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ゴミ溜め育ちの魔術喰らい(マジックイーター)  作者: ぽむぽむ
第一章 美味なる香りは少女とともに
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1-2

 晩御飯の支度が済むころには、居住空間となっている『シェーラーズ』2階のダイビングには美味しそうな匂いで満たされていた。

 テレビ前のソファで寝ていたブルクハルトは晩御飯の匂いがし始めた頃に大きな空腹の音とともに目を覚ましていた。今は15分ほど前に帰宅したマルクスと一緒にバラエティー番組を見ている。

 お祝いということで用意された晩御飯はこんがりジューシーにローストされたターキーを主役にチーズグラタン、サラダ、スープ、バケット、デザートにアップルパイ。

 テーブルいっぱいに並べられた料理たちは部屋の照明を受けてより一層美味しそうに輝いている。

 テーブルに4人が着席するとご馳走を前に我慢できなくなったブルクハルトが真っ先に手を合わせ食事の挨拶をする。それにつられるようにあとの3人も挨拶をし料理に向かった。

 ブルクハルトは真っ先にターキーに手をかけマルクス、レオナと続いてメインのターキーを切り分け各々の皿へと盛り付ける。他の3人がターキーを取り分ける間にテオはグラタンとサラダを自分の皿へ小奇麗に取り分ける。美しく盛り付けられた皿を見て満足げに眺めていると、突然ターキーのパリッと焼き上げられた足とジューシーな胸肉が皿に同席してきた。さらに華やかさと空腹を強く刺激するパンチ力を得た皿に驚きテオはターキーのやってきた方を向いた。

 そこにはナイフとフォークを手にしたまま『どうよ』と言わんばかりのどや顔を披露するレオナの姿があった。

 もう一度盛り付けられた皿を見た後レオナに感服し頭を下げた。その姿にレオナは満足そうにうなづいた。

 その後はそれぞれの食欲に従うままにご馳走を貪り尽くした。

 食事が始まって15分間ブルクハルトの皿には山盛りの料理が現れては消えを繰り返す。特に意味もなくテオはそれに競うように食べ進めた。マルクスは二人を無視しマイペースに皿に少しずつ取り分け食べていた。

 レオナは頬杖をついたままテオの様子を見て何か不思議そうな顔を浮かべている。

 そんな視線に気がつくとテオは口をもぐもぐさせたまま尋ねる。

「どうかした?」

 テオの疑問にレオナは体勢も表情も変えずに質問を返す。

「あんたの『魔術喰らい(マジックイーター)』って結局何なの?」

 思いがけない質問にテオの動きはフリーズした。正直何なのかと聞かれてもテオには答えることは出来なかった。

 もちろんテオ自身の能力の話ではあるのだが、その原理を理解などしてはいない。これはテオに『人間は何で生きてるの?』と聞かれるのと同じ類の質問なのだ。

「それ、僕も気になる。兄さんがテゴなんかに住んでるのもそのせいなんだよね?」

 思いがけないところから更なる追求がやってきた。マルクスはこの話題には触れてこない、むしろ避けてすらいるとテオは思っていたから。

 咄嗟にテオはブルクハルトを見た。テオが『魔術喰らい(マジックイーター)』の能力に目覚めた後、その能力の制御の仕方もテゴで暮らすことも父であるブルクハルトの指導によるものなのだからこの質問にも何かしらの答えを持っているだろう、と期待した。

 釣られるように二人の視線もブルクハルトへと向けられる。

 三人の視線に気がつくとブルクハルトは大げさに喉を鳴らして料理を飲み込むと一つ咳払いをした。

「それはな・・・・・まあ、あれだ、生命の神秘」

 なんとなく話し出す前からこうなることはわかっていた。決して答えられないわけではない。

 この回答は嘘であり、ブルクハルトは正しい解答を隠している。

 父は幼い子供も驚くほどに隠し事が下手なのである。おまけにハズレの回答にひどくセンスがない。

 テオは冷淡な視線を父に対して向けた。だが、それはテオのものだけだった。レオナとマルクスの視線はまだ真剣で追求モードのままブルクハルトへと注がれていた。

 そのことがテオには少し意外だった。だがブルクハルトはその視線に観念したように話始めた。

「テオの能力『魔術喰らい(マジックイーター)』ってのはだな。言葉の通り魔法や魔術、魔力に起因するものを喰らう能力だ。喰らうわけだからその手のひらに呑み込まれた魔力は消滅したんじゃねえ。そいつらは魔力エネルギーに変換されてテオの体内に貯蓄される」

