9:改めて、自己紹介をしよう
「・・・さて、エリシア。君はこれからも護衛をカルルに頼むのかい?」
「はい。そう頼みましたから!」
「俺もその気でいます。登録、お願いできますか?」
「やはり、アリシアとカペラの再来かもね。さあ、こっちだよ」
第十相談室を出て、別の場所に移動する
その道中で繭に閉じ込められていた九人とその護衛が救助されていた
その中に、やはり彼の姿もある
獅子族のキーファ。彼は恨めしそうにエリシアを見上げていた
「・・・おい、エリシア。お前、合格なのかよ」
「うん。そうだよ」
「なんでお前が・・・」
「そりゃあ、僕の依頼を完遂したからだよ。あ、全員僕の依頼を完遂した上で落ちたか」
「ユーリ様!?」
九人はユーリの姿を確認してそれぞれ彼の名前を呼んだ
そこでエリシアはなんとなく状況を察してしまった
届けた上で、落とされた
彼が最初に提示した依頼はウィルネスへの伝聞だ
もし、その依頼をエリシアの前に相談室でユーリと対面した九人が避けていて、ユーリが不合格を通達するためにダミーの手紙を渡していたら・・・?
「君たちの依頼人はね、全部共通して僕だった。でもね、本命のウィルネスにいる人物の手紙を届けてくれたのはエリシアだけさ」
「・・・教訓破りで落とされたということですか」
「正解だよ、エリシア。そう、基本の教訓を守れなかった君たちに合格は元より存在しない。さらに言えば、妨害工作を実施したのも今期が初でね。手厳しい処分が下されるから、九人とも、覚悟していなさい」
最後に九人を冷めた目で見つめるデリが処分の予告をし、彼らを背後に廊下を歩いていく
その後を、エリシアとカルルはついていく
その後、彼らがどうなったか二人が知る話ではない
・・
デリに案内されたのは、伝聞局。その事務室だった
「デリさん。今期の合格者そのチビ助だけかい?私はあの獅子族の男が来ると思ってたんだけど」
「そんなわけないじゃない。今期の合格者はこの子だけ。なかなか認めないユーリを認めさせた逸材だから、よろしく頼むよ」
「あの鳥を・・・凄いんだね、あんた。あの男が試験官の代で合格したのはユリアスとあんただけさ」
「・・・ユリアスって。ユリアス・マリアイースですか?」
「誰それ」
「子羊は同業者だからわかるか。魔法使いにわかるように言うのなら・・・「戦争代理人」それなら」
「ごめん。聞いたことないや・・・。でも何その名前。とても物騒だね」
カルルの一言も納得だろう。戦争代理人ってだけでもかなり物騒なあだ名なのだから
その理由は、この世界における戦争のルールが影響している
「国同士で戦争するとき、提出書類が必要なのはカルルも知っているよね。戦争代理人はね、戦争許可証を初めとする公的文書の郵送に長けたユリアスのあだ名みたいなものなんだ。ちなみに彼は幽霊族の伝聞師」
「へえ・・・伝聞師はそんな文書のやり取りも」
「そういう文書の伝聞には、さらに資格がいるんだよ。護衛役も受けないといけないから、その時は一緒に頑張ろうね」
「もちろん。一緒にね、エリちゃん」
二人して後の誓いを交わし、事務の説明を聞いていく
「とりあえず、あんたたち二人を職員として登録するからフルネームで記載しておくれ」
「・・・フルネーム」
「じゃあ、エリちゃんから」
「了解。目を瞑って書ける?」
「魔法使って遠くから書くから、公平さはあると思う」
「何やってんの二人とも・・・」
デリの呆れを無視して、エリシアは普通に名前を書いて、カルルは遠くから魔法を使って名前を書いていく
「・・・読み上げちゃまずいやつかい?」
「「後でのお楽しみ!」」
「二人揃ってバカじゃないのかな・・・ま、そこも面白いんだけどね」
デリは事務に耳打ちして、彼が把握している二人のフルネームを告げる
「合ってるね。じゃあ、これで処理を進めるよ。名札は作るし、制服の採寸してから今日は帰りな。それと合格証。一ヶ月後に入局式やるから、その前日に制服と名札をここまで取りに来な」
「は、はい!」
慣れているのか、若干雑な案内を必死にメモを取りつつ、エリシアは必要事項を聞いていく
その日は制服の採寸を終えてから、合格証片手に伝聞局を後にした
「さて、帰ろうかな」
「寮はダメですよ」
「やっぱり?」
「卒業しましたからねえ・・・申し訳ないですが、明日頃に荷物を取りに来てください。少ないしすぐに出せると思いますよ」
「・・・カルル」
「俺も手伝うからね・・・可哀想に。もうちょっと慈悲ないの!?」
「駄目です。卒業生に提供する優しさは卒業証書再発行ぐらいです。ごめんね、エリシア」
「いえ・・・」
「エリちゃんには優しいね。ショタコン」
「あはは。不名誉な単語が聞こえたけど・・・五百年も生きていると、若い子には優しくしたくなるんだよ」
魔族の寿命は羊族の何十倍もある
五百年といえば、彼らの中では高齢な部類だ
それでもデリは人族で言えば三十歳ぐらいの見た目をしている。そういう風に見せているそうだ
「しかしエリちゃん。お金、大丈夫そう?」
「一ヶ月の宿代はあるけど・・・微妙かな」
「あの宿のおじいさんに住み込み働きを頼み込もうぜ・・・後、俺出稼ぎしてくるから」
