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一万ニ千年後のレフュージア  作者: 上日 ゆうじ
25/28

24 天空の大地チバ

 この台地のフロート・シェルは、ずっと大きかった。

 床の魔方陣のような文様も、貝の大きさも、その後ろにあるいくつもの機械も、全部がひと回り大きい。学校にあったのは人一人分が入れる大きさにすぎなかったが、こいつは概念鎧でも入れそうだ。

 そしてこのすぐ隣に、そびえ立つ「時空転移装置」があった。

 四階建てのマンションぐらいはありそうな黒っぽい柱で、外装はまったくシンプルだ。ふもとに取っ手もノブもついていないハッチみたいな入り口があって、ピアノに似た端末がある。スチームパンクに出てきそうな機械だ。

 俺は時空転移装置の最上部をズームして気づく。

「・・・竹でできてる?」

 黄色く変色しているものの、外壁に確かに、竹が使ってある。

「建築途中で資源が足りなくなったらしい」カトレア。「だから丈夫で軽い素材ってことで、竹が選ばれた。ちなみに竹の絶滅理由は、タイムマシンの材料になったからさ」

「どのみち主要な装置は、みんなこの柱の地下に埋め込まれている」クレナイ。「外装は大して重要じゃない。もし戦闘になったら、おまえは、思いっきり暴れてくれていい」

 俺は地面の感触をあらためて意識する。

「この下に、世界を一周する加速器が延々と続いてるんだよな」

 装置の反対側には、いわゆる「概念鎧の畑」がはるか向こうまで続いていて、太陽の光を無言で吸収し続けている。

「前にツバメは、ここは概念鎧のお墓だって言ったんだけどね、アタシはそうは思わない」

 カトレアは概念鎧たちをじっと見る。

「むしろ、無言のメッセージじゃないかな。今日、空からこの鎧たちを見て確信したよ。 

 自分たちは数千年に渡って、こんな風に鎧を消費してきました。消費しなければ、やっていけない社会だったのです。これを見ているヒト、誰か助けて! って」

「誰へのメッセージだよ」クレナイが皮肉めいているのに、少し悲しそうな笑み。「この概念鎧の太陽電池群は、マステドウによれば宇宙からでも見えるそうだが、まさか宇宙人か?」

「きっと誰でもないものへのヘルプ・ミーなんだよ」

 俺はさすがに、この鎧たちを直視することはできない。――言いぼかすことなく、直裁(ちょくさい)に言えば、水がたまった棺桶に詰め込まれ、腐敗するに任せられている状況なのだ。

「どうして、『鎧』なんだろう」俺は疑問に思う。「古代の、魔教導文明時代の人たちが鎧にしたって言うけど、なんであえて鎧なんだ?」

「そりゃ、当時いろいろな外敵と戦うために、鎧の姿が好都合だったからでしょ」

「俺は、そうは思わない。だって、そうだろ? ウミがたまって死ぬなんて、兵器としてとんでもない欠陥だ」

「確かにアタシも、鎧で死ぬマモルより、生身で生きるマモルのほうがいい。ツバメや、ミーアだってそう言うよ」

「これは、父上の書庫で見つけた資料の話なのだがな――」

 クレナイが俺の横に立つ。「どうも、概念鎧に『なりやすい人間』というのがいるらしい。物の話の域を出ないが・・・ 『未練があった人間』だそうだ」

「未練?」つまり、心残り? 心当たりは、あまりないが。

「資料では『負の生きる力』なんて言い方をしているがね。ようは気がかりなことを残して人炭になったから、復活しやすいという理屈だ。

 そして鎧をまとうのは、未練が不安となったことによって、防衛本能が働いた結果だとさ」

 俺は首をあちこちに向ける。

 決して外から見ることの叶わない鎧は、発掘されたときと同じ透明なまま、外の様子を鮮明に見せている。カトレアが居て、クレナイが見え、ツバメやミーアももちろん、その場にいればよくわかるだろう。

