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5-3

 テオはゆっくりとゴーレムの胸へと手を伸ばしたその時だった。

 ブンッ、とゴーレムの瞳に赤い光が灯りテオはその右腕に吹き飛ばされた。

「そう簡単にはいかねえか」

 始動直後の攻撃はテオの体を放り投げたのみで大したダメージはない。それでも50m以上投げ飛ばすほどの力。1撃でKOするだけの力は充分だった。しかも今回は大きさや早さ、学習能力の高さ、それだけではなかった。

 ゴーレムが手を差し出すとその平からは炎が噴出す。

 接近を計るテオはそれだけで退けられる。

「くそっ、こうも範囲の広い魔法だと逐一喰ってるわけにもいかねえ」

 今のゴーレムは魔法・魔術まで使う。もはや自我を持たないミアを相手にしているようなものである。

「『活路を得るため敢えて死地へ赴く』だよな」

 テオはゴーレムの胸元を見据えると一気に駆け出した。

 ゴーレムは真っ直ぐに向かってくるテオに向けて水流を打ち出し稲妻を流す。テオはこれを掻い潜り尚も突き進む。これに対しゴーレムは空中に水滴を散らしこれを凝固させ無数の氷柱をテオ目掛け射出する。テオは急所だけを庇い襲い来る氷柱の群れに正面から突っ込む。

「つっ」

 からだに多くの切り傷を作り、それでもテオは足を止めようとしない。

 ゴーレムは地面を叩き土の壁を築き上げる。

「今更壁なんて意味あるかよ!」

 テオはこの壁から魔力を喰らいそのまま押し倒した。その壁の向こうには5mは離れていたゴーレムが拳を構えて飛び込んできていた。

 テオはその姿に一度足を止め腕を上げそうになったが逆に加速しゴーレムの懐に飛び込んだ。ゴーレムがテオに向かいテオが加速したことでゴーレムから見たテオの相対速度は反射速度を上回った。結果、ゴーレムはテオに対し無防備な姿をさらした。

「待たせたなマルクス、今ケツ拭いてやるからな」

 テオの『魔術喰らい(マジックイーター)』はゴーレムの胸に風穴を開け、マルクスはゴーレムの穴から抜け落ちる。テオは体勢を崩し地面に転がり落ちた。

 マルクスが目を開けるとそこには手を差し伸べる兄の姿があった。マルクスはその手を懐かしそうに見つめた。

「なんだよ。魔力なら喰わねえって前にも言ったろ」

 依然テオがマルクスを助けたときマルクスはテオから差し伸べられた手を拒絶した。そのことを思い出すとマルクスは少し笑えた。

「いや、別に。・・・ただ、あの時素直に兄さんの手を取れてたら何か違ってたのかなって」

 マルクスが掴まるとテオは勢いよくその手を引き上げた。

「何も変わんねえよ。ただ手の温もりを知るのが早くなってただけだよ」

 テオの言葉は正直意味がわからなかった。それなのにマルクスはその言葉に涙が止まらなかった。テオは何も言わず俯くマルクスの頭をぐりぐりと力強く撫でた。

「やれやれ。やはり人間をコアの代わりにするのは無理がありますか。他人の感情ほど邪魔で目障りな物はない。信じられるのはやはり私自身、それのみですね。アロイスは私以上の天才でしたが、彼は他人を信じすぎました。その点は本当に愚かだと思います」

 突然現れたモニターに映るゲオルクは崩れ落ちたゴーレムとテオに支えられるマルクスとを見比べながら気だるげに文句を垂れた。

「よく言うぜ。てめえが両親や親族の期待に応えられなかったからってひがみはよくないんじゃねえか?」

 テオの挑発にゲオルクは眉をひくつかせる。

「ひがみですって!?彼らが私を認めなかったのは私の魔力が光属性じゃなかったからなんですよ!それだって元はといえば私を産んだ彼らの失敗じゃないですか!それなのにどうして私が悪者にされなくてはならないのですか!」

 バンッという大きな音とともにモニターの向こう側が大きく揺れる。机を叩き付けたゲオルクは端末を手にし顔を起こす。

「ですが、この技術があれば全てはひっくり返ります!彼らも私のゴーレムを見れば私こそが正しかったのだと認めるしかなくなる!」

 ゲオルクは雄たけびを上げると端末を操作しミアの入った容器に向け送信する。

「うあああああああああああああ!」

 容器に満たされた液体がグリーンからレッドに変化するとミアが身を裂かれるほどの悲鳴を上げ始めた。

「ミア!」

 狂うように叫ぶミアの姿を見てもテオにはミアの名を叫ぶことしか出来なかった。

「彼女の心配ばかりしていていいのですか?」

 カメラレンズを覗き込む下卑た瞳にとっさにテオはマルクスを突き飛ばした。

「マルクス、離れてろ!」

 マルクスを突き飛ばし、その反動で自分の身は反対側へ倒れこませた。しかしマルクスを突き飛ばされた右腕は引き戻せない。

 ボウッ!

