序章:テレジアノーツ調査記録①「鳥族」
僕は空に浮かぶ島々に住んでいる種族「鳥族」
自由に空を駆ける翼を持ち、他の種族より身軽な体を持つ
その代わり、空を長時間飛ぶために重くて丈夫な骨を捨ててしまったから、少しの怪我も大怪我になってしまう不便さはあるけれど
「ユーリ、何を見ているんですか?」
「空」
「いつも空を見ていますね。そんなにも空が好きですか?」
「ああ。とても」
空はいつだって表情を変える
時間や気温、季節でその表情は毎日移り変わり、退屈とは無縁のものを提供してくれる・・・そんな空が、僕は大好きだ
生活の一部だからという理由もあるけれど、何よりも・・・空は無限で自由で、可能性に溢れているから
「鳥族は皆そうなのですか?」
「僕だけだろうね。空にあるものが好きという鳥族は」
鳥族の特徴は大きく分けて二つ
背中か腕に、不透明な翼が生えていること
前者は人族と同じ体を持つ鳥族の特徴だ
後者は獣と同じ見た目をした鳥族の特徴
どんな姿で産まれるかは、確率の問題
容姿は様々だ。同じ親でも人族と同じ容姿で産まれてくる者もいれば、獣で産まれてくる者もいる
半分の特徴を持って産まれたりする場合もあるそうだ
そしてそれはもちろんだが・・・望んで操作できることではない
もちろん容姿や混血に対する差別は厳格に禁じられている
テレジアノーツは多種多様な種族、そして同じ種族でも住まう場所で大きく生活様式が異なる世界であり、多種族の血を持つ存在も多い
その世界で生きる者達がきちんと生きるために、そしてこのテレジアノーツが平和であるためには、そういう法律も必要なのだ
「ユーリは、どうして空が好きなのですか?」
「ティルマの光に透ける羽が、一層綺麗に見えるから」
僕の隣にいる彼女・・・ティルマの羽は僕の羽とは異なり半透明だ
半透明の羽を持つ種族は「天使」だ
ティルマは鳥族と天使の混血であり、羽は天使の特徴を持っている女性なのだ
「ユーリは私の羽しか見ていないのですか?」
「いいや。君のすべてを見て、君を愛しているよ」
「それは良かったです。ユーリが空と浮気したらどうしようかと」
「流石にそれは無理じゃないかな・・・」
「あら。かつてはいたそうですよ。空に恋した鳥族」
「それは知らなかった。けれど、安心してほしい」
鳥族のもう一つの特徴は、伴侶を見つけたらその者を死ぬまで一途に愛する
片割れが死んでもその愛は不変であり、新たな伴侶というものは存在しない
どんなことがあろうとも、だ
「冗談です。私は知っています」
「どんなことがあろうとも、この思いは不変だ。一生ね」
「はい」
額を合わせて、小さく笑い合う
この時間は何よりも愛おしいが、そろそろ仕事に出発しなければ行けない
今回の仕事は伝聞師見習いたちの卒業試験、その監督だ
どんな伝聞をさせるか、講師陣と相談して決めなければいけない
今年はどんな伝聞をさせようか。少しハードルを上げて、無理難題をふっかけて見ようかな
それでも一人は絶対に合格を掴み取ってくるから、伝聞師という生き物は見習いでも恐ろしい
そんなタフさを持ち合わせていないと合格できないの間違いかもしれないけれど
「名残惜しいけどそろそろ仕事に出発するよ。猶予はまだまだあるんだけどね、お題を決める会議があるから」
「大変ですね」
「楽しいからいいんだ」
「しかし、今年もまた意地悪な伝聞を用意する気でしょう?少しは優しくしてあげないと・・・」
「そんなぬるま湯環境で合格した伝聞師なんてタカが知れているよ。無理難題をこなしてくる伝聞師こそ大成するよ」
伝聞師。それはこの数多の種族が住まうテレジアノーツで「書簡」や「手紙」それから「声」を代わりに届ける仕事