「だが、そう考えると、この『畑』の様子は壮観だな」

 クレナイが、狂暴な笑みを浮かべた。

「ひどい皮肉だな」俺はこれでも、言葉をぐっと押えた。今の言い草は明らかに死者への冒涜だった。

「ああ、まったくひどい皮肉だ」彼の狂暴な笑顔は、途方もないやるせなさに変わった。「しかし、もはや誰に対する皮肉かもわからんがな」

 今の俺にはわかる。この未練の塊らしい鎧に頼らなければならない、彼らの苦境が。

「マモルも――」

 カトレアが俺のほうを向く。「どんな未練があるんだい?」

「実はさ、今の話を聞いて、心当たりを思いついたんだ」

 俺は、一万二千年前、自分が何年も思い返していたわだかまりを、吐き出した。

 そのわだかまりは、現代である一万二千年後の現状とからまりあった、懺悔にも似たものだった。

「俺は、償いたいのだと思う」


 西暦2020年の暮れ、戦争が始まった。

 その最初の空襲で、俺の母親とアネキが死んだ。

 原因の半分は、俺にある。

「当時、俺は親元を離れて、東京のはずれにアパートを借りて住んでいた。高校が東京だったからな。それで、千葉――今俺らが立っているところ――に住んでいた母親とアネキを、東京観光に招待したんだよ」

 大学院生のアニキは就職活動中で、妹は高校受験を控えていたから、誘えたのは二人だけだった。

 イケブクロか、シブヤか、シンジュクか、今となってははるか昔のことなので思い出せないが、とにかく、そこでミサイル攻撃にあった。敵のミサイルは、命中率は悪かったけど、大きな爆発力でそれを補っていた。――俺は、家族を二人、失った。

「アニキは、静かに許してくれた」そのときは、よく覚えている。

「ただ、一言、『もし悔しいと思うなら、敵に対して報復しろ』とだけ言った。それでアニキは、当時『軍』への昇格を狙っていた自衛隊に就職した」

 俺は、その言葉で、アニキのことが、致命的に苦手になった。

 成績優秀で、女の子と何人も付き合って、多芸多趣味だったアニキ。俺が遠因で家族を失っても、一言も責めなかった、尊敬すべき兄。

「でも俺は、『報復』なんて言葉、嫌だった」

 カトレアやクレナイが、静かに息を飲むのが聞こえた。彼らは、報復に報復を重ねた世界で生きてきた二人だ。

「だって、そうだろ? 俺は静かに生きてゆきたいだけなのに、報復なんて不気味なものに、巻き込まれたくなんてない」

「親兄弟を殺されても?」カトレアがずっと引き結んでいた口を開いた。

「親兄弟が殺されたから相手を殺すといった発想が、俺には理解できないんだ」

 そうは考えないアニキは、当時不足していた情報系の知識がある人材だったこともあって、次々と重要な仕事を任せられるようになる。ついに、家族の俺にも言えない〈任務〉も、任せられるようになった。

「――〈シャイン・ライン〉のことだったんだ。アニキがどっぷりはまり込み、俺に言えなかった任務は、〈シャイン・ライン〉の計画のことだったんだ」

 本当は、体が崩れ落ちるほど力が抜けていた。

 だけど鎧は、俺をまっすぐに立たせ続ける。

 カトレアは目を伏せ、クレナイはむっつりと、ただもの想いにふけるように聞いていた。

「昔、アニキが言ったことがあった。『俺は人や国家を守りたいとは思わない。ただ、人を変えれる人間にはなりたい』」

「それで人間を、人炭に変えたわけか」クレナイが言った。皮肉をこめようと思ったけど、あまりにも事柄が大きくて、ノドがつかえたみたいな声だった。皮肉は、本当に巨大なものには太刀打ちできない。

