相談
この現象を信頼できる友人相談、その後の行動は
「ただいまー。おかーさんなんか飲むものあるー?」
「おかえりー。冷蔵庫に林檎ジュースなら入ってるわよ」
林檎ジュースで口の中の苦味をのどの奥に流し込む。今日だけで、電車の景色にオニギリに課長にビール。何となく分かってきたんだけど、どこかのオジサンサラリーマンかな?私をハッキングしているのは。
そんなことを考えながらお風呂に入り湯船に浸かって天井を眺めているときだった。
「きゃあっ!!」
「楓?どうしたの~?」
「大丈夫。なんでもない!びっくりしただけ!」
びっくりした。少し目を閉じて開いたら知らないオジサンの顔が目の前に一瞬……。今、思い出しただけでも怖い。幻覚?にしてはハッキリしすぎてるし……。疲れているのかな。
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今朝の英語小テスト結果は私はいつも通り。でも楓はいつもらしくなかった。やっぱり、課長?のせいなのかな。きっと明日、楓は疲れて登校してくる。だから私も疲れておかないと。話を合わせなきゃ。
それと……バイト先でもきっと何かあったから聞いてあげなきゃ。
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「おはよう楓」
「あ、おーはーよー」
やっぱり。疲れてる。
「バイト先でなんかあったの?」
「あったあった。もう苦くて」
「なにが?」
「烏龍茶」
「烏龍茶??苦い烏龍茶?」
「そう。例のやつがやってきてさぁ」
昨日も多分そうなんだけど、楓はたまにこういうことを言う。変だなぁって思うけど、私は好き。突拍子もない話だし聞いてて楽しい。昨日は烏龍茶がビールになってて、お風呂で変なオジサンにのぞき込まれた、ということで疲れている、だそうだ。
「杏子ぉ~、私、どうしちゃったのかなぁ~。最近すっごいのよホント。気のせいなんてもんじゃなくて、コレは現実!五感に訴えかける現実!って感じになってきたのよ」
楓の見ている幻覚はランダムだけど、繋ぎ合わせると大人の男性が見えてくる。年齢は……多分二十代後半。職業は営業職。お酒とラーメンが好き。電車痛勤。満員電車。たばこは吸わないみたい。彼女は……まだ分からない。
私の日記には楓の見ている幻覚が並んでる。それを埋めて想像するのが私の楽しみ。だから楓に話を合わせなくちゃ。
「楓、今日はまだ来ないの?」
「え?ああ、うん。今日は来てない。他の人には言わないでよぉ?変なヒトに思われちゃう」
「言わない言わない」
この変な幻覚は杏子にだけ話している。親に話して病院に行こうとか言われたらイヤだし。それと、今日はこの前に見た景色の場所の見当がついたから放課後に杏子と見に行く予定。
「ここ?」
「そう。ここ」
いつぞやのシュウマイを吸い込んだときに一瞬見えたラーメン。割り箸の袋に書いてあった店名を検索したら本当にあったから来てみたのだ。
「いらっしゃーい!」
「すみませーん。こちら、魚介系のつけ麺ってありますか?」
「あるよぉ!自信作!それ食べる?」
「頂きます!」
運ばれてきたつけ麺。見た目は一瞬の記憶通り。味は……。
「あ、シュウマイだ……」
「やっぱりシュウマイのときのラーメンはここなの?」
「うん。多分。来る途中の電車の景色もアレと一緒だったし」
「アレ?例のやつで見た景色があったの?」
「そう。電車が鉄橋を渡ったじゃない?あの風景」
やっぱり。楓の見るという幻覚みたいなもの、実際の人物が見ている現実が楓に流れ込んでるんだわ。相手にその自覚はあるのかしら?