大事な書類を行政に届ける仕事、離れて住まう種族同士の手紙や声を届ける
種族の特徴に合わせて言語を操り、多岐に渡る方法で伝聞を行う
わかりやすく言えば、郵便屋さんかな
彼らが声を預かり、その声を伝える相手は誰しも同じ言語を操る存在ではない
数多の言語に対する知識やそれらを正しく翻訳し、正確に伝える技術。そしてその方法を編みだす発想力が求められる
そしてその声を伝えるために様々な環境の土地に適応する力と、大陸を横断する体力も
そんな様々な要求をクリアした者だけが伝聞師を名乗り、数多の土地へ伝聞を行う
時には命の危険だってある。並大抵の覚悟でこなせる仕事では決してない
だからこそ、見習い卒業試験はとても厳しくしている
心苦しいが・・・将来的に生き残れる伝聞師を排出するために必要なことだ
「それにね、ティルマ。今年はデリのところで面白い子が卒業試験に参加するそうだ」
「どんな子ですか?」
「史上最年少、十二歳で卒業試験に挑む羊族の男の子」
「・・・あののんびり種族の子が、しかも最年少で」
「期待の少年だね。時期尚早の可能性もあるけれど・・・この年齢でここまで行き着いた事実は無視できない。きっと彼はいい相方が付けば更に伸びるよ」
「巡り会えるといいですね、この試験で」
「うん。そう願いたい」
羽を展開して、ウォーミングアップも兼ねて何回か動かす
荷物は持ったし準備は万端
「そうそう。ユーリ」
「なにかな」
「今年も誕生日プレゼントを用意して、貴方の帰りを待っています」
「ありがとう。それじゃあ・・・行ってくるね、ティルマ」
「行ってらっしゃい、ユーリ」
彼女の見送りを受けて、空へ飛び込む
雲をかき、下降した先に待つ大地はもう目的地
「今年は楽しめるといいな」
卒業試験に込めた期待はとても大きい
面白い羊族の少年
そして、彼を教師の立場で見ていたデリから聞いた「とある魔法使い」の話
その二人が出会うことができれば面白いことになりそうだなと、思いながら目的地である「伝聞師養成学校」の敷地内に舞い降りた
「待っていたよ、ユーリ」
「出迎えどうも、デリ。今年もよろしくね」
友人であり、仕事のパートナーである悪魔族のデリと合流し、校舎内に案内される
「・・・伝聞したるもの、常に依頼人に寄り添え」
「・・・デリ、あの子かい?」
「うん。あの子がエリシア。今年の最年少受験者だよ」
廊下に掲げられた教訓を何度も読み返す、ふわふわ白毛の少年
彼に抱いた第一印象は生真面目だった
「彼は、どんな伝聞をするのかな」
「それは卒業試験までお楽しみ」
「けれど、とてもいい伝聞をしてくれそうだ」
彼が知らない僕とエリシアの出会い
それと同じ時間に起きた「事故」のことを僕が知るのは・・・もう少し後のこと
その事故に関する伝聞を試験に織り込んだ僕と彼の卒業試験
僕の伝聞をきっかけに、彼が最良の相棒と出会うまで、あともう少しだ
はじめまして。鳥路です。別作品から来てくれた方はお久しぶりになるかと思います。
こちらはあらすじにも表記したとおり、昨年4月に投稿した短編を長編化したものになります。
1章(全12話)は20日から26日にかけて毎日2話ずつ投稿。2話から9話は短編版の加筆版。1話と10話から12話は追加分となります。
それらの投稿を終えた後、今年分の2章(全12話)を26日から毎日1話投稿します。
LetterLaterの投稿は毎年1章(話数は未定。最低12話)を予定しています。
長い時間をかける分、テレジアノーツの世界を、そこで生きている種族の生活をしっかり作り上げることが出来たらと思っていますので、エリシアとカルル、二人の伝える長い旅路を見守っていただければ嬉しいです。今後とも、よろしくお願いいたします。
2022年4月20日 鳥路