罪と罰
『お前は信じられない罪を犯した。故に償わねばならぬ』
そんな声で、目を覚ました。霞む目をこすり、横たわっていた体を何とか起こすと、そこはアテナイを彷彿とさせる石造りの神殿のような場所だった。目の前には、真っ白に光り輝く、人のような何かが立ってこちらを見下ろしている。
「えっと、これはどういう状況なんだ?」
目を瞬かせながら、なんとか目の前の白い人影にそう尋ねると、彼は何やら悲しそうな声で言った。
『お前は、罪を犯した。それは、到底地獄などでは償いきれない程の重い重い罪だ』
「なっ」
何を言っているんだこいつは。俺が何か罪でも犯したと、地獄でも償いきれないってどういう……いやそもそもそんな罪を犯した覚えなんてないぞ。
『それはそうだろう。お前からはお前の罪を含め、お前個人に関する記憶をすべて消したのだから』
「………は?」
いや、そんなはずはない。俺の記憶を消したって? そんな馬鹿なことあるか。俺は現にこうして記憶を、きお、くを……。
「え? 思い、出せない。名前も、年齢も、どこにいたのかも、全部」
『それが、一つ目の罰だ』
呆然とする俺をよそに、白い人影は淡々と続けた。
『お前にはこれから『ヴァース』と呼ばれる世界の、とある農民の子供として転生してもらうことになる』
『お前はその世界で何をしてもいい。人を殺そうと、世界を滅ぼそうと、何をしてもいい』
『お前に与えられる二つ目の罰は、それだけの罪を犯しても帳消しになってしまうほどの罰だ』
『つまりお前の贖罪はヴァースで生きること、その段階ですでに果たされている』
『だが、お前が善と悪どちらに立とうと世界の命運をかけた戦いに巻き込まれるだろう』
『精々、子供のうちに鍛錬を積んでおくことだ』
何を言っているのか、わからなかった。いや、わかりたくなかったというのが本音だろうか。死んで転生して異世界へ―だなんてのはよく聞く話だが、俺は、罪を償うために転生するのか? しかも、俺が転生した段階で贖罪は成立している? そして、世界を滅ぼそうと許されるほどの罰ってなんだ? 一体俺の身に何が起こるんだ? ていうか、世界の命運をかけた戦いってなんだ?
「お、おいお前! 訳が分からねえよ! 一体何の話をしてるんだ!」
震える声でそう叫ぶが、白い人影は何やら神殿の外の暗闇に顔を向けた後、「もう時間がない」とつぶやいて、俺の間に手をかざした。
『強くなれ、咎人よ。己が咎に殺されぬよう。強く在れ、咎人よ。己が罪に呑まれぬよう』
すると、俺の体の周りが淡く輝き始めた。
『転生の時だ』
そう告げた彼の声を最後に、俺の意識は急激に薄れていった。
◆ ◆ ◆
『すまない、友よ』
白い人影は誰もいない神殿の中、静かにそうつぶやいた。