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テオはニクスベントの街に降り立つと壁よりも高いビルの間を抜け目的の店へと向かう。
実際に降りて歩いてみればわかるのだが街中は存外に涼しい、壁に囲まれ熱気のたまり場となっているテゴとは異なり街には絶えず風が流れている。それは街のいたる所に設置された巨大なファンによるものである。このファンももちろん魔力を動力としていて日に一度の供給だけで稼動しているという。
燃料としての魔力は電気に比べ約十倍という。その上現状ではデメリットが確認されていないというのだから人々がこぞって魔力や魔法、魔術の研究に参加するのもわかる。
だがこれだけ有用に見える魔法にも影はある。各個人における魔力の質と量そして属性の格差である。
質とは単位量あたりの魔力の持つ力の差を示す。つまりは決められた魔力量でどれだけの仕事をこなせるか。
量とは単純に魔力の個人保有量のことを指す。細かく分類すれば最大保有量、最大放出量、補充速度など幾つかの要素で量られるがほとんどの場合で最大保有量のことを言う。
最後に属性だが、まず現在発見されているもので魔力には火・水・風・雷・土・光・闇、以上の七属性が存在している。またこれらの属性と関係なく扱えるものを無属性と呼んでいる。主に移動や熱量の変化に関係した魔法や魔術で使われ、魔力を扱える者であれば訓練さえすれば誰でも使用できるようになる。しかし、七属性の魔力に関してはその通りではない。これらは生命が宿った瞬間にある一つに絞られるのである。
これら三つの要素の内明確に遺伝が関わるとされているのは量のみである。質と属性に関してももちろん無関係とは言えない、だが明確に関係していると言い切れるだけの確かな研究成果が得られていないのも事実である。その上優秀な魔力を持っていても魔法が使えないこともある。魔力・魔法・魔術の研究は100年たった今も多くの謎を秘めている。現状それらは神のみぞ知ることなのである。
そして今のこの世界ではその神の悪戯だけでその者の人生が決定してしまう。高質で有用な属性の魔法に生まれれば無条件で勝ち組、万が一にも魔法に恵まれなければ誕生と同時にゴミ箱に捨てられることだってある。
そうなれば当然妬みや嫉み人間の黒い感情が渦巻き、汚い部分が見え隠れしてくるものである。
「やめてよ!」
ビルが光を遮り薄暗い影に包まれた路地裏に悲鳴にも近い声が響いた。
テオにとって聞き覚えのある声に即座に駆け出す。
ビル2棟分、およそ60mを走り抜けその角を曲がる。
「なあ、お前ら何してんの?」
そこに居た4人組の中学生に向けて声をかける。
3人は同じ制服を着てそれぞれにバッグを背負っていた。後の一人は地面に座り込みその子のバッグは取り上げられて中身を地面に撒かれていた。
「はぁ?誰だよお前、小学生がこんなとこ来てんじゃねえよ」
バッグを掴んでいた一人が座り込んだ男子生徒に投げつけながら体を向ける。
中学生にしては体格がよく短く丸められた頭がさらに威圧的な印象を与えている。
その身に纏った白の制服に襟元に輝く金の校章はここから20分ほどの場所にある国立エバーネント魔術学校の制服である。
そのことをわかった上で、テオは相手の言葉を無視して極力嫌みったらしく話す。
「その制服たしかエバーネント魔術学校だよな?いいのか?他校の生徒にいじめなんて」
二人のエバーネント生は所属がばれたことにうろたえを見せたが、坊主の男子生徒はそれがどうしたと言い返してくる。
「それで、お前は結局誰なわけよ?こいつの連れかよ?」
横目で座り込んだ生徒を見ながらテオに尋ねる。テオもつられて生徒を見るが相手は罰が悪そうに目を背けた。
だからテオもどうでもよさげにそっけなく答える。
「さあ、誰そいつ?ただあんたらみたいなエリートさんがそんなしょうもない奴に嫌がらせするなんてクソだせーなって思った見に来ただけよ。」
坊主の眉がピクリと動く。
「ああ?誰がダサいって?お前俺らにケンカ売るってマジか?」
坊主の手の上で炎が揺れる。うろたえていた二人も坊主に続くように構える。
それでも淡々とテオは軽口を続ける。
「誰もケンカなんて売ってねえよ。まあ金出して買ってくれるってんなら売るけどさ。でもどの道お前らじゃ相手になんねえよ。」
坊主の丸めた頭に血管が浮き上がる。手の平に灯った炎はゴウと勢いを増した。
「そこまで言うならやってやろうじゃねえか!お前の魔法がどれだけのものか俺が見てやるよ!」
坊主は言い終わると同時にその手に持った炎をテオ目掛けて放つ。放たれた炎は鋭く一直線に飛んでくる。
テオは手を体の前で振りながらおどけた表情で話す。
「いやいや、オレ魔法なんて使えねえよ。ただ・・・」
