37歳にもなって何してんだろ。
半ばリハビリ用に書きました。
最後は若干力尽きたので変になっている可能性があります。
「なんでこうなったんだろ」
私の小さな呟きは誰にも聞こえていない。
出っ張ったお腹を締め付けないゆったりとした、酷くセンスのいいウエディングドレスを身に纏った姿は自分でいうのもアレだが、もろ雪ダルマである。
しかし、そんな雪ダルマの私の有り様を無視して隣の青年が手を出した。
「行こうか、時子」
「…はい」
頷けば10以上も年下の美丈夫は優しく手を引いて私を立ち上がらせた。
37にもなって…なにやってんだろう
☆☆
きっかけは…私がとある大手会社の掃除のおばちゃんをしていたことだった。
なんか世界有数だが日本有数だか分からないが、取り合えずそんな会社の掃除婦として男子トイレの掃除をしていた時のことだった。
「っぅ…おぇぷ」
顔色の酷く悪い青年が駆け込んできたのである。
しかし、掃除婦という私がいたことに驚き、トイレが使えるか使えないかと悩んだそぶりを一瞬見せた。
「え?あ…」
「あ、トイレ使えま…」
使えますよと言い切るまえに、彼の限界は訪れた。
「ぉぇええっ…」
青年がその場で吐いてしまったのである。
この瞬間、床にいく直前で私がバケツを出せたのは、我ながらファインプレーだと思った。
「…大丈夫?」
「ゲボッ…だいじ…ゴボ…」
「あぁ、無理しないで下さい」
バケツに粗方吐き終わっても尚、苦しそうに咳をする青年は先程の青い顔と違って真っ赤になっている。
この症状は多分熱中症だろうと当たりを付けて持っていたスポーツドリンクを少しずつ飲ませながら、よいしょと自身の膝に頭を乗っけてやる。
「はぁ…はぁ…貴女は?」
「私は時子、掃除のおばちゃんだよ」
そういいながらスポーツドリンクを与えれば、彼は少し飲んだあと安心したのか楽になったのかスゥっと眠りについたのであった。
腕はしっかりと私の腹に巻き付き、顔を肉腹に埋めてるので呼吸が少しくすぐったい。
いや、それよりも…。
「…動けない」
私は男子トイレの中で救急隊員がくるまで膝枕をしたのであった。
コレが、西条 源一郎との出会いだ。
「あの時倒れていた子が、まさか社長子息だったなんてねぇ」
休憩室の中でシミジミと思い返しながらお茶をすすっていると、横で当の本人である源一郎が ん? と首を傾げてながら私の作ったお握りを食べていた。
「どうしたんだ?」
「いや、初めて君と出会った頃を思い出してね」
そういうと彼は顔を真っ赤にした。
「わ、忘れてくれ!」
「ッフフ、ごめんなさいね」
なんて笑いながらまたお茶を飲む。
彼、源一郎はこの会社の社長子息で27歳にして結構お偉い役職についているらしい。
あの出会い以降、どうも私は懐かれたみたいで休憩室によく現れたり掃除婦の待遇をよくしてくれたり最新の掃除道具をくれたりする。
「時子、今の旦那と別れて結婚しよう」
そして何より、こういうお世辞を言ってくれる。嬉しい限りだ。
「もう、おばちゃんにそんな事を言っても何もあげませんよ」
美丈夫にお世辞を言われるのは嬉しいが、何も返せないので心苦しく苦笑してしまう。
そんな私を見て源一郎くんはブスゥっとした顔をして私の背中にグリグリと顔をうずめた。
「違う…時子、全然分かってない」
「おやおや」
仮に息子がいたらこんな感じなのかと思って疑似体験風に頭をぽんぽんと撫でてあげる。
この子もストレスが溜まっているのだろうか?