 ブルクハルトの言葉に三人は食い入るように聞く。テオにとっても言葉で自分の能力が説明されるのは少しおかしな感覚だった。

 ブルクハルトがそこまで説明するとレオナがテオに疑問をぶつけた。

「魔力エネルギーって結局何なの?喰らうってことは味とか匂いもあるの?食事とはどう違うの?」

 矢継ぎ早の質問に驚くがこの質問ならテオにも答えられる。

「魔力エネルギーなんて言うと難しく感じるけど結局はその辺の魔導機器にとっての燃料と同じだよ、活動するために必要な要素。魔導機器には魔力を魔力エネルギーに変換するための仕組みがあるんだけど、オレにとってはそれがこの手のひらを通すってことみたい」

 テオは神妙に自分の両手のひらを見つめる。この世に他に例を聞かない不思議な能力、それを改めて認識しようとすると恐怖心が心を蝕んでいく。

 テオは恐怖心を見ないように顔を上げレオナの質問の続きを答える。

「味と匂いはするよ。口を通すわけじゃないから食事とは違って頭の中で味と匂いのイメージだけ再生されてるって感じかな?実感のない感覚って感じで最初のころは中々落ち着かなかったよ。それ以外に食事と違う点って言ったら空腹感ぐらいなのかな?喰らった魔力が残ってる間は食事を取らなくても生活は出来るけど腹は減るんだよ。他は食事と変わんないかな。もちろん喰える量にも限界はある。」

 自分の感覚の話に他人が深く聞き入っている。この状況もテオには新しい体験でなんとも心が落ち着かない。

 心が落ち着く間もなくさらにマルクスが新たな質問をぶつける。

「なら食べ過ぎると吐くの?」

 流れから言えば当然の質問、だがその質問を答えようとすると嫌な思い出とともに強烈な悪寒がテオを襲う。

 テオが口を押さえるのと同時に代わりにブルクハルトが答える。

「食べ過ぎても吐きはしない、料理と違って魔力には形も重さもないからな」

 そう言うとブルクハルトは右手に持ったフォークでターキーの肉を刺し大口を開けて喰らった。

 その所作は『この質問はこれで終わりだ、呑み込め』とでも言っているようだった。

 だがマルクスの強い追求の目はそこで止まろうとはしなかった。

「なら、食べ過ぎたらどうなるの?」

 マルクスの普段よりほんの少し低い声にテオの心臓が跳ね上がった。さっきまで美味しく食べていた料理を途端に気持ち悪く感じる。

 テオが背中を丸めると、父が席を立ち上がろうとした。

 だがそれをテオが片手で静止した。わかっている、いつかまた向き合わなければならない事であることもどこかで乗り越えなくてはならないことも。

 だからテオはここで話す。

「魔力を食べ過ぎると、死ぬ。」

 丸まった背中を無理やりに正し喉を逆流しようとする料理を再び呑み込むと、胃液で少し焼けた喉でテオは話始めた。

「オレは4歳のときにこの能力に目覚めた。目覚めた瞬間にヤバイ能力だってのはわかった。だって手に触れただけで目の前の炎だとか水だとか雷だってなくなるんだぜ?自分でもびびったよ。だからまずは使いこなすことよりも知ることが先だった。これは親父も同意見だった。何が喰えて何が喰えないのか、どうすれば喰えてどうすれば喰わずに済むのか、どの程度の質と量の魔力が一口なのか、どれぐらいの量まで喰えるのか?とにかく毎日実験だった。」

 自分の体に現れた得たいの知れないものを知るのは怖い、だが知らずに共存することはもっと怖かった。ちゃんと知って理解した上で付き合っていかなければいつかこの身を喰われるかもしれないのだから。