「アニキの中には、大義名分のためなら非道を受けいれる余地があった。その余地の半分は、俺が家族を死なせたことで作り出したものだ」

「その後ろめたさがマモルの、お兄さんが苦手な大きな理由なんだな」

 その言葉には、実際にうなずいたような響きがあった。

 非難される覚悟もあった俺のなし崩し的な告白は、静かに済みつつあった。

 この時代で発掘されたおかげで、はるか古代に何度も後悔した事柄に、ほんのわずかだけど、整理がついた。

 風が強い。葉がなく、緑色の棒みたいな植物が揺れている。人の顔ほどの大きさがあるタンポポの花は、近づく誰かを殴ろうとしているようだ。

 ピピ、ガガ~と、辺りに機械音が響き渡った。

 カトレアもクレナイも「!?」と身構えたが、俺にはこの音が何かすぐわかった。

 マイクやスピーカーが、音割れするときの不快音だ。

 ピアノ型の端末のすぐ横、テレビのモニターがあって、横の赤いランプが点滅している。

 赤いランプの下には、ボタンがある。

「これは?」クレナイが聞いてくる。

「わからないけど、わかるような気がする。こうゆうときはボタンを押してみるんだ」

 画像が映像を映した。

 アニキが映っていた。

『・・・ふむ、やはり古代のテレビ電話のようだな。――都合よくマモルが出たな』

 アニキは俺に向かってしゃべっているのに、俺のほうをまったく見ていない。テレビのアナウンサーがニュースを読み上げているみたいだった。

「よく俺がここにいるとわかったな」俺は落ち着いて、対応する。歪んじまったアニキ。自分も、その一端をかついでる。

『阻塞気球を使うとは考えたが、知恵が回りきっていないな。気球の残骸から、古代のバトルスーツみたいな足跡が、点々と残っていたぞ」

 またやっちまったか。俺はどうも、最後まで成長しないらしい。

『ただ、すぐに追っ手を差し向ける気はない。私自身も恐れていたことが起こった。

 神聖合衆国議会は、民衆の声に押されて、いまだ地上に残存するニューカムに対して、ご神体たる〈アトミック様の欠片(かけら)〉を使うことを正式に可決した』

「欠片・・・ だって?」

『今日の早朝、本国からの連絡機が伝えた。

 これは〈欠片〉と称しているが、実戦投入された一発目のアトミック様の試作品だ。

 神ナズに忠誠を誓う私としては、この命令を受けざるを得ない。しかし、欠片の使用は私の望むところではない』

 今一度、話し合いの場を設けたいと、アニキは言った。

『もっとも新しい太陽電池のそばで待つ』

 俺らに何かを言わせることなく、映像は切れた。

 俺もカトレアもクレナイも、しばらく沈黙。

「行くしか、ないんじゃないか」俺が最初に声を出した。「しかし、もっとも新しい太陽電池?」

「アタシに、心当たりがある」胸を手で押さえる。「アタシと、ツバメの、トモダチのことだ」




 その少女は海が広がる崖ぎわで、生前もこんなふうな寝顔だっただろうなという顔で、永眠していた。

 もっとも新しい金属の台座の上に、少し青みがかった鎧が鎮座している。足元には石の小さな台が置かれていて、しおれかけたケシの花が、かすかな風に揺れていた。

 俺がかつて通っていた高校の制服を身につけて、おでこのところまで透明な〈ウミ〉が溜まっている。

 慎重にさわってみる。

 ウミをたたえた鎧は太陽の光に熱せられていた。暖かかさがクリスタルの腕を通じて、伝わってくる。

「彼女は良く働いてくれた」クレナイが静かに言う。「戦闘はまったくできなかったが、その他の仕事は率先して行ない、戦闘をしたみたいに急激にウミがたまった」

「アタシとツバメ、ミーアで看取ったんだ」カトレアが涙目を伏せた。

「ウミがいよいよたまって、アタシらが事実を隠していたと気づいたときにも、文句の一つ言わなかった。――なあ、マモル、どうしてだと思う?」

 いろいろよぎった。この時代の人たちへの同情、共感、諦め・・・ たくさん浮かんだけど、不意に思いついた答えがもっともふさわしいように思えた。

「たぶん、そうゆう運命を受け入れられるヒトだけが、鎧に復活するんだと思う」

 概念鎧は、ヒトの思いが具現化したものだ。 

「だったらそういうつながりが、あってもいいんじゃないかな?」

 静かな足音がして、俺と同じ概念鎧が近づいてくる音がする。アニキだ。

「やはり三人いる・・・」赤外線で映った映像みたいを鎧の内部に映しつつ、アニキがカトレアとクレナイを見る。

 ・・・なんだろう、ヒトが入りそうなサイズの、麻袋を提げている。

「まさか全員、阻塞気球に乗ってきたのか? すごい根性だな」

「アニキの国が見下す竜人の翼の勝利さ」俺の声に合わせて、カトレアがゆるく、翼を広げてみせた。

 声に反応して、麻袋がうごめく。・・・何かいる!

