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揺らぐ

 輿はゆっくりと持ち上がった。


 ヒィ、ゆれるぅぅ。

あたしゃこういう不規則な揺れ方をする乗り物が嫌いなんだ。


 えええ。

待て。

肩の上に担ぐんですか?

完全にお神輿状態じゃありませんか。

高い、怖い、揺れる。

待て。待ってくれ。

心のご準備ができとりませんよ。

できる気もしないけど。


 進み出したよ、おい。

いやだぁぁ。

高いよ。

外人、背が高すぎだよ。

揺れるぅぅ。

怖い怖い怖い怖い。

無理無理無理。

やめてー。


 知らない外人に囲まれ、無理矢理輿に乗せられ、何処かへ連れて行かれるという精神的恐怖と、不安定に揺れるという肉体的恐怖に耐えきれず、私はありったけの声で喚く。

「とまれぇぇ。下ろせぇぇ」

 私の叫びに反応したかのように、輿はピタッと止まり、ゆっくりと下りていく。

 私は本能的に輿を飛び降り、一気に走り出した。


「あ、聖なる乙女!!」

 背後から外人その壱らしき声が飛んできたが、私には関係ない。

と、いうより、声を聞いた瞬間、私は一気にスピードをあげた。


 もうゴメンだ。

あんな外人たちに護送されるなら、野垂れ死んだほうがいい。


 ううっ。息苦しい。

脚もしんどい。

日頃の運動不足が祟ってる。

しかし、今は止まるわけには行かない。

倒れるまで全力で走るのみだ。


 私は死に物狂いで走りつづけた。


と、聞き慣れない音が聞こえてきた。


 この音は時代劇で聞いたような……。

もしくは、赤鉛筆。


 私の脳裏を、砂浜を行く白馬に乗った将軍サマと赤鉛筆を耳に挟んだ親戚のおっちゃんが、かすめていった


 馬!!

そう、馬だよ、馬。

馬が走る音だよ。

前方になにやら砂煙まで見えてきてますよ。


 疾走する馬。

キケン。

ヤバい。

轢かれる。

死ぬ。


「ギャー」

 酸欠気味の私は、どうして良いかわからず、慣性の法則に身を任せて走りつづけた。


 目前には馬。

私はもう死んでいる。


 不意に身体が宙に浮いた感覚があった。


 な、何なんだ?

ずいぶんと早いお迎えだな。

痛みも感じなかったぞ。

まぁでも、痛みを感じないですんだのは嬉しい。

が、この揺れはなんだ。

えらく揺れる。

さっきの輿の比ではないな。

黄泉路の道中はこんなに揺れるとは聞いてないぞ。


 私は目を開けた。

飛び込んできたのは、飛ぶように流れていく地面。

そして、舞い上がる砂埃。


「ひょえぇ」

 口を開いた途端、砂埃を盛大に吸い込んでしまい、私は咳きこみかけて、反射的に口元に手をやろうとした。

 身体がずり落ちそうになり、慌てて何かにしがみつく。


「グホッ。ゴホゴホ」

 そのまま思いっきり咳き込む。


 うううっ。

苦しい。

息ができない。

今現在、どういう状態かわからない。

とりあえず、生きてて、揺れてる。

手を離したら落ちる。

埃で苦しい。

涙でる。

助けて。


 男性らしき低い声が降ってきた。

残念ながら、聞いたことのない言語だ。

しかし、私にはその言葉の意味が分かった。

おそらく、「暴れるな。大人しくしろ」というような事を言っている。


 突然の出来事なんだから暴れて当然だろがぁ、と思ったが、今は大人しくした方が得策だ。

 この大きな揺れ、流れていく景色、そして聞き覚えのある足音。

認めたくはなかったが、恐らく私は馬上にいる。

なぜか分からないが、あの馬に回収されたらしい。

そこまでは判った。

しかし、この状態を目で確認する余裕は、私にはなかった。


 揺れる。落ちる。怖い。馬。

落馬したら死ぬ。

絶対死ぬ。

スピード出過ぎ。

さっき、一瞬、死んでも良いと思ったけど、撤回します。

死にたくない。

こんなとこで死ぬなんてヤダ。

畳の上で死にたい。


 私は必死でしがみつきながら「ウマウマウマウマ」と呪文のようにつぶやき、なんとか正気を保とうと頑張っていた。


 どれくらい経っただろうか。

腕は痛くなりすぎて感覚がなくなっていた。

私の脳内では白馬の将軍サマが走り回り、私はかの有名時代劇のテーマソングをエンドレスで歌っていた。


 端から見れば、発狂しているようにみえるかもしれない。

しかし、私はいたって正気だ。

なにか他のことで埋めないと、恐怖と不安でどうにかなりそうだった。

特別ファンってわけではない。

だが、あのテーマソングと情景、そして題字は平和を感じるのだ。

懐かしい。

あの頃に戻りたい。

ネイティブな日本語が聞きたい。


 ひときわ大きく揺れたのを最後に揺れは止まった。

知らない言語が、知らない声とともに降ってくる。

 私はそれを拒否したくて、微かな声でテーマソングを歌っていた。


 身体が宙に浮いた。

足が固いモノに触れる感覚があった。


 ああ、久しぶりの地面だ。

恋しかったよ。

君ほどしっかりと安心感のある存在はいない。


 私は確認するように、そのままフラフラと数歩あるいた。


 ああ、私の愛しい大地よ。


 肉体的恐怖から解放された安堵感とともに、何かが体内を駆け上がってくる。


「ぅっぷ」

 私は身体を折り曲げるようにしゃがみこむ。


「おぇぇぇ」

 吐き気にまかせるまま、ちょっと泡だった液を吐きだした。


 この苦酸っぱい味は、胃液っぽいな。

他に何も出ないということは、食後すぐというわけではないらしい。


 誰かの大きな手が私の肩に触れる。

知らない言語が耳障りだ。

 私は渾身の力で身体をゆすって、その手を振り払った。

動いた反動なのか、第二波がこみあげてくる。


「げぇぇ」

 身体が前に傾く。

私の口からは、もはや何も出てこなかった。


 気持ち悪い。

吐きだせないことがつらい。

胸の奥のこの詰まりをどうにかしたい。

いっそ、内臓をすべて吐き出した方が、すっきりするのではないか。


 私は両手両膝を地面につき、ほぼ四つん這いになって、こみあげてくる第三波、第四波に身体を大きく揺らし続けた。


「大丈夫ですか?」 


 ああ、日本語だ。

しかも、思いっきり流暢。

日本人だぁぁ。


 私は声の主を探そうと顔を上げた。


 ううっ。ヤバい。

視界が揺らぐ。

しかも、暗くなってきた。

今は昼間のはず。

音が遠のいていく。


 この状況で意識を失うんですか、私。

いま、ここで気を失ったら、完全に詰んでしまいますよ?

しかも、断じて私はそんな気弱なキャラじゃない。


「大丈夫ですか?」


 あぁ、日本語っていいなぁ。


 私はそのまま意識を手放した。

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