第一部終わり また明日
歯磨きをしてやったら、ミュンはすっかりお眠モードだ。
この七日間、俺が歯磨きしてあげて、それで寝るというサイクルだったので、すっかり歯磨き後は就寝という習慣になっているようだ。
「アマチャー、ミュン、ネー」
「眠いんだろ? 寝ちゃえ寝ちゃえ」
「ンー」
ミュンは俺の膝の上に頭を乗せて、そのまますうすうと寝息を立て始めた。
今日は本当に色々あったからなあ。
ミュンも疲れてしまったんだろう。
今は、家の中にいる。
明かりがないログハウスは、夜になってしまえば真っ暗だ。
開きっぱなしの窓や扉からは、外の星明かりが入り込んでくる。
他に輝くものがないから、星の明るさが分かるのだ。
「すっかり、自然環境に馴染んでしまった……。っていうか、これは自然環境じゃあないよな……」
地下にいるセントローンによって、完全に制御された疑似自然環境。
それがこの島の姿だ。
かつて、この島の主であった人々がいたが、彼等はもう存在していない。
唯一の子孫が、俺の膝で眠るミュン。
だが、まだほんの小さな子どもなのだ。
「チャー……」
ミュンの手が伸びてきて、何やら宙を掻いている。
俺は彼女の手を握ってやった。
すると、落ち着いたようでまた、むにゅむにゅと言いながら落ち着いたようだ。
この子には、保護者が必要だ。
絶対に一人にしてはいけない。
俺は強く思う。
この島に来て一週間が経った。
ようやく毎日の暮らしにも慣れてきたのか、俺は自分の今後の事を考え始めていた。
海賊たちを撃退したが、あれはつまり、この島は確かに俺が知っている世界と地続きであることを示していた。
俺は恐らく、帰ろうと思えば帰れる。
この島にあるもので船を作って、あの海賊船が来た方向へ行けば、また元の文明社会に戻ることができるのだ。
だが、俺の気持ちは揺れないぞ。
「元の世界はしがらみだらけだ。日本に帰っても、独身の俺がミュンを引き取って育てたりなんかできないだろ」
例えできたとしても、日本語が喋れない子どもがあの国に溶け込むことができるとは思えない。
だからきっと、この島が一番いいのだ。
俺がいて、ミュンがいて、ズーガーがいて、ヤシガニがいる。
人間は俺たち二人だけど、仲間はたくさんいる。
「なあ。毎日楽しいよな、ミュン」
ミュンがむにゃむにゃ言った。
寝言だな。
おっと、寝ている人間に話しかけると、眠りが浅くなるんだったっけ。
いかんいかん。
ここで、俺も生あくびをした。
そろそろ眠くなってきたか。
「どれ、俺も寝るとするかね……」
ミュンをちゃんと寝る体勢にしてやって、隣で俺も横になる。
今日は、ミュンを窓側に置いて寝る。
外からは風が吹き込んでくる。
ふと、今頃、俺が赴任するはずだった会社はどうなってるんだろうと考えた。
きっと、俺一人がいないくらいでは、何も変わらないに違いない。
日本も、俺が乗った飛行機が落ちたニュースなんか、ちょっと流れたくらいで忘れられていくだろう。
実家には悪いことをしたな。
だが、帰ることはできないし、俺には、俺でなければできない事ができてしまった。
悪く思うな、実家よ。
「ミュー」
そんな事をつらつら考えていたら、随分時間が経っていたようだ。
ミュンが目をこすりながら、体を起こす。
「チーチー……」
「おっ、ミュンおしっこか。水気の多いものたっぷり食べたもんなー」
一緒にトイレに向かう。
そのうち、一人で行けるように教育をしないとな。
いやいや、一人ではまだ危ないだろう。
しばらくは俺がついていってやらないと……。
「アマチャー、ターノ」
「終わったか。よし、行こう」
手を繋いで、家への道を戻っていく。
大した距離じゃないが、半分眠っているミュンの歩幅に合わせるから、ゆっくりゆっくり。
ついでだから、星を見上げながら歩いた。
家の方向に月が見える。
ちょうど窓がない側だから、星明かりしか見えなかったんだな。
家に到着。
階段を、一歩一歩上っていく。
ミュンを先に行かせ、転げ落ちないように注意、注意。
最上段でちょっとよろけたので、背中をちょいっと押す。
「チャ!」
腕をぐるぐるしながら、ミュンはなんとかバランスを取った。
「危なかったなー」
「ンー」
くるり、振り返ったミュン。
おや、ちょっと眠気が覚めちゃったか。
「アマチャー、ミュンネー」
「どうしたどうした?」
ミュンがこしょこしょ言い始めたので、よく聞こうとして耳を近づけた。
すると、彼女はちょっと背伸びして、俺のほっぺたにブーッとキスをしたのだ。
「おお!?」
「チャ! オヤスミ!」
「お、おう、おやすみ!」
ほっぺたを撫でながら、俺。
ちょっと嬉しい。きっと娘からほっぺにキスされると、こんな気分なんだろう。
「また明日な、ミュン」
「マ!」
元気な返事が、月夜に響いたのだった。
ここで、第一部完結となります。
またそのうち、再開するつもりです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