「今日は何かあったの?」
優しく彼の頭を撫でてやると、今度は彼は私のお腹に移動して頭をグリグリしはじめた。
「うちの父親が完全に会社を俺に押しつけて海外に逃げる気満々なんだ。あの野郎、自分だけ逃げようとしやがって…つーかこんな会社潰れろ」
とんでもない恨み節である。
「しかも…俺に無理矢理女をあてがおうとしているんだ…気持ちが悪い。僕は結婚とかどうでも…あ、時子さんとの結婚はいいと思う」
お世辞が大雑把だなぁ…別に私へのフォローなんて必要ないのに。
「源一郎くんは女性が苦手なの?」
「まぁ…学生時代はそれなりに遊んでいたが…社会人になると若い女性が苦手でな…というか、鬱陶しいと思……ぁあ!!トキコさんは酷く美しいと思う!!」
「…ハハハ」
お世辞なんていらないのに。というか、私はもうお世辞が必要になるとしなのか…ショックだ。
でもそうか、源一郎くんは女性が苦手か。
まぁ、これだけの美丈夫であるし言い寄ってくる女性は後が絶たなさそうだ。
時折見かける女性社員やOLさんは『お嫁さんになる!』っていう願望が酷く強く見えるので、そういう人には嫌悪を覚えるタイプなのだろう。
「時子さんとこは…夫婦仲、上手くいってるのか?」
「私は…全然上手くいってないの」
思いの外、アッサリと言葉が出た。どうやら私も私で愚痴りたかったらしい。
「ほーう」
興味深そうに彼は食いついたので、その先を話す。
「私たち夫婦には子供が出来なくてね…それでずっと夫と姑に色々言われて…ご近所さんにも変な噂や視線が痛くてね」
変な宗教やら病院やらに誘われるし、子供がいることで上から目線。
中にはゴシップ感覚で噂を立てる人もいるし、私が何をしたんだよと思うような嫌味や嫌がらせをされることもあった。
旦那も私が子供出来ないのを盾にとって色んな嫌味ばかりいう。
それが嫌で、掃除のパートを始めたみたいなもんである。
「いっそ、離婚したいわ」
なんて常々思いながらもう37歳だ。
こんな歳になって何やってんだか…と思っていると腹に顔面を埋めていた源一郎くんがガバッと顔をあげた。
「いいじゃないか!すればいい!!そんな旦那捨ててしまえ!」
源一郎くんは興奮気味にいう。
「いや、あのね…37を越えた女が一人で生きていくのはしんどいの」
「じゃあ…俺が…養う」
うつむきながら彼はそういった。
…本当、優しい人だと思う。
「フフ、その時になったら…よろしくね」
なんて笑いながら彼の頭をポンポンと叩いた。
彼はまたブスゥっとした顔をして私の腹に顔面をうずめた。
次の日から、休憩室の机や雑誌コーナーに離婚特集とかゼクシィとか再婚特集とかが異常に置かれるようになったのは何故だろうか。
そんな感じで源一郎くんが遊びに来る日が続き、しかしたまたま出張で彼が来なかった日、とある訪問者がやってきた。
「どうも、私たちの源一郎さんが来ているようね」
そんな挑発的な言葉と共に表れたのは、赤い口紅と毒々しいネイルが特徴的な4人組である。
「へ?なに?」
お茶を飲んでいたので何が起こったか分からずにポカーンとしていると、彼女たちはそんなの無視してグルッと私を取り囲んだ。
「源一郎さんに付きまとうの、やめて欲しいんです」
「…はい?」
思わず、なんじゃそりゃと思っていると補足するように後ろの女性たちが数々にいう。
「貴方、まだ高校か大学生ぐらいでしょ?…年上の男に憧れる気持ちは分かるけど、そういう女の子って嫌われるからね?」
「ちゃんと仕事をしようね?バイトだからって…ねえ?」
「まだ夢見がちな歳かもしれないけど、ちゃんと現実を見た方がいいよ。キモいって思う人もいるから」
なんて言いながらクスクスと笑い嘲る。
その様子に最初はなんじゃそりゃと思ったが、すぐに思い当たるとこがあったので思わず笑った。
「あの…私はもう37歳です」
私の顔は偉く童顔なのである。高校の時は小学生に間違われることが多々あったし、30になるまで酒を買うのも免許証が必要だった。
源一郎くんにも最初は驚かれた程だ。
「はぁあ!?37!?うちより8つ年上
じゃん…」
