来訪者
例の現象はエスカレートしてゆく。
「で?なんか手がかりは掴めたの?」
バイト中に良太が話しかけてくる。
「まだ。最近は景色だけじゃなくて味覚だけとか感触だけとかそんなのもあるの。それじゃサッパリよ」
「そんなことないんじゃないか?鉛筆持ってりゃ学生かも知れないし、PCのキーボード叩いてりゃ社会人の可能性が高くなるだろうし」
「そうか。なるほど。その発想はなかった。良太もたまには役に立つのね」
「ひっでぇな。っと、5番テーブルがお呼びだ」
「感触か……あ……あぅぅ」
あのときの感触を思い出して恥ずかしくなってしまった。本物は触ったこともないのに。お父さんのは見たことあるけども……。
「それにしてもなんなんだろう。私が夢を見てる間、向こうには私からの景色が見えてるのかな。なんかイヤだなぁ……って、それは向こうも一緒か」
それにしても、私はそのオジサンを見つけてどうしたいんだろう。見るのをやめて下さいって言う?そもそも向こうは知ってるの?最初は面白そうだって思ったけども、冷静に考えたら怖くなってきた。
次の日からはポケットにメッセージカードを入れて、夢を見た瞬間に目の前にそのカードを出してみる事を思いついた。向こうに私の景色が見えているなら、なんか応答があるかも知れない。
「ということを考えたんだけど、どうかな杏子」
「いいんじゃない?でもそんなの見せるほど時間長いの?」
「短い。でもなにもしないよりは言いと思うの」
「それもそうだけど、なんてメッセージ出すの?」
杏子に言われてメッセージカードをポケットから出す。
『見えてますか』
「これだけ?」
「そう。これだけ。時間が短くても読めると思って」
「確かにそうね。ところで、その夢っていうのはなんか予兆とかあるの?」
「うーん……確実じゃないんだけど、安全なときかな。階段を歩いてたり、自転車に乗ってたりするときは見たことがない」
「なるほど。それじゃ、今見る可能性もあるんだ。楓?」
楓の表情がおかしい。そう思った杏子は咄嗟に机の上に置かれたメッセージカードを楓の目の前に差し出す。そしてすぐにそれを放り投げて楓の肩を揺さぶる。
「楓!楓!!」
「ん?ああ……杏子ちゃん?」
「どうしたの!?何か見た?例やつ?」
「うん。そうだと思う。でも…今回のやつは……」
「今回のやつは?」
楓は杏子に言いにくそうにしながら、聞きたい?と聞いてきた。またアレ系なんだろうか。
「もうあの人を探すのは止めよ?ねぇ。お願いだから」
「どうしたの?なんか変なものでも見たの?」
「うん……杏子ちゃんがね、ううん、杏子ちゃんをね、突き飛ばすの。歩道橋の階段の上から……」
「なにそれ?未来の出来事ってこと?」
「分からない。でもリアル過ぎたの。景色も感触も」
楓は両手を震わせながら、その手で顔を覆った。
「楓。私は大丈夫だから。それに、本当にそんなことが起きるのなら、歩道橋には登らなければ良いんだから」
杏子は出来るだけ優しく楓に話しかける。これが本当に起きることなのかは分からない。でもそもそもの内容が超常現象だし、未来が見えてるとしても不思議ではない。それに、そんな内容をリアルで見たとしたら、そのショックは計り知れない。
「私は大丈夫だから。ね?ここにいるよ?だから大丈夫」
その日の放課後は歩道橋以外にも階段には近寄らないようにした。杏子には近寄らせなかった。あと、私が突き飛ばせる近さに立たないことにした。
「なんとか無事に過ごせたのかな……」
私は家に帰って杏子の無事をLINEで確認して一安心、とベッドに倒れ込んだ。
「火?」
火だ。燃えている。これはバイト先のゴミ倉庫だ。良太は今日もバイトシフトに入っていたはずだ。急いでお店に電話して良太にゴミ倉庫の確認をして貰った。結果は異常なし。ただ、いつもは鍵が締まっているはずのゴミ倉庫が開いていた、というとだった。
「どうしよう。本当に未来のことが見えていたとしたら。それに、あのオジサンの景色がそれだとしたら……」
犯罪者だ。杏子お突き飛ばし、ゴミ倉庫に火を放つ。そんな相手に私からの景色も見えてるとしたら……。
「こっちに来たらどうしよう。怖い……」
とにかく、危ない内容を見たらすぐに杏子と良太に連絡しよう。そう思った時だった。
「私の家の玄関?」
うそでしょ、うそでしょ、うそでしょ!
