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見知らぬ実妹

 きっかけは三日前。放課後の学校でのことだ。

 学級委員であるクラスメイトから廊下の戸締りを頼まれ、一通り廊下を見て回った俺は、ついでに上の階の屋上の扉も調べることにした。

 この行動に深い意味はない。

 頼まれたからには、きっちりと隅々まで施錠を確認したいという、ただそれだけの軽い気持ちだった。


 結果的に、それが間違いだった。


 俺は屋上に向かう廊下の階段から、足を踏み外して階段を転げ落ちた。

 頭も含めた全身あちこちを派手に打ち付けて意識が混濁。バカみたいなドジで大惨事となった。


 その時の記憶ははっきりと覚えていないのだが、偶然通りかかった学生が慌てて先生を呼び、先生が病院に連絡して救急車に乗せられた俺は、最寄りの病院に運ばれたらしい。

 幸いなことに、骨折や脱臼というようなこともなく複数個所の打撲で済んだ。

 頭周りは後の検査で念入りに調べられたが、特にこれといって問題は見つからず、大きなたんこぶはできていたがその程度。しばらくは定期的に病院に来て検査することを約束して、翌日には家に帰ることとなった。


 両親を交えて医師と話をした後、何か適当な薬を渡されて、親父の車で1日ぶりに家に帰る。


 全身あちこち痛むし、しばらく学校は休もうかな。などと考えていたは俺はすぐそれどころではなくなった。


 家の居間に見知らぬ少女がいたのだ。


 年齢は同年代かもしくは少し年下だろうか。やけにラフな服装でテレビ前のソファーに腰掛けている。

 リラックスした様子で菓子を食べ、リモコンでチャンネルを変える少女に呆気にとられる。


 モデルやアイドルもかくやというほど美人だったが、それよりも印象に残ったのはその図々しさ。

 何かの経緯で客人が居間に招かれていると推測できる。のはいいとして、まるで自分の家にいるかのような遠慮のない様子。とても客人の態度ではない。


 どう対応すべきなのか困惑する。まずは挨拶でもした方がいいのかとか、そんなことをふと思う。


 そんな俺を不審に思ったのか、そいつの視線が俺に向く。


「なーんだ。松葉杖でもしてるかと思ったけど、意外と無事じゃん」


 招かれた側にしては不躾なセリフと共に、すぐにこちらへの興味を失う少女。

 再び呆気にとられる。


 なんだはこっちのセリフだ。なんだコイツは……?


 後ろから居間に入ってきた親父はそんな少女にはノーコメントで、キッチンにいる母さんを呼ぶ。

 呼ばれて来た母さんは俺を見つけて体を気遣うようなことを言ってくれるが、母さんからも少女に対する説明も何もない。


 違和感が頭の中で膨張して、階段に打ちつけたたんこぶがズキズキと痛んだ。


 なぜだ。なぜ誰からも何も説明がない?

 その疑問が胸中を渦巻き、自然と質問が口から滑り出す。


「ね、ねぇ母さん」

「ん? なに」

「えっとさ。あの子についてなんだけど」


 指を指す先には、あの正体不明の少女。

 未だに菓子をぽりぽり食べてくつろいでいる奴がいる。


 それを見た母さんは、驚くでもなく、説明してくれるでもなく、少しだけ眉根を寄せてため息をついた。

 思っていた反応と違う母親に不安が頭をもたげる。

 そして次に放たれた言葉は、さらに俺を困惑させた。


「萌依子。今くらいは孝弘を気にかけたらどうなの。大けがしたのよ?」


 ……ん?