「早速だが話をしよう。すでに理解しているな?」

 アニキは動きを黙らせるように袋を持ち直した。

「本国からアトミックを使えと命令が来た。誇り高きニューカムは、石になるか蛮族に代わる。しかし私は今再び、もう一つの案を提示したい」

「あんたの奴隷になれってことか」クレナイ。「しかし僕は、アトミックの欠片がブラフではないかと疑っている。証拠が証言だけでは、交渉には応じかねる」

 だてに、貴族を名乗るだけじゃない。クレナイはしっかりとした受け答えをする。

「証人を連れてきている」アニキは麻袋の中身を、掬い上げるように取り出した。

 全員が息を呑んだ。

・・・口を覆うように布でしばられて、顔の半分しか見えないけど、三人がよく知る緑の髪。ピンと立った耳。

「ツバメ!」カトレアが悲鳴に近い声。「どうして、トラッシュレインにいるんじゃ・・・」

「君がメリケンランドで取りもどしたとき、実は彼女にあらかじめ発信機をつけていてね」

 アニキは紳士的なものの、どこか自慢げ。

「なにかおもしろいところに連れて行ってくれるのかと期待して後をつけたら案の定、伝説の聖地へと案内してくれた。うちのマモルに真実を伝え、立派な翼のお嬢さんとケンカ別れをして一人で居るところを、もう一度つかまえさせてもらった。キャッチ&リリース&キャッチ、といったところかな」

 口の覆いがはずされた。小さな口が、大きく息を吸い込んだ。

「このヒトの言ってること、本当だよ」ツバメが必死。「技師の卵だからわかる、あれは小さなアトミックだよ!」

「ちなみに実物はこれだ」まるでボールのように、麻袋の中から黒い半球を取り出す。

 あまりにもあっさり出したため、タネも仕掛けも実はある手品の道具を見ているようだった。

「古に使われたアトミックの一二〇〇分の一の大きさで、威力にいたっては億分の一に過ぎないが、それでも一万二千年にわたって永らえたニューカムを滅ぼすことができる」

 沈黙。

 カトレアとクレナイの意思は一致しているもののどちらが先に言葉を発するべきか見極めていて、しばし時間がすぎる。

 時にして数秒、口を開いたのはカトレアでもクレナイでもなく、俺だった。

「あんたにニューカムは殺させない」俺は、どうしても納得が出来なかった。

「あんたは、宗教的な迷信にとらわれてるわけでもないのに、ただ合理的にニューカムを殺そうとする。『古代人』として今の人々を見下すあんたが、結局はそれと同じことをしようとしている」

「すでにうちのホシ・ツガルが、貴様の提案を断わっているはずだ」

 クレナイも口を開く。「例え個人的に気に入らなくとも、彼は指導者であるし、その考えを僕も支持する」

「だが、それは指導者たちの意見だろう。民衆は奴隷を望むかもしれない」

「アタシは望まない!」カトレアが毅然と言い放つ。

「少なくとも戦闘民族の竜人で、そんなことを望むものは一人もいない。他のニューカムだってそうだ。

 アタシらニューカムはずっと、心のどこかで人間に引け目を感じてきた。新参者だったのは明らかだったし、もしかしたらアトミックのケガレタ影響を受けた、蛮族と同じ種族なんじゃないかなって思ってた!

 でもニューカムは、あんたら人間と同じだってわかった。しかも自分から進んでしっぽや耳をつけることを望んだ、気高き人々なんだって。もう二度と、アトミックみたいな単なる爆弾に、ひざを屈することはない!」

