23 テン・クルに引かれて
夕方。学校に急ぐ途中、戻ったはずのカトレアが待ってくれていた。
道の向こうからぽつぽつと、コマ送りにした導火線のように点き始めた人炭の街灯に照らされたから、影に気づいた。
明るさが加わってもなお暗い道の真ん中で、白い息を吐いている。
俺は少し、怒り気味に心配した。
「カトレア! 夜にこんなところいたら、危ないだろうが!」また昼間みたいに、理不尽な暴行を受けたらどうするつもりだ?
「大丈夫だよ」カトレアは少し疲れているようだった。「アタシなんか別に、・・・少しぐらい痛い目に合っても、当然なんだ」
「どうしちまったんだ?」まるで、うつ病にかかっているみたいだ。「いつものカトレアじゃないみたいだぞ?」
「アタシらしいってなんだよ!?」俺のクリスタルの胴体につかみかかる。「あんた、何も知らないで・・・」
「・・・悩みでもあるのかよ」
「悩みのない人間はこの世にいないよ」
彼女は顔を背ける。「でもそれは、あんたに聞かせたいと思うことじゃない」
疎外感を感じたけど、聞き流すことにした。この過酷な戦時下の氷河期で、人に話せないことの一つや二つはあるだろう。
「とにかく、落ち着いて聞いて欲しい」さっきのアニキとのやりとりを改めて説明する。
ニューカムへの仕打ちに、一刻も早く「天空の大地チバ」に行かなければならないことを、かいつまんで話す。人一倍敏感なカトレアなら、きっと身を乗り出して聞いてくれるだろうと期待した。
カトレアはすぐに、状況を理解する。
まるで俺とアニキのやりとりを聞いていたみたいな、物分りのよさだった。
「やっぱり、ニューカムの危機だと、頭の回転が速くなるのか?」俺は聞く。
「もちろんそれが一番の理由だね。でも、マモルの優しい気遣いが伝わるから、こっちも親身に話が聞けるっていうもんさ」
「俺はただ、残酷なのが嫌なんだ」
「それがあんたの・・・ いや、この世界に残された古代のやさしさなんだよ」
立ち話はここまでにし、すぐに歩き始める。
「それで、天空の台地チバに行くのに、トラッシュレインにあったみたいに秘密の抜け道だとか、飛行機みたいな移動手段だとか、そんなのないか?」
「アタシは、アカギの出身でこの街には詳しくないから・・・」カトレアはあごを押さえる。竜人でも考える時は人間がやるみたいな仕草をするんだと、ちょっとおかしかった。
やっぱりニューカムも俺らと同じヒトだ。自分の命惜しさに、身勝手に殺していいものじゃ断じてない。
「マステドウ先生に聞こう。あのヒトはこの町の出身だ」
市長とマステドウは、石油機文明時代は喫茶店だった建物で、発掘された酒を静かに飲んでいた。お通夜のムードとほとんど変わらなかった。
「概念鎧殿か」マステドウは顔だけでなく、長い耳も少し赤い。「どうした? 愚痴、相談、手相占い、報復、どれでも受けるぞ?」
「元気なさそうですね」俺はまず世間話から切り出した。あまりにも雰囲気が、いたたまれなかった。
「お主のアニキは、プラネタリウムで見せた映像――とくに、蛮族とニューカムが違うという事実を、トウの全ての人に教えるのと引き換えに、彼個人の奴隷になることを要求してきた。『誇りを受け取る代わりに奴隷となれ』。まったくとんでもない男じゃ」
「それで、代表者のあなたがたは、それを受けたんですか?」
「まさか。ワシらはトラッシュレインのみんなの意思を受けて動いておる。圧倒的多数で反対じゃ。――じゃが、ワシら二人は最後まで迷ったのじゃ」
ちびりちびりとグラスに口をつける市長をちらりと見た。彼は話しなんぞ聞いていない風にあさっての方向を向いて、マイペースに飲んでいる。
