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発端

 気がつくと見慣れない場所にいた。

とりあえず、辺りをキョロキョロと見まわしてみる。


 鳥の鳴き声が聞こえ、木や草が生い茂っている。

とはいっても鬱蒼としているわけでなく、木々の間からは明るい陽射しが差し込んでいるし、空を見上げれば枝葉の間から、ぬけるような見事な青空が見える。


 季節は新緑を少し過ぎたあたり、真夏に入る手前といったあたりだろうか。


 あの少し白っぽい横縞がある樹皮はシラカンバもしくは、ダケカンバだったか。

シラカンバなら標高はさほど高くないが、ダケカンバだとすれば1500メートル以上だった気がする。

どちらにしろ、私の薄っぺらい知識では見分けがつかない。

足元に生い茂る草に関しては、もう完全にお手上げ状態だ。


 とにかく、ここは森の中ということだけはわかった。

しかも、ちょっぴり涼しい風が吹いている。


 で、だ。

なぜ私はこんなところにいるのだろうか。

それが問題だ。

直前の記憶をたどってみようとしたが、考えようとすると、頭の奥の方がキリキリと痛んで、考えることを拒否する。


 とすると、何者かに頭部を殴打されたのであろうか。

いや、それはない。

頭を触ってみたが、たんこぶらしき出っ張りはないし、触って痛いという部分もない。


 では、薬物なのだろうか。

それも考えにくい。

私はよく分からない薬物は絶対に口に入れない。

危険ドラッグでハイになってここにやって来た、というようなことは考えにくい。


 夢遊病でもあるのだろうか。

それも考えにくい。

休日の朝、寝ぼけて慌てて出かけようとしたこともなくはなかったが、ちゃんと記憶はある。


 むぅ。

とりあえず、なぜここにいるかと考えるより、これからのことを考えた方が効率が良さそうだ。


 さて、どうする?

次に必要な情報は、そうだ、時間だ。

一体今は何月何日の何時頃なのだろうか。


 私は腕時計の文字盤を見ようと腕を持ち上げた。

時刻を読み取る前に、秒針が全く動いていないことに気がついた。

ちっ。

ソーラーのくせに電池切れだ。

これじゃあ、まったく参考にならない。

それならば、スマートフォンを見ようではないか。

確かいつも・・・・・・。


 そういえば、私は一切の荷物を持っていない。


 そうだ服装だ。

私は今一体どんな服装をしているのだろうか。

それは直前の状態を知る重要な手掛かりになるはずだ。


 私は自分の身体を見ようと首を曲げた。


 大変だ。

思いっきり部屋着だ。

すこしくたびれた青いムームー。

友達が沖縄土産に買ってきてくれたやつだ。

沖縄でムームーというのは解せなかったが、袖もあるし、スカートの裾も長く、綿素材で着心地はいい。

夏場には重宝している愛用の逸品だ。


 ふむ。

足はつっかけを履いているぞ。

この出立ちは、ゴミ出しか新聞または郵便物を取りに行く出立ちだ。

もしかすると宅急便かもしれないな。


 私はムームーにサンダルという、情けない格好で、知らない森の中に居るのだ。

衝撃の事実だった。


 落ち着け。

落ち着くんだ。

大丈夫だ。

どうにかなるはずだ。

来たんだから、帰れるはずだ。


 そうだ、とりあえず深呼吸だ。

酸素をいっぱい補充して、脳みそをフル回転させよう。


 私はバクバクと大きく波打つ心臓を鎮めるために、胸元をおさえながら、何度も深呼吸を繰り返した。


 と、ガサッという物音がきこえた。

私はビクッと飛び上がる。


 森の中で物音。

動物か?

も、もしや、クマ!?


