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一万ニ千年後のレフュージア  作者: 上日 ゆうじ
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7 概念鎧概要

 夕暮れは、いつの時代も変わらない。西の空が見事に赤らんでいる。

 崩壊した街並みは、人が修復して、なんとか使っている廃墟以外は、つる植物に覆われてかたむいている。まるで大地の代理人である植物が、小生意気な人間の建物を地中へと引きずり込もうとしているようだ。

 ショッピングモールの跡らしき建物の残骸をくぐり抜けると、原形はとどめているビルがあちこちに見えるようになる。右斜めや左斜めになったビルとビルのあいだに、クモの巣のようにつり橋がかけられていて、地上に降りなくても移動できるようになっていた。

「概念鎧についての詳しい説明をちゃんと聞くの、アタシ初めてだ」

 カトレアが俺の方を見ないで、俺に喋りかけた。

「前の概念鎧と行動を共にして、アタシも鎧について色々知らなきゃなと思ってたから、いい機会だ」

「前、ということは、俺と同じように発掘された概念鎧が?」

「うん」と背中に赤ん坊を抱いたツバメが答えた。「トウキョウワンでも話に出たヒトなんだけど、わたしとカトレアは友だちになったの。ほら、あの子どもたちみたいに」

 つり橋の上を、ねぐらへ急ぐカラスのように、子どもらがふざけあいながら走っていった。カトレアと同じ竜人の翼を持った少年に、ツバメより幼い長耳族の少女。人間の子どもも混じっている。

「その人は今どこに?」

「天空の台地にいるよ。顔を合わす機会、あるかもしれないね」

 この町について、気づいたことがある。やたら子どもが多いのだ。

 とくに少女を目にする。それで、たまにおばあさん。大人の男はめったに見ない。何回か見かけたものの、だいたいはすごい高齢の老人かケガをした人で、不自由そうだ。

「戦争で、男の人はほとんど死んじゃったの」俺の疑問に肩に乗るツバメが、ぽつりとつぶやいた。

「だから今、このトラッシュレインは子どもたちで成り立ってるの。発掘作業も、軍隊も、みんな子ども」

「それでうまくいくのか?」

 さみしい笑い。「わたしと同じような小娘がいっぱいいて、大した役に立つと思う?」

「それ、大人の女性が卑下してるみたいだな」

 歩く。左にはお寺の囲いのような土の壁がずっと続いていて、神社にしか見えない屋根が顔をのぞかせている。特にあれが何か聞かなかった。今日は、一刻も早く休みたかった。

 カトレアもツバメも息の白さが増し、足早になる。ここはちょうど高台になっていて、さっき戦闘をやった町が正面に広がっている。その向こうが塩の平原で、うっすらと、天空の台地チバも見えている。

 たまにすれ違う人はときおり、「鎧様だ」とつぶやくものの、ただ、べたべたとご利益を求めにきたりはしない。言い方は悪いが、この辺りは少し民度が高いのかもしれない。

 かつて車の展示販売が行なわれていたとしか思えない建物に、デミオは俺らを招いた。

「もうすぐ夜がくるから、手短に話す」デミオはお客様との商談に使われたであろう机と椅子を用意して、そのすぐ横に、ドラム缶を切って作ったストーブを置いた。

 椅子はもちろん俺には座れないし、カトレアも立ったままだった。

「いちおう、基礎からしっかり説明してやろう」席に着くなりデミオが話し始める。


「君の身を包む鎧は〈概念鎧〉と呼ばれているものだ。これが最初に文献に出てくるのはA・S年代、A・S年代というのはAfter Sunsetの略で、君がかつて生きていた石油機文明時代が終焉した後の時代をこう呼ぶ。概念鎧はこの年代のごく初期に出てくる。ちょうど〈人減(じんげん)戦争〉の真っただ中だ」

〈人減戦争〉というのは、生き残った人類で資源や食糧を求めて争った戦争のことだ。

 数えるのが不可能な数の人が死に、どことどこが戦ったという歴史記録もほとんど残っていない、混沌を極めた時代だったようだ。

「文献に出てるといったよな」俺は思わず足を踏み出す。図体が大きいので、隣のツバメとカトレアが少し身じろぐ。が、聞くべきことは聞かないと。

「とゆうことは、鎧の脱ぎ方とかものっているんじゃないか?」

「残念ながら、概念鎧に関する文献はあまり発掘されていない」デミオが首を振る。「しかし、戦いに使われたのは間違いないから、そのうち保守整備に関する記事が、出てくるかもしれないな」

