第四話 偵察・下
第四話。やっとこのゲームの真相が明らかとなります。
夜。
石レンガが円状に広がり、十字に道路が広がっている。周囲は三階建てほどの家が、広場を囲んでいる。
四隅は水が、放水口から流れ出ており、石レンガとその水溜りを花壇が隔てていた。ぶら下がる街灯や、地中に埋められたライトがガラス越しに広場を照らしている。
光は、南方向の道から入り、広場中心部で周囲を見渡す。花は美しく咲いており、透き通った水は、仄かな温かい光を反射している。
街灯を一瞥すると、どこも電球とセットで、監視カメラらしきものがぶら下がっていた。形は半球形で、黒い。それは、ここに限らず、最初にニコラと交戦した際も、昼に街を回った時にも、街灯とセットで監視カメラはぶら下がっていた。
それは光にとって不快だった。別に自意識過剰という訳ではないが、常に追われている感じがしていて、誰かに常に見られていると思うと、背筋がゾッとする。
『娯楽か見世物か、或いは権威を示すためか』
先日のノーラの言葉が脳裏に浮かぶ。
ノーラの憶測通りなのであれば、ここでの死闘を誰かが監視して、それに愉悦を覚えている。そう思うと、監視カメラを見るだけで、虫酸が走る。
足音が聞こえた。ザッ、ザッ、と、その一歩一歩は重く聞こえる。
「おー。ようやっと見つけたわい」
光の向かいに、一人の大男が現れる。顔立ちは二十過ぎほど、髪は短く立っており、体は筋肉質だった。
深緑色一色の軍服には国を示すエンブレムが付いていた。それは光にとって見覚えのあるマークだった。
光は剣を出力し、身構える。すると、大男が手のひらを見せて言った。
「おいおい、俺はそんな物騒な事をしにあんたに会いに来たわけじゃない」
「じゃあ、何の目的。ウラジミール連邦共和国」
ウラジミール連邦共和国。光が、十ぐらいの時に会敵した国だ。
「何‥‥‥。そうだなぁ~」
大男は背負っていた布のリュックから瓶と盃を取り出す。
「あんたと話をしたくて、俺は来た。オーレリアの麒麟児と呼ばれた、あんたにな」
大男は広場へと足を入れ、光に近付く。これ以上近寄るな、と、光は剣先を大男に向ける。
「今の俺は生身の状態だ。おまいさんに手出しはできねーよ」
光は測力眼で大男の対内のエナジー、魔力の状況を調べる。
確かに彼の言う通り、彼は生身の状態で、魔力量も低く、即時に攻撃が繰り出せられる状況では無かった。
光は剣の出力を切り、大男が地面に座るのに続き、腰を下ろした。
大男は、二つの、透明で空の盃に紫色の液体を瓶から注ぐ。
「折角、世界中の高級銘柄が飲み放題なんだ。堪能しておかねば損であろう」
「それも、盗んだの?」
大男はキョトンとした顔で光を数秒見つめた後、大声を上げて笑う。
「乱入者と聞いたが、まさか何も知らないとは!」
「ああ、知らないよ。何にも」
二つの盃に紫色のワインが注がれる。光、大男の順で盃を選び、底を持って眼の前に持っていく。
「そういや、自己紹介が遅れたな。俺の名はアンドレイ。命のやり取りを見て、カッコいいと思ってしまった、ズレた男だ」
大男から、無垢な笑顔が溢れる。
「インジェクス出身、藍原光」
インジェクスとは、外界からの光の故郷の呼ばれ方だ。
グラスのような盃をカチンと接触させ、アンドレイはワインを一気に飲み干す。それに対して光は、小さく一口だけ飲んだ。
濃厚な果実の味わいで、コクが豊かだった。今まで飲んだことのあるワインの中でも、このワインは一線を画していた。
光の表情が綻んだ。彼女は盃を口へと持っていき、一口、また一口とワインを喉へ運んだ。
「ぷはー! 流石は銀河帝国の高級ワインだ」
「これ、幾らするのよ」
アンドレイが瓶をそーっと持ち上げ、銘柄を覗き込む。
「中小国の年収ぐらいはするんじゃねぇのか。なんせ、一番厳重に保管されていたのを持ってきたからな」
「ふうん。美味しいのも納得ね」
上を見上げると、濃い藍色に光の点が幾つも浮かんでいる。広場は、とてもロマンティックな雰囲気を醸し出していた。
「けど、こんな美酒がタダだなんて、余計不自然だよ」
アンドレイは三杯目を飲み干し、盃を石レンガへと置く。
