エピローグ 一万二千年後のレフュージア
水の落ちてはくだける音を、ずっと聞き続けていた。
その音は何千回、何万回、何兆回と、永遠に続くかのようだった。
目が覚めたのは、銀河の星の数ほどの水音を聞いた、果てのことだった。
※ ※ ※
まず、空が広がっていることがわかった。
かなり弱められた明るさだったけど、猛烈にまぶしかった。
その空は水で歪んでいた。
目の前に、あぶくがたつのがわかる。
体を起こす。背骨が手つかずの機械のようにきしみ、目の前を左から右へ、きらりと光の線がよぎった。
いまだ鎧も、ウミも、健在だった。
俺は溺れ死ぬ夢を繰り返しているのか?
そう考えたとき、顔につかるウミが下へ向かって渦を巻くのを感じた。
ウミが少しずつ下がっていく。
目線のところから、鼻、口、首、胸、ついに腰にまで、水位が下がる。
そこで気づく。地面に、水たまりが出来つつあるのを。
そして自分のわき腹から、ウミが流れているのを。
水たまりの中に、かつてカトレアがくれた、角の欠片が光っていた。
角が埋め込まれていたはずのところに、ちょうどぽっかり穴が空いて、そこからウミが流れ出ている。
ウミは地面に染み込んでいく。
しばらくは、ぼう然としていた。だって、そうだろ?
肩に日がかかって乱反射を起こし、地面のあちこちに光を投げかけるのを、ぼんやりと見ていた。
一体自分はどうしたのか? 他の人たちはどうなったのか?
足元の、朽ちた石の台を見ていると、不意にそれが、献花台だ! と思い至った。
たぶん、かつてはケシやオオタンポポが置かれていたんだろう。あの少女の鎧に備えたように。
今は、献花台自体に大きなヒビが入って、そこから花が咲いている。
不意に、花のにおいが感じられた。
ウミが流れた穴から、空気が入ってきている。
花の香りを含んだ、真剣な空気が、自分を包んだ。
穴に触れたいと思い、手を伸ばした。
一瞬、腕にひっぱられるような「とっかかり」があった。そうだ、俺は鎧にとらわれているんだ――
そう思ったとき、手は小さな穴に触れていた。
かすかだけど、肌に風を感じる。
ずっと鎧に固定されていた腕が、何気ない動作ではずれた瞬間だった。
俺はしばらく手をそのままにした。不意に立ってみようと思い、立ち上がる。いや、立ち上がれなかった。
脚がくだけたのだった。
その反動で前のめりに倒れると、胴体が真っ二つに割れた。
耳に直接、自分がぶつかる音がして、地面に顔をいっぱいつけ、青臭い香りが鼻に吸い込まれた。ひどく咳き込んだ。
何秒か咳き込んで、ゆっくりと呼吸をした。咳のはずみで涙が出ていた。
鎧が、完全に砕けて地面に散らばっている。
手を伸ばす。破片の一つ一つが、まるで古いプラスチックのように、もろくパサパサとしていた。
「・・・・・わからないな」
首を上げた目の前に、ちょうど、読める文字が書いてあるのがわかった。
石碑だ。苔むしていて、人工物だとはすぐに思えなかったのだ。
俺は言葉を、目で追った。
大切なマモルへ 上で待っています
石碑の横に、一矢まとわぬ姿の、猫人の少女が立っている。
俺が気づくその時まで、ずっと立っていたようだった。
十歳ぐらいで、見覚えのあるオッド・アイをしている。
彼女は、俺の実体があるのかどうか確かめるように、さわさわと頭をさわり、すぐに離れた。
少し前まで歩き、「ついてこい」と言うようにふりむいた。
「ミーア?」彼女ではなかったが、彼女の面影があった。
「なーん」
と、彼女は鳴いた。また少しだけ歩いて、俺のほうを向く。意図は読み取れた。
ついて行こうとすると、まるで鎧として復活した直後のように、足をもつれさせて転んだ。
また土の匂いが鼻をついた。
緑の丘を登る。
初め足がうまく動かかなかったものの、その場で何度か足踏みをしたり、大げさにゆっくりと歩いたりすることで、なんとか勘を取りもどした。
友人にそっくりな猫人の少女は、そのたびに立ち止まって待っていてくれた。
「俺はどうなっているんだ?」
彼女は、「なあー」と鳴き返しただけだった。
まごうことなき、ネコの声だった。
思わず苦笑をしてしまった。明らかに言葉がしゃべれないようだった。
しかし思いは伝わる。
彼女の役目を感じ取り、うながされるまま、ついていく。
こんもりもりあがった足元を「ずいぶん四角い丘だな」と眺めたとき、それはかろうじて人工物とわかる存在の、成れの果てだったと感づいた。