 それでな、とデミオは続ける。ツバメが「さむい」と、足をすり合わせ、腕の赤ん坊がぶる、と寝返りをうった。かつて車を映えさせ、風雨から守ったであろうショーウインドウのガラスはことごとくなくなっている。つまり吹きさらしだ。

「この概念鎧、そもそものでき方なんだけどな、まず、材質は人間の主成分の一つである、炭素でできている」

「炭素?」エンピツとかと同じなわけか。「そのわりに無色透明だが」

「ダイヤモンドだって、純度の高いものは透明だろ? それと同じ理屈さ」

 ダイヤモンドも炭素でできていると、そういえばマンガか何かで呼んだことがある。

 これで、鎧が頑丈なのも合点がいく。ダイヤモンドは傷つきにくく、生身の体よりはよっぽど頑丈だろう。

「それで、そのでかい鎧を作る炭素が人体以外のいったいどこからやってきたかと言うとだな、人が人炭になるときに空気中より取り込んだ炭素を、改めて外に吐き出させて、鎧として形成するらしい」

 途方もない話だ。

「炭素を吐き出すとき、体の中の不純物もいっしょに出るという記録もある。どうだ、かつての時代に比べて、体が軽くないか?」

 実感はない。言われて見ればそうかもだが、ここ三日ほど必死すぎて自分の体調に気が回らない。

「いわゆるデトックス効果が働いたわけだ。どうだ、すごいだろう?」

「そもそも俺は、どうやって人炭とやらから復活したんだ?」デトックスとか今は、はっきり言ってどうでもいい。「フロート・シェルとやらから復活したとはもう聞いたけど」

 デミオは説明を続ける。

 フロート・シェルは概念鎧が登場したのとほぼ同時期、人減戦争の真っ只中に約四〇〇年だけ繁栄した〈()教導(きょうどう)文明(ぶんめい)時代(じだい)〉に作られたものだそうだ。当時、道ばたにさえあふれていた人炭を、なんとか復活させたいと思った人々が、作り上げたものだ。

「もっとも、復活には失敗も多く、その場合人炭は反動でくだけて二度と復元不可能になる。――君は、とても幸運な人間なんだよ」

 俺は自分の、クリスタルの腕を見る。幸運なのだろうか? 見たところさっきの血は取れているが、実はにおいがこびりついていて・・・

 うん? しかしこれまでの話、どこかひっかかる。デミオの説明はよどみないし・・・

 そうか、人炭だ。

「人炭はそもそもどうやってできたんだ?」

 人炭が石炭と同じなら、長い年月をかけてできたと考えていいだろう。俺は何らかの事件か事故で土に埋まり、化石化して、人炭になったと。

 しかし、石油機文明時代が終わった直後から始まるA・S年代のごく初期には、フロート・シェルが登場し、概念鎧が戦争で使われていたという。――俺は石炭について詳しく知ろうと思ったことなんぞ微塵もないが、石炭というものは、もっと長い年月をかけて作られるものではないか?

 このことを話すと、デミオは困ったように笑って、「神の力だよ」と言った。

「アトミック様が顕現したとき、当時の人類の多くが一斉に、石化したらしい。科学的には、こんなこと信じがたいけど、まあ、それを言ったら石化した人間が復活なんて話もね・・・」

 その後は、鎧を着た人間の諸注意を受ける。いわく、足元をよく見て、振り向くときはゆっくりと、むやみに肘を張らず、加速する時は前方を充分に確認して・・・ 

 原付の免許を取るための講習会を、思い出してしまった。

「君の居場所を用意した」デミオが言う。「静かで、人の出入りがなく、君も懐かしさを覚えることまちがいなしの好物件だ。今夜からそこに泊まってもらう――さて、どこだと思う?」

「・・・車庫かな?」俺は半分冗談で答えた。車名が名前のこの男なら、ありえるチョイスだ。

「車庫ときたか!」デミオが笑った。おだやかなオタクを思い出させる笑みだった。「ちなみに私は空港で消防車が控えている車庫が一番好きだな。だが、いくら君が鎧を着ているとはいえ、ドブウサギが徘徊する地上に、寝泊りさせる気はない」

 こう固有名詞が多いと、いちいち質問する気力が失せる。ドブウサギ。ドブネズミのウサギ版か?

「神殿だよ」デミオが、先ほど通った道の向こうを指さした。「さっき木の壁が見えていただろう? 正確には、神社の拝殿だ。君は民衆から、鎧様と信仰を集めている。明日からはご神体として、務めてもらうぞ」

 気の遠くなるような思いがした。

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