 テオの目の前を光の柱が駆け抜けた。その通り道にテオの右腕は置き去りにしたまま。

「ぐわあっ!」

 地面を転がったテオは痛みに耐えながら慌てて自分の右腕を確認する。そこに右腕は確かに付いていた。しかし皮膚は黒く焼け焦げちまみれ脂肪まで吹き飛ばされ筋肉が露出している箇所もあった。痛み以外の感覚は全くわからなかった。

「なんてことですか。今のは巻き込まれれば消し飛ぶレベルの光魔術だったはずなのに。テオ君、君は本当に気持ち悪い」

 モニター越しになじるゲオルクの声などテオには聞こえてはいない。今はただ家族を信じ耐えるしかなかった。

「あれ?その目はまだ諦めてないって目ですね?何をたくらんでるのでしょうか?」

 ゲオルクは『う~ん、う~ん』と首をかしげ考える振りをする。

「でも、君にはもう勝ち目なんて万に一ついや億に一つだってないのですよ。もし仮にそこにいる高純度のマナで作ったゴーレム3体を倒せたとしてもね」

 すでに勝ちを確信したような笑みを浮かべるゲオルクを前に、テオは歯を食いしばり立ち上がる。しかし、すぐさまゴーレムに殴り飛ばされまた地面に転がる。

 まだ立ち上がるテオに対し風魔術で浮かび上がったゴーレムが追撃をかける。

「このゴーレムがあんたの技術だって?」

 テオは立ち上がると口と鼻の中の血を吐き出すとゆっくりと見上げ、降りかかるゴーレムを見据える。

 ゴーレムの拳がテオ目掛け振り下ろされズドンッという音とともに土煙が上がる。

「このゴーレムの中にある魔力はミアのもんだろ?」

 土煙の中からテオの声が聞こえた。土煙が引き始めると地面に落ちた右腕を失い胸に穴の開いたゴーレムとテオが立っている。

 即座に他のゴーレムで二の矢を打ち込む。炎の矢がテオ目がけ放たれる。テオはその全てを左手一本で喰らってみせる。

「そんでそのミアはオレの母さんと父さんが命かけて産んだ子供だ」

 2体のゴーレムに近づくテオにゲオルクはさらに魔術を放つ。闇の沼がテオの足を捕らえ頭上からは光の柱が降り注ぐ。

「これなら避けれないでしょう!喰らったところで君の体が滅びるだけですよ」

 ゲオルクの雄たけびはテオの左手が光の柱と一緒に丸呑みにした。闇の沼もテオは気にかけもせず左手で丸呑みにする。

「なんですか!何なんですか!君は!どうしてそれだけ大量の魔力が喰らえるのですか!?君の限界値はとっくに超えているはずでしょう!」

 ゲオルクは自分の髪を毟りながら叫び散らかす。

 テオは答えることなく1歩ずつ歩みを進める。

 だが、次に出そうとした左足は収まることなく膝を地面に落とした。テオは地面に手を着き大量の血を吐き出した。顔を上げるとその左目からは血の涙が流れている。

「あはは、やはりもう限界なんじゃないですか。わざわざ魔術全てを喰らうものだから何か企んでいるのかと思いましたが、なんてことはありません。すでに虫の息ではありませんか」

 ゲオルクの言葉にテオは笑顔で答える。

「わからねえのか?てめえがさっきから我が物顔でポンポンポンポン撃ってる魔術はな、そのクソ不味い魔力が混ざってねえ。オレの大切な妹の命のカケラなんだよ。それをてめえみてえなクソだせえ男に使わせるぐらいなら、全部オレが美味しく喰らってやるって言ってんだよ!」