「お見舞いにもいかなかったし、萌依子はお兄ちゃんのことが心配じゃないのかしら?」


 次々と訳のわからないことを言う母さんに言葉に、面倒そうに反応する少女。


「知らないよ。大体、お兄ちゃんが勝手にへましただけじゃん。私は関係ないし」

「孝弘がいない間、ずっとそわそわしてたじゃないの」

「――はあ!? してないし! ちょっと母さん、適当なこと言わないで!?」


 少し強い声音でぴしゃりと否定されるが、かまわず母さんは少女に近づき新たな説教を展開する。

 今度は、ソファに寝ながらスナックを食べると汚れるからやめなさいという説教にチェンジした母さんに、これまたギャーギャーと反発する少女。

 遠巻きにして見ていた親父が「また始まったぞ」と小声で呟き、苦笑しながら居間を出て行った。トイレにでも行ったのだろう。


「…………」


 俺はただただ黙っていた。

 何も言えなかった。目の前のことがあまりに受け入れがたくて。


 そう、それは知らない人が一見するとどこにでもある家庭の一コマに見えただろう。母と娘の会話だと思うかもしれない。

 だからこそ不気味だった。これ以上ないくらい気持ち悪くて理解できない光景だった。奇妙な状況に眩暈すらした。


 だって俺に妹などいない。

 俺は生まれてからずっと一人っ子だったのだ。


 目を何度こすろうとも目の前の出来事は変わらず、そこからのことはまさに悪夢だった。


 しばらくした後、退院祝いでいつもより少し豪華な夕食が出されたが、当然のように少女は同席した。

 誰もそれを咎めることはしない。明らかに両親はこいつを家族として受け入れ、そのことに疑問すら持っていないように見える。

 こんな質の悪い冗談をする両親ではないはず。だからきっと、当たり前の風景に異物が混じっていることに気が付かないのだろう。


 初めは黙って様子を見ていたが、少女が食卓の席を離れた瞬間を狙い、それとなく両親に探りをいれた。

「今起こっていることはなんなのか」「あの少女は誰なのか」「あいつを本当に家族だと思っているのか」などなど。

 反応は芳しくなかった。怪訝そうな表情をされて冗談なのかと聞き返された。生まれた時から同じ屋根の下に住む実の妹に対して何を言うのか? と。嘘の付きようがないまっすぐな目で。


 そんな両親の瞳を目の当たりにした時、俺の中で怒りが突いて出てきた。

 理不尽、不条理への怒り。そして大切な家族という関係を利用されているという怒りだ。


 煮えたぎる憎しみが身を焦がした。直情的行動を我慢できないくらいには。


 居間に戻ってきた少女の姿をした侵略者。

 俺はそいつを突き飛ばし、胸倉をつかんで怒鳴り散らした。すぐにでも追い出してやりたい衝動に突き動かされ、少女の行いを非難したのだ。

 今思い出すと、その時の俺は冷静だったとは言えない。

 明らかに我を忘れていた。


 だからなのか、正直、どういう言葉で責め立てたのかもあまり覚えていない。


 覚えているのは、慌てて止めようとする両親の姿。最初は強気に抵抗したが、俺の剣幕に気圧されて睨みつけながらも涙目になった少女の顔。

 そして、右頬に突き刺さった親父の鉄拳。普段温厚な親父の鬼の形相。非難の目。何とか場を収めようとする母。最終的には我慢できず泣き出す少女。


 もう……、しっちゃかめっちゃかだった。


 そうして今、長時間の家族会議の後、ようやく解放された俺は家庭内史上最悪の気まずい空間から逃げ出して、自分の部屋に引きこもっているわけだ。

 結局、何を言っても無駄だった。どんなにやつが妹なんかじゃないと訴えても聞く耳を持ってくれなかった。

 両親は俺が事故で頭をぶつけたせいで、記憶が混濁して一時的に冷静ではなくなっていると判断したらしい。また明日、病院に行くことになってしまった。


 何が起こっているのかさっぱりわからない。これは現実か? 夢じゃないのか? そんな現実逃避の考えが浮かんでは消える。いくら考えても状況は変わらない。


 それでも一つだけ断言できる。間違っているのは俺じゃない。両親の記憶と認識、そしてあの薄気味悪い少女自身だ。


 記憶だってちゃんと明瞭なのだ。俺が一人っ子でなければ説明できない過去の思い出もある。それを説明しても両親は取り合わなかったが……。けれどその時の写真を引っ張り出せばわかる。

 そうだ、そうとも。入学式、運動会、家族旅行、なんでもいい。全ての写真に妹とやらが写っていないことは確かなはず。二人の認識を捻じ曲げている方法が催眠術とかなら、写真に限らずとも物的証拠があれば言い逃れはできない。


 アルバムはどこに置いてあっただろうか? 両親に聞けばわかるだろうが、今は聞けるような雰囲気ではない。

 とりあえず明日にしよう。今日はもう遅い。

 怪我の回復のためにも体を休めないと。


 不審者が家の中にいる状況で眠ることに多少の不安もあったが、襲い掛かる眠気に対して抗うことも難しく、電灯を消して布団に入った俺はあっさりと意識を手放し眠りに落ちた。


 ――そして、正体不明の妹がいる不可思議な家庭生活が始まった。

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