 ツバメが一瞬の隙を突いて、アニキの腕から逃れた。

 アニキはハエをつかまえるみたいに手を動かし、胴体ごとつかむ。ツバメが悲鳴をあげ、華奢な体が限界ぎりぎりと締めつけられる。

 俺は動いた。

 本能に近い条件反射みたいに動いた。

 そのツバメをアニキは、勢いよく宙に放り投げた。俺が「?」と思う間もなかった。

 アニキの動きは異常に早い。後方へ下がり、下がりながら手をくりだした。

 俺は自分からこぶしにぶつかる形になり、目の前が放射状にヒビが入る。ウミがニキビをつぶしたときの血のように飛び散った。

「遅い!」

 どう殴られたのかわからなかったけど、どこを殴られたのかはわかった。下腹部に当たる部分に、またクモの巣。

 足払いをかけられる衝撃が走り、無様に倒れる。概念鎧で足払い!? 百キロ以上あるアニキが、同じく百キロはある俺を倒したのだ。

 上にのしかかったアニキのこぶしがせまる。最初のヒビと同じところを殴られた。振ったコーラのような勢いで、ウミが俺の胸にぶちまけられる。

 鎧は、ただ硬いだけじゃない。殴られて見るとよくわかるけど、内側はゴムみたいに柔らかい材質だ。

 だから完全に割れてしまうことはないし、当然、ウミが外へでていくこともない。

 もう一度腕を振りかぶったアニキ。俺が目こそ閉じないものの固まっているその時、よぎる影。

 アニキが後ろへ下がり、竜人の翼が一瞬視界を横切った。

 カトレアは俺と戦ったときみたいに竜化していた。こぶしでこぶしを弾きあう、素晴らしいスピードの応酬と、技術の冴え。

 圧倒的な体格差の概念鎧を圧倒する。

「うむ」少しだけなものの、アニキはたじろいでいる。

 たぶん、裸に近い少女が必死に立ち向かってくるのに、困惑させられているのだろう。俺だってカトレアと戦ったとき、同じ心持ちに陥った。

 それに、こぶしの先端がつぶれていた。俺を殴ったときに、自分の鎧も無傷ではなかったのだろう。当然だ、俺の鎧だって頑丈なのだ

 だがアニキは冷静だった。

 竜人の少女を慎重に見極め、かぎ爪、そしてケリを、いなす。

 そのまま手の甲で払い、すぐ横の鎧にたたきつけた。

 衝撃で鋼鉄の台座からはずれ、地面に転がる。追撃をしようとしていたアニキが、その転がりで行く手を阻まれた。

 ステップを踏み後ろへ下がる。そこで、宙へと放っていたツバメを、大げさにクッションを利かせて片手でキャッチした。

 ツバメはくたっと体を折り曲げた。気絶している。

 俺は気づく。

 両手を使って戦えるよう一度放り上げたのを、今再び手元に戻したのだ。

 なんてキザな戦い方だ!

 サーベルを抜いたクレナイが、気迫と共に立ち向かう。もしこれが剣道の試合だったら、大抵の相手をすごませただろう。ただこれは剣道の試合ではなく、しかも相手は鎧武者だ。

「死ぬ気か?!」前に出ようとするけど、滝のように滴るウミが邪魔だ。視界がぼやける。

 幸いクレナイは、アニキにとって取るに足りない相手だったようだ。

 ハエをはらうように簡単に押しのけられ、それでも数メートルは中に舞う。

 カトレアが憤怒の表情で立ち上がり、また立ち向かう。ほとんど破けている服が、鱗にひっかかってたなびいている。

「ツバメを返せ!」

 アニキは竜人の少女に対して、俺と同じ戦術を取った。

 広がっていた翼をつかんだのだ。カトレアが勢いで回り、そのときにもう一方の翼をつかむ。

 昆虫の標本みたいに、地面に組み伏せた。あの鎧の少女の足元だった。

「君とは、以前話し合って、すっかり共通の認識の下にいたと思っていたが」そのまま引き裂くでもなく、アニキは謎の言葉をかけた

「そいつは義妹なんだ!」

「なら、私の気持ちもわかってくれるな」

 カトレアが思わず、顔をくしゃっ、と歪めた。

「・・・今夜だ」アニキの言葉に、はっと目を見開く。

 翼がどんどんしぼんでゆく。

「今夜、あなたの体を要求する。弟は、それが必要なぐらい痛めつけた」

 くちびるから血を流したクレナイが、再び正眼の構えでアニキの前に立ちはだかる。一回、足がふらついた。一回だけだ。

 それは、人間が限界を超えても誇りで動けることの、証明だった。

「弟は殺さんが、君は必要なら殺す」アニキが氷河期の剣士に言い放つ。

「そして今、私は必要に感じるな!」

「待つにゃぁ!」

 不意にひびいた新たな人物の声。するどいがどこか場違いな、厳しくなりきれない少女の声。

「この黒いボールみたいなの、あんたにとって大切なものなんじゃないかな?」

 陸続と並ぶ概念鎧のふもとに映える、猫人のシルエット。

 ショートパンツに、だぶだぶのシャツ、袖なしのベストに、頭には警官の帽子。

「このボールとうちのツバメを交換な! ついでにクレナイも殺させないな!」

 ミーアが、アトミック様に、まるでサッカーボールみたいに足をのせ、勝ち誇ったように胸をそらしていた。

「もし言うことを聞かないなら、これを蹴って母なる海に返すな!」


 アニキは一瞬顔をしかめたものの、すぐにいつもの表情に戻る。

「猫人の娘」あくまで冷静を貫く。「かまわん、ためしに蹴ってみろ」

「むむむ!」

 ミーアが驚くよりはるかに、俺は内心びくりとした。

 それ、蹴って大丈夫なのか?