証拠に、石の壁がちょこんと、突き出ている。
上には、ネコの子が一匹、しっぽを揺らしている。
薄茶色に白いお腹をした、はるか昔にありふれていた普通の猫だが、やはり目はオッド・アイをしている。
ミーアに似た少女とネコは、互いに目配せをしあった。ネコのようにシンプルなあいさつだった。
そのまま歩く。
毛並みは違うものの、みな同じようなオッド・アイをしたネコたちが、所々でこちらを見てくる。
やがて丘を登りきった。
目の前は、背丈の高いヒマワリが一面に広がる平野だった。
高さは十メートルほど。概念鎧と同じぐらいだ。
ヒマワリだけでなく、花にまつわるはるか昔の記憶が一斉に蘇った。
あまりにもたくさんの記憶だったから、捕らえ切れないほどだった。ただ感動と、大きな感動と、さらに大きな感動だけは、連続する波が一つになるように強く残った。
ほおが濡れているのに気づき、自分が涙を流していることに驚いた。
もっと他に発見はないかと、早足になる。ヒマワリの間を通り抜けた。
そこは雪の間にある湿地だった。
真っ赤なアサガオのような花に、シダに似た植物、つる植物には苔が生え、アゲハに似た大きな蝶が飛んでいる。
はるかな大昔に図鑑で見た、古生代の地球を思い出した。
ここは、生物が増えつつある地球なのだと直感した。
猫人の少女はたくみに、一番ぬれていない地面を通って、俺を先導する。泥一つはねない、馴れた足さばきだ。
あちこちに溶けてなくなる直前の雪が、ぽつぽつと残っている。寒さよりも、寒さの中の暖かさを感じる、そんな気候だ。
そこは、時間という概念がない世界だった。
一番高い丘を登りきったとき、眼下にかつてのトウキョウワン跡が広がっていることがわかった。
昔、カトレアといっしょに飛び降りた崖だと気づけたのだ。
海には、森が出来ていた。巨大な雑草の森ではなく、本物の樹の森だ。
生き残っていたのか? それとも新たな植物から進化したのか?
もっと情報が欲しくてふりむいたとき、見つけた。
あの黒い時空転移の塔が、すっかりつる植物に覆われて、しかし確固たる意思を持っているように、そびえている。
猫人の少女が寄ってきて、「なあん」と塔を見た。
中の人がすっかり消えてなくなった概念鎧が、今でも仕事を続けている。
かなりの数が風雨で磨り減り、台座ごと脱落しているものも多いものの、大元のシステム自体はまだ生きているようだった。
意識を途切れさせ、何十年、いや何百年、経ったのだろうか?
ミーアに似た少女が手を引いた。
彼女の目的地には、小さな大理石で作られたやしろ。
仲間が安置されている。
人炭になった、ツバメとカトレアだった。
カトレアはよく知る姿、ツバメはかなり大人びた姿をしている。
床に碑文が埋め込まれている。
カトレア 勇者の護衛。誇り高き竜人の少女。もっとも若き盛りのとき、彼の復活する一万二千年後に備え、その身を捧ぐ。
ツバメ 勇者の巫女。希望を捨てない長耳の少女。「エルフ」の意味を変えた賢者。二百年にわたり石の勇者に仕え、自らも石となりて、その帰還を待つ。
壁の碑文にも目がいった。
ツバメのメッセージだ。
『大切なマモルへ。丈夫な石で作ったけど、もし読みにくいようなら、想像して読んでください』
大丈夫だ、ちゃんと読める。
『マモルが彼との戦いの直後〈ウミ〉に沈んだところから話を始めます。
わたしとカトレアは、ミーア最後の『猫の九生』の未来予知のおかげもあって、無事海へと脱出できました。
でもミーアは、力を使い果たして、ただのかわいい猫になってしまいましたけど。
わたしとカトレアはすぐに台地に戻り、マモルを助けようとしましたが、鎧を破ることが出来ません。このままでは溺れ死んでしまう! と覚悟したとき、妙案が思いつきます。
溺れ死んでしまう前に、再度石にしてしまうのです。
覚えているでしょうか? フロート・シェルには三つの機能があります。
一つは人炭を概念鎧にすること、もう一つは概念鎧のウミを抜くこと。そして最後の一つが、人間を人炭に変えることです。
わたしとカトレアは、これに賭けることにしました。ちょうどクレナイさんがデミオさんたちを引き連れて応援に駆けつけましたので、トラッシュレインのみんなで押して中にいれ、装置を起動させました。
一万二千年後にまた、復活することを願い、あなたを鎧の形をした石にしたのです。
