漆(七)
わたくし、華園之宮 真珠と申しますの。名前の通り、ご先祖は大名、宮様の血を引く華族の血統、生粋のお姫様育ちでしてよ。幼い時から、外に出た折には、護衛代わりに忍びの血を引く、下足番を従えていましてよ。
☆☆☆☆☆
ふう、しくじりましたわ、わたくしとした事が……煙に巻くなら寸前、このセオリーを失念いたしておりました。あれこれ考えつつ、手にしていた紙製のカップの飲み物を、思いっ切り吸い込んでしまいましたの
………ジュルジュルジュルジュル!
はぅぅ!大きな音を立ててしまいましまわ。口に広がるとろりとした、バニラアイスの味が半減いたしましてよ!慌ててストローから離すと、添えられている紙ナプキンで口を覆いました。
「これは……難しいです。でも美味ですわ」
わたくしが感想を述べると、相伴をしている八咫が、細長いフライドポテトを食べながら、音を立ててもよろしいのですよ、と話しかけてきますの。その余裕綽々な顔を見ると、少しばかり苛つくのはどうしてなのかしら。
「八咫に聞きますが、この店はどうして、誰もお客様がいらっしゃらないの」
そうですわ、わたくしが今訪れている、エクドラルドハンバーガー、はなののみや店。目にした時には賑やかに人が訪れておりましたわよ。しかし今日に限って、店はわたくし達だけ。
「それは時間がありましたから、店を借り切ったので御座います」
しれ、とそう答えた八咫。そんな事だろうと思ってましたの。音を立てても良いと聞き、盛大にジュルジュルとシェイクを飲むわたくし。
「お姫様が、お一人で動きましたからね、その間に料理長と女中頭をこの店に派遣しまして、店長さんからバーガー並びにソフトドリンク、サイドメニューのマニュアルを……、」
「はい?ちょっと待ってくださいまし、このセットを作ったのは料理番ですの?」
プラスチックのトレーの上に残されている、包み紙を見ながら、わたくしは過去の色々を思い出しましたの!
そう、クラスメートが話すお店のチキンを食べたいと、誕生日の折に父上と母上に願い、そこに共に行けば、店に居るのは、料理長に、女中頭に給仕長だったことを。
「華園之宮家に、何か有ればこの街は成り立っていけませんからね、当然の配慮で御座います」
そう言い終える八咫、バーガーの二つ目をぺろりと食べると、ナゲットに『只今限定辛辛コチジャンソース』をつけて口に運ぶのを眺めています、こやつの胃袋は、ブラックホールかしら……と、思いながらも、つられて程よい塩味のポテトをしゃくりと齧るわたくし。
「……、そうならば何も『制服』でなくても、よろしいんじゃなくて?」
「お姫様のご希望に、沿うようにと、私めの配慮で御座います。『ご学友と放課後のバーガーショップで、女子トークを繰り広げる』のシュチエーションをご用意したのですが」
「女子トークにはなりません!そもそもそなたは、男なのですから、学園が女子高なので、わたくしが登校している間のみ、姿を偽っておるだけでしょう!」
そうですわ!街中にも南天の様な者達が目を光らしているのですもの。わたくしもそれなりに、動く事が出来ますわ。
「お前には今迄護ってくれた事に対して、感謝の心はあります。しかしわたくしも成長しましたの、今では靴紐も結べますわ、貴方の手を借りなくても」
ツン!とわたくしはそっぽを向きましたの。決まりましたの!これにて、小うるさくつきまとわれる事も無いでしょう、今日、賊に襲われたのですが、上手く切り抜けられました。
そう、だから明日もきっと大丈夫。成長しましたのよ、ホーホホホ、内心高笑いしつつ、わたくしは席を立ちます。そして、ソファーとテーブルの間を抜け出すと、最後の決め台詞。
「ですから、下足番も不要です。明日から貴方の好きな進路にお進みなさい、華園之宮 真珠の名前の元に、バックアップは惜しみませんから」
そういい残すと、わたくしはくるりと、彼に背を向けたのです!完璧ですわ!そして歩き始めたその時……非運が襲ってきましたのよ!
何という事でしょうか!右足の靴紐が解けてましたの!しっかりと結んだはずが……それを左足で踏んでしまったからさあ大変!
「キャッ!」
「危ない!姫様!」
バランスを崩し倒れそうになるわたくしを、流石は八咫之家の嫡子。風の如く側に駆けつけ支えましたわ!くぅぅ!何たる不覚!何たる恥辱。
「大丈夫で御座いますか?姫様、さあ靴紐を結びましょう、何も出来ないのは、本当におかわりになられない」
晴れやかにそう言うわたくしの『下足番』
「全く……お小さいときから、成長なさって無いのですか」
にこやかにそう言いつついつもの様に、わたくしにかしずき、丁重に靴紐を結ぶ八咫。
「さあ。出来上がりました。明日からもよろしくお願い申し上げます。私めのバックアップをして下さるお話、ありがたくお受け致します。私は、真珠様にお仕えする事が生涯かけての使命、好きな道なのでございます。主のバックアップを得たのです。今後一層、誠心誠意お仕えさせて頂きます」
どこか溜飲を下げている様なその言葉。その顔を見下ろしながら、小癪な奴だわ!とわたくしは、悔し涙を堪えるのに必死でしたのよ!
一度口に出した事は覆す事は出来ません。解雇を言い渡したのに、何ですって?わたくしに仕えるのが好きな道?お馬鹿ではないのかしら?くぅぅ、上げ足を取られた気分ですわ!してやられた感満載でしてよ!
「そう、この真珠に仕えるのが好きな道、仕方がない好きにするがいい!わたくしは知らぬ、帰ります」
きっと内心、ほくそ笑んでいるであろう、彼を思うと悔しくて悔しくてたまりません!帰ったら、帰ったら、と何をすべきか構築して行きます。わたくしは彼を従え、バーガーショップの前につけられている、ホワイトパールの車に乗り込み家路につきましたの。
――、わたくし、華園之宮 真珠と申しますの。名前の通り、ご先祖は大名、宮様の血を引く華族の血統、生粋のお姫様育ちでしてよ。幼い時から、外に出た折には、護衛代わりに忍びの血を引く、下足番を従えていましてよ。
後部座席から、助手席に座る八咫を少しばかり睨めつけたあと、彼が結んだそれに目を落としたわたくし。きちんとした、綺麗な結び目に闘志を燃やしたのは、当然の成り行きですの。
『何も出来ないお姫様』
彼の言葉が脳裏にガンガンと響きますの!
きぃ!負けませんことよ!わたくしは華園之宮真珠ですのよ!
終わり。
お付き合い頂きありがとうございます。真珠様とはどこかでお目にかかることがあるやもしれません。ちなみに小次郎は、南天の元で、新たなる名前で修行に勤しんでおります。
その名は……
海老名天和