無人島生活三日目 アラサーとロボの夜間会議
ごっしごっしと歯を磨いてやった直後、ミュンはすぐに寝てしまった。
まだ歯磨きをいやがっているが、将来のために歯磨きは絶対に大事なのだ。
必ずや習慣づけさせてやる、と固く誓う俺である。
今日はお腹いっぱい貝の肉を食べたおかげで、ミュンは満足そうにすぴょすぴょと寝息を立てている。
おっ、鼻提灯だ。
ぷくーっと膨れてきたので、指でつついてみた。
なかなかの粘り気。
だが、俺の執拗なツッツキに負け、鼻提灯がパチンと割れる。
鼻水が出てるということは、寝相がよくないんだな。
下に降りて、パンツや貫頭衣にならなかった布を取ってくる。
これをミュンのお腹の上に掛けて、冷えを防ぐのだ。
昨日までは、そんな事を考える余裕もなかった。
いやあ、風邪を引かなかったのは結果オーライだよな。
さて、すっかりミュンが夢の中なのだが、俺はまだ眠るわけにはいかない。
というのも、夜は大人の時間だからなのだ。
女性関係が云々とかではない。この島は無人島だから、人間は俺とミュンしかいない。
大人の時間というのはつまり、今後の生活についての計画を立てる時間だということだ。
『ピピー……』
ズーガーがログハウスに入ってくる。
眠っているミュンを気遣って、いつもの電子音がささやき声くらいの大きさになっている。
……その電子音、ズーガーの声とか口癖だろう。
なんでささやき声くらいのボリュームに落とせるんだ。
「ズーガー、地図持ってきたか」
『モッテキタ。カイギ』
「よし」
ズーガーが頭の上に乗せてきた紙を、目の前に展開する。
広がった瞬間に光りだしたそれを見て、俺は「おお」と驚きの声を上げてしまった。
これは紙じゃない。
ペラッペラのタブレット端末みたいなものなのだ。
恐らくは、こいつが地下にいるロボットの中枢、セントローンに繋がっているんだろう。
そこに描かれているのは、俺とミュンが地下で見た、この島の地図だった。
色とりどりの砂が形作る、CGっぽいカラフルな地図。
これが、タブレットを通して見えている。
「この地図、既に違うだろ? 今日行った島の裏側は、こういう森じゃなかった。草原になってて、綿花が咲いてたよな。これはズーガー知ってた?」
『ピガー』
知らない、という風に、ロボットが頭部分をスイングする。
「足で歩き回って見つけたわけ?」
『ピピー、ミツケタ』
つまり、セントローンと繋がり、島を歩き回っていたであろうズーガーが知らない変化が、この島に起こっているということだ。
それに、綿花の草原に広がっていた、中身を食べられて割られた椰子の実。
「ズーガーと俺たちが出会ったのも、椰子の実があったのも……。それに、ひょっとして、この地形が変わりつつあるのもあいつのせいかもしれない」
『アイツ』
「ヤシガニ」
『ヤヤヤヤヤ』
ズーガーがぶるぶる震えだす。
ロボットをも恐怖させるヤシガニ。
それって、本当に俺が初日、上に座っちゃったあいつのことなのだろうか。
怯えるズーガーやセントローンには悪いが、俺はまだ信じられていないのだ。
「ごめん、ズーガー。ヤシガニの話はやめよう。それで明日の予定だけど」
『ピピー』
ズーガーも気を取り直したようだ。
カメラのような胴体から、針金状のアームを伸ばし、地図の上をトントン、と突く。
すると、地図が拡大されたようになった。
実際には、色とりどりの砂が拡大された地形を形作ったのだが。
「ここって、今日とは逆回りのところか。岩礁みたいなのがある……。ここだけ海の色が透けてるけど、浅い?」
『アサイ』
なるほど。
ここに陣取れば、魚を獲ったりできるかもしれない。
魚が獲れないにせよ、今日の貝みたいに、何か食べ物を手に入れられるだろう。
「網とかは……まだすぐ作るってわけにはいかないな。素材が分からないしなあ。なら、釣り竿の方が早いか。……釣りなんかしたこと無いんだけどな」
だが、やらねばなるまい。
何故なら、美味しいものを食べさせてやりたい子がいるからだ。
「ムニャ……アマチャ……シー、オイシー」
夢の中でまで美味しいものを食べているようだ。
「それから、釣りもだけど、島をぐるりと探索してみたいな。初日以降、あいつと出会ってないからな」
必ずや、ロボットたちが恐れるヤシガニとは遭遇することになるだろう。
同じ島に住んでいるのだ。
そこまで恐ろしい相手なら、行動範囲は把握しておきたい。
だが、俺は思い出すのだ。
俺の尻の下敷きになり、「もがー!」と怒って威嚇してきたヤシガニ。
あいつはそんな、悪いヤツだとは思えないんだけどなあ。