最後の少女・前編
長い年月が経ち、かつて神々の復活とともに世界は滅びてしまったが、生き残りが互いに励ましあい協力して、現在のような人で賑やかな明るい街並みを復活していた。
神々のことを記述したものは太古の人類が残した壁画、遺跡、書物によってかすかに残っているだけで神々についてのことは「一夜ですべての争いは止み、体心は散り、存在していた者は失われた。恐ろしい巨体な姿をした神々は“天罰”と言わんばかりに、人類が残してきたものは一切塵とした」とあるだけで、その神々はどういう姿をしていたのかどれほどの強さだったのか詳しいことは描かれていない。
そんな恐ろしい神々が世界を終わらせたというのに、神々はどうやってこの世界からいなくなったのか残されてはいなかった。
――時は、争いの時代。闘争、乞食、奴隷と人々に対する恐怖を隙間なく注がれる闇深き時代、西暦2038年。
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「情報によると街の南の広場で大掛かりな商売が行われる。大行商人が人身売買を目的とした貴族、商人、傭兵と様々な職業の者たちが集まる。そこで〔A9082〕と書かれた人物を探せ。最後の鍵を体内に宿し、封印をめぐっての最後の戦いになるかもしれない」
青いバンダナを巻いた優男が腕を組み、壁にもたれそう言った。
壁の奥。一枚の壁の隣に同じように両腕を組む男シルク・ローウィ。優男の会話を耳にし、周囲からはただ待ち人だと思わせるかのようにリボンを巻いた荷造りの箱を数個を重ね置き、立派な剣をその隣に立てかけていた。
「この案件、帝国スパイが絡んでいるという噂がある。用心しろよ」
優男が立ち去る音を耳にし、「お互いさまに」と小さく呟いた。優男が立ち去ったのを目で確認せず耳で知り、距離を測り、そして自身もその場の荷物を持ち、去った。
小国バロッサ。この地方では領主が統治する国と称されてもいる。南米のような白い煉瓦で作られた建物がいくつもあり、東には大人でも迷ってしまうほど薄暗く深い森がある。西には海があり、港町としてもバロッサの賑やかのひとつとなっている。
交易として他国から訪れる行商人や貿易港のお役人などが、大国よりも規則が低くちょっとした横暴や殺人でも大きな罪にはならないほど治安が悪い。
国を守っているという言葉だけの当の領主は個人の遊びでしか興味がなく北の山を越えた娯楽の国へ遊びに行く始末だ。その結果か、小国バロッサは本来なら露店や子供も大人も行きかう広場に人間販売など非道なことはしないはずだ。
「いらっしゃーい、活きのいいものそろっているよ!」
「見てらっしゃい! お隣も目の前も後ろにも、貴方が気に入る子はウチのお店だけだよ!」
「いまが、旬時だ。ここで見られるのもあと数日のみだよ!!」
南の通り道を通っていくと、大きな広場に出た。普段は、ここで商人たちが露店を開き、商売をしている。年齢の差はなくみな、自分が求める買いに来るのだが、この日だけは違った。
見ては見ては、飽きれるほどの有様。
そこら中、人間、獣人、亜人、妖精(フェアリーorエルフ)、精霊、竜人と様々の種族が集められ、みなボロボロなシャツ一枚と下着一枚だけ着用し、鞭で打たれたような傷跡が肩や背中、足といたるところに見られる。
みな、シャツには〔ネームプレート〕と呼ばれる商品価値および番号が記入されている英語と数字を足したものを着ている。英語はAからEまで、数字は4桁。
このネームプレートを付けているものはみな、奴隷であることを証明している。ネームプレートの価値観はその本人の能力・性能によって分けられる。Aランクであれば上等なもので貴族が破格の値段で購入するほどの逸材ということを表している。Bランク以下はそこそこの価値、Eランクは金を出すまでもない価値として分けられている。
彼らには名前がなく、4桁の数字で名前として呼ばれている。
「C1151! 前に出ろ」
奴隷商人がカーテンに閉められた奥の部屋に声をかける。痛そうな鞭を両手で持ち、出てくるのが遅いとあの鞭でひっぱたくのだ。鞭でケガをした者は比較的に値段が低迷するが、奴隷商人は空き部屋と資金を開けるべくわざと価値観を減らして、安く販売する。
商売道具としてそのまま家にいるよりも安く無料で買い取ってもらえた方が奴隷商人にとってはありがたい存在なのだ。ランクが高い奴隷には鞭では叩かず、代わりに惨めな格好や破廉恥な姿でさらして、皆の評価と感想を直接本人の前でさらけ出す。
奴隷はその惨めで一生の恥を心に沁み込ませ、生きらなくてはならないという使命を与える行為。そのためかランクが高い奴隷は堂々と姿を現すことや性的暴行でも暴れることなくただ、身を構えることしかできないだとか。
