無人島生活一日目 ドリルと幼女と謎の機械
「あー、俺は、篤城数多。あつしろ、あまた。分かる? アンダスタン?」
「アー、アチューシロ、アママ?」
「あー、長いかー。言いづらいよなあ。言葉も通じないもんなあ。じゃあ、数多でいいか。数多。あ、ま、た」
「アマ、チャ?」
「うん、もうそれでいいぞ。お嬢ちゃんはなんて名前なのかな」
木箱の陰に座り込み、俺と女の子で自己紹介だ。
見渡す限り、漂着物は俺と、彼女が入っていたコンテナしかない。
ということは、ここには俺たち二人しかいないと考えるのが自然だろう。
いい年をしたおじさんが、一見して三歳か四歳くらいの女の子とこうして話しているなど、日本であれば事案ものだ。
しかしここは遠い異国の地。
これは必要なコミュニケーションなのである。
「ん、ミュン!」
褐色肌の女の子は、自分を指差してそれだけ言った。
ミュンか。
「よろしくな、ミュン」
「アマチャ!」
なんだか、握手みたいなことをして、お互いの自己紹介は終わった。
言葉が面白いくらい全く通じないので、それ以上紹介のしようが無いのだ。
ひとまず、俺とミュンは、コンテナの中に積まれていたものを運び出すことにした。
どうやら、コンテナに隠れて密航していたらしいミュン。
彼女が潜む為に必要そうなものが持ち込まれていたのだ。
「おお……干物がある。……この陶器はなんだ?」
「チャ!」
「お茶か……いやいや、言葉が通じないんだからそんなことあるわけ」
陶器の入れ物を開けると、半分ほど残った赤いお茶が入っていた。
「お茶だわ」
これをミュンと半分こして飲んだ。
そうか、飲み水を確保しないとな。
よっこらしょ、と立ち上がる。
さっきから、機敏に動きすぎて、腰や膝が痛い。
こちとら運動する習慣が無い社会人である。
無理に動いた反動は、恐らく明後日くらいに来る。
「ヨコラショ!」
ミュンが真似して勢いよく立ち上がった。
おお、若いっていいな。バネ仕掛けみたいに起き上がったぞ、今。
「ミュン、水を探しに行こう。後は、今日泊まる場所。ええと、水。こうやって、こうして、飲むもの。分かる?」
「ンー」
俺の説明に、ミュンはそれっぽく腕組みして考えるポーズ。
小首を傾げてこっちを見上げてくる。
うん、分からないよな。
「……そうだ。この器を使って、こう、こうやって汲む、水。ウォーター。分かる?」
「アー!」
分かってくれた。
そうとなれば、森に向かう必要があるだろう。
丸腰ではいささか頼りない。
……よし。
俺は海水にやられてご臨終となった、ノートPCを取り出した。
これの角で殴れば、まあ戦えない事もないだろう。
「????」
ミュンがノートPCに興味を持ったようだ。
駆け寄ってきて、バンバンPCを叩く。
うん、普段なら「やめなさい」って言うところだが、もうこれ、ただの箱だからな。
思う存分叩くといいぞ。
「チョー! ナ!」
「え? 欲しいの?」
「ン」
むむっ。
欲しがられてしまった。
俺はちょっと考えた。
「まあ、いいか」
あげた。
「キャー!」
ミュンが黒いノートPCを掲げて、嬉しそうに跳ね回る。
会社支給の安物だが、あんなに喜んでもらえるなら、PCもきっと本望だろう。
武器がなくなってしまったが、よし、このミュンが蹴破った木箱の壁でもいいだろう。
俺は板切れを小脇に抱え、森へ向かうことにした。
お供は、PCを頭の上に載せたミュンだ。
今、俺たちはこの昼なお暗い南国の森へ、一歩目を踏み出す……。
踏み出した瞬間、猛烈に硬いものに俺はつま先をぶつけた。
「うおーっ!」
靴を履いていなければ、のた打ち回ったであろう衝撃に、俺は素晴らしい速度で飛び退いた。
こけた。
「ムギュー」
「あっ、すまん」
後ろにいたミュンごと倒れてしまった。
慌てて起き上がると、ミュンは頬をぷくっと膨らませて立ち上がる。
無事である。
頑丈な幼女だ。
だがご立腹。
「ミャ! モ! ムームー!!」
「は、仰るとおりです」
よく分からない言葉で怒りの言葉を告げる幼女に、平謝りの俺。
いや待て、そんな事をしている場合では。
俺がつま先をぶつけたものはなんだったのだ?
ミュンは、ちょっと怒ったらすぐ機嫌が直ったので、俺は先ほどの硬いものを確認に行く。
そして、絶句した。
「こ、これは……」
それは、無残に破壊された、機械のようなものだった。
まるで巨大なペンチのような凶器で、あちこちを捻りつぶされたような……。
「こんなひでえこと、誰がやったんだ。……いや、待てよ。こんな事が出来る奴なんて一人……いや一匹しかいないじゃないか」
俺の脳裏に浮かんだ犯人像は、ヤシガニであった。
機械をも破壊するヤシガニ。
恐らく、奴はこの辺りの生態系の頂点に立っているに違いない。
そっと辺りをうかがって、ヤシガニの気配を探る。
……。
「ムー……」
ミュンも俺の横に並んで、同じような姿勢をする。
「いないな」
「イナ!」
二人で指差し確認。
何となく、俺とミュンの間に連帯感めいたものが芽生えてきた気がする。
さて、壊された機械の検分だ。
辺りに部品が散らばった機械の、全体を見回してみる。
良く磨かれた石で出来た歯車。
ガラスのように透き通ったコード。
苔むした外部パーツは、プラスチックのような質感。
そして、ドリルがついたアーム。
「ドリル!?」
俺は機械のアーム部分を二度見した。
それは、円錐の形をして、螺旋型の切れ込みが入った……そう。
リアルな方ではなく、マンガやアニメで見るあれだった。
俺は無趣味だったが、だからこそマンガやアニメは人並には見たのだ。
見ておいてよかった。
お陰で、この円錐がドリルだと分かる。
「こりゃあ、おかしいぞ。この機械、どう見ても普通の機械じゃない。それにドリルもおかしい。苔むしているのも明らかに年季が入ってる……気がする」
「ミュ?」
俺がドリルや歯車を眺めていると、ミュンが手を伸ばし、ドリルの付け根をつついた。
すると、ミュイイイイインッと音を立ててドリルが回るではないか。
「このドリル、生きてるぞ! ミュン、気をつけるんだ!」
「ン!」
「あっ、ミュン、ドリルを掴んで! あーっ、地面に、地面に!」
幼女が手にしたドリルが、どんどんと地面を掘り始める。
これを見ながら、俺は思いつくのである。
このドリルで、水を掘ればいいんじゃないか!