襲い掛かる炎に向けて手の平を構えテオは不敵に笑う。
「喰らいはするけどね」
テオに向かった炎はテオの手に握り潰されるように忽然とその姿を消した。
坊主はテオが何を言ったのか、今何が起きたのかわからずに唖然としている。
「お前、今何したんだよ!俺の魔法を消したのか?」
「はあ?今言ったっしょ?魔法を喰らったの、食べたの!意味わかる?ちゃんと聞こえてる?」
テオは丁寧にかつ小ばかにしながら右手をパクパクと開いたり閉じたりさせながら説明する。
その姿に坊主の苛立ちはピークを振り切る。胸ポケットから魔方陣の書かれた紙を取り出すと魔力を込め空中に陣を展開した。
「属性は火、形状は槍、用途は貫通、その魔術名はフレイムランス・・・」
空中に発動した陣に手をかざしオーダーを通すと陣からは燃え盛る炎の槍が現れる。
陣から槍を抜くと坊主はその槍をテオ目掛けて助走をつけて投げ込む。
「死ねえ!化け物があああ!」
放たれた槍は唸りを上げてテオに迫る。だがテオはかわすどころか槍に向かって走り出す。
「相手になんねえって言ってんのにさ、ほんとだっせえ」
槍に対し体を半身に逸らしながら右手の平を槍の正面に構える。顔の隣を過ぎる槍を右手で丸呑みにすると拳を握り2,3ステップを踏む。
振りぬかれた右手は坊主の顔の手前20㎝で止まったがその拳圧は路地裏を駆け抜けビルの窓ガラスをガタガタと振るわせた。
坊主の膝が震えに耐え切れずに崩れ落ちる。見上げた先にあったのはにやりと不気味に笑うテオの姿だった。その姿はきっと坊主には悪魔のように見えたことだろう。
後ろに居た二人も目の前の光景に腰を砕かれ生まれたての小鹿のようにた情けない姿をしている。
「お、俺・・・こいつ見たことあるよ。動画サイトに上がってた、『魔術喰らい(マジックイーター)』だ」
小鹿の内の一頭がテオを今一度確認するように見ながら話す。
「その両手でどんな魔法も魔術も全部喰っちまうんだ。もし、直接体に触れられたら・・・」
そこで言葉は止まった。テオの視線が話していた生徒の視線とぶつかったのだ。
沈黙に耐え切れずに坊主が言葉の先を促す。今テオの手と最も近いのは他でもない彼なのである。
「ふ、触れられたらどうだってんだよ」
「そ、その・・・ま、魔力を全部喰われて一生魔法が使えなくなるって」
目を合わせたままテオが口元だけで笑った。
「い、いやだー」
小鹿二頭は足がもつれ転びそうになりながら路地の奥へと逃げていく。
残された坊主はしりもちを着いたままそれでもテオを睨む。
「そ、そんな話どうせ噂だけで嘘なんだろ?さっき俺の魔術を消したのだって何か秘密があるに決まってる!」
遠ざかる二人の姿をつまらなさそうに見つめていたテオが坊主の方を向きなおす。
「なら、試してみるか?お前の魔力はなかなかに美味かったしな、悪くない」
そう言うと、テオはまた不気味な笑みを浮かべ坊主に見せ付けるように唇に舌を這わせる。
全身を震わせ恐怖に顔を青くした坊主へとテオはゆっくりと手を伸ばした。
「う、うわあああ!」
迫ってきたテオの手を避けようとして坊主は情けなく後ろに倒れた。そのまま振り返ると上手く動かない足腰で転びながら叫び声を上げて逃げていった。
三人の姿が見えなくなるとテオは噴き出した笑った。
「なんだよあれ、ほんとだっせー。ママ~だってよ」
坊主は最後にはへっぴり腰で走りながら届くわけのない母親への助けを恥ずかしげもなく叫んでいた。
一通り笑うとテオは地面に座ったままの一人だけ違う制服だった生徒に手を差し出した。生徒はいぶかしむように差し出された手を見つめる。
「ああ、さっきの話か?あんなの嘘に決まってんだろ。喰われた魔力だってそのうち戻るし、喰うかどうかだってオレの気分次第だからな。さすがに兄弟の魔力なんて喰わねえっての」
そう言って明るく笑うテオを一瞥して生徒は一人で立ち上がると、散らばった荷物を集める。
テオが荷物拾いを手伝うとテオが拾った物をあわてて奪い取った。
「僕が助けを求めたんじゃないからね」
その目には強い反抗心が宿っていた。テオはその目に少し寂しさを感じながら小さく答える。
「わかってるよ」
テオが助けた生徒の名前はマルクス・シェーラー。今テオが向かっている定食屋『シェーラーズ』を営むシェーラー夫妻の息子でありテオの弟である。年は13歳で今年からこの近くにある『市立ニューノール中学校』に通っている。
マルクスは学校に向かう途中に小学校の同級生に会っただけだと言ってそれ以上は何も話そうとはしなかった。テオがテゴで暮らすようになったのはマルクスが4歳のとき。
それゆえにマルクスにとってテオは兄でもなければ家族ですらない、週に一度現れては食料は持ち去っていくただの穀潰しなのだ。
それをわかってはいてもテオはその環境を変えることが出来ずマルクスとも微妙な距離を保っていた。