無人島生活四日目 髭を剃るには
「ハヨー」
ぺちぺちと俺の腹が叩かれる。
「アマチャ、ハヨー」
ぺちぺち。今度は額。
「ううー、なんだなんだー」
「アマチャ! オハヨー!」
ついには、俺の頭がガクガク揺さぶられた。
「うわああ、分かった、分かったから!」
堪らず跳ね起きた。
目の前では、ニコニコしているミュンがいる。
しまった、いつもは俺が彼女を起こすのに、昨夜は夜更かししてしまったからな。
大人の威厳が……!
「ミュン、けっして俺は寝坊したんじゃなくてだな。昨日はとっても忙しくて……」
「ウンウン」
むっ、これでは、小さい子相手に言い訳しているみたいではないか。
とてもみっともない。
ここは、大人らしく過ちを認めるしかあるまい。
「わたくし、寝坊を致しました」
「チャ!」
満足気にミュンが頷いた。
そして、おもむろに近づいてくると、俺のほっぺたやら顎をぺたぺたするではないか。
いや、正確には……。
「アマチャ、ジョリジョリ」
「あー。そういや、もう四日間髭を剃ってないんだっけ……。そりゃあ凄いことになってるよな。このままじゃ、仙人みたいな髭になりそうだ」
「ジョリー」
「あーっ、ミュン、猛烈に撫で撫でするのはやめたまえーっ」
髭を逆撫でする感触が楽しいらしい。
俺はなんとかミュンを引き離すと、今後の対策を考えるのだった。
「しかし、こんな島で髭剃りなんて無いだろうしなあ。ここは困ったときのズーガー頼みだな」
ちょうど、部屋の隅で待機モードになっているズーガーがいる。
こいつ、ロボットのくせに昼寝したり夜寝ていたりするのだ。
「ズーガー、起きろ起きろ」
指先で頭をつんつんすると、ピコッという電子音が鳴った。
なんか、PCのスイッチを入れた時みたいだな。
ズーガーのカメラアイが緑色に光る。
『ピピー』
「おお、目覚めた。早速だがズーガー、頼みがあってな」
『タノミ』
「髭を剃りたい」
『ピー』
おおっ、合点したようだ。
ズーガーが旅立っていく。
その間に、俺とミュンは朝飯の支度をするのだ。
朝はサラッと軽く、キノコや山菜なんぞを焼く。
石油に火を付けて焼くのだが、不思議と焼いたものは石油の臭いがしない。
ひょっとして、この油、石油じゃないんじゃないか……?
二人で温泉のお湯を冷ましたものを飲みつつ、むしゃむさ朝飯を食らっていると、ズーガーが戻ってきた。
「ンー?」
ロボットの頭の上に乗っているものを見て、ミュンが首を傾げた。
俺は目を丸くする。
「それ……安全カミソリじゃないか」
髭剃りの代用品どころか、ズバリ髭剃りそのものである。
ただ、型は随分古いようだ。
きっと、この島に流れ着いた荷物に入っていたりしたんだろう。
限りある文明の利器だ。
大切に使わせてもらおう。
「あ、そうだ。ズーガー、シェービングクリームとか……は無いか」
『ピピー』
あっ、なんかさっき食べた山菜の太いのを持ってきたぞ。
「え? これの中ほどを追ってしごくのか? お? おおおお……!? な、なんかぬるっとしたものが出てきて泡立ってきた」
「キャー! マー! ミュン、ルー!」
ミュンが猛烈に興味を持って、手を伸ばしてきた。
小さい手のひらにぬるぬるを集めて、泡立ててはしゃいでいる。
おおっ、シャボン玉になるんだなあ。
どういう性質だこれ。
というか腹いっぱい同じ山菜食べちゃったんだけど。
俺は泡立てた山菜の汁を頬と顎、鼻の下に塗る。
そして、カミソリを使って剃っていくわけである。
「いて、いてて。伸びてるとまあ大変だなあ。マメに髭は剃りたいが、このカミソリみたいなのも俺用に量産しないとなあ」
別に、誰に会うわけでもないから伸びっぱなしでもいいのだ。
だが、ミュンにジョリジョリやられると気になるではないか。
「アマチャ……アーッ!」
俺にシャボン玉を見せようとしてやって来たミュン。
泡だらけになった俺の顔を見て、びっくりして飛び跳ねた。
「ミュン、ル!」
そして真似をして、自分の顔に泡をぺたぺた付け始めるわけである。
ミュンがつけてもなあ。
君、肌とかもちもちのすべっすべじゃないか。
そして、顔半分を泡だらけにして、コッチを見ながらニカーッと笑う。
「オソロ!」
「うん、おそろだな。だが俺はこうして髭を剃っていくぞ!」
髭が引っ掛かるのを上手くいなしながら、じょりじょりじょりっと剃っていく。
あちこちヒリヒリするが、なんだか剃り跡がサッパリするぞ。
もしかしてこの泡、ローションも兼ねてるのか?
ははあー。良く出来てるなあ。
「オー! アマチャ、ジョリジョリ、ナイ!」
「うんうん。こうしてジョリジョリは無くなっていくんだ。……って、ミュン、結構喋れるようになってきたなあ」
さっきの言葉は、何を言ってるかちゃんと分かったぞ。
俺とのお喋りから、どんどん学習していっているのだ。
頬から顎、顎下と剃り、鼻の下を剃り終わると、温泉のお湯でざっと流す。
おおーっ!
顔が、涼しい……!
「チャー!」
ミュンが俺の懐に飛び込んできた。
そして、俺の顔をペタペタ撫で撫でするのである。
「オー!」
「くすぐったいくすぐったい!」
「ミュン、ジョリジョリ?」
まだ泡だらけの自分の顔を撫でて、ミュンが首を傾げる。
「ミュンにはジョリジョリは生えないよ」
俺は笑いながら答えたのだった。