「ほ、本当に蹴るよ!?」

「やってみるがいい」

「もしこれを海に落としたら、同時にツバメの首を落とすとか、そんな悲劇演じないよな?」

「この子は弟のガールフレンドだ。そして私は弟が好きだ。この意味わかるよな」

 なー! と変な奇声を上げ、足を振り上げる。球技のできない女の子の不恰好な蹴り方だった。

 それでも勢いだけはついていたのに、アトミックは微動だにしなかった。猫人の足首がぐにゃりと曲がる

「なーん・・・」ミーアがうずくまった。問題の足を必死にさすっている。ピンとたったしっぽの毛が、逆立っていた。

「そのアトミック様は圧縮されたセイムとウランで出来ている。いったい何百キロあると思ってるんだ?」

「アトミック様?」ぱちくりとする、オッド・アイ。「とと、とにかく、ツバメとこいつを交換な!」どうもわからないことはとりあえず放っておいて、自分の要求を押し通すタイプらしい。

 俺がアニキだったら、気にせずミーアも倒して、ツバメとアトミック様、両方手中に収めるだろう。俺はそうはさせじと身構える。

 だがアニキは、俺の空想上のアニキを越えていた。

「いいだろう。そのアトミック、預けておく」

 一瞬、彼が何を言っているのかわからなかった。

「そのかわり、この子は今しばらく預かるぞ」

 アニキはそう言い残し、なんの未練もないように、ぐったりするツバメを抱えて立ち去った。跳ねるような機動で、まるでアニメに出てくるロボットのように、太陽を浴びる概念鎧たちを飛び越えた。

 アニキにも溜まったウミの音が、しばらくは耳にこびりついていた。

 残ったのは、満身創痍のカトレアとクレナイ、そしてぽかんとするミーア。

「むむ、いつのまにツバメが重要参考人に?」わけのわからないことを言うネコ娘。

「とにかく、いったんフロート・シェルの前まで引くぞ」

 口の端を切り、鼻血さえ出しているクレナイが予測する。

「神ナズといえども空輸能力には限りがある。あのぶんだと、今日すぐにでも大部隊が攻めてくることはあるまい。それにあの鎧の司令官も腕や足が損傷している。傷を再生させるのに、しばし待つはずだ」


 ミーアは行方不明になったツバメを、ずっと探していたのだという。

「もしかしたら海に落ちたのかもしれないと、五感を総動員して探したのだけど、まさか鎧の古代人にかどわかされていたとは・・・」

 それで、とミーアは遠慮がちに俺にたずねる。

「一度マオたちに愛想をつかせた君が、どうしてまたここに?」

 俺は、想うことを口にする。今までやったことのないような率直さだったと思う。

「兄イッシキソウジを止めたい。――いや、残酷なアニキを止める弟なんて理由づけはやめよう」

 俺はずっと苦手だったアニキを、克服したい。難しい表現を使えば、超克したい。

「もちろん、トラッシュレインの人たちに対して、まったく恩義を感じないわけじゃない」

 裏があったとはいえ、親切に扱われ、心配をされ、慕われて、「ありがとう」とまで言ってくれたその態度に、感謝の念がないわけじゃない。

 その体験は、平凡な高校生だった俺には確かに、心に染み入る言葉だったし、過ぎた待遇ですらあった。

「俺は一瞬だったけど、トラッシュレインの人たちに尽くしたいと思った。飢えていて、戦いで死に、捕食さえされてるのに、あなたたちはたくさんの経験(もの)を与えてくれた。

 だから、その一瞬をひきのばしに、ここに来た」

「君は、立派だよ」ミーアは座っている俺に近寄り、ぺた、っと手をついた。夕日をにぶく照らされた顔と目が合う。「さすが、あたしらのカトレアが見込んだだけの男だな!」

 俺の鎧の下腹部、ちょうどわき腹の下辺りにすっかり埋め込まれている、カトレアの角を指さす。

「カトレアのこと、大事にしてあげてな!」

 まるで自分の家で生まれた子ネコを渡すみたいな言い方だな。

「ねえ、君、」夕日に照らされたほほのひげが、にぶく光る。「猫好きかな?」

「好きだな」俺の家では一時期、妹が拾ってきた猫を飼っていて、それは幼い俺の原体験の一つだ。

「もしかして、猫は好きだけど猫アレルギーとか、そんなんじゃないよな?」

「犬、猫、鳥、豚、卵、牛乳、大豆、アレルギーは一切ない」

「・・・マモルって名前で呼んでいい?」

「もうみんなそう呼んでるよ」

 ミーアの、猫が好物をもらうようなうれしそうな顔。「なら、今日からマオとマモルは友だちだな!」

 アゴをさっと出してきた。一瞬何をして欲しいのかわからなかったけど、すぐに気づく。

 猫にするみたいに、指先でなでてやった。

 ミーアが眉をひそめる。

「君、ちょっとヘタなんだな! 練習するように!」

「はは、この鎧の指で練習するより、脱ぐ方法を探した方がいい」

 本当に、鎧の中はのっぴきならない状態になっていた。アニキにつけられた傷跡からウミが止まらないのだ。

 もう、みぞおちのところまできていた。今日の朝は、足の付け根までだったのに。

(戦えるとしたら、あと一回か・・・)

