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ゴミ溜め育ちの魔術喰らい(マジックイーター)  作者: ぽむぽむ
序章 魔術喰らい(マジックイーター)はゴミの中から
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0-5

 マルクスと別れた後、テオは10分ほどで『シェーラーズ』に到着した。

ニクスベントの中にある住宅街の一つ、100万を超える人々が暮らすこの都市の中でまるでその場所だけが時の流れから零れ落ちたかのような、古くて人の暖かみに溢れた街シンシュ。そこにある『シンシュ商店街』の一角で『シェーラーズ』は営業している。

 左右を喫茶店とブティックに挟まれた3階建ての建物。白を基調とした縦長の箱型

の外観は一見すると普通の住宅のようである。住宅と異なることと言えば玄関の扉が壁いっぱいの幅で作られていることと、1階と2階の間にあたる壁に金文字で『Scheler's』と書かれた紺色の庇が取り付けられているぐらいである。

看板を見つめているとテオの心を居心地の悪さと気持ちの悪い緊張感とが群がり埋め尽くそうとする。今のテオにはこの感情がどこから来ているのかはっきりとはわからなかった。

 気持ちの悪さを吹き飛ばすように大きく息を吐き出す。入り口に掛けられているclosedの看板を確認しながらテオは勢いよく扉を開け放った。

「食い物をよこせ~!」

 まるで強盗でも現れたかのような宣誓にも関わらず店内に居た従業員は全く動じることはなかった。それどころかすでに用意されていた大きな食料袋を手に立ち上がった。

 一人暮らし用の冷蔵庫ほどの大きさの袋を軽々と持つこの従業員こそ、この店の店主でありテオの父ブルクハルト・シェーラーである。

 身長が2mを越える上その身には分厚い筋肉が纏われている。その肉体はただ立ち上がるだけで周囲の者を圧するほどの存在感を放っている。テオにとって父こそが宝を守る最強の敵なのである。

 最強の敵たるブルクハルトは袋をテオに見せ付けるように目の前に置くと大きく両腕を広げテオを迎える。

「よく来たな伝説の勇者よ!この宝が欲しくば魔王たる我を倒してからにしてもらおうか」

 魔王になりきった店主の高笑いは狭い店内ではよく響く。結果、宝を守る魔王は厨房で仕込みをしていた妻に涙を見せるほどに怒られることとなる。


 怒り心頭の妻を前に為す術なく自宅を追い出された父親とともに宝を巡る決戦は屋外へとフィールドを移される。

「さあ勇者よ、貴様の力が如何ほどのものか、我に見せてみよ!」

 仕切りなおしに咳払いを1つ挟んだ魔王は改めて声色を作り勇者テオを威圧する。

 しかしすでに勇者の目に情熱の炎など見て取れはしなかった。

「この設定引っ張るつもりなのか?」

 立っているだけで汗をかくほどのうだる暑さの中、息子の冷え切った発言に父親の声音は平静を取り戻した。

「なんだテオ、お前が先に言い出したんじゃないか」

 いきなり真顔で何を言い出したのかとテオは真剣に耳を傾けつつ首をかしげる。

「お前、覚えてないのか?『勇者になって伝説の宝を巡って冒険するんだ!ラスボスは実はお父さんで、苦しい戦いに勝利して宝を手に入れるの!』って言ってたじゃないか?」

「なあ?あんたはいつの話をしてるんだ?」

 視線に『ふざけたことを言えばあんたのの命はないぞ』と念を込めながら問いかける。

 当然そんな空気を察することが出来るような父ならば妻に怒られることもないわけであり、

「そうだな・・・あれは確かお前が3つか4つの頃だったか」

「そんな古い話覚えてるわけねえだろおがー」

 瞳を閉じ回想シーンを再生する父に対しテオはドロップキックを仕掛ける。

 しかし、テオの攻撃は空を切り、地面に倒れこむように着地する。そこに居たはずのブルクハルトはというと元テオが居た位置の背後を取るように移動している。その体表ではバチバチと電気が波を打つ。

 彼の体表に見える雷からわかるようにブルクハルトの属性は雷。速度・威力ともに申し分のない攻撃的な属性であるが、他属性に比べると魔力の消費が大きく燃費が悪いという短所を持っている。

 だがブルクハルトに関してはその短所が上手く働く期待は出来ない。なぜならば彼は他人に向けては魔法も魔術も発動しないのである。

 彼の戦闘スタイルは雷属性の強化魔法を自らに使用し身体能力を飛躍的に上昇させた状態で近接戦闘を仕掛けるというもの。

 その昔、魔法実技の全国大会ではこの魔法だけでベスト8にまで残っている。当時ついた二つ名は『稲妻のブリッツ・フィスト』、本気の拳は稲妻が如く一瞬で相手を打ち抜いたらしい。

