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英雄達のフロンティア  作者: ハル
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第一話 デスゲームの箱庭世界・上


 新編、『英雄達のフロンティア』です。

 別で連載しております『例えこの剣が、憎しみに塗れていたとしても。』のちょいと前の時間軸のお話でございます。そっちを見ていないと話が全然わからない。なんてことはございません。ご安心下さい。

 それでは、どうぞよろしくお願いします。


 一面の暗闇の中、正面から赤色と青色の服を纏ったピエロが一人の少女に語りかける。


「想像してみよう。

 君はトロッコのレールの分岐器の傍に立っている。

 そして、奥からは人を簡単に轢き殺せる速度で、トロッコが走ってきている。

 何と不幸なことに、君の大切な友人が線路の横断中怪我をしてしまったらしく、そのトロッコの行く先で座り込んでいる。

 例え、君が走って助けに行こうとしても、トロッコの方が先に友人へと辿り着いてしまう。

勿論、トロッコは大きい質量を持っている。君一人がトロッコを阻んだとして、蟻のように潰されるだけで、友人は助けられない。

 けれど、君には友人を助けられる手段を持っている。そう、線路の分岐器だ。分岐器のレバーを引けば、友人の居ない方向へと、トロッコを導くことができる。

 しかし、そんな都合よく物事は進んでくれやしない。もし、君が分岐器のレバーを引き、友人が助かったとしよう。すると、トロッコは、何も知らない分岐先の線路の整備員六人を轢いてしまう」


 少女は表情を一つも変えず、手足を動かして語るピエロを見続ける。

 ピエロは少女に顔をぐいっと近づける。ピエロの赤くて丸い鼻が、少女の目の前に迫る。


「さぁ、問おう」


 ピエロは少し顔を引っ込める。


「君は分岐器のレバーを引き、六人を“殺して”大切な友達を守るか。それとも、分岐器のレバーを引かずして、大切な友達を“見殺し”にするか‥‥‥」


 少女の視界は、水面に石を投じたかのように揺れて薄くなっていく。

 そして、次第に金縛りのように利かなかった五感が、機能を取り戻す。

 耳に伝わるのは、風を切る音、肌に感じるのは、風によって服がなびく感覚。目に焼き付くのは、空から見下ろしたかのような、街の景色。


 変な夢を見た。状況も支離滅裂していた。

 そんな状況はありえない。それが少女の答えだった。

 周囲を見渡す。街は、石レンガを基調とした明るい灰色の街で、中央の広場を軸に、放射状に広がっている。そして、中央から端へと目を伸ばすと、どこも薄い青で仕切られた膜に行き着く。その膜は、半球状に空へと集約し、ある一定の高度で空と同化しているようだ。


「おかしい‥‥‥。この国は、こんな国土が小さい訳がない」


 少女はボソッと呟く。怪しいことは、それだけではなかった。


(衣服がいつもと、違う)


 彼女は、赤いジャージの上着とハーフパンツ。上着の前のチャックは開いていて、黒のTシャツが露出している。そして、ジャージの上着の左胸には、見覚えの無いエンブレムが印刷されている。

 これは、彼女が夢から覚める前の服装とは違った。

 普段と違う状況に、焦りを感じながらも、少女は黒い髪をなびかせ、石レンガでできた街へと墜ちていく。

 少女は顔を右へ左へと向け、人の姿を探す。誰かから、この国の、この結界のような半球の中の仕組みを教えてもらうべく。

 右の街道にも、左の街道にも、人の気配は一切感じられなかった。しかし、建物は内外綺麗に整備されている。人が居なくては不自然な風景だった。

 それでも、少女は重力に従い、次第に街並みはより近く大きく見えてくる。

 彼女は着地地点付近を見た。すると、そこには、二人の人間が居た。一人は、槍のようなものを手に携え、もう一人の人間を追っていた。

 追う人間は、明らかに戦闘時の服装だった。逆に、追われている人間は白衣を身に纏っており、とても戦闘員とは見られなかった。

 追っかけている人間を撃退して、追われている人間から事情を聞こう。彼女はそう心に決めた。


 少女は石レンガの道路に着地する。丁度、追いかけている人間と、追われている人間の間だった。着地の衝撃で、石レンガの道路に大きくヒビが入っている。逆に、少女の体へ対する、着地の影響によるダメージは一切見当たらなかった。


 追っている人間は、鎧を着た老婆だった。顔にはシワが多くあり、七十はとっくに越しているような面であり、両手で薙刀を握っている。刃は鮮やかな青で、半透明だった。

 シワの寄った細い目は、鋭利な眼差しとなって、少女へ向けられる。


 少女は両手を軽く握る。そして、そこを持ち手にして、黄色く光る半透明な剣が片手に一本ずつ生成される。

 後ろからは足音がしない。どうやら、追われていた白衣の人も、足を止めたみたいだった。


 建物の隙間から、夕日が差し込む。二、三階建ての建物の影は長く伸びていて、斜めの影を街道に映している。建物の窓から、人の姿は見られない。

 乾いた風が、街道に僅かの間流れ込む。

 それを合図に、少女は老婆へと、弾丸のごとく駆けていく。

 少女は素早く二本の剣を老婆へ斬りつける。老婆は薙刀の刃先と持ち手の付け根の刃で、それを弾いていく。黄色と青色の刃の残像が、弧を描く。そして、刃と刃がぶつかり合い、火花が散る。