案の定、女性たちにめっちゃ驚かれる。
若く見られることは良いことと思われるかもしれないが……幼い頃はチビやガキと言われていたのでずっと気にしてるので、ちょっと傷ついた。
「それに旦那もいます。あの子…いえ、あの人は10も離れてるので息子のように感じてしまうんです」
私はあくまでも世話好きなだけの普通の掃除婦ですよ~…嫉妬を向ける相手じゃないですよ~…とアピールしてみる。
そのアピールが通じたのか、可愛らしい女性社員たちは嫉妬を向ける相手を間違えたことに気づいて顔を真っ赤にした。
「な!?…そういうことは早くいいなさいよ!」
「なんだ、ただの若作りおばさんかよ」
「まぎらわしい!」
数々に彼女はそう言い残して休憩室から出ていった。
ハハハ、若いな~若い人はパワーがすごい。
私ももう少し若ければな……なんて思っていても無意味だ。
彼はあくまで私を恋愛対象外だと思っているからこそ、優しくしてくれるのだ。
出なければ、一体誰がこんな石女のババアに優しくするか。
「あぁ、もう時間だわ」
思考している間に就業時間が過ぎてしまったので荷造りを始める。
しかし、その手際は自分でもかなり遅い。
「…はぁ、帰りたくないな」
帰った所で…とは思うが、帰らなければもっと酷い目にあう。
37歳にもなって…私は寄り道もできなのだ。
帰りたくないと思いながら足は律儀に動き続けて自身の住むマンションに辿りついてしまった。
「…はぁ」
せめて、今日は出会いませんようにと体を縮こませながら歩いたが…。
「あら、時子さん!おかえりなさい!」
あぁ、また捕まってしまった。
井戸端会議をしていたであろう内の一人が私をみつけたかと思うと、とても素早い動きで包囲しだした。
「昨日も怒鳴り声が凄くって驚いちゃったわ~」
「可哀想にね~やっぱり子供は欲しいでしょ?ごめんなさいね、こっちには子供がいるから」
「いえ、そんなことは…」
「やっぱり羨ましいわよね?見た目がいくら若くても体はそうじゃないし…実年齢はごまかせないわよね」
「本当に可哀想だわ~。ご主人の怒鳴り声がよく聞こえるもの…でも、もう少し音量を下げてくれないかしら?」
なんて言いながら周りは完全に私を見下して笑っている。
どこにでもそういうのはあるが…どうやら最近このマンションに越してきた私がターゲットになってしまったらしい。
子供が出来ず、夫に怒鳴られる私はいい生け贄なのだろう。
「そうだ、皆で引越の費用をカンパしようって話をしてるんだけど…」
「すみません。主人の夕食を作らなくてはいけないので」
半ば無理矢理に話を終わらせて主婦軍団の間を通り抜けて階段を上りまくる。
「ッププ…逃げてやんの」
「子供いないんだから、家事なんて楽な癖にね」
後ろで主婦たちの声が聞こえる。
大人になっても、こういう子供染みた下らない出来事は消えないのだ。
そして、私も37歳になるというのに…立ち去る以外が出来ない。
「……はぁ」
いつもの事なのに、今日は酷く足が重い。
そんな重い足を無理矢理に引きずって玄関のドアを開けると、中には旦那以外の少し大きめの女靴があった。
「…はぁ」
なんとなく見当をつけてリビングに足を向ける。
「あら、遅かったのね。非常識な子だわ」
案の定、お姑さんがいた。
いるならいるでせめて連絡をしてほしかった。
「いつも通りの帰宅時間で」
「口答えはやめてくれるかしら?」
…はぁ。
「子供が出来ないならせめて家事ぐらいまともにしなさいよ。コレ見よがしにパートなんてして…まるでうちの子が安月給みたいじゃない」
「はぁ…」
「おい、何だその態度…謝っておけばいいんだよ。母さんを怒らせないでくれ」
傍にいた旦那という名の肉塊が喋る。
もう…なんなんだ。
子供が出来ないというだけで出来損ないのレッテルを貼られ、こんな風になじられても我慢しなくちゃいけない上に旦那は止めず、むしろ当たり前だという態度。
挙げ句の果てには関係の無い人たちにまでとやかく言われる…なんなんだ。
「ちょっと!聞いてるの!?…ったく、アンタなんて子供が出来ない癖に…」
ぁあもう!!ぁもおう!うぁぁ!