「不自然でも、何でもないさ。この街全体が、世界中のスポンサー会社によって成り立っているからな。この空間内では、戦いも、今の俺らの会話も、ほぼ全世界に放映されてんだ。
逆に言えば、世界に売り出すチャンスでもあるんだ。それに、実際の戦争費用に比べれば、コイツなんてほぼタダだからな」
光は、街灯と一緒にぶら下がっている監視カメラを一瞥する。アンドレイの言うことが真であるならば、彼女の顔が、全世界に放映されていることになる。
アンドレイの心音からも、嘘をついているようには思えない。
「というかおまいさん。本当にヴェストファーレンに雇われた訳じゃないのか?」
目を開き、疑問に満ちた表情でアンドレイは言った。
ヴェストファーレンは、ノーラの属している国で、換装体の服装である、赤いジャージの胸元にプリントされたエンブレムが示す国であろう。
「ああ。故郷を目指して世界を転々としていたらこれだよ」
光は一口、ワインを口へ運ぶ。甘く濃厚な味わいが、口内へ広がる。
「去年、見知らぬ土地に飛ばされて、最近やっと帰国の目処がついた。
この国には三日ほどで通り抜ける予定だったけど、来てみりゃこれって訳」
光は続けた。今日で三日目。光の帰国に対する予定はもうすぐ瓦解する。
アンドレイは大きく濁った声を上げて笑う。
「この結界を突き破るほどの勢いで国を跨ぐだなんて、そんな必要無かろう」
「いや、降り立つ場所を誘導される可能性があるから、それなりのエナジーは必要だよ」
今回は、それが皮肉にもこんな結果を招いたのだ。
「なんなら、リタイアすればいいじゃないか。ま、そんな事しようもんなら、俺が立ち塞がるがな」
アンドレイは五杯目を飲み干した。瓶の七割ほどが、もう消費されていた。
「ふうん。リタイアできるんだね。このゲームは」
「まぁな。俺の国は許されていないがな」
「じゃあ、何で皆リタイアしないのよ。こんな理不尽なデスゲーム」
六杯目を飲み干し、盃を床に置いて、アンドレイは立ち上がる。
「そうだなぁ。おまいさんは何にも知らないんだからなぁ」
アンドレイが街灯を一瞥してから、続けた。
「これはな、次期の覇権国家を決める戦争なんだよ」
放水口から出た水が、四隅の水溜りへと落ちる音が響く。
「少し前だ。俺の国が独立した直後、ほぼ世界中を巻き込んだ戦争が起きた。
この戦争で滅びた国は数知れず。大体どの国も、戦争によって一世代分ぽっかり穴が開いちまったんだ」
円状に広がる石レンガを歩き、光をぐるりと一周するようにして、アンドレイは歩き出す。
「その後、自国民が大きく死ぬことを嫌がった多数の国が考えた結果、この戦いが生まれた。通称『ヒーローゲーム』。
発展している五国が競い、優勝国が覇権を握り、上位参加国が世界連合の常任理事国となって、次期の主導権を握る。今回で二回目だ。確かに、おまいさんには関係の無い話かも知れんがな」
光は、盃に入った残りのワインを飲み干し、地面に盃を置いた。金属製の盃から、高い音が聞こえた。
光は立ち上がる。アンドレイは丁度光の背後に立っていた。
「ああ。私には、この戦争に意味は無い。じゃあ何故あんたは、もし私がリタイアするなら、立ち塞がると言ったんだ」
まばゆく、温かい街灯が、急に冷たく感じられた。
「それは、麒麟児と呼ばれたおまいさんと、手合わせしてみたかったからだ。
言ったろ、俺は、『命のやり取りを見て、カッコいいと思ってしまった、ズレた男だ』と。そして、俺にそう自覚させたのは何を隠そう、おまいさんだ」
一つの街灯が、切れかけているせいか、しきりに点滅し始める。
「あんたは、戦いが楽しいとでも、思っているのか?」
光が、淡々とした口調で言う。アンドレイは再び円状に歩き出し、光の正面へと回り込む。
「おう。楽しいと言ったらただの狂いもんみたいだから、おもしろい、と言った方が相応しいのかもしれん。戦場は、普段じゃ味わえねぇもんを見せてくれる。
だからこそ、おまいさんとはできれば最後に戦いたい。だから、おまいさんがリタイアするのであれば、俺は、今ここで立ち塞がるつもりだ。」
点滅していた一つの街灯の電球が、今消えた。
「あんたは、確かにズレてるよ。
戦場は、地獄だ」
アンドレイの唇はゆっくりと釣り上がり、そしてそれは大きな笑い声へと変容した。