 俺は、その現実を、かみしめた。

「ふん、おしゃべりは済んだか」クレナイが立ち上がる。背後にある黒い時空転移装置が、赤みがかった髪を映えさせた。

「今から僕が、この僕が、伝令となってトラッシュレインに向かう。さっきの戦いで文字通り痛感した。鎧との戦いでは、普通の人間はまったく役に立たない。

 今から町へと戻り、朝までには、なんとしてでも援軍を連れてここに戻ってくる。だからそれまで、持ちこたえて欲しい」

「代わりにマオが行こうか?」ミーアが申し出る。「あたしのほうが身軽だな!」

「いや、今からは夜だ。夜目の利く猫人には、ぜひとも残ってもらいたい」

 鎧の古代人、と氷河期の貴族は俺の方を向いた。

 視線の先には、俺が足の間においている試作型のアトミック。ビーチボールぐらいの大きさなのに、とんでもなく重くて、俺でないと運べなかったシロモノだ。

「おまえのアニキの意図がわからんが、その爆弾の奪還を、必ず試みるはずだ。

 絶対に、ヤツにそれをわたさないでくれ。アトミック様の再臨を防いでくれ。・・・場合によっては、ここのカトレアとミーアを見捨ててでも、それを守るんだ」

 横たわっているカトレアもミーアも反論しない。(みんな)のためには小(自分)を犠牲にする。――ここの時代の人たちは、全員が戦士だった。

「じゃあな。僕の許可なく溺れるなよ」

 クレナイが夕日の当たらない、機械の暗がりへと消えてゆく。

 それが、クレナイを見た最後だった。

「あいつ」俺は口を開く。「なかなか俺のこと、名前で呼ばないな」

「それがあいつなりのけじめなんだよ」全身竜化の反動で、ほとんど首しか動かせないカトレアの、気遣いの声。

「あいつは指導者なのだから、マモルに対してずっと負い目を負っている。一度鎧として扱ったのなら、最後までそれを貫くつもりだ。指導者はおいそれと、自分の方針を変えられないし、自分に後悔さえ禁ずるものなんだ」

 日が落ち始める。ヒビは順調に治り始めているものの、ウミの勢いも衰えない。

 さっきまではみぞおちぐらいだったのに、今は胸のところが浸かっている。

 自分はこのまま何もしなくとも、あと数日、もしかしたら数時間後には、溺死するかもしれない。そう思うと涙が出そうだった。だが泣くわけにはいかない。ーーただの一滴たりとも、ウミに水を与える気はなかった。

 ただ、とめどなくしゃべらずにはいられなかった。主としてアニキの悪行をだ。数々の悪巧み、途方もない野望、そして、ニューカムを犠牲にした延命処置。

 彼をこき下ろさないと、彼ともう一度話し合いたくなる欲求を頭の中から消せなかった。アニキなら他にウミを抜くうまい方法を知っているのでは? という考えを、ふり払うことができなかった。

「ミーア、クスリ持ってるかな?」疲れきったカトレアの、友人を呼ぶ声。「戦争でよく使うクスリ。あるなら、アタシに注射してくれ」

 ミーアは黙って、注射器を取り出した。俺も古代でよく見た、注射針のある、オーソドックスなタイプだ。

 中には、無色透明の液体がつまっている。

「カトレア、でもこれは、おススメしないな・・・」

「マモルの話であいつが、アタシらニューカムのことをなんとも思っていないのはよくわかった。・・・いつでも動けるようにしておきたい」

 ミーアは慣れた手つきで、カトレアの右腕に針を立てる。

「それは?」注射器の登場に驚いている俺の問いに、ネコ娘は静かに追い打ちの言葉を紡いだ。

「ケシの花の生成物」

「・・・もしかしてアヘン?」

「この世界では痛み止め、興奮剤として、よく使われるな」

「そんな・・・ 体をむしばむぞ!」

 俺は止めようとしたが、――もうダメだ。完全な夜だ!