「結果だけ言うと喰えるのは魔力だけだ。魔力で生み出したものは喰えるが魔力で使役しているだけのものは喰えない。喰うか喰わないかは感覚の問題だったからすぐに慣れた。そんで一口の大きさとこの体に収まる魔力の量に関してだけどな・・・」

 次を話そうとするとまた胃の中のものがせり上がってくる。それを押さえ込みゆっくりと言葉を搾り出す。

「まず一口の大きさに限界はない。この手のひらは口じゃない、喉だ。」

 テオはマルクスに向けて左の手のひらを突き出した。その手の奥に見えたテオの瞳にこもる力にマルクスは息を呑んだ。

「この手のひらはただの喉なんだ。後はこの手のひらの先にどれだけの大きさの口があるかイメージすればその範囲の魔力は全て一度に喰える。」

 テオは一度苦しそうにだが挑戦的な笑顔を作ってみせる。握られる左の手はしっかりとその場の緊張の糸が握られている。

 テオは笑顔を解き左手を下げると続けて話し出す。

「それで魔力の許容量だけどな、まあそいつの魔力の質にもよるんだけど同い年の魔術学校生の平均魔力総量分ってとこかな。それ以上喰うと体細胞が過剰反応を起こして死滅していくんだ。」

 テオの話した魔力総量は大人の上級魔術師であれば一度の大魔術で使用できるほどの量である。

 マルクスはここまで聞くと黙って食べ終えた食器を重ね席を立った。

 そこに母が声をかける。

「マルクス、もういいの?」

「うん、僕はもうお腹いっぱいだから。食器、流しに置いとくね。ご馳走様、美味しかったよ」

 そう言ったマルクスの表情はどこかすっきりとしているように見えた。

 ダイビングから出て自室へと向かうマルクスの背中をレオナは神妙な面持ちでしばらく眺めていた。

 その横顔をテオは不思議そうに見ていた。

「だからよ、今回のテオの進歩はさ、『魔術喰らい(マジックイーター)』の短所を補っただけじゃなくて格ゲーの奥義並みのリーサルウェポンだってわけよ!」

 どこかしんみりとした空気の中酒に呑まれたブルクハルトだけはこの10日間のテオの成長を心底誇らしげに語っている。

「これまで魔力を喰らっても損傷した体内細胞の再生を早めるぐらいしか消費方法がなかったもんな!他の消費方法が見つかったってことでこれから『魔術喰らい(マジックイーター)』の本領発揮だぜ!さすがはオレの息子だな、よくやったテオ!」

 酒臭い息を振りまきながら父が抱きつき頭をぐりぐりと撫でてきた。照れ隠しに嫌そうに押し返したが、心の底では本当に嬉しかった。

 これまで、リアムであること、わけのわからない能力に目覚めたこと、それでも養ってくれていること、二人の優しさは自分が息子であるという義務感が理由で、本当は二人には疎まれているのではないかと不安に思っていた。だけどそれは杞憂で二人は本当に自分のことを大切にしてくれているのだと感じられた。

 でも、だからこそ今この場に居ない一人のことがより強く心配に思えた。


 晩御飯を終えるとまた母と肩を並べて、後片付けをした。親子らしく父との馴れ初め話なんかをしながら、何気ない家族のひと時は過ぎていった。

「じゃあ、オレは帰るよ。」

 晩御飯の後片付けを終えるとテオは今週分の食べ物袋を手に挨拶をした。

 母が『今日ぐらい泊まっていきなさいよ』『もう外も暗くなり始めてるし』などと言って引きとめようとしてくれる一方、父は『おう、気い付けて帰れよ』と大あくびをしながら手を振るだけだった。今はこれも家族としての愛情の一つなのかと思えて少しおかしかった。

 出かかった笑いを堪えながらテオは明るく手を振る。

「また来週会いに来るから、いってきます」

 『いってきます』なんてこれまで言ったことがあっただろうか?たぶんなかったのだろう。いつも『うん、じゃあ』とか『はいは~い』とか無言で手を振るとかそれぐらいの返事しかした覚えがなかった。気恥ずかしくて心に見えない壁がある気がして素直に口にすることが出来なかった。

 こういう壁がなくなっていくことが一つ大人になっていくってことなのかなとそう感じながらテオは『シェーラーズ』を後にした。

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