「幸い相手は差別主義者ではないし、奴隷といっても、古代の労働基準法にのっとった扱いをしてくれるそうじゃ。このまま戦いを続けても、ワシらの子どもたちが死ぬばかりじゃしな」
でもな、とマステドウはぐいと杯をあおった。日本酒とか入れていそうな陶器の入れ物だ。
「どうせ寒さと食糧不足とテン・クルで、数百年後にはほぼ全ての人類が死に絶える。それは神ナズでもそうじゃろう。ワシらトラッシュレインの住人は、ご先祖の日本人がせっせと寒さに強い作物を品種改良して残してくれたから、少しは永らえるじゃろうが、それでも百年ほど文明を延命できるにすぎない」
「だから、自由の身のまま死ぬことにした」市長が誰にも言っていないように言った。「戦争に見せかけた屠殺は継続される。もっとも彼らはもう、ここ数年以内にニューカムを全滅させる腹積もりのようだが」
「神ナズ本国で、氷河期を打開するにはアトミック様の再臨しか方法はない、との声が高まっていてな」
マステドウがとっくりから酒を注ぐ。「彼らの論理では、地上からニューカムを絶滅させてケガレを祓わない限り、アトミック様は再臨してくれないそうじゃ」
「その迷信が世界を滅ぼすな」俺は言った。
「お主の兄も、似たようなセリフを言っておった」また杯をあおる。ペースが速い。「だがな彼は、神ナズ本国の住人の統合のためにも、差別できるニューカムを生かしておくべきという判断もできる男じゃ。ワシらには安住の地はないのかのう」
「結局、その、来年は『何人』に?」カトレアがうつむいて、でも声を荒げて言った。「来年は、何人のヒトが死ぬと――」
「何も決まっとらんよ。先方は言い寄った、『我らが大統領皇帝陛下のシンクタンクが、ニューカムを皆殺しにするか否かを最終的に決めてから、再度交渉に移りたい』と。まったく馬鹿げておる」
明らかに素人が作ったと思われる、気泡だらけの窓から、雪がちらついているのが見えた。――夏の終りが近い。
「カトレアよ、お主もクレナイと同じく、今回の死の取り決めについては初めて聞いたはず。ワシらを恨んでおるか?」
「何もないって言うと嘘だけど・・・」同族の苦境を理解した、理知的な目だった。「たぶんヘタに戦争を続けるより、死ぬ人の数は減らせたのかもしれない・・・ それでそのクレナイは?」
「同じ空気を吸うのも嫌と言われてしまったよ」
市長もグラスを飲み干した。咳き込んだ。アルコールが強いのだろう、カトレアが手で鼻を抑えた。
「言い訳になるんじゃがな」長耳族の学者が続ける。「この条約は百年も前に出来ておった。ワシが交渉に携わるようになった頃にはすでに、三〇年の歴史があったんじゃ」
「だから、変えることができなかったと?」俺が答えに近い質問を言う。
「外交も、結局は軍事力が基盤となる」市長が口を開く。「自分たちが手強いと思われたのなら有利な条約が結べるし、弱いと見なされたら不利な条約を押し付けられる。ニューカムは人減戦争の戦士の末裔だが、そこのところの配慮があまりにも足りなかった。いつも戦争が始まってから戦争の準備を始めて、戦争が終わったら戦争の備えもやめてしまう。だから全ての面で、人間の国に敗れた」
「市長さんよ、まだ負けたと判断するのは早いぜ」俺は言った。「少なくとも今から天空の台地でアニキをぶちのめす。そこへの行き方を、知っていたら教えてほしい」
「そんなことをしてなんになるんじゃ? いや、あくまで兄弟の問題なんじゃろうな」
マステドウはまた一気に飲み干す。「ワシは、たった今思いついたぞ。気球を使えばよい」
「気球?」という俺の問いに、長寿の長耳族は答える。
「阻塞気球のことじゃ。今のお主でも充分浮かすことができる。無論風頼みじゃが、幸いここには、翼を持つカトレアがおる。