 テオは苦笑を浮かべ冷や汗を額に感じながら顔を起こした。

「相変わらず天然物のクリーチャーみたいな体してるくせにチートレベルの速度出してくるじゃねえか、クソ親父」

 ブルクハルトは表情を引き締めるどころか眉をハの字に歪ませて嘲笑してみせる。

「バカ言え、この体だからこの速度が出せるんだ。理解が足りてないなお前は。そんなことだからいつまでたってもオレに触れることすら出来んのだよ」

 事実、テオが一人でゴミ溜めに暮らし始めてから幾度となくこの戦いを繰り返してきたが、未だに触れることすら出来ていない。いつもブルクハルトに足腰が立たなくなるまで弄ばれては母のレオナに助けられ食料をもらっている。

 だが、今日のテオには1つの勝機があった。

 テオは今日ここへ来る途中に魔力を喰らっているのだ。

「へっ、勝手に言っとけ。今日こそ1発ぶち込んでやっからよ」

 テオの強気の発言に父はなぜか両手を後ろへ回し顔を赤らめた。

「いや、ぶち込まれるのはちょっと・・・」

「誰も下の話なんてしてねえよ!」

 冗談とはわかっていても2mを超える筋肉モリモリの男が顔を赤らめくねくねしているのは本気で気持ち悪い。しかもそれが父親とくれば多少殺意が沸いても仕方ないのだろう。

「あんたちょっと黙ってろよ。今すぐ息の根止めてやるからさ。」

「なんだ?お前はオレを殺したいのか?」

 テオの殺人予告に対し、ブルクハルトは真剣な表情で返答する。だが、テオにはこれも彼の冗談なのだとわかっていた。そう冗談に決まっている、だからテオは満面の笑みで中指を立てる。

「ああ、割とマジで。闇討ちしてでも殺してやりたいよ。」

 なのに、父の表情は神妙で落ち込んでいるように見える。

「そうか・・・」

 さすがに言い過ぎたかとテオの心には罪悪感が芽を出した。

「だが父さんはそこまで変態にはなれないぞ!」

「はあ?」

 何てことはない罪悪感など生やすだけ無駄だった。

「ほらそれって不純同姓交遊で近親相姦でおまけに夜這いだろ?ちょっと特殊すぎるぞ。どれか1つ減らさないか?」

「そういう意味じゃねえよ!てかなんだよ1つ減らすって?あんた自分の息子とどうなるつもりだよ!」

 こんな冗談に付き合う必要なんてないことはテオにもわかっていた。だがそれでも、この発言に対し何も言わないでいると認めたみたいになりそうで必死に文句を言わずにはいられない。

 それなのにブルクハルトは頬を赤く染めもじもじしながら上目遣いに視線を向けてきた。

「そ、そんなことオレの口から言わせるのか?」

 気持ち悪い以外に感想の持ちようがない父の言動にテオは堪忍袋の緒が切れる音を初めて聞いた。

「あんたそこを1歩も動くんじゃねえぞ。今キツイの1発喰らわしてやるから」

 『キツイの』などと言われて尚も独りで悶えている父を他所にテオは両の拳を正面に構える。握りを確認すると軽くステップを踏みながら呼吸を整える。

 目を閉じると先ほど喰らった魔力のエネルギーが巡るのを感じる。このエネルギーを全て1発目の攻撃のために費やす。右足の踏み切りで間合いを詰めてからの左足の踏み込み、重心移動と腰の回転運動を経ての右ストレート。これを最速かつ最強の威力で放つ。

 これを当てる以外にテオに勝ち目はなかった。

 正直『稲妻のブリッツ・フィスト』なんて二つ名を持っていたブルクハルトを相手に、それだけで勝てるとは毛の先ほども思ってはいない。伊達に10年も戦ってはいない、力量の差くらいはテオにだってわかっている。

 だが、今は勝負の結末など些細なことと思えるほどに心が沸いていた。覚えたての新しい技を試すのが、自分自身でも予測の出来ない新たな自分に出会えるかもしれないことが、父を驚かせることが出来るかもしれないことが、どうしようもなく楽しみで、はしゃぐ心を抑えて集中することがとても難しかった。

