スタルグとアリシエの子、アルト
ここ十年の話を、しようと思う。
俺の名は、アルト。少なくともこの世界ではそういう名前だ。異世界『ヴァース』はカスロー高原に位置するカッシリア帝国の辺境、リヒテンという村の、元冒険者のスタルグとアリシエの息子というのが今の俺の姿だ。まあ、前世の俺に関する記憶など無いに等しいのだから、まぎれもなくアルトは俺なのだが。本当の俺は―――とか考えなくていい分、よくある転生者とかよりは気分が楽かもしれない。
とかく、俺は二人の息子として生まれてからの十年間、ひたすらに鍛錬に励んできた。あのうさん臭い白い人影の話が本当であるというのならば、俺には将来的にこの世界の命運をかけた戦いに否が応でも巻き込まれてしまうらしい。はた迷惑な話だが、これもまた贖罪なのだろうか。いや、でもあいつは贖罪は生まれ変わった段階で終了しているとか何とか言っていたっけな。じゃあなんで俺が巻き込まれなきゃいけないのか……。
まあいい、そんなわけで俺はここ十年、毎日欠かさず鍛錬をしている。いや、さすがに生まれてすぐは無理だったが、比較的体の自由が利きだしてからはずっと鍛えている。というのも、この世界ではステータスウィンドウなるものが存在するのだが、どう考えても世界の命運をかけて戦う男のそれではなかったのだ。端的に言うと、ちょっと、まあ、強いかな? くらいのステータス。まあ両親が元冒険者だったこともあり、ある程度は高いみたいだが、それでも凡人の域を出ることはできなかった。
そこで脳裏によぎったのが、白い人影の言葉である。『精々、子供のうちに鍛錬を積んでおくことだ』というのはつまり、子供のうちにある程度の鍛錬をこなせば、大人になった時のステータスに影響するということだろうか。そう思った俺は、そこからがむしゃらに鍛錬に励んだ。まあ、当時の俺はまだ生後半年ほどだったので、どうしたものかと思い悩みながらステータスウィンドウを弄繰り回していると(使い方は両親の仕草を見て覚えた)、なんだか右下の方に【初心者ガイド】なる文字が見えて、俺は危うく失禁しかけるところだった。いやまあ〇歳児なのだから別に粗相をしてもどうということは無いのだが、予期せぬタイミングでやらかすと大変恥ずかしいのだ。
まあその話はいいとして、俺はその初心者ガイドの項目を読み漁った。普通の文字とは違い、ステータスウィンドウ関連の記述は識字できない種族への配慮か、この世界の文字を知らなくても読めるのだが、そこに書いてあったことは、非常に大きな収穫となった。
まず、魔法やなんかを使うために必要な魔力を伸ばすのには、軍隊も真っ青の超スパルタトレーニングが有効とのことだった。つまりは、死ぬ限界ぎりぎりまで魔力を消耗し、全快してはまた死ぬ限界まで使う、というお前はどこの伊賀者だよと言いたくなるような鍛錬が、一番効率よく伸びるというのだ。しかも、子供の内が一番伸びやすいらしく、大人になってからの成長率すらこの時の頑張りによって左右されるというのだからやはり幼少期からの地道な積み重ねは大事なのだろうということだった。
次に体力や筋力に関してだが、こちらは前世の物とあまり変わりはなかった。要は筋トレ! 肉! 睡眠! のコンボである。筋線維がばらっばらになるまで筋トレし、胃袋が破けそうなくらい肉を食らいたんぱく質を摂取する。この世界にはプロテインがないのでどうしようかと思ったが、両親が元冒険者なこともあり、食卓には頻繁に肉類が並んだので問題はなかった。ただ、あまり過度な筋肉をつけると逆に動きづらくなるので、途中からインナーマッスルを鍛えることに注力した。
しかし、何の知識を持たない子供ではなく、ある程度の知識を持った状態で生まれてくる転生者とで性能が違うのは、やはりこういう小さいころからの積み重ねが大事なのではないだろうか。そんなことを考えているうちに俺は七歳になり、父であるスタルグに戦い方を教わることになった。
で、結論だけ言うと、父さんホント強い。勝てる気がしない。何度立ち向かっても初動すら見切れず何度も何度も地面に転がされた。父さん曰く「点では無く線、腕ではなく全身。一つ一つの動作にそれぞれの部位を遣うのではなく、体全体を使って動くことだ。コツはそうだな、剣を振るときは振り切った後の体の動きを意識して動くといい。それだけでだいぶ変わる」だそうだが、正直武芸を嗜んだことのない俺にはいまいちわからなかった。わからなかったが、まあ何とかフィーリングで父さんの動きをまねするうちに、言っていることが分からないでもないようにはなっていた。
つまりあれだ。『剣を振る』だけで俺の動作は完結していた。だから腕だけで振っていたし、攻撃と攻撃の間がひどく隙になってしまっていたのだ。それに対し父さんは、『上体を大きく捻って斬りこみ、そのまま素早く後ろに跳んで、体当たりで弾き飛ばす』という、俺を倒すまでの流れ全てを一連の動作として考え、剣を振り終わる前にはすでに次の行動に移れるように体が動いていたのだ。そうすることで、つなぎの隙を極力抑えていたのだろう。
それに気づいた時には、さすがは元冒険者だなと感心させられたものだ。
さて、俺が父さんに扱かれ始めたころ、一方で俺は母さんに魔法について習っていた。一応俺も初心者ガイドで魔法に関する基礎知識は持っていたものの、やはり子供だからというかなんというか、少々気恥しいのだが母さんに甘えたかったのだと思う。ま、まあそれはいいとして、俺が母さんに教わったのは治癒魔法だった。俺としてはもっとド派手な攻撃魔法やなんかを教わりたかったのだが、なんでも俺は信じられないほど治癒魔法に対する適性が高いらしいのだ。
炎魔法とかを使いたい俺であったが、母さんがこうまで進めて来るのを無碍にもできず、ひとまず魔法の特訓は治癒魔法を中心に進めていくことになった。
こうして、まあ色々ありながらも一応は順調に歩んできていたのだ。俺が八歳の誕生日を迎えた次の衆御出来事までは。