 一気に心臓が暴れ出す。

息が詰まりそうになる。


 クマ。クマ。クマ。


 頭の中に、いつかどこかで見た「クマ注意」の看板が踊った。


 いや、まだクマと決まった訳じゃない。

しかし、最悪の事態を想定するべきだ。

クマに出会わない方法はすぐに思い浮かんだが、クマに出会ってしまった場合の対処法が浮かんでこない。

喉元まで出かかっているのに……。


 ガサガサとさらに音がした。


 警戒態勢に入っていた私は、音の方向をなんとなく予測し、そちらの方向をみる。


 とにかく、目で確認するのだ。

相手の様子をしっかりと見定めて行動するのが、一番生き残れる可能性が高いはずだ。


 私は静かに、逃げる際に邪魔になるであろうサンダルを脱いだ。

幸い、靴下ははいていた。

裸足よりもいくらかましだ。


 前方の草むらが揺れた気がする。


 私は口から飛び出しそうな心臓を無理矢理呑み込み、できる限り息をひそめて、まばたきもせずに凝視しながら少しずつ後退をはじめた。


 ザザっという大きな音とともに、茂みがかき分けられた。


 クマぁぁぁ。


 ではなかった。


 人間だった。

しかも、外人だ。


 目の前に濃いめの金髪に、薄い色の瞳の長身の、おそらく男だと思われるの外人がいた。

その後ろにも数人の男性らしき人間がいる。

残念ながら、みんな外人。

アジア系は一人もいない。

そして、揃いも揃って、妙ちきりんな服をきていた。


 最悪の事態は免れた。

しかし、安心はできない。

目の前に現れた人間が、一体何者かわからない。


 安っぽいファンタジー映画の中に出てくるような姿の外人たち。

コスプレしてハイキングでもしているのだろうか。

変わったヤツらだ。

外人というのは、よくわからないな。

いや、そんなことはどうでもいい。

とにかく、敵意のないことだけは示しておこう。

なにしろ、多勢に無勢。

絶対に勝てない。


「こんにちはぁ」


 努めて明るい声で、無理矢理笑顔を創る。


 先頭の外人その壱がなんか言った。


 おい、何語だよ、それ。

生まれてこのかた、聞いたこともない言語だ。

私は外国語ができない。

しかし、長年生きていれば、喋れなくても、どこの国の言葉っぽいかぐらいは、判断できるようになるのだが、全くわからない。


「おおっ」


 外人たちが感嘆の声を上げた。


 こういうのは万国共通なんだな。

 私は妙に関心しながら、警戒態勢を崩さずに外人たちの観察を続けた。


 いきなり外人たちが膝をついた。


 突然の不振行動に、私は一、二歩後退する。

逃げる気満々だった。


「セイナルオトメ、オマチシテマシタ」


 外人その壱が言った。


 What?

思わず疑問詞が、英語で浮かんだ。


 今、日本語くさかった。

イントネーションはかなりおかしいが、日本語っぽい単語がきこえた。


「こんにちは」


 私はとりあえず、再び挨拶してみる。


 いきなり「日本語しゃべれるをんですか?」なんて、ちょっと聞けない。

まだ日本語と決まった訳でもないのだ。


 外人その壱は、一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに気を取り直したらしく、真面目くさった顔になった。


「こんにちは。セイナルオトメ。お待ちしておりました」


 今度はハッキリと、おかしなイントネーションで言った。


 よし、日本語だ。

日本語しゃべれるのはありがたい。

しかし、私は外人に知り合いはいないし、いたとしても、目の前に跪いている外人たちに、見知った顔は一人もいない。

よって、待たれる筋合いはない。

が、今はそんなことはどうでもいい。


「すみません。私は道に迷ってしまいました。ここはどこでしょうか?」


 外人にはきちんとした日本語の方が通じるらしいという話をどこかで聞いたことがある。

私はなるべく教科書に出てきそうな言葉づかいを心がけた。


「ここはルーカフィー王国、予言の森。あなたは降臨したのです。セイナルオトメ」


 外人その壱は真面目くさった顔で言った。


「ルー……カフェ?」

「ルーカフィー王国です。セイナルオトメ」


 私はしばらく声も出せなかった。


 大変な事態だ。

外人コスプレイヤーたちは、なんかの世界の住人になりきっている。

いや、もしかしたら、妙な新興宗教かもしれない。

これは厄介なタイプの方々だ。

出来れば関わりたくない。

しかし、現状、私には彼らしかいないのだ。


「そ、そうなんですか。ところで、ここは何県なのか教えて下さい。東京都ですか?」

「トーキョート? ここは予言の森です。セイナルオトメ」


 うわぁ、めんどくさいなコイツ。


「えっと……。その予言の森はどこの県にあるのでしょうか?」

「ケン? ここはルーカフィー王国です。セイナルオトメ」


 堂々巡りですか。

もういいです。


「この森を出るには、どちらの方向に進めばいいのでしょうか?」


 とにかく、街へ出ればなんらかの手掛かりは得られるはずだ。

舗装された道にさえ出ることができれば、何とかなるに違いない。

ここで、変な外人と禅問答しているよりも、よっぽど効率的だ。


「かしこまりました。セイナウオトメ。こちらへ」


 なんとなく、ひっかかるが、どうやら案内してくれるらしい。

私はサンダルを探した。

外人その弐が、サッと私の足元にサンダルを置いてくれた。


「あ、どうも。ありがとうございます」


 私は思いがけない外人その弐の行動に、とりあえず礼を述べて、サンダルを履くと、歩き出した。

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