「そもそもなんでこの世界に、ケシの花がたくさんあると思う?」

 注射の終わったカトレアが、肘を立てて体を起こして周りを見る。――ケシの白い花が咲き乱れている。

「痛いことと辛いことが、この世界では多すぎるからさ。だから、ほとんどの花が絶滅してゆく中、ケシは熱心に栽培されて、ついには雑草になっている」

「ミーア」俺は冷たい声。「昔の警察官はな、アヘンとか麻薬を、目の敵にして取り締まった。それが・・・ その帽子はただの飾りか?」

「マモル」カトレアがいさめにかかる。

 俺は声を荒げた。

「わかってるよ。自分の時代の価値観が、この世界では通用しないぐらい!」

 ミーアがうつむく。「あたちは警察官である前に、トウの兵士の一人な・・・」

「マモル、おかげでアタシは元気が出た」寝ている状態から、あぐらをかいて座りなおす。「今夜はきっと、役に立つ」

 概念鎧の足音が聞こえてきた。誰かは明らかだったが、敵意は感じない。


 アニキはまた、麻の袋を携えていた。結構な重量物が入っているようだが、ツバメではない。

 右腕に、しばられたツバメが狩りの獲物のようにつかまれている。俺は怒り心頭に達した。

 彼女はぐったりとして、気絶しているようだった。

「ツバメは無事なのか?」俺と同じ思いのカトレアがきばをむく。

「眠ってもらっているだけだ。これから起こること、彼女に見せるのは酷だろう」

 ミーアが立ち上がり、明らかに警戒する足取りで下がる。

 なぜかカトレアは、立ったまま動かない。まるで今から戦闘が起こらないことを知っているように、奇妙なほど落ち着き払っている。

「さてマモル、だいぶウミが溜まっているようだね」

 アニキがどこか感情のこもっていない声。「もう一度答えを聞きたい。あの方法、思い切って自分からやってみる気はないか? あの方法なら確実に・・・」

「あの方法なんて、ぼかす必要はないよ、鎧の司令官さん!」ミーアもほおを真っ赤にして怒っている。「マモルが洗いざらいしゃべってくれたな! よくもニューカムを、家畜以下に・・・」

「なら、長年にわたって人炭を消費し続けた君たちは、どうなるのだ?」アニキのあくまで、純粋な疑問をたずねるような声。「本質的には同じことだ」

「マオたちは! それしか方法がなかったから・・・ でもあんたは違うな。例えば、例えば神ナズご自慢の戦車の大砲を使えばいいな! 同じところに撃ち込めば、ちょっとした穴ぐらいーー」

「その方法は、二回成功した」

 不気味なVサインのように、アニキが指をかかげる。

「初めは37ミリ砲で成功して、ウミがある程度抜けた。次の時には37ミリ砲が鎧に通用しなくなって、57ミリ砲を使った。これもちょっとだけ成功して、ささやかなウミが出た。

 三度目は75ミリ砲だ。・・・この時点でもう、鎧にはヒビしか入らなくなった。この鎧は刺激に対して、進化しすぎるのだよ。

 いま神ナズ本国で140ミリ砲搭載の戦車を発掘中だが、肝心の砲弾がまだ見つかっていない。私は自分や弟の命を、地面からほじくり出されるか否かの遺物に、ゆだねるつもりはない」

 最後の方の言葉は、カトレアに向けられていた。カトレアはピクリと反応した。

「私は、私の弟を死なせたくはない。今となってはたった一人の肉親なのだ」

 元々囲っていた壁がくずれているせいで、背後にはフロート・シェルが見えている。

 アニキは、俺にとって驚愕の言葉を吐いた。

 それは俺が当事者なのに、思いもよらない展開だった。

「だから、竜人の少女よ、前にした約束どおりお願いする。フロート・シェルに入り、弟のために死んでくれ」

「マモル、ゴメン!」

 カトレアは目に涙をいっぱいに浮かべ、俺の足の間にひれ伏した。

「アタシ、アタシ・・・ あんたの妹を壊しちゃったんだよ!」

 彼女が何を言っているのか、ちゃんと理解できなかった。ただ、夜は動けないはずの鎧がびくりと身じろいだ。まるで電気が走った自分の身体みたいだった。


 アニキが目の前で、麻の袋からとりだした固まりを地面に置いた。


 色は黒い。ちょうどボールぐらいの大きさで、石の破片みたいな材質だった。

 俺はその石と目があった。それには目がついていたのだ。

 妹の頭だった。人炭になり、少し焦げてさえいる妹の体が、アニキの袋から次々と出される。

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