 テオの笑顔はやせ我慢でも何でもなかった。ミアが作ったカレー鍋を前にした時と同じ自然で柔らかい笑顔だった。

「あはは・・・これだからリアムの発言はどうにも理解に困ります。そんなに美味しいのならたらふく喰らえばいいでしょう。まだおかわりは大量にあるのですから」

 ゲオルクはさらにミアからマナを吸い上げようと端末を操作した。しかし反応がない。

「これは、どういうことですか!」

 端末に問題があるのかと調べていたゲオルクは慌てて振り返る。そこには空になった容器とミアを背負うマルクス、工具を手にした1体のブリキクマのぬいぐるみが居た。

「ご無沙汰だね、ゲオルク。君は自分の中で確信に至ると一切周りが見えなくなるところがあるよね。その点は、本当に愚かだよ」

 終始軽い口調でアロイスは語ったが最後の一言だけは死の宣告のように重く冷たかった。

「君はもしかしてアロイスですか?まさか、どうして生きているのですか!?」

 ゲオルクの頭はすでにまともな思考など練ることは出来なかった。

「いや、まだ!まだ終わってはいません!マナをコアとしたゴーレムはまだ2体も残っているではないですか。これであのクソガキさえ殺せば、あとの魔術師どもなど取るに足りません」

 ゲオルクはゴーレムに魔術を発動させる。1体は津波を起こしもう1体は雷の雨を降らせる。

「なああんた、フェンリルって知ってか?」

 テオは痛みを堪え左右の手を組み前に構える。上下に組まれ交互に並ぶ指はまるで動物の牙のように見える。

「死になさい!ゴミ虫がああああああああ!」

 ゲオルクにはもうテオの声は聞こえずテオの動きは見えていない。

「魔狼って呼ばれた神話の生き物らしいんだけどさ、何でも上顎は天を貫いて下顎はt大地を抉るんだってよ」

 テオは静かに両手を上下に開き降り注ぐ雷と襲い来る津波を挟んだ。

「あんたにも見えてれば良かったのにな」

 広げた両手をテオは一気に閉じた。

「『魔狼の顎』」

 左右の手が閉じられた瞬間、空を埋め尽くした雷も大地を覆った津波も忽然と姿を消した。

「は?今、何が起きて」

 ゲオルクの理解が追いつかない中、ガラガラと音を立てゴーレムも瓦礫と化し地面に崩れ落ちた。

 テオはまた大量の血を吐きその場に膝をつき崩れ落ちた。両目は血に赤く染まり、両腕は血が腐ったように赤黒くなり至るところから血を噴出していた。しかし、テオはまだ止めない。もう一度両手を組み構え直す。アロイスからゲオルクの座標は送られている。

「どうして、どうして君はこっちを向いているのですか?」

 モニターの中のゲオルクがレンズではなくテオがいる方角を向いて慌てふためく。

「オレがあんたを解放してやるよ。魔力を失えばしがらみも何もなくなって自由になれるだろ?」

 研究所の壁も何も全てを突き抜けてゲオルクと目が合う。ゲオルクの瞳の奥でがたがたと心が恐怖に震えるのを感じる。

「やめろ、やめなさい!どうして、私は間違っていないはず。なのにどうしてリアムごときにここまでコケにされなくてはならないのですか。こんなの、こんなの間違っています」

 床に尻餅を着きバタバタと手足を動かし後ろへ下がるがどこへ行こうとももう無駄だった。

「『魔狼の顎』」

 テオの両手が閉じられると同時にゲオルクは意識を失いその場に倒れこんだ。両手を前に出したままテオも地面に倒れこむ。

 だが、その体は地面に落ちる前にブルクハルトの腕の中に収まった。

「全く、なんて様だよ。誰かの命を救えたからってな、自分の命を粗末にしていいわけじゃねんだぞ。お前はもっと自分を大切にしろ」

 ブルクハルトの逞しく大きな腕はとても居心地が良かった。しかし、テオはそのまま腕の中で眠るわけにはいかなかった。

「だけどよ、まあその、なんだ・・・よくやったな。本当にありがとう」

「そんなことより」

「そんなこととは何だ!?」

 父親が恥ずかしさを堪えて送った感謝の言葉は今のテオには『そんなこと』だった。テオには父の恥ずかしがる顔より見たい顔が、父の恥ずかしさ入りの感謝の言葉よりも聞きたい言葉があった。