「黄色い刃を扱うとは‥‥‥。随分と物好きが居るもんだ」


 老婆は少女の剣を見て呟く。

 剣と薙刀がぶつかり合い、二人の間に互いの刃が届かない程度の距離が開く。

 少女の剣の刃は、あらゆる箇所にヒビが入っていた。

 少女は手に少し力を加える。すると、剣に入っているヒビが増え、黄色の刃は砕け散った。


「再生成」


 再び、彼女の拳から黄色い刃が生成される。戦闘前と同じ、ヒビのない剣だった。

 老婆が一歩踏見込み、薙刀を素早く振り回す。少女は剣の消耗を抑えるべく、見切れる距離を保ちながら、一振り一振りを躱していく。

 そして、少女は片方の刃で、老婆の薙刀を受け止める。この一撃だけでも、剣にヒビは入っている。少女は薙刀の柄を伝って攻撃を仕掛けようと、体重を移動させる。


「!」

 

 遠く矢が放たれる音が、微かに聞こえる。

 少女は受け止めていた剣を消滅させ、そのまま再び動き出す薙刀を潜って、一歩後ろに小さく跳躍する。

 飛んだ直後に、矢が目の前を素早く通り抜け、地面にヒビを入れて突き刺さる。


「ほう、よく避けられたね。流石は国を背負っている代表だけある」


 老婆の連撃が、矢が放たれた方向を見る隙も与えずに繰り出される。

 次第に受け太刀する数が増え、金属音とともに、剣にヒビが入っていく。

 少女の表情は強張り、頬に冷や汗が流れる。依然として、薙刀の連撃は老婆から放たれている。老婆の表情は一切崩れていなかった。


『ねぇ! 聞こえてる?』


 通信越しに女性の声が聞こえる。少女は後ろの追われている人間の声だと直感する。

 少女は一歩後ろへと小さく跳躍し、追われていた人間へと横顔を見せ、小さく頷く。

 剣を再生成する暇もなく、老婆の薙刀が少女を襲う。身を捩り、飛んで屈んで、剣で受け太刀するのを繰り返す。


『そう。なら、早くあたしの傍まで寄りなさい。理屈は後』


 少女の耳に、再び伝わる。それは芯があり、何か確信を持っている事が少女にはわかる。


爆裂弾バレット・エクスプロージョン


 少女が心の中で唱えると、彼女の背中に数発の黄色く光る弾が浮かぶ。

 少女はそれを地面に叩きつける。それと同時に爆発音が響く。爆発による砂煙の中、追われている人間の傍へと跳躍する。老婆の方向にはまだ白煙が立ち込めていた。


「飛ぶわよ」


 さっき聞こえた声の主が話して、少女の体を右腕で包む。その腕は白く綺麗だった。


 瞬間。景色が屋外から屋内へと変容する。薄暗い部屋で、目の前のコルクのボードには、数枚のメモがピンで留められている。

 少女は、体に溜まった息をゆっくりと吐き、両手に持っていた剣を消滅させる。

 少女は、後ろを振り向く。すると、白衣と、その下にブレザーとスカートを着ていた白い髪の女性が映る。歳は、十代後半ぐらいに見える。背は、少女より頭一個分ほど高かった。

 最後に、白衣の胸元には、少女のジャージの胸元と同じエンブレムがプリントされていた。

 女性は少女の肩を手で揺さぶる。


「ちょっと! あんたどこをほっつき歩いてたのよ! お陰で死にそうになったじゃない!」


 女性は強い口調で言った。

 机には酒と煙草。床には書類が散らばっていた。

 少女は真顔で、顔色一つも変えず、女性をまじまじと見つめていた。助ける相手を間違えたと思いながら。

 女性は、肩から手をそっと離す。


「冗談よ。あんたがあたしと同じ国の人じゃないことぐらいはわかるわ。

 けど‥‥‥、よくも旧式のレジスタで戦えたわね」


 レジスタとは、どこかの国が作った装置で、体をエナジーというエネルギーを供給源として、戦闘体という生身とはもう一つの体を作る。人はレジスタに投入したシステムを起動させて戦う。


 簡単に言うと、『異能力者でない人を、異能力者にする』システムを起動させる為の装置である。


「旧式って、私の剣が?」


 少女は不思議そうに訊ねる。自分のレジスタを旧式と言われたのは、初めてだったからだ。


「そうよ。って、そんなことも知らないの!?」

 