「ありがとうございまっしたー!」
「結構美味しかったね。他にもラーメン見てるんだけど、お店が分からないのよねぇ」
現実に景色もお店も存在していたというのに、不思議と恐怖はない。むしろ安心している。幻覚だったら自分のせいだけど、現実に文句の言う相手が居るのなら、その方が楽になる。杏子もそれを楽しんでいる節がある。
「ねぇ杏子。私の夢、日記に書いてる?」
帰り道に寄ったスタバで不意に楓にそう言われて目を丸くしてしまった。
「え?夢?」
「そう。シュウマイのこととか課長のこととか」
バレていた。楓にはバレていた。
「あー、うん。その日の出来事を書くのが日記だから。楓に聞いたことも書いてあるよ」
「悪いんだけどさ、その部分だけ見せてくれない?あ、いやだったら良いんだけど。日記なんて人に見せるものじゃないし」
ちょっと迷ったが、ここまで知られていて隠すこともないだろうと、日記を楓に見せた。
「わぁ、すっごい。自分でも忘れてることがきっちり書いてある。日記って頭いいのね。あと……、この青い字の部分が私の夢ね」
「あ、うん。そう。印象的だったから」
繋ぎ合わせて読むのが楽しいから、とは言わなかったけど、楓も楽しんでるみたいだし別にいいかな。
「オジサン、だねぇ。コレ絶対にオジサンだよ。サラリーマンのオジサン。年齢は分からないけど。ねぇ杏子、このオジサンを探してみない?電車からの景色もラーメン屋も実在したから、このオジサンも実在すると思うのよね。しかもそんなに遠くない場所に!」
「あー……言うと思った。本当に探すの?変な人だったらどうするの?それになんて話しかけるの?」
「んー、見つけてから考える。あと、これ、女の子だけだと怖いから、男の子にもついてきて貰うのはどう?」
「クラスの?」
「うーん、それでもいいけど、変な噂がたつのもイヤだし、バイト先の良太かな」
早速私は次のバイト休憩中に良太に事の顛末を話した。烏龍茶とビールの話もあったし、割と説明しやすかったし、良太も面白そうだと話に乗ってくれた。
「で?どこから探し始めるの?」
「うーん、まずは見た景色を探して、そのオジサンの生息エリアを特定した方がいいんじゃないか?」
「生息エリアって良太、珍獣じゃないんだから(笑)」
「他人の意識に入ってくるなんて珍獣そのものだろ」
「楓、珍獣かどうかは置いておいて、捜索エリアを特定するのは良い考えだと思うわよ」
私たちはこの町の地図を買い、夢の中でみた景色と店をチェックしていった。
「このオジサン、神出鬼没かよ。まるで一貫性がないぞ。通勤経路だって浮かんでこない」
「あ!もしかして複数??ほら、この前、変なオジサンにのぞき込まれたとか言ってたじゃない?」
「あー、そういえば。でも複数かぁ。見てる夢はそのオジサンの目線風味だからなぁ。複数人だったとしても分からないかなぁ」
「ほら、見えている景色の高さとか、持ち物とか」
「うーん……そこまではわからないや」
「ま、とにかく情報を増やすしかないだろ。で、最新の情報は何かあるのか?」
「えーとね……その……ね。ちょっと言いにくいというかなんというか……」
「なによ」
「ト、トイレ?」
かなり恥ずかしい。見た内容を言った方が良いのだろうか。なんて言ったら良いのかな。
「なんだ楓、見ちゃったのか?」
「え?あ……うん……見ちゃった」
「ん?え?なにを?」
「杏子ちゃんだっけ?つまりだな」
良太は立ち小便する格好をして股間に指を指す。
「あー!あー!セクハラ!」
「なんでだよ。知りたかったんだろ?それよりさ、日記にはなんて書くんだ?」
良太はニヤニヤしながら杏子に迫っている。
「なんて書くって……アレを見ちゃった、とか?」
このままだと、良太が余計なことを言いかねないと思った私は、それで良いじゃない、と話を遮った。
私は杏子ちゃんが日記に青色で書いた部分を自分のノートに写し、自分でも起きた内容を書いてゆく事にした。今日はあまり詳しく言えなかったけども、あれは制服?スーツ?そんな感じだった。その日の夜には晩ご飯の最中に唐揚げを食べていたのにカレー味がしたので、きっとオジサンがカレーを食べていたんだと思う。景色は見えないで味覚だけっていうのは初めてかも知れない。
その後、例の現象はどんどんエスカレートしてゆき
次回「来訪者」