そんな暗く闇深い人類の業はいつの時代も太陽が照らさない影の中で静かに生きてきた。誰かが終止をうたなければ一生続くだろう。
「B9082出ろ!」
奴隷商人の声が先ほどよりも弱く感じた。次にやってくる奴隷は相当な性格の逸材なのだろうか。奴隷商人は鞭を握る手をやわらげ、その奴隷が出てくるのを構える。
カーテンの奥から姿を現したのはひとりの少女だった。宝石のような青い瞳、銀色のような毛並み、髪は無造作に切られてしまったのか自分で切ったのか、適当な切り方をしている。宝石のような瞳に心を奪われたのかそれとも少女の無表情かつ空気のような存在自体を抹消する存在感を買い手である貴族や王族、そのほかの人々が手を上げ、喝采をあげて、一大にその奴隷という商品価値を大きく跳ね上げた。
シルクも同じように手を上げ、他の人たちよりも大きく手を上げ、そこ上げる値段よりもさらに値段をつけ、他者を蹴落としていく。
その価値が定まるのに数分も満たなかった。
貴族である若い青年が80億ギニ(ギニとはこの世界の通貨)と言い放ったのだ。80億もあれば、例えば宝石、金銀の壁や床、天井の住まいを数十件買えるほどの金額である。
そんな破格な金額を誰しも払えるわけない。見栄っ張りだと思い、その先誰も手を上げることはしなかった。いや、それ以上の値段となればこの先、人生の灯りというものは見えなくなるぐらいのとびぬけた金額に、みな恐れをなして手を上げなくなってしまったのだ。
シルクもそこが尽き、手を上げることはできなくなってしまった。
「では、こちらへ」
馬車とともに積み込まれる大きな家具や宝石が入った木箱が運ばれてくる。
「ふうむ。わたしのこれまで築き上げてきたものよりもはるかにふさわしいものが目の前にある。他のものなどもはや、私の価値というものを超えてしまっている。今の私にはかつての私が集めたものに未練はなく、今目の前にある宝石こそが私が求める最高のお宝だと自信満々に称する」
サイモンという名の買い手が自信を今までの行為をすべて捨て、今目の前にある価値あるものを受け止めるという気持ちを吐きだし、商人の前に立った。堂々としたものごしに、みなサイモンが運んできた木箱を見つめる。
見たこともない宝石の山、金貨、鉱石、財宝、土地の契約書と次から次へと運ばれていくものにみなは、奴隷よりもなぜそれらを捨てる経緯に至ったのか財産を持たないものは不満を思う。
「価値は己自身で埋めれないものを求めるから高くつく。だが、それよりも最も自身の近くにあり満たされる者であれば、どんな価値があっても無価値であることに本人はそう悟りきっていること…」
名の知れない男がそう語る。平民たちは戸惑いつつも男の説得に何となく関心を持ち、拍手を送った。サイモンはようやく手に入れた少女を抱きしめようとした矢先――煙幕が広場を覆いつくした。
「なにごとだー!!」
誰かの叫び声とともに木箱を持ち去る数名の影。人が森のように集まっているこの広場をすり抜ける並大抵以上の速さで誰一人ぶつからず逃げていく。
風にあおられ、煙幕が開けてくると、誰かの大泣きの声とともに崩れ去る一人の男性がいた。サイモンが支払った財産とともに少女も誘拐されてしまっていた。
「ライズがすべて受け取りました。」
ライズ…最近、貴族などの豪邸で大胆不敵で豪快に盗む連中だ。しかし、少女…人種を盗むことは一度もなかったはずだ。盗むほどということはそれ以上の価値があるということなのだろう。
「これは、面白くなってきた」
ライズの後を追い、アジトへ単独で潜入する。小国バロッサからそう遠くない。東の森から北へ向かった方向に以前からライズのアジとがあるという密告が入っていた。証拠となるものとリーダーの不在からして逮捕に至らず、ずっと放置されていたが、今回、人種という大罪に匹敵する罪をしたのだ。これで逮捕すれば、ライズを消滅させることはできるだろう。
「リーダー殿、めぼしいものを見つけてきました!」
リーダーと呼ばれる優男がいる。一見イケメンとも見て取れる顔立ちと裕福そうな服装をしている。服は奪ったものだろうが、仕草がどうも英才教育っぽく野蛮人の塊とは到底思えない。
「今夜は大酒だな!」
「はい、数か月ぶりです!! うれしいでございます!」
「もうそんなになるか…他のアジトが潰され、残りこことなってしまったが…このアジトが見つかってしまうか心配だが、お前たちが喜ばしいことは何よりもうれしい」
リーダーと一緒に話しをしているのは少し背が低い男性だ。しかもまだ少年だ。服装は少しボロくて傷だらけだ。リーダーとはまるで品格の差が出てしまっている。
