無人島生活六日目→七日目 船の影
真夜中、ぺちーんと蹴飛ばされて目が覚めた。
「あいたっ。おー……。ミュンだなあ? 実は寝相が悪いのか……?」
俺は蹴られた尻を抑えながら起き上がった。
妙に目が醒めてしまっている。
横では、華麗にキックを繰り出した姿勢のまま、真っ青な服を着たミュンがくうくうと寝息を立てていた。
寝る前に取りに行った青い服を、今回もまた大変気に入って、着たまま寝ると言って聞かなかったのだ。
これは、明日作る赤い服も同じことになるに違いない。
だが、こうして新しい色の服を気に入ってくれることは嬉しいもんだ。
今日は俺に対して、気遣いまでしてきたからな。
うんうん。
キックされたくらいがなんだ。
しかし、本当に頭がスッキリしているな。
今は何時くらいだろうか。
この島にやって来てから、時計が無い暮らしをしている。
というのも、俺がこの島に流れ着いた時に、してきた腕時計はなくなってしまっていたのだ。
実際、時計がなくても困ることはない。
俺が行くべき会社は無いし、日課のように見ていた番組を放送するテレビも無い。
あるのは、夜明けと日暮れ。
そして、必ずやってくる空腹。
ミュンと一緒に、それらをどうにかこうにかやり過ごすだけで、一日は終わっていく。
少しずつでも前に進んでいると思いたいが、どうだろう。
ミュンの寝相が、お腹に抱えている卵を潰しそうだったので、ちょっと修正してやる。
そんなセンチなことを考えながら、俺は家を出た。
眠気が来るまで、ちょっと歩き回ってもいいだろう。
ヤシガニだけには気をつけよう。
ぶらぶらと道を行き、浜辺に出た。
ミュンが入っていたコンテナは、すっかり分解されて跡形もなくなっていた。
そこを通り過ぎて、俺が流れ着いた浜辺まで。
月がきれいだ。
周囲には強い明かりを発するものなんて無いから、月と星の明かりがとても良く見える。
月に照らされて、海が輝いているように見えた。
座り込み、じっと潮騒を聞く。
少しした頃だ。
水平線の辺りに、何かが見えた気がした。
「……船?」
口にしてみて、そうだと分かった。
間違いない。船だ。
「お……おーい! おーい!」
思わず立ち上がり、手を振った。
見えないかもしれないし、聞こえないかもしれない。
こちらは火を焚いているわけでもないし、ましてやここは無人島だ。
船の側は、ここに人がいるなんて思ってもいないかもしれない。
それに……。
ふと、一つの可能性に思い至って口をつぐんだ。
船に乗っているのが善良な人間であるとは限るまい。
ここはどこだ?
外国の海だぞ?
インドから中東にかけてにほど近い、南アジアの孤島のはずだ。
海賊……。
そんな単語が頭の中に浮かんできて、ゾッとした。
だとしたら、まずいぞ。
彼等に、俺たちがここに住んでいることを知られたら、まずい。
俺もまずいが、ミュンはもっとまずい。
ミュンがこの島の、不思議な遺跡と関係があるなんて知られたらどうなる。
それはよくない。
俺は居ても立ってもいられず、家に向かって駆け出した。
道を戻り、ログハウスの階段を上っていく。
家の中では、ミュンがちゃんと寝ていた。
俺が戻ってきた気配を感じたのか、目をこすりながら、彼女が起き上がる。
「アマチャ……?」
「うん。ちょっと夜の散歩にな」
「ンー? ミュン、チーチー」
「あ、おしっこか」
ミュンを連れてトイレまで行った。
彼女が用を足すのを待ちながら、俺は考え込む。
俺はどうしたいんだろう。
助かりたいんだろうか。
だとしたら、助かるってどういう状況だ?
俺が文明社会に戻るっていうことか。
それはいい。
で、俺が戻るとして、ミュンも一緒に戻っていくことができるんだろうか?
国籍も、人種も全く違う、未だに言葉もあまり通じない幼女が、俺と一緒にいられるか?
「ターノ!」
「お、おう! じゃあ戻ってまた寝ようか」
「チャ!」
今まで、毎日必死に生きるばかりだった俺だが、これからどうするのか考えた方がいいんじゃないだろうか。
これから、どうするか。
「アマチャ!」
ミュンが俺の手を握ってきた。
「マーヨ。レ、グーグー、テ」
彼女が何か訴えかけている。
ええと、何だ?
お腹に抱っこしている卵を指差して……お、おおお!?
おくるみが、何もしてないのに、ちょっと動いた。
卵が動いているのだ。
「おおー! これ、もうちょっとしたら孵るかもしれないな!」
「チャ!」
「そうなったら、ミュンはお母さんだな!」
「オカサン?」
「そうそう!」
「オカサン!」
キャーッと声を上げて、ミュンがはしゃぐ。
卵から新しい命が生まれることは理解できているんだろう。
うん。
よし。
俺は今、腹を決めたぞ。
俺はミュンを守るのだ。