その数日後、神ナズとのあいだに停戦が成立しました。
ご神体であるアトミックが失われ、概念鎧の指揮官がやぶれて士気もくじかれたため、そのまま本国へと引き上げていったのです。
そして二度と攻めてくることはありませんでした。
マステドウ先生の話によると、「マモル殿が再び復活するのを恐れているのだ」とのこと。
マモルは名のとおり、わたしたちを守る守護神になったのです。
私はあなたの巫女になり、カトレアはそのまま護衛の仕事を引き継ぎました。あなたを祭った神社には、多くのヒトが訪れました。
その後の三年は、きびしいながらも平和な日々が続きます。ミーアはどこからかお婿さんをもらってきて、子宝にも恵まれました。
ただ、カトレアが二十歳になったとき、マモルにほどこしたのと同じ方法で、石になってしまいました。止められなかったのは今でも悔しく思うし、また元に戻そうとも思ったのですが、失敗するのがとても恐ろしく、またカトレアの遺言もあったのでそのままにしました。
遺言は「マモルが一万二千年後に自然に復活して、ウミを抜くのに必要なら、その糧になりたいから、若いままの自分の肉体を贈る、というものでした。
実はわたしたちはあなたの鎧に、常に水滴が落ち続ける仕組みを施しました。「点滴石を穿つ」を、本気で実行しようとしたのです。
そうすれば、石から鎧として目覚めたとき、鎧に穴が空いていて、ウミが抜けると思ったからです。
水を落とす場所は、カトレアの角が埋め込まれている部分に決まります。そこが一番、鎧が薄かったからです。
でもカトレアは、この方法がうまくいくのか心配だったのでしょう。
だから、もしダメならフロート・シェルの相転移の糧にしてもらおうと、考えたのでした。
この時すでにわたしたちは、マモルに時空転移による時間遡行の役目を、託すことにしていました。
マモルが自然に復活する一万二千年後の頃には、エネルギーは充分溜まっているはずです。概念鎧は戦闘でだいぶ破壊されてしまいましたが、時は充分でしょう。
時空転移装置自体は、ソソを利用したものです。塔の中から下に降り、世界を一周する加速器の中に入ったら、あなたが一番戻りたいと思う時代を全身全霊で想像してください。
あとはソソにのって世界を何週もして、思いが最高に達したら、ワープできるはずです。
気候は年ごとに寒くなり、作物も前の年の半分しか実をつけないようになりました。
とうとうマモルが石になって十年後、体の弱いもの、年老いたもの、戦争で傷ついて生活がうまくいかなくなったものを集め、その年も浮上してきたダイバーランドに乗せ、送り出しました。
もちろん、できるかぎりの生活物資を与え、海底にまた戻ってしまわないよう水素ガス――元は神ナズの阻塞気球のもの――を島の端にくくりつけてです。
どこか遠くに、自分たちより豊かな暮らしをしている人たちがいて、その人たちに助けてもらえると信じて、手を振り合って別れました。
移民の指揮官は、マステドウ先生が務めました。
その後、送り出された人たちがどうなったかわかりません。
次の年にまた戻ってきたダイバーランドには、誰も乗っていませんでした。
マモルが石になって三十年後、神ナズから一機だけ飛行機が飛んできました。パイロットは「もし、なにか現代の人類を救うようなすごいものが発掘されていたら教えてほしい」と言いました。わたしたちは「ない」と答えます。それを理由にまた攻め込まれるのは嫌でしたし、本当にそんなものはなかったのです。パイロットは言います。
「神ナズの首都も氷河に覆われた。南に移住したけど、そこにはテンタクル・クラウドが毎日のように飛んでくる。・・・これは、世界でただ一機残された飛行機なんだ」
彼もやがて戻っていきました。
その後、神ナズの人は一人も見かけません。
それからまた三十年がたちました。トラッシュレインの人口は、千人を切りました。クレナイさんもデミオさんも亡くなりました。
それでもわたしは、百歳にもなっていないのに「大叔母様」の称号を得て、クレナイさんのお孫さんやミーアのやしゃごのやしゃごにも慕われて、それなりに幸せでした。ミーアの子孫には何年かに一度、猫人の姿をした子どもが生まれて、その子とは特に仲良しになりました。
でもわたしが百二十になるころには、すっかり「人間」は死に絶え、もうニューカムしか生き残っていませんでした。わたしたちは、長寿だけでなく、病気や飢えにも強いのです。