けど、話している内容の限りは互いに差別的な感じで接しているわけではないようだ。
「リーダー…今までどうしていたのですか? このアジトもメンバーは捕まって半分まで減ってしまいました。副リーダーもいまだ牢獄に囚われ中ですし、いつライズが崩壊してしまうのか心配で心配で…」
少年は涙声に至っていく。リーダーは少年の頭を軽くなでながらこう言った。
「確かに…メンバーは初期よりも四分の一は減っているだろう。アジトもすでに三つは破壊されてしまっている。けどな、初期メンバーも副リーダーも死ぬことなく牢屋で何とか生きているはずだ。死んじゃいない。出す手順は着々と進んでいるからな」
「出すって…もしかして脱ご――」
リーダーが少年の口を手で押し当てる。それ以上は禁句。言ってはいけないようと言っているかのように。誰かが聞いているかもしれない。もしかしたら身内にスパイがいるかもしれない。そう悟るかのように少年も黙り込み、リーダーの手をどけた。
「それじゃ、最後の見張りをしてこい! その間に俺は少し用がある」
少年は「はい」と返事をし、どこかへと駆け出して行ってしまった。壁にもたれながら静かに話しを聞いていたシルク。
「出てこい、知ってんぞ!」
と合図ととれる会話からシルクは姿を現す。
「やっぱり…君でしたか――」
月の灯りとともに照らし出されるリーダーの素顔。雲行きが少しずつ開けていき、姿が解放されたとき、その敵となる表情も初めて見ることができた。
「サイモン氏!」
「いつから気づいていましたか? わたしだということを」
「あの煙幕のなかで、財宝も少女も誘拐されれば、貴方の支払いはライズ宛となります。それに少女の価値はあの商人のことだ、なにかにつけて別の人を売ろうとするだろう。あくどい商人は大抵そうするからな」
サイモン…素顔は優男。昼間に見かけたときは太っていた。体格が変わってもある部分は変わらない。声の質と高さだ。それで怪しいと思った。それにフェルナンデスの情報からもサイモン氏の裏の素性についての記述もすでに証拠がつかんでいる。ただ、ライズとのつながりがあったという点は半々だったが。
「なるほどね…しかし、それだけでは私だという証明にはなりませんよね」
「ええ、密告者が教えてくれましたよ。ライズのリーダーがいない時期と領主のいる時期がそっくりとかぶるのですよ」
「まるで、バロッサの領主が私だと言っているようにも聞こえますが?」
「その証拠もすでにこちらで取れています。優秀な相棒が、すでにあなたの屋敷で使用人から取引先と証拠をがっぽりと財布に詰めている頃でしょう」
「そうか…ならどうします? 私を捕まえて、ライズもバロッサも終わりですね。領主がまさか自ら国を売っているとは思ってもいなかったでしょう」
そう、領主の土地の契約書の中にはバロッサのの土地も入っていた。他大陸の言語を使っていたから、原住民からは理解できる人は少ないでしょう。それを計算して、あえて土地の契約書を見せつけていた。木箱から中身を空けてまで。
さらに、悪党中の悪党だ。サイモン氏は、自らの国を売り、少女を手に入れようとした。あのまま、商人のものになっていたら、バロッサは本当の秩序も平和もない犯罪の町になっていたのかもしれない。
そうならないように我々が目を見張っているのにも関わらず。
「たしかに、住民は一切気づいていませんでした。土地の契約書が見えているにも関わらず、バロッサという国の名前が書かれているにも関わらず、誰一人怪しむことはなかった。まさか、他国で今ではあまり使用されていない言語を使うとは思いもしませんでしたよ」
「そこも気づいていたのですか? いやはや、アジトを見つけただけありますね。私が奴隷商人でしたらあなたをAと称していたのでしょう。しかし、その上のSにしない理由は二つあります。あなたはミスを犯しました。単独で潜入したということとアジトには四分の一の勢力という偽りを…」
バッと姿を現す。草むらから建物の上から、地面がぽっかりと穴が開き、そこからライズの子分たちが姿を現す。皆、まだ若い。少年少女たちだ。身なりも大して裕福でも戦闘向きでもない。ボロくランクBぐらいが着ている奴隷たちの姿そのものだ。
「わたしが見つけたランクBの奴隷たちです。教育は施し済みです。彼らは私という神という存在に決して武器を突きつけることなく、相手を殺してくれます。私を真の救世主と思ってくださるのですよ!」
「おしゃべりは結構だ! 少女はどこにいる?」
「少女のことが気がかりですか? 少女はいま新アジトへの移動に向けて準備中です。私と少し遊んでいきましょうよ。私とあの子の旅路の支度ができるまで」
少年少女の兵士たちが一斉に飛びかかる。