一瞬だったけども、あれは間違いなく私の家の玄関ドアだった。門の外から眺めている感じ。
怖い、怖い、怖い、怖い!
私を殺しに来たのかと思って布団を被ってふるえていた。
「そうだ。お父さんとお母さんも危ないのかも知れない。でもどうやって説明しよう……あー……もう……どうしたらいいのよ……」
お父さんには近所に変な人がいるかも知れないから気をつけて、とLINEを送って、お母さんには、変な夢を見た、と伝えておいた。
その日はそれ以上の夢は見なかったけど、夜はあまり眠れなかった。
「はぁー……」
「楓、またなにかあったの?」
昨日の夜の出来事を杏子に伝えた。
「楓の家の玄関ドア?なにそれ怖い」
「でしょ?向こうにも見えてて、先に特定されたって可能性があるじゃない?で、突き落とすとか放火?とかその辺を考えると……」
「やばい、わね。警察に相談するにしても信じてくれないだろうし。でも一応、変な人につきまとわれている気がする、位は行った方がいいんじゃない?もし本当に見られてるとしたら、警察署に入るところを見せたら効果ありそうだし」
=====
「ほら。やり過ぎたから」
「うーん、もうバレちゃったのかな。でもまだこっちが誰なのかはバレていないみたいだけどね」
「そうかも知れないけどねー。私はどっちでも良いんだけど。でもなんで?」
「俺がこうしたいって言ったんだから黙って力を使ってくれればそれでいい。余計なことは言わないでくれ」
=====
「はぁ……」
「元気ないな楓」
「そりゃ、あんなことがあれば誰だって元気なくなるわよ。もしかしたら、今このお店の中に居るのかも知れないじゃない」
「今日はバックヤードに下がるかい?」
「いやよ。ゴミだ出しとかで外に出る方が怖いわよ」
「それもそうか。ま、何かあったら大声を出してくれ」
なにも来ないで。そう願いながらバイト時間が早く過ぎるのを待っていた。しかし、願いは叶わなかった。
「ちょっと……」
厨房から様子のおかしい私に声がかかったが、私は確認せずにはいられなかった。あの景色は間違いなくこの店のメニュー表だった。メニューだけで卓番までは分からなかったけど、今メニューを見ているヒトは……!
私は作りかけのパフェをそのままにホールを見回す。
「メニュー……いない……」
新規のお客さんはおらず、みんな食事をとっていた。
「どうした?大丈夫か?」
卓を片付けた良太が戻ってきて声をかけてきた。
「メニュー表が見えたの。このお店の」
「この店の?ほかの店舗じゃなくて?」
「分からない。メニュー表しか見えなかったから」
そう聞いた良太もホールのお客さんを見回す。
「流石に分からないな……。こっちの様子をうかがっている感じのヒトも居ないし。まぁ、帰りは俺が送って行くし、そんなに心配するなよ」
良太にそういわれて作りかけのパフェを完成させてお客のところへ持って行った。感じる目線は……特になしだった。
「じゃあ、悪いんだけど、家まで良いかな」
「OK」
そう言って歩き出した。私は自転車に乗ってきたけども良太は歩きだから、私も自転車を推して歩く。
「それにしても店まで来たってんならヤバいよな。完全につけられてる感じじゃん」
「もう、怖いこと言わないでよ」
「わりぃ」
特に例の現象について話すわけでもなく、別の話題を話している内に家の前までやってきた。
「ありがとう」
「念のため、家にはいるまでここにいるから早く」
良太にそういわれて、自転車を停めて鍵を開けて中に入る。ドアを閉めて鍵をかけた。
「ふぅー……」
玄関ドアにもたれ掛かって大きなため息をつく。チェーンロックもかけた。リビングに行くとお母さんは晩ご飯を作っていた。レースのカーテンだけ閉まっていたので、遮光カーテンも閉めた。二階の自分の部屋に行こうと思ったけども一人は心細いのでリビングのソファーで両足折り曲げてクッションを抱えて顔を埋める。
「なんでこんなことになったんだろう。私が相手を捜そうとしたから?私よりも先に向こうには私の事が見えていたから?」
ガチャ……ガチャンッ!ガチャンッ!
突如として鳴り響く玄関ドア。一体誰なのか