「まさかおまいさんに言われるとは、思いもよらんかった! ‥‥‥じゃあ、時が経った今のおまいさんに聞きたい。
おまいさんはどうして剣を取り、戦っているんだ」
「それは‥‥‥」
どうして、何のために、この剣を振るうのか。光にその答えは出ず、言葉を詰まらせた。
答えに迷っている時、遠くから何かがこちらへ向かう足音が聞こえる。屋根と屋根を伝って、物凄い速度でこちらへ向かっている。
光は剣を出力する。
「この話は今度にしよう」
両手にそれぞれ一本ずつ剣を携えた光が言う。
アンドレイは目を閉じ、笑みを浮かべながら、換装体へと変身する。見た目は余り変わっていないが、コートのような長いマントが増えていた。
「酔い覚ましには、丁度良いか」
光から見て右手の建物の屋根に、黒く流線形の鎧を装備したナイトが一人立っている。右手には、光の身長ほどの、太く重そうな剣が握られていた。
『逃げ切るまで、共闘といこう』
アンドレイの声が通信機越しに聞こえる。光は小さく頷いた。
アンドレイは後ろへ大きく跳躍し、彼の背中に二十発ほどの青い弾が円状に浮かぶ。
黒のナイトは屋根を蹴り、光の方向へと降りる。
空中に居る黒いナイトへアンドレイは浮かべた弾を撃ち込む。青い玉は直線状に素早く飛び、黒いナイトへ命中した。しかし、爆風の中降りるナイトの鎧に傷は見当たらなかった。
黒いナイトは広場へ降り、大剣を片手で振る。その剣は何倍速かしたかのように早い。光は潜り、跳び、身を捻って攻撃を躱す。
光は黒いナイトが生む僅かな隙を見逃さずに反撃の刃を、黒いナイトの首へと振る。
しかし、剣は鎧に受け止められていて、傷一つも見当たらなかった。
黒いナイトが横に大きく振った剣が光に命中する。
二本の剣で受け止めたものの、剣は砕け散り、光は強く突き飛ばされる。家四軒を貫通して、ようやく体の自由が光に戻る。剣は持たなかったものの、光の体の傷は軽微なもので済んだ。
広場から爆発音が聞こえる。アンドレイの弾によるものだ。
(隠密モード・オンっと)
光の姿が透過される。
(悪いね、先に逃げさせてもらうよ)
光は裏路地を抜け、アジトへと戻った。
*
シェルターの開く音が聞こえる。中は、赤い電灯が最低限点いているだけで、薄暗い。
「兄貴! ただいま戻ったぜ」
アンドレイの声がシェルター中に響く。高い身長と、アンドレイと同じ軍服を着た男性が、背を向けて立っていた。
「データは全部見てある。ご苦労であった。
しかし、ヴェストファーレンに藍原が居るとは、少し厄介な事になったな」
「別に俺らが恐るるに足りる相手か? だってあいつのレジスタは旧式だし、相方は二十歳も満たない大学教授だ」
「ああ。油断はできない」
「ふーん。兄貴に言わせるなら、そりゃ大した教授なんだろうな」
「そういうことだ。それとアンドレイ、銀河帝国の方に増援が来ているとかは、無いよな?」
「ああ。レーダーで確認した生体反応は俺含めて九つ。まさかあの結界を突き破る奴が二人も同時に現れるわけがない」
「ならいい。まぁ、暗殺計画は成功したと踏んでいいだろう」
「うっひょ~。相変わらず外道にも程が有るぜ」
「それが戦争というものだ。
アンドレイ。次は分かるな? 銀河帝国に『暗殺したのはヴェストファーレンだ』と伝えろ」
「それ、作戦立案段階から疑問に思ってたけど、本当に上手く行くのか?」
「ああ。暗殺したのは彼の愛妻であり、彼からして藍原はいつでも殺せる相手だ。それに、銀河帝国とヴェストファーレンの外交関係は悪い。彼が乗らないはずが無い。
ヴェストファーレンを全滅してくれたらそれで良し。
逆に、銀河帝国が敗北するようであっても、それだけの力を我々に見せてくれるから、それはそれで良し」
淡々とした口調で、アンドレイの兄は言った。
「開始は明日の早朝だ。それまで仮眠を取っておけ。
後、戦時中に酒はよしといたほうがいいぞ」
「余計なお世話だ」
アンドレイは隣の部屋へと去っていった。
ご購読ありがとうございました。
まだ続きます。何卒よろしくおねがいします。
また、ブクマ等登録してくださると日々の励みとなりますので、気が向きましたらどうぞよろしくおねがいします。