「そんなことよりこのままミアのところまで連れてってくれよ」

 テオはすでに限界だった。全身の細胞は破壊と治癒を繰り返しひどく磨耗している。神経はその度に刺激され今ではそのほとんどが麻痺してしまっていた。それでもテオは早く、ミアの顔が見たかった。ミアの声が聞きたかった。

 ブルクハルトは衰弱した息子を抱え立ち上がると、腕の中の我が子に刺激を与えないように優しくそして目一杯急いだ。

 アロイスから電話で指示を受けながらブルクハルトはテオを抱え研究所内を駆け抜けた。そしてミアたちが居る部屋の扉を蹴破った。

「・・・ミアは?」

 ボロボロのテオはブルクハルトの腕から下りると、軋む体を引きずりミアの元まで歩いた。

「これ、どういうことだよ・・・・・」

 そこにあるのは瞳を閉じ音もなく横たわるミアの姿だった。首元に触れても脈拍を感じることが出来ない。口元に耳を近づけても呼吸音は聞こえない。どれだけ鼻を近づけても、もう芳しいあの香りはしなかった。

「なあ!聞いてんだよ!これはどういうことなんだよ!なんでミアは目を開けない!?なんで血が流れてない!なんで息をしていない!なんで、なんで魔力の匂いがしないんだ・・・」

 テオは大粒の涙を零し、ミアの体の上に倒れこんだ。

「マナを使い切ったんだよ。テオ、僕が説明したことを覚えている?マナは生命力、寿命と同義だって。それを使い切ったということは彼女はもう」

「待った!」

 アロイスの説明を遮ったのは他でもないテオ自身だった。

「待つって何を待つって言うんだ。彼女はもう死んでしまったんだ!ミアも!ミカエラも!」

「違う、違うだろ?」

 テオの瞳からもう涙はこぼれていなかった。それどころかその瞳には1筋の光が灯っている。

「なくなったのなら注ぎ足せばいい」

 テオはミアを真っ直ぐに見つめ真剣な表情で呟く。

「まさかテオ、新しくマナを用意してもう一度ミアを練成し直すつもりなのか?」

「ミアの体と記憶はここにあるんだ。ならあとは生命活動に必要なマナと魔力を用意すればいいんだろ?」

「でも、ミアとして再び練成出来るかはわからない!それこそミカエラとミアの記憶を持ちながらそのどちらでもない者が生まれるかもしれないんだぞ!いやもっと悪ければ人ではない何かが生まれる可能性だってある!それならまだミアとして最後まで扱ってあげるべきじゃないのか?」

 アロイスの論はもっともらしい話である。しかしテオにはどうしても何かから逃れようとしている言い訳に聞こえて仕方がなかった。

「『活路を得るため敢えて死地へ赴く』じゃねえの、父さん?」

 アロイスが驚いて顔を上げるとテオは笑っていた。

「オレはこれからもミアと一緒に暮らしたい。まだ『ただいま』も言ってもらってねえしな。まだオレとミアは言葉にしなくても分かり合えるほどお互いを知らねえ。だから、オレはオレの思いを押し付ける。オレはまだまだミアに知ってもらわなきゃいけねえことがたくさんあるんだ。だから、こんなところでミアを殺させやしない」

 このときアロイスはテオにミカエラを重ねて見ていた。

「ミカエラ、さすがは君の子だよ・・・」

 ぼそりとミアに見える母の面影にアロイスは語りかけた。

「父さん、何か言った?」

「いや、何でもないよ。そうと決まれば急いでやろう!術式は本に書いてあるからブリッツ頼めるかな?」

「当たり前だろ。魔力もオレが注ぐよ。いいだろ?」

 アロイスにそう語るブルクハルトの顔にテオに見せる父の顔とはまた違った優しさをテオは感じた。

「ありがとう、助かるよ。マナは僕が出すね」

「いや、マナはオレのを半分出す」

 テオはアロイスの申し出を断った。その目には強く明確な意思を感じた。

「一応聞くけど、どうしてだい?」

「父さんは一度ミアを練成したときにすでにマナを削ってるだろ?それに、オレは母さんのマナで命を救われてるんだ。だから、この機会にその恩を返したいと思ったんだ。オレはもう自分の生き方は自分で決めれるから、自分の生まれ持った命を自分の意思で生きたいんだ」

 テオの言葉をアロイスは身動き一つせず全身全霊で聞き届けた。

「わかった。それでいこう。」

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