 ブルクハルトに対してではなくいつまでも落ち着かない心に対して控えめに声をかける。

「いくぞ」

 ダン、と銃声のような短い音が響くと次の瞬間にはゴウとジェット機が空を切ったような音がシンシュ商店街を駆け抜けた。

 結果から言えば今日もまたテオの負けだった。

 渾身の一撃はブルクハルトの体を掠めることもなかった。

 攻撃を放った本人はまだ体が追いつかずどのように自分が動いたのかもよくわかっていない。だが、それ以上の高速戦闘を知るであろうブルクハルトにとっては鮮明に見えたことであろう。

 よく考えてみれば、速さを売りにしている相手に対して速さで挑むことなど恐いもの知らずもいいところだ。その動機はブルクハルトに対する対抗心や自分にあった方法だったというだけではなかったのだろう、きっとテオの中でいつも目にしていたブルクハルトの戦う姿に憧れを抱いていたのだ。

 『オレもあんな風に戦いたい』と。

「くそっ、あんな変態相手に憧れとかホントだっせぇ・・・」

 そんなセリフを口にはしてみたものの自分でも照れ隠しにしか聞こえなかった。

 心臓の高鳴りが収まらない。心は達成感に満たされ、早く次のステップをと催促すらかけてくる。なにせ普段ふざけてばかりいる父を表情に出るほどに驚かせられたのだから。吊り上げられる口角を引き止めるのが本当に難しい。

「驚いた・・・。お前いつの間にそんな動き出来るようになったんだ」

 ブルクハルトの心からの言葉だった。初めて聞く父の声音にテオの心はまたはしゃぐ。

 勝手に盛り上がる心を押さえつけて落ち着いた声で冷静に話す。

「別に。いつもあんたの動き見てるし、これぐらい出来て当たり前だっての」

 自分で言っていてなんとも嘘臭いと思ってしまった。言葉が待ちきれずに早口になり無駄に手振りもつけてしまった、振り返るだけで恥ずかしさに顔が熱くなる。きっと顔は赤くなっている、そう思うとまた恥ずかしさがこみ上げてきた。

 攻撃をかわした後のブルクハルトの表情は驚きに支配されていた。いつもは色んな感情を含んでいてコロコロと表情を変えてくる。そんな彼の表情がたった一つの感情に支配されているのは痛快だった。今だって表情はそのままだ。いや今は少し笑顔が混ざっているだろうか、口角がほんのわずかに上がっている。

 驚きを顔に残したままブルクハルトはテオに近づいてくる。それも興奮した様子で随分と足早に。迫り来る彼の口元はどんどん笑みを含んでいく。

 『何か嫌な予感がする』漠然と野生の勘ぐらいのレベルでテオは思った。

 だが、野生的勘というものは遺伝子に刻まれてきたご先祖様方の経験の賜物であり中々に侮れない。そして此度の勘もそこに反することはなかった。

「すげえじゃねえかテオ!でもお前移動の瞬間何も見えてなかっただろ?狙いから15㎝左に踏み込んでたからな。それにパンチもフォームがよくねえ。今のは初めから一撃だけのつもりだったから構わねえが、実戦じゃあそうはいかねえからな。・・・・・」

 近づいてきた勢いのままにテオの両肩に手を置くと大きく揺すりながら興奮した様子で口早に話し始めた。

 昔、何かの研究をしていたというブルクハルトの解説は本当に細かく、よくもまあたったの一撃でそんなにも改善点を見つけられるものだと、全ての集中力が遠のいていくのを感じながらテオは素直に関心していた。

「―――というわけだから、ほれ」

 テオが無意識状態の間も絶えず続いていた解説が終わると、ブルクハルトは揺らしていた手を放しテオに向け差し出してきた。

 何も思わずにテオは握手をするようにその手を掴む。

 警戒心0の無抵抗なテオを次に襲ったのは繋いだ手の上で短く弾けた青白い稲妻だった。

「いって!何すんだよ、あんた!」

 反射で手を離すと当たり前のように手を差し出してきた男に文句をたてる。

しかし、ブルクハルトは文句の意味がわからずに眉をひそめ首をかしげた。

「はあ?お前こそ何言ってんだよ。さっき説明したろ?お前には経験値が足りてないんだ。だからこれから10日間でオレがみっちり経験積ませて、その技を実践でも使えるようにしてやるっての」

 怒っているというよりも心配するようにブルクハルトは改めて成り行きを説明した。

 だがそれでも、握手した理由がテオにはわからなかった。

「それでなんでオレが電撃浴びることになるわけ?」

「だってお前さっきのでエネルギー全部使い切っただろ?だから、補充」

 あきれたようにそこまで話すとブルクハルトは今一度右手を差し出した。

 やっと理解したテオはあまりに真面目すぎる父に唖然としつつ魔力を喰らうのだった。

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