「おい、無視をする…な」
「うるさぁぁぁいい!!」
思わず私はテーブルをひっくり返してしまった。
テーブルの上の物も全部あちこちに飛んでしまった。
「な…時子…」
突然の豹変に驚いている旦那。
私はというと興奮しながらも酷く冷静な頭で貯金箱と財布を棚からぶん取ってから外へと走り出した。
途中ですれ違った主婦たちが嗤っていたが…気にする時間もなくて走った。
「これからどうしようか…」
ネオンが光る街中で私は一人フラフラしていると…グィ!っと腕を引かれた。
「え!?なに?」
あまりのことに驚いて振り返ると……私以上に驚いている…源一郎くんがいた。
「なんで?出張じゃ…」
「今、帰った所だ。それより…何があった!?そんな薄着で…」
「…っう…ぅぁああ!!」
彼が完全に聞くよりも先に、私は彼の肩に泣きついてしまった。
「時子…時子!?非常に嬉しいが…なんでないてるかを」
「っぅ…うぅ…抱いて」
顔を上げずに、まだ泣いている状態でトチ狂ったことをいった。
「え?」
案の定、彼は困惑しているが、それ以上に私の頭がこんがらがっている。
女という価値が無い私に誰か価値証明をして欲しいのだ。
「何もいわずに抱いてよ!」
声を荒げて泣く私に彼は…。
「…愛してる」
熱烈なキスをした。
「37歳にもなって何やってんだろ」
今年、何度目か分からない口癖をまたいった。
彼に連れられた偉く高級そうなホテルの一室でことをはこび、途中で気絶したらしき私は起きてみると横に全裸の彼が眠り、衣服と下着は外に放り出されている。
「どうしよ…これから」
「離婚すればいいんだ。代わりに俺が結婚する」
起きていたらしき彼は私の手を握ってそういった。
「でも、私は子供が出来ないし…」
「そんなのどうでもいい。…結婚しよ。俺は本気だ」
そういって真剣な眼を向ける源一郎。
もう、それでもいいかもしれない。
ぶっちゃけ、源一郎への気持ちは母性本能しか無いが…まぁ。もうどうでもいいや。
「うん、結婚しよう。けど、子供は出来な…きゃぁ」
結婚しようと言った瞬間に彼は私を押し倒した。
「ぁあ!ようやく!ようやくだ!愛してる!愛してる!」
何度も何度もキスを繰り返す。
その様子を可愛いと思うが…少しはやまったかもしれないと、ちょっと後悔した。
二週間後
私はとあるカフェにて旦那を呼び出した。
「2週間も何していたんだ…ったく、近所からどんなに俺が…」
「離婚して」
簡潔に、私はそういった。
その言葉に彼はハ?という顔になった。
「いや、何いってんの?バカ?こんなことをせずに普通に謝ればいいんだよ…な?別に子供が出来ないなんて俺は許」
「出来たわ」
「…は?」
「私のお腹に…赤ちゃんが出来たの」
それが発覚したのは、ついこの間の事ではあるが検査薬で陽性と判断されたし、念のために産婦人科で見ても発覚していた(源一郎のこの時の喜びようは私以上だった)
「お前、浮気したのか」
「その発想が出るってことは、やっぱり私をだましていたのね」
気にはなっていた。
子供を望む様子を見せながらも絶対に病院には行ってくれなかったり、子供は絶対に出来ないと決めつけていたりしていた。
「ずっとずっと罵って…」
「うるせぇよ!」
彼は声を荒げた。
「浮気した分際で何を偉そうなことを言ってんだ!?責任転嫁してんじゃねぇよ!!お前がすべて悪い!!」
そういって彼は拳を私の腹に向け…。
「おい…何をしている」
腹を殴られる前に拳が止まった。いや、近くにいた源一郎くんが止めてくれたのだ。
「時子、もういいだろ?ジイと一緒に車に戻れ」
