勇者さん
変な浮遊感がある。今いるのは真っ黒な空間だ。そのせいで辺りを確認できていない。・・・正しいのか分からないけど、下へと落ちていっている感覚がある。
俺は新しい世界のことを考えてワクワクしていた。あの女神に魔王を倒せと言われて倒せるとは到底思えないけど、それを差し引いてのメリットがあった。それは社会に出なくていいことだ。その一点だけは嬉しかった。
それからしばらくして変な浮遊感がなくなった。多分異世界に着いたのだろう。目を開けるとそこは、綺麗な青い空があった。周り一面の緑。見晴らしが良く、服をなびかせる風が気持ちよい。こっから俺の異世界生活が始まるのだ!そう思った。
そして何度も辺りを見回す。やっぱりそこは草原だった。
「いや、街スタートじゃねーのかよ」
ふざけるな。何でこの世界の事何も知らないのに草原スタートなのだ。普通そのまま野垂れ死にするぞ。まあそんなこと思っていても仕方がない。何も始まらない。俺はしぶしぶ草原を歩いていく。
綺麗な風景だ。いつも家に引きこもっているから知らなかったが、人の手を加えていない自然ってこんなにも美しいのだな。俺は柄になくそんなことを考えていった。そして遠くをふと見た。そしたら草が無く土丸出しの一本道があった。しばらく考えて導き出された答えはこの道に沿って歩いたら何かしらの集落があるのではないのか。って事だ。
そしてその道を歩いていたら。運良く今いる前の道から馬車が来るではありませんか。運がいい。あれに乗せてもらうように交渉しよう。そして俺は絶対に乗せてもらえるように計画を練る。
俺は自分で言うのもあれだが変にコミュ力があると思う。なのでそれを活かせるいい場面が来たと思う。
俺の考えはこうだ。まず、道に迷った可哀そうな少年を演じる。そしてこの馬車とか御者さんとかをさりげなく褒めて相手が気分良くして乗らしてもらおうっという作戦だ。結構いいんじゃないんだろうか。
・・・俺は今薄気味悪い表情をしているだろうな。まあそんなことはどうでもいい。馬車は目の前だ。作戦を始めるぞ。
「すいませ」
「ひぃぃぃ!盗賊だ!護衛さん!出番ですよ!!」
「任せな!!」
あれ。俺が想定していた場面と違う。
「あ、あの。」
「さーて俺は手加減なんかしないぜぇ!」
おいこら人の話を聞けよ!!お前子供の時教わらなかったのかよ!!俺は教わったぞ!人の話はしっかりと聞きなさいってな!この馬鹿!そして俺はダッシュで逃げる。それはもう、脱兎の如く。思いのほかそれは速く、あの女神が言っていた倍率が少しかかっているのか思った。
そのまま草原を走って、あの護衛が追ってきていないことを確認する。よし。追ってきていないな。ま、まあ異世界だし予想できないこともあるよね。俺は今走ってきた道を戻っていった。
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街が見えてきた。いや、街というよりは大きな外壁で中が見えないんだけど。おそらく中は人でにぎわっているはずだ。とにかく入ってみないと分からない。門に人が立っているからとりあえず中に入れてもらおう。
そう思って近づいてみる。何も声をかけられない。通り過ぎて中に入ろうとしても見向きもされない。俺の予想だったら身分をとか聞かれると思ってたんだが。そう思って声をかけてみた。
「あの」
「ぐぅ・・・」
寝てんじゃねーよ。仕事しろよ。何のためにそこにいるんだよ。色々と突っ込みたかったが簡単に入れるのならそれにこしたことない。黙って街に入らしてもらった。
門をくぐるとそこはにぎやかな街だった。門の近くって事もあるのか近くに薬屋さん、武器屋、防具屋となどの戦いにまつわる店が多かった。
「結構人がいるんだな。」
俺が思ってたよりたくさんの人が居てびっくりした。とりあえず宿と食事を確保したい。その為にはどうしていいのか分からないので近くの人に声をかけてみる。
「ねえ、旅人なんだけどお金を盗まれてしまってさ。お金を稼げる場所ない?」
我ながらいい言い訳だと思う。今速攻で考えた言い訳だがこれなら勝手にこの街に入ったことなんてばれないし自然なのではないだろうか。
「なんだおめぇ。男ならギルドでも行って金を稼いで来いよ」
なるほどな。金がないならギルドで稼ぐのがこの街での一般常識なのか。覚えておこう。