そしてわたしは二百歳ちょうどになったとき、人炭に変えてくれるよう、ミーアのやしゃごのやしゃごに頼んだのでした。
親愛なるマモルへ、もしウミが完全に抜けなかったら、どうかカトレアといっしょに、とゆうかカトレアより先に、わたしを使ってください。そして、時空転移をして、あなたの時代に戻って、みんなのぶんも幸せに生きて、そしてできれば、シャイン・ライン止めて、人間が滅びない社会を作ってください。
追伸:竜人の「角」は、本来は夫になる人にしか渡さないものです。そのこと、よく考えてみてくださいね。
俺は、壊れ物を扱うようにゆっくりとした動きで、ツバメを持ち上げる。覚えている体重と同じだけど、今度はずっと重い。もう力あふれる鎧ではないのだ。
この時代のミーアが、俺と彼女の顔を心配そうにのぞきこんだ。
安心するよう目配せすると、ゆっくりと方向転換し、フロート・シェルに彼女をセットした。
けれど、ちょっと待てよと頭を振り、そのまま装置から離す。心臓がバクバクとうごめく。
人炭が助かる可能性は万分の一。助かったとしても自分のような概念鎧として生きていくことになる。そしてこの世界では、ウミをうまく抜く方法は定かでない。
ツバメと、そしてカトレアを、森の見えるところまで運ぶ。小高い崖になった、見晴らしのいい場所だ。
しばらくは、すっかり森になった海と、ツバメとカトレア、そしてミーアを、眺めていた。
すぐ足元で、雪が落ちる音がした。
のぞきこむと、がけの影に、雪解け水の滝がちょろちょろ流れている。
それをじっと見る。流れは絶えそうにない。
「なあ~」と、ミーアの血筋の少女も、のぞきこんだ。
「あれは、『水』って呼ぶんだ」
「みい、みい・・・」
「水」
「みいず」
「水」
「みず」
「覚えるの早いな」
「みず!」
ちらりと、水が流れてくる方向を見る。所々に白い雪の積もる黒い転移装置が、そびえている。
「生きている装置の熱が、雪を溶かしているのかもな」
いつ元の世界に戻ろうか、とぽつぽつと考えた。
ただ、どうしても気に食わないことがあって、それが頭を離れなかった。
ツバメもカトレアも、自分を本当に慕ってくれたのではなくて、利用した罪の意識から、ここまで尽くしてくれたのではないかという想像が、どうしても抜けなかったのだ。
「やり直したいな」そう、口に出すほどに思った。
鎧とか、古代人とか、利用するしないとか、そういう先入観を取っ払ってもう一度、ツバメ、カトレア、ミーアと、人間関係を築きたいと切に願った。
俺は、はるか古代ではなく、彼女らと過ごした時に、思いをはせ始めた。
考えは考えをわきあがらせて、ついには思考停止状態になり、ぐるぐると変な人みたいに歩き回っていた。
「俺は、人を救う人にはなりたくない」
それが、万人に後ろ指を指されてもいいと思える、正直な気持ちだった。
「ツバメ」俺は呼ぶ。「人に物を頼みっぱなしなのは、不平等じゃないか?」
「カトレア」俺は呼ぶ「角をくれたあんたを、この世界に置き去りにしては、行けないよ」
その時、
有り体に言えば、
奇跡が起こった。
前兆は、ミーアの娘が鼻を鳴らしたことだった。
ツバメの頬に、ピシリと、ヒビが入ったのだ。
正確には、ヒビと言えるような深いものじゃない。
雪が剥がれ落ちるように、黒い欠片が落ちていく。
下からは、懐かしい褐色の肌が見えた。
俺は急いで、でも慎重に、黒い炭を払った。
顔と、首周りがあらわになったとき、目を開けて、眩しそうに細めて、だがしっかりと俺を見た。
「あなたと共に目覚めますようにって思いながら、石になったから」
彼女は、それを言うためにずっとずっと待っていた人の声だった。
「ほら」横から同じく、まるで何でもない風な、懐かしい声がした。「生身の体じゃないと、ウミは抜けないだろ? ま、その必要はないみたいだけど」
俺は、どうにか言葉を返そうとして、でも返せなくて、しばらく万感の想いを噛みしめていた。
考える時間は、今しばらくは、ありそうだ。
2015年10月22日 執筆
2017年 7月6日 改定
解説:『一万二千年後のレフュージア』を書いた人について
本来ここは作者様が自分の作品についていろいろ書くところなんだろうけど、「巻末の解説は作者以外の人間がしなければならない!」ということで、ワタクシが解説を務めます。「おまえ誰や」というつっこみは甘んじて受けるつもりです、はい。