「僕もしないと・・・おじいさん、一ヶ月泊まるの許してくれるかな・・・」
二人してやっぱり追い出されるのか・・・と思いながら、デリの見送りを受け、夕暮れの道を歩いていった
・・
昨日も泊まった宿屋のおじいさんに事情を説明して、住み込みでしばらく手伝いを条件に格安で宿を提供してもらえることが決まった
「合格おめでとうって言ってもらえた・・・」
「嬉しいよね。言って貰えると」
そんな二人は、合格祝いのため待機場まで足を運んでいた
「子羊君、伝聞師合格したんだ!」
「すげえな、まだ小さいのに!」
「カルル。このシャンパン?ジュースかなタワーできるらしいよ。お祝いに最適って書かれてるし、どんなものか見てみたくない?」
「高いし子供はシャンパン飲めないでしょ!?」
「・・・牛乳で代用してもいいぞ。おい、お前ら。一人一杯分合格祝いに貢げ」
「マスター、なんだかんだでカルルのツケ消した子羊のこと気に入ってんだろ」
「まあな」
他の客から茶々を入れられつつ、マスターは大きな籠を用意してそこに「目標:銅ルドア硬貨百枚(銀:一枚)」と書かれた紙をつける
「子羊の合格祝いなら出す。カルルは自分で出せよ」
「よくやったな」
「ありがとうございます」
「面白そうだし、一杯なら」
「二杯分出してやんよ!」
店にいた人たちが、見ず知らずのエリシアの合格を祝い、籠の中にお金を入れ込んでいく
「じゃあ、俺とエリちゃんも一杯分」
二人分の銅貨を入れると、頃合いだと思ったマスターが金を数える
「九十九か。残り一枚は俺から出そう」
「マスターが自腹切ったぞ!」
「明日は槍が降るな!」
「うるせえお前ら!しばらくツケさせねえぞ!?」
金にがめつく、自分で金を出している姿を見たことがないと周囲では噂らしいマスター
そんな彼がお金を出したと知ると、別の方向で待機場は賑やかになる
「これでいいぞ。じゃあやるか、エリシア」
「お願いしますマスター。マスターも、皆さんもありがとうございます!」
「いいって、伝聞師ってなるの難しいんだろう?お祝いぐらいちゃんとしようぜ」
「マスター!俺が支払いするからケーキをこの子羊に!」
「やれ、お前ら。お祝い事ならなんでも喜べるんだな・・・」
マスターが呆れながら料理の準備をしていく
その様子を席で二人は静かに眺めていた
「人気者だねぇ、エリちゃん」
「なんか変な気分。こんなにお祝いされると思ってなかったからさ」
「そっか。まあ、これから頑張れってことでもあるから、期待に答えて頑張らないとだね」
「うん。これかもよろしくね、カルル。それとさ」
「ん?」
「そろそろ、自己紹介しようよ。フルネームまで」
「そうだね。じゃあ、エリちゃんから」
今朝、約束したばかりの自己紹介の約束を果たす
なんだか少しだけ緊張するけれど、それもまた心地がいい
「僕の名前は「エリシア・ノエリヴェール」。羊族の伝聞師さ」
「なんか本格的に女の子っぽい名前が・・・」
「羊族は逆に男に女の、女に男の名前をつけるんだよ。そういう文化があるんだ」
「なるほど。だから女性の名前っぽいエリシアが名前なのか」
「次はカルルの番」
「わかってる。でも驚かないでよ?」
カルルは何回か息を吸い込んだ後、自己紹介を始めてくれる
「俺の名前は、カルル。「カルル・アステラ・ヴァーミリオン」偉大すぎる両親を持った人族と予知能力が使える魔族・・・「パンドラ」の混血魔法使いさ」
「・・・カルルが、あの」
ヴァーミリオンといえば、あの伝説で憧れを抱く伝聞師と護衛の名前
「うん。アリシアとカペラは俺の両親。その後輩がデリだったんだよ。だからデリは俺のことを知っていたって感じ。両親が消えてから、色々と頼ったからさ」
「そうだったんだ・・・」
意外な事実に、驚きはしたがどこか納得さえ覚えた気がした
なぜかというと・・・エリシアが伝聞師を志した理由は、彼の父親にあるのだから
その話はいつか、どこかでするとして・・・
なんとなく彼といて安心したのはきっと、カペラとカルルが似ていたから
「ねえ、エリちゃん」
「何、カルル」
「エリちゃんは、アリシアの再来かもって言われて、そんな護衛はアリシアとカペラの息子。そんな俺たちは、どこまでいけると思う?」
「さあ。でも、目標は超えたいよね?再来じゃなくて、新しい伝説を作るとかさ」
「・・・そこまで?」
「夢は大きくていいんだよ。まずはカルルの両親の背中を追いかけて、いつかは追い抜く!それが僕らの目標でどうかな」
「いいね。楽しそう!」
「二人とも、牛乳タワーできたぞ!主役なんだからこっちこい!」
マスターの声がした方を見ると、他の客とマスターがシャンパンタワーの牛乳版を作り上げて待っていた
「行こう。カルル」
「行こうか、エリシア」
「え、ちょ、今名前言った!?」
「なんのことかなぁー・・・」
「はぐらかさないでくれよ、カルル!」
そんな賑やかな空気の中を、それに負けないぐらいの賑やかな会話を弾ませながら伝聞師と護衛になったばかりの二人は歩いていく
こうして、二人の初めての出会いと初めての依頼である卒業試験は幕を閉じる
そう、これはまだ始まりの物語
二人の冒険は、まだ始まったばかりなのだ