「そりゃそうだよな。ありがとう。それでギルドってこの道をまっすぐ行ったとこだよな?」
あえて俺は知っている風に。怪しまれないように。もちろん俺がそのギルドへの道を知っているわけがない。なのであえて間違った知識を出して、本当の道を教えてもらうという作戦だ。
「ああそうだ。お互い冒険者として頑張ろうぜ。」
そう言って男は去っていった。なるほどね。ギルドか。ギルドと言えばあれだよな出された依頼をこなしていって色々な冒険がある、あのギルドだよな?急に異世界に来たという実感がわいてくる。
おぉ!楽しみだ!行く前は物凄い嫌だったのに。来てみたら楽しんでいる自分がいる。期待しながら自分が指した道を歩いていく。それはそうとこの道であっていたんだな。
――――――――――――――――――――――
「ここがギルドか・・・。」
ギルドの外装を知らない俺は色々な人に聞きながらここまで来た。このギルドの扉を開くのはなぜか緊張する。新しい店に足を踏み入れる感覚に似ていると言ったらいいだろうか。でもここを開かなければ新しい人生を開けないと言っても過言でもない。・・・むしろ開けないと金が稼げなくて人生がつむ。
勇気を出して俺はその扉を開いた。中はいたって単純だ。テーブルと椅子がところどころにあってカウンターが並んでいるだけだった。そして人はそれなりにいた。俺の想像では屈強な男どもがガハガハ笑っているイメージがあったのだが、案外そういう人だけじゃなさそうだ。
「依頼を受けたいんですけど。」
このギルドの仕組みとか分からないのでここの関係者っぽい女性に声をかける。
「という事は初めてのご利用ですか?」
「ええ、そうです。」
「なるほど。なら少しこちらへ。」
そう言ってさっきのカウンターの一つに案内された。木で作られた椅子に座り、その彼女は奥からナイフとカードを持ってきた。
「ではあなたの血をこのカードのくぼみに垂らしてください。」
そう言われてナイフとカードを渡された。血を垂らすってこのナイフで指とか切ったらいいという事だよな。俺はナイフを持ちチクッと指を傷つける。そしてカードの左端にある小さなくぼみに垂らした。
するとカードのくぼみを中心に魔法陣が展開されて、カードに色々な情報が書かれていく。
なにこれ!?かっけぇ!俺は非科学的なものは信じない主義なのだがこういう中二チックなものは大好きだ。・・・いいよね。何かこういうの!
「無事にできたようですね。ではそれを貸してください。」
俺は言われるままにカードを渡した。
「ふむ。氏名はヤマモト・ジュン。職業は勇者。能力値は・・・ってえぇ!?勇者!?あなた勇者なのですか!!?」
その職員の叫び声に周りの人がバッ!っとこちらを見た。
「おいおい聞いたか!?」
「あいつが勇者ってマジか!?」
「おいおいなんだお前ら?俺なんてあいつが入ってきた時の足運びで只者ではない気づいていたぜ」
「だよな。なんつーか雰囲気があるよな」
「まじかよお前らやるじゃねーか」
周りがざわめく。フフフ・・・。流石俺。やっぱりこういうのがお約束か。俺はそれなりに娯楽をたしなむ男。このような展開は読めていたさ。
「さぁ!職員さん!俺の能力値は何かなぁ!!」
俺はこの空気をもっと盛り上げるように大声で叫ぶ。多分職業が勇者だから能力値も凄いはずだ。さあ、職員さんよ。沸かしてくれ!
「は、はい!えっと能力値は!・・・一般人に毛が生えた程度ですね」
その職員さんの言葉に時が止まる。これほど盛り上がったときに周りを静かにする発言を聞いたのは人生初だった。
そして時は動く。
「聞いたか?」
「・・・色々と可哀そうなやつだな」
「誰だよ。あいつの事只者じゃないって言ったやつ」
「いや、よく見ると普通だったわ」
「おめぇ言ってるとこ変わりすぎだろ」
俺は先ほどまですっごく笑顔だったのに今では真顔だ。この・・・一気に期待を上げといてどん底に落とされた感覚。まぁ、想像ついていたんですけどね?身体能力とかさほど変わっていないな~って分かってたんですよ?でも、勇者って言われたからにはやっぱ期待するものじゃないですか。てかしたいじゃないですか。
「あ・・・あの・・・。元気出してください」
うるさい。そんなもので簡単に立ち直れるほど俺のメンタルは強くないやい。