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無人島生活十三日目 遠くに麦穂の揺れる音を聞く

 お風呂から上がり、ミュンたちと夕飯も食べた。

 焼き貝をもぐもぐやりながら、ミュンはしきりに、


「ムギネー、ヒリョ、チャーノ。ママレ、ルー。コー!」


 なんて、ぺちゃぺちゃ喋っていた。


「そうだなあ。肥料をあげた麦が明日どうなってるか楽しみだなー」


「チャ!」


 俺が普通にミュンと会話してたら、ラティファが目を丸くした。


『えっ、数多、あなた今、普通にミュンと会話してたけど、分かるの!? それともズーガーが通訳してるの!?』


「ズーガーでもミュンの言葉はよく分からないみたいだよ。だけど、もう二週間も一緒にいるからなあ。なんとなーくミュンが言いたいことは分かるようになってきた。俺の言葉も、ちょっぴりずつ覚えてきてるし」


「チャ! ミュンネー、マーノ。アマチャ、レ!」


『あ、今、自分の名前と数多の名前を言ったね。確かに、時々出てくる単語を拾うと、なんとなく言いたいことが分かるかもだ』


 アフサンが笑った。


「ンー?」


 ミュンは、自分が話題の中心になってることが分かるみたいで、変わりばんこに俺たちの顔を見回している。


『でも、この子って物覚えいいわよね。多分、私たちが知らない言語圏から来たのかなって思う。でも、私の名前も舌足らずだけど言えるし』


『僕の名前も言えるね。ミュン、僕たちの名前は?』


「ナマーエー?」


 俺は自分を指差した。


「アマチャ!」


 ミュンが元気よく俺の名前を呼んだ。

 続いて、ラティファとアフサンを指差す。


「ラチハ! アプサン!」


『かわいいー』


『お見事お見事』


 場が、わっと盛り上がった。


「ミュンは賢いからな。うちの子は天才に違いない」


 俺はミュンの頭をなでなでする。

 わけが分からないなりに、褒められてる事は理解したらしいミュン。

 ニコニコと微笑んだ。

 そこに、カニがピューッと走ってくる。


「カニ!」


 ミュンが指差して、不思議な鳥の名前を呼んだ。


「ピョイー」


 カニがぴょーんと跳ねて、ミュンの懐に飛び込んでくる。

 もこもこの羽毛が、ミュンに当たって、ぼいーんと弾んだ。

 またあらぬ方向へ転がっていく。

 後先考えない猪突猛進ぶりは、卵を孵した親がわりのミュンによく似ている気がする。


「カニカニー」


 ミュンが、カニを追いかけて、ててててーっと走っていってしまった。

 俺は基本的にちょっと過保護なので、サッと立ち上がってミュンの後をついていく。


『数多もゆっくりしたらいいのに。もう完全にお父さんねえ』


「なんだかんだで心配だしな」


 砂浜を、サクサク歩いてミュンを追う。

『ピピー』と言いながらズーガーもついてきた。

 先に走っていってしまったとは言え、幼女の歩幅だ。

 見通しのいい砂浜で、彼女はすぐに見つかった。

 なにやら、しゃがみこんでぺちゃくちゃお喋りしている。

 カニに話しかけているのかな?


「もがもが」


 あっ、ヤシガニと喋ってたのか。

 ヤシガニは俺に気付いて、ハサミを振って挨拶してきた。

 俺も手を振り返す。


「どうしたんだ、こんなところで」


「もが」


「アマチャ、ネー。ムギネー、フーッテ」


「ほうほう」


 ミュンが指差す方向を見る。

 そっちは、麦畑がある島の方だ。

 何があるんだろう。

 ヤシガニは半身を起こして、麦畑をじいっと見つめている。

 ……いや、目を閉じているのかな?


 さやさや、そよそよ。


 砂浜を、心地いい風が吹き抜けていく。

 この無人島は、昼は多分30℃くらい。夜は多分25℃くらい。

 常に暖かくて、過ごしやすい。

 風に吹かれると、少し涼しすぎるくらいだ。


「アマチャ、シー!」


 ミュンが、静かに、と言うジェスチャーをした。

 おお、そんな事まで覚えて。

 とりあえず、俺はミュンの言うとおり静かにしてみた。

 風が吹く音。

 それから、さささささーっと何かが揺れる音がした。

 森の草木がこすれる音とは、違う音だ。


「ああ、これは……麦の音だ」


「ムギ」


 こくこく、とミュンがうなずく。

 風に吹かれて、新しくできた島一面の麦畑が揺れる。

 まだ緑色のそれが、こすれあってさらさらと軽やかな音を立てる。

 今まで、この島にはなかった音だ。

 この場にいる中で、島で一番の古株は、ズーガーを除けばヤシガニだ。

 ヤシガニは、今まで暮らしてきた中で聴いたことがない音に気付いたんだろう。

 それで、やって来たミュンに教えていた。


「ンー」


「もが」


 ミュンとカニ、並んでヤシガニが、じーっと麦がこすれる音を聞いている。

 麦畑は、きっと緑色の海のように見えることだろう。

 俺は彼らの後ろに腰を降ろすと、目を閉じた。

 優しい音だけが、俺を包み込む。

 こういうのも、たまにはいいじゃないか。

 しんみりとした気持ちになった。

 どこか郷愁を誘う音だ。

 柄にもなく、日本のことを思い出した。

 風に揺れる稲穂とか、日本の原風景だもんなあ。

 ミュンを日本に連れて行ったら、どういう反応をするだろう。

 そんな益体もない事を考えていたら……。


「アマチャ!」


 ミュンが、ぼいーんと俺に体当たりしてきた。


「うわー」


「アマチャ、ミュンネ、ット、シーッテ」


「えっ、トイレ!? ちょ、ちょっと待ってくれ、穴を掘るから……」


 まだまだ、しんみりしているような余裕なんて無いのであった。

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