そういった瞬間、執事長であるジイが現れて私を守るように車へと誘導した。
「あとは俺に任せろ」
「うん」
私は素直に頷いて車へと足を向かわせる。
最後にチラリと旦那を見た。顔を赤らめ子供のように憤慨している。
こんなチッポケな男だったのか。
そう思いながら源一郎くんに視線を変えると、逆にこの男は今まで見たことの無い悪どい魔王のような笑みを浮かべている。
「…チッポケの方がマシだったかも」
閑話休題
その日、時子は源一郎から逃げるようにして町中を歩いていた。
時子が37歳の初産という少し厳しい妊娠をした為に源一郎は半ば軟禁するようにして屋敷に閉じ込め続けていた。
安定期に入ったのと時子が商店街のコロッケが食べたいといったことをきっかけに、ようやく外へと(ただし夫同伴)出れたのである。
そして隙を伺って時子は脱走したのだ。
「…ックゥー」
久々の自由だとばかりに背筋を伸ばす。
源一郎の家はかなり大きなお屋敷の上に使用人も沢山いるので不自由はないのだが、それでも息苦しさはある。
何より源一郎が時子が何も出来ない状態にしてやろうと目論んでいたりする。
「さて、コロッケコロッケ」
と、時子がコロッケを買おうとしたが…目の前に遮るものが現れた。
「あら、晴丘さんじゃなーい。久しぶりね?」
前に住んでいたマンションにいる主婦たちだった。
そんな主婦たちは嬉々として時子に話しかけた。
「ねえねえ!急に消えたけどどうしたの?旦那さんもいなくなったけど」
「離婚したの」
簡潔にいえば、主婦たちは心底面白そうに…けれどすぐに口元を隠して可哀想にと装った。
「子供が出来なかったものね~可哀想に」
「それで?コレから一人で生きていくの?大変ね~何かあったら協力するわよ」
クスクスと嘲り嗤う。
少し前まではそれに悲しんでいた時子だったが、今は笑えてしまった。
「あぁ、一人じゃなくて」
「時子!」
遮るようにして名前を呼ぶ声がした。
振り返ってみれば、かなり焦った様子の源一郎が走ってくる。
「身重な体なんだから余り無茶をせずに運転手に車を走らせるか使用人を使わえと言ってるだろ…」
「そんなことをしたら何も出来なくなってしまうわ」
「いいな、それ」
「…」
そろそろ時子も源一郎の怖さを感じ始めた頃、放置された主婦たちはポカーンとしていた。
「ちょ…誰?」
いきなり現れたこの美丈夫は一体誰なのだろうか?まだ30代に達していない若くて美しく…しかも時計や靴を見る限りかなりのお金持ちに見える。
まさか、童顔以外何もない自分より下である筈の彼女と親しいわけがない。
そんな思いを込めて聞いたのだが…。
「どうも、俺は時子の新しい夫である西条 源一郎だ」
「西条…ってあの?まって、どういうこと?何で晴丘さんなんかが…」
「晴丘ではなく西条だ」
キッパリとそう告げられ、主婦たちはワナワナと震えた。
この女はついこの間まで自分より下だった筈だし最悪の旦那がいた。
案の定離婚して可哀想だから話しかけてやろうと思ったのに…。
「時子さんって…浮気してたんですね」
最後の嫌味として言い罵った。
傷つけばいい、何か顔を変えろと思って言ったのだが…。
「えぇ、おかげで出来ちゃった結婚よ」
なんて恥ずかしそうに嗤って少し張った腹を撫でたのだ。
「帰るぞ、時子」
一方、源一郎は先ほどの言葉で気分を害して時子の手を優しく引っ張って早々に立ち去った。
かつて貧乏な格下の主婦でしかなかった自分と同じか格下の女が、理想を具現化したかのような男性と結婚し子供を孕み、何より愛情を向けられているのを見た女たちは…。
「神様って…不公平だわ」
そう、静かに悔しがったのである。