26 ヒバクの果てに
「やってくれたな!」
あいつが煙の中から飛び出す。
無傷ではない。が、健在だ。
「まさか自爆とはな!」
みんないない。
ツバメもカトレアもミーアも、陰も形もない。
もうもうたる煙の中、あいつが、持ち構えていた俺に組みかかる。
お互いの鎧とも、形をかろうじてとどめているに過ぎなかった。
あちこちにいろいろな破片が刺さり、そこから滝ウミが噴いている。鎧の体の表面にも、びっしりと汗のようにウミがついていて、もしかしたらアトミックの爆発のとき、恐ろしい熱から守る役割を果たしたのかもしれない。
最後の決闘が始まった。
俺は巴投げでたたきつけられる。世界が反転し、すでに動くのをやめ、ただ太陽を浴び続ける概念鎧に激突した。太陽の方が割れた。
俺はアトミック様の成れの果てを見つける。
割れていた。半球体が真っ二つに割れて、青白く光る粉がもれていた。――爆発は成功した。周りだけが破裂した。本体は爆縮しなかったのだ。
形をとどめているのが、何よりの証拠だ。
「この概念鎧、防護服でもある!」アニキが叫ぶ。首筋までひたすウミがだぶんだぶんとゆれる。
「しかし呼吸する鎧でもある! 今は無事でも、じきに被爆するぞ!」
そんなの関係ない。俺はあんたを、倒せればいいのだ。
最初いた位置よりかなり遠くまで、爆風で飛ばされてしまっていた。いまだに不動明王のようにそびえたつ黒い時空転移装置が、うっすらでてきた朝日を浴びている。
朝日。昨日までの鎧の俺なら、まちわびたシロモノだ。
再生したばかりのこぶしとこぶしでうちあう。鎧のすれる音が響く。もはや互いに防御はしない。避ける動作もない。糸が数本しかつながっていないあやつり人形のように、とっくみあう。
すっかりそぎ落とされた、人間の野蛮な格闘戦。殴られたところが割れ、殴られないところもヒビがいき、ウミがひっきりなしに垂れる。ヤツは首、俺はアゴ。
お互い死が近い。
どうしよもなく沸いていた怒りが、そぎ落とされるのを感じる。この直前まであった「この男を倒さねばならない」の使命感すら、今はかすんで消えつつある。
戦争も、種族も、古代の記憶も、今はどうでもいい。
生死の境をさまよって、始めて到達する無死の境地に、突入しつつあった。
赤みがかった互いの鎧の神経も、体力切れのように色あせる。
攻撃と攻撃と攻撃。突きと払いとなぎ払い。俺がよろけ、相手もよろけ、あらゆるところから大量のウミが出る。
お互いに、無意識で動く境地に達した。
無意識であってなお、アニキの方が洗練されていた。俺は殴られ、倒され、蹴られ、転がった。また倒されるために、起き上がっているようなものだった。
結論から言えば、俺は知力体術ともに、最後までアニキに及ばなかった。
だがーー
それでもーー
彼の方が、ウミに沈むのが早かった。
口からあぶくを立て、ついにその小さな泡さえもなくなった。
相手の苦悶の表情が、没我の終着点を通過した表情に変わったとき、彼の鎧の再生がピタリと止まった。
彼の鎧は深い青色に染まっていく。
感動も感慨も達成感も俺にはなかった。
ただ、ほんの少しの安心感が、褒美だった。
ウミに沈んで転がっている彼が、力を出し切って使命を終えた古代の遺物のように、太陽に照らされている。
修復しかかったままのヒビを殴ると、たったニ度目で、冗談みたいに大きく割れた。
そのまま引きずりだしてやる。
鎧の神経に引っ張られて、彼の手足がもげてしまった。
一式 宗治は、死してようやく、鎧の外に出ることができた。
まるで生まれたての雛のように濡れて、うずくまっていた。
それを見る視界にあぶくが立つ。
自らの口からもれた空気が、ウミの中に広がる。酸素が出ないように力むのにも酸素がいるし、そんな延命は試みるつもりはなかった。
水葬される心の準備は、すでにできていた。
俺もあの、たくさんある概念鎧の一つに列せられ、ケシやオオタンポポの花を供えられるのだ。
どう、と倒れた。視界が揺れる。
ここで、自分はたびたび倒れたお陰で、口まで浸かっていたウミが一瞬離れ、一息つけ、命が永らえたのだと気づいた。
今はもう、倒れても酸素はやってこない。自分は水槽になったのだ。
最後の瞬間には、ツバメが泣きそうな顔で、顔をのぞきこんできていた。彼女は全身が、俺みたいに濡れている。無事なのか、それとも幻覚なのか? 判断はつかない。
いや、カトレアの言葉を思い出した。
『アタシは、二人をすばやくつかんで羽ばたけると思う』
きっと、爆風を受けたカトレアの翼にのり、海にいったん逃げたのだ。
カトレアの顔も現われた。バンバンとたたく衝撃と音が、半分死んでいる意識に伝わってくる。
何度も何度も正面の、ヒビのところに、彼女はこぶしを打ちすえる。手から血が飛び散った。
それでも、殴るのをやめない。
ヒビが広がる。ヒビが大きくなる。
少しだけ、本当に少しだけ、ウミがもれ始める。でもダメだった。
生きている限り、鎧の修復機能は健在だ。ヒビが急速にうすれてゆく。
修復のときに出るウミが、顔に当たるのを感じる。
まぎれこんだカトレアの血が一つ、目の前で揺れて、すぐに視界の中に霧散した。
意識はそこまでだった。