これを書いたカミヒさんは、大学生になるまで「アニメ・ゲーム的」なものにほとんど関心がない人だった。趣味は山歩きで、小さいころは虫取りをしてすごしていたそうだよ。
ところが大学に入ってめきめきとサブカル知識をつけてきたのだった。彼はもともとなぜか軍事にはやたら明るかったのだけど、周りで「艦これ」や「ガルパン」が流行っていたので知識面でオタク仲間に大変重宝され、やがて「ラブライブ」をいっしょに見るまでになった。
そんな前途有望な彼の能力を見込んで、「TRPG」のセッションに誘ったのはある冬の日のこと。「ソード・ワールド2.0」を「クリスマスにやろう」と約束し、彼女がおらず、いても二次元な連中に声がかけられた。
ところが、そのときのメンバーというのが、一人をのぞいてTRPGをまったくやったことがなかった。その唯一の経験者も、プレイヤーオンリーの人であった。ご存知かもしれないが、TRPGのセッションにはプレイヤーの他にゲームマスター(GM)が必要だ。
「じゃあ、俺がGMをやろう」と、カミヒさんは勇ましくも申し出た。「ルールブックを読んで、シナリオを書けばいいのだろう?」
そんなに簡単なものじゃないだろうと思うけれども、ワタクシは人任せにするのが大好きな人間。
「みんな初心者だから、ルールブックに付属しているシナリオを、やるつもりだ」
彼は確かにそう言った。
で、当日、クリスマスの日。彼は「ソード・ワールド2.0」のルールブックの他に「クトゥルフ神話TRPG」のルールブックをおもむろにとりだした。
「俺から見れば、どちらもTRPGだ」
唖然とする我々を余所に、セッションは開始され、「SAN値チェック」の概念や「遊戯王」!のカードまでも持ち込んだ、ぜんぜんルールブックのシナリオに基づかないオリジナルカオスな作品を見せつけたのだった・・・
それで、そのごっちゃ混ぜのセッションを何度かしたあと、彼はこれを小説としてまとめてみることを思い立った。
当時、マイブームが『∀ガンダム』と『フューチャー・イズ・ワイルド』(人類滅亡後の地球の生物を予測した本)だったこともあって、時代設定を現代から一万年ほど後の氷河期にする。登場する種族は、『ソード・ワールド2.0』に出てくる種族、エルフ、リルドラケン、ミアキスをほぼそのまま踏襲した。
つまり、『一万二千年後のレフュージア』はこんな要素で成り立っている。
・キャラの造形=ソード・ワールド
・遺物の発掘=∀ガンダム
・氷河期その他=フューチャー・イズ・ワイルド
∴ ∀ガンダム+フューチャー・イズ・ワイルド+ソード・ワールド=レフュージア
ちなみに「概念鎧はどうして思いついたの? やっぱモビルスーツ?」と聞くと、「エヴァのATフィールド」という答えが返ってきた。変な人だ。
「人間が苛酷な環境におかれたとき、『どう行動すべきか』ではなく『どう行動してしまうか』を書きたい」
「もし自分が、小説で何か人様に提供できるとするなら、今の社会とは違ったものの見方だろう」
彼はこんなことを言っていた。
『一万二千年後のレフュージア』は、この二つの目標を達成していると思う。
この物語は一種の「異世界転生」であるし、また「エルフ」「竜人」「ネコ耳族」など、キャラ造形もよく見るものだけど、それにひとひねり、あるいはふたひねり、工夫を加えて、独特の作品に仕立て上げている。
ツバメ「エルフって言ったな! エルフって、ひどいブジョクの言葉なのに!」
クレナイ「竜人の翼や角がカンポウヤクになるなんて迷信がはびこったそもそもの原因は、おまえらが映画やゲームでくり返しドラゴンを退治して、鱗や肝を奪取したからだ。そのエンターテイメントを、神ナズのあほうが真に受けて――」
もし知り合いに、「なろう」の正統派の作品以外のものを読みたいと思っている人が居るなら、この『一万二千年後のレフュージア』を、お勧めしてみるのもいいかもしれない。
エルフや竜人は、この先の現実の未来で登場しなくても、今はなんでもない言葉が「ブジョク」の言葉になったり、フィクションでの設定がノンフィクションに入り込んできたりすることは、十分に考えられるのだから。
加古台(フリーライター)
作者様の解説はこちらから
http://trpguma.blogspot.jp/2017/06/blog-post.html?m=1




