には・・・関係のない話だ
「猫はどんな処分を受けたの?」
「俺は・・・お前らに危害を加えたわけではないが、妨害工作を止めなかった罪を背負った。他の連中よりは比較的マシな処遇だ」
「・・・どんな罰か、聞いていい?」
「卒業受験資格と積み重ねた単位の剥奪だ。一年からやり直すことになる」
「・・・そっか」
彼には、まだ伝聞師になれる道が残されていた
元々、学年一位だった男だ
やり直しで変な噂は立てられるが、今回の卒業試験を踏まえて彼だって「あのまま」ではないだろう
きっと、また・・・登ってきてくれる
「まだ伝聞師の道は絶たれたわけじゃねえ。もう一度這い上がるさ」
「君は、どうしてそこまで伝聞師にこだわるの?」
「・・・憧れがあるからさ。手段を選ばなかったのは、本当に後悔している。同じ夢を志した者として、あいつらを止めなかったことも、後悔している」
悔しそうに握られた拳を、僕はこれから先も覚えているだろう
キーファという伝聞師が、その悔しさを糧にして生まれるその日まで
「・・・次は、きちんと挑む。自分の才に溺れず、まっとうに」
「それがいいよ。君ならきっと、それが出来たらすぐに伝聞師になれるさ」
「・・・ああ。だから三年待っていろ。すぐに追いついてやる」
「待たないよ。僕はその間も伝聞師として経験を積んでおくからさ」
「だろうな」
「でも、先輩伝聞師として、君を待てるよう僕なりに頑張っているから。君も、もう一度頑張って。ここまで来てよ、キーファ」
「ああ」
列車が出る合図が鳴り響く
もうお別れらしい
「次は、ゆっくり話そうよ。学生時代は君が一方的に威圧してきて話せなかったから」
「もちろんだ。またな、エリシア」
「またね、キーファ」
学校生活は散々だったと言うべきだが・・・まあ、これで締めになるだろう
生来はどうやら生真面目らしい
あのキーファが、学生生活でどうしてああなったのか理解は出来ない
けれど、これからは大丈夫だろう
三年後、彼はきっと教訓を守れる伝聞師になって僕の前にやってくるだろう
楽しみに待っていよう
「なに、エリちゃん。嬉しそうな顔をして」
「楽しみなことが増えたからね」
「・・・あの猫に馬鹿にされていたのに」
「今はそうじゃないから。そこまで気にしていないよ」
「そ。そういう割り切りの良さも大事なのかもね」
「それに」
「ん?」
「もしもキーファがもう一度手を出してきたとしても・・・カルルが側にいれくれたら、守ってくれるでしょう?」
「早速甘えているのか利用しているのかわからないことを・・・」
座席に腰掛けて、出発を待つ
幸先はよし。次は、レーアクルフ
そこでも楽しくやれればいいな
「・・・確か、キャレット先輩、だったよね」
「エリちゃんの先輩で教育係の?」
「うん。どんな人なんだろうね」
「いい子なんじゃない。デリの反応も良かったし」
「判断基準そこなんだ・・・」
列車の発車ベルが構内に鳴り響く
ゆっくりと窓の景色が動き出し、列車は目的地へと向かい出した
「そういえば、聖都で一回乗り換えをするんだよね」
「うん」
「スムーズに到着したら、観光する時間あるよね?」
「多少は。一時間ぐらいだけど・・・」
「じゃあ、その間観光しようよ。せっかくの機会だし、仕事の時に聖都に来れるかわからないしさ」
「そうだね。そうしよう。小腹も空いてくる頃だし・・・」
「・・・アタラクシアは、めちゃくちゃ甘いお菓子がたくさんあるらしいよ?」
「!」
「甘いもの好きなんだねぇ、エリちゃん」
「子供扱いしないでくれる?」
「事実子供なんだからいいんじゃない?」
お菓子か・・・お菓子。アタラクシアのお菓子はとても甘いと聞く
アーモンドとかのきのみを練り合わせた生地をパイみたいに重ねて焼いた菓子が名物だったよね
・・・楽しみだなぁ