 女性は驚いたかのように言う。

 少女は小さく頷いた。ため息をついて女性は額に指を置いた。


「あたしの発明が届いていない国が有っただなんて、あたしもまだまだってとこか‥‥‥」


 落ち込んだ声で、女性は言った。

 

「ま、‥‥‥さっきはありがとう。あんた、名前は」


 女性が咳払いしてから、照れくさそうに言った。


藍原光(あいはらひかり)。藍原が名字で、光が名前ね」


「藍原‥‥‥。あぁ、あんた、髪切ったのね」


 光は一歩退いて身構える。


「あー、べ、別にストーカーとかじゃないから! ほら、あんた、戦話によく出てくるからさ」


 と言って、胸ポケットからハンドブック程度の書物を取り出す。

 女性はパラパラとページを捲り、光にある見開きページを見せる。

 そこには、光の顔写真と、能力、戦闘スタイルが書かれていた。


 その情報は、光が初めて受けた客観的評価だった。


「ふうん。あんま目立った事してないんだけどなぁ」


 光は、女性からハンドブックを受け取り、両手でページを抑えながら、どこか不満げな声で言った。


「目立ったって、うちの国をほぼ一人で返り討ちにしてよく言うわね」


「返り討ちって、私、あなたたちと戦った記憶なんてないよ」


「ほう‥‥‥。言うわね」


 女性は、机から一本の瓶を持つ。中の液体は少し黄緑色が入っているが、ほぼほぼ透明に近かった。

 それを透明なコップに注いて、一口飲む。


「飲む?」


 光の目の前に、そのコップを女性は持っていく。

 匂いからして、アルコール飲料であった。


「いいや、まだ日も沈んでないし」


「真面目ね」


「別に」


 女性は、もう一口、そのコップの中身を飲む。顔色も足取りも一切変わらず、酔う気配は見当たらなかった。


「そういえば、あなたこそ誰よ?」


 煙草に火を点ける女性に向けて光は言う。


「ああ、あたしはノーラ。光、あんたは魔法を信じているかい?」


「魔法? そんなもの、信じるか信じないか以前に、既にあるものじゃない」


 ふぅーと、ノーラは煙を吐く。部屋中に煙草の匂いが蔓延する。

 別に光は煙草を吸う行為は気にしていなかった。煙草を吸う軍人など、ごまんと居る。


「ふうん。じゃあ例えばどんなのを見てきた?」


「説明するより、見たほうが簡単だよ」


 光は、レジスタによる換装体を解く。

 生身の光は、黒いハーフパンツを履いていて、黒のスポーツインナーが、少し幼さの残る体のラインを映していた。


 光は、そっと目を閉じた。

 左腕を正面に持っていき、棒が一本握れる程度に手を丸める。


「創造」


 光は呟く。そして、暗闇の視界に、一本の刀をイメージし、それを映す事に意識を集中する。

 心を落ち着かせ、無心で魔力を左手に流す。余計な考えで、他のものが混ざらぬように。


 次第に、光の想像した刀は、形となって現れる。

 ノーラは驚嘆し、煙草を床に落とす。空気という無から、刀が作られるのをただただ口を開いて、まじまじと見ていた。


 剣先まで作り終えた時、ゆっくりと光は目を開く。


「ね。魔法は、既に存在するものでしょ?」


 光は刀の刃がない方を右手に置いて、彼女は言った。

 ノーラは驚嘆の言葉をもらし、固まっていた。

 

「私は、未熟者だから、あんま長く形態を維持できないけどね」


 ノーラは生成された刀に触れようとした。しかし、ノーラが動く頃には、刀は粒となって、消滅した。ほらね、と光は言う。


「それで、魔法を信じるか否かにどういう意味があるの?」


「特に。ただ、あたしが、魔法を専攻する大学教授だから」


 十代後半の顔立ちのノーラを、光は訝しげな表情で見る。


「嘘じゃないわよ! ほら!」


 ノーラは白衣の胸ポケットから、教員証明のカードを見せる。


「‥‥‥ヴェストファーレン国立中枢大学、‥‥‥回路制御魔術専攻‥‥‥教授? 本当に?」


「本当よ! ヴェストファーレン帝国で最も名高い中枢大学教授なんだから!」


「本当かな? ‥‥‥ま、じゃあ、最も名高い大学教授に聞くけど、ここはどこで、ここはどういう世界なの? 

辺りを見る限り人は居ないし、居ると思えば、見るからに戦闘員じゃないあなたを追っかけている人だったし」


 ノーラは透明なコップに注いだ液体を飲み干して、ゆっくりとコップを机に置いた。


「‥‥‥簡単よ、これはデスゲームで、ここいら一帯がその会場よ。あたしが追いかけられたのも、その一環よ」



 ご購読ありがとうございました。

 ゆったりと続けていくつもりです。どうぞよろしくお願いします。

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