可憐なエルフ少女は、きょうもカウンターで寿司をにぎる
「てやんでぇ! エルフのにぎった寿司なんかくえるか!」
「よいたたずまいの店だとおもってはいったら、その耳。エルフじゃねぇか。邪魔したな」
そんな心ない言葉にもエルフはめげなかった。
しかたがない。寿司職人はいまでも男の世界だ。じぶんは女でしかもエルフである。
エルフは、それでも握り続けた。
エルフは忘れない。
愛する人はしんでしまった。
人間とエルフでは時の流れがちがう。出会ったときは青年だった愛する人は、すぐに老いてしまった。
それでもエルフはかまわなかった。どんどん優しく接してくれたから。なんども「老いたから去ってもいい」と言われたが、そんなことはできるわけがなかった。するつもりもなかった。
ちいさな家で、よりそって生きた日々の記憶。その中でも、はじめて寿司屋に連れてきてくれた日のことをエルフは忘れられなかった。
愛する人は寿司が大好きだった。
魚が苦手なじぶんに、玉子焼きやかんぴょう巻きをすすめてくれた、愛する人。やさしい笑顔。とても甘くて幸せな味だった。
でも、ある日。愛する人は忽然と姿を消してしまった。
エルフへの感謝の言葉と「もとの世界にもどって」という書き置きを残して。
愛する人最期の、エルフへの思いやりだった。
それでもエルフはもどらなかった。
エルフはちいさな家を改装して、ちいさな寿司屋をひらいた。
愛する人。寿司が大好きな愛する人が、戻ってきてくれると信じて。
寂しさも、寿司を握っているときだけは、忘れさせてくれた。
数十年後。
「わるかったな……。エルフに寿司は握れない、などといって」
かって、捨て台詞を吐いて去った男だった。
壮年だった男は、すでに老齢に達していた。
「ありがとうございます」
エルフは長年の修行が無駄では無かったとおもった。
愛する人にたべてほしいと。食べてほしかったと。心からおもった。
きょうもエルフは寿司をにぎる。
修行は一生おわらない。
そして……エルフの一生は、なかなかおわらない。
「じつは私。……なんといっていいか。貴方のご主人、えっと数十年前に死んだんですが。その息子なんです」
こんなに大きくなって。とエルフはおもった。
もう、そんなにも年月がすぎてしまったというのか。
そういえば、どことなく愛する人に相貌がにていた。
なつかしく、思いだされる。
エルフと愛するひとの、過ぎ去った日々を、はかな――
息子? 子供? ……え?
「…………」
エルフと、愛する人の間に……。子は、いなかった。
「あのゲスやろう……」
エルフは出刃をまな板に突き立て、店に火をつけ異世界に去った。