お主たちが神ナズの司令を倒してくれたのなら、もしかしたらワシら全体の戦闘力がすごいと、思われるかもしれんのう」
今後の手はずについて、話し合いをした後、喫茶店で仮眠を取る。
俺がちゃんと動けるようになる明け方を待って、行動を開始した。
「くれぐれも気をつけてな」マステドウの見送りの言葉。「そしてあまりあせらんように。石油機文明時代のことわざにもある、『ゆっくり急げ』とな」
「私は生まれてこの方、十数体の概念鎧を見てきたが――」市長の餞別を言う。「君が一番、勇敢だ。――それでは次に君が活躍したときに、また話せることを信じて!」
気球はすぐにつかまえることができた。喫茶店の隣のビルの最上階に、くくりつけてあったからだ。
かつて20階建てだったそのビルは、今では10階までしか残っていない。けれでも都市の様子がよく見えた。
そこに広がっているのは、地球環境という絶望的な敵の前にゆっくり死につつある東京だった。
屋上に打ち込まれた杭と気球を結ぶロープをたぐりよせて、大きめの気球を捕まえる作業は、概念鎧の俺にはわりと簡単だ。
ただ、気球が浮かばないよう抑えておくのは、かなりの力が必要だったが。
気球は、石油機文明時代に靴を買ったとき中につめてある紙をのばして何重にも張り合わせたような材質だった。たぶん、ゴミを再利用だろう。
いちおう、上の部分と下の部分には小さなゴンドラがついていて、人が乗れる構造にはなっている。ただ鎧は乗れない。
そんな気球だから、カトレアは手際よく俺を固定していく。間もなく、俺はロープでぐるぐる巻きにされた。浮力が俺をさらおうとする。
その時は、足にはえたスパイクが、古びたコンクリに刺さって支えとなった。
「この鎧を身にまとってすぐのころは、脱ぎたくて仕方なかったけど、この世界では意外に便利だな」
「どうだ? 僕がおまえと会った時に、言ったとおりだろう?」
見ると、クレナイが登り階段のところにいた。
「話はだいたい理解している。僕はあの二人が飲んでしゃべっているところの、すぐ隣の部屋にいたからね。
それなりの手だれとはいえ一般兵二人が、指揮官の命令なしに行動するなんぞ、そんな勝手許されると思っているのか?」
「貴族様の手にかかれば、概念鎧も竜人の熟練兵も、雑兵の扱いかな?」カトレアの「仕方ないな」とあきれるよう文句。ただし、嫌味な感じはまったくない。
「おまえたちが雑兵だとはまったく思っていない。ただ人類の長い歴史の中、貴族と平民はだいたいの時代において別れていたのであり、その社会秩序を尊重しないのは――」
「見送りにきたのなら、もうちょっと静かに送り出せよ」俺は半ば親切心から忠告してやった。
「は? 見送り? バカな。僕は、前線に立つ指揮官だ」
「まさか、あんたも乗るのか?」
「むしろ、いざとなったら置いていかれるのは貴様の方だ。なんたって重い。気球がちゃんと飛ばなかったら、どう落とし前をつけるつもりだ?」
「そりゃ、実際にそこから落ちて――」とぼけた顔のカトレアが、すぐに真顔に戻る「大丈夫だよ。マステドウ先生も言ってただろ? 概念鎧3体分を上げる、浮力はあるって」
「その浮力のせいで、今にも浮かびそうだから、早く話を済ませてほしい」
自分でも意外だったけど、俺は気球作戦に乗り気だった。危険なのは頭では十分理解していたけど、一度やると決めたからにはやる。
それに俺は、アニキの性格が「ゆがんで」しまったの事件に、心当たりがあった。・・・そしてその事件が、誰のせいであるかも、重々承知していた。
だから、これは、俺個人の戦いでもあるのだ。
マステドウ先生によれば、夏の終わりのこの時期は、「アカギおろし」と呼ばれる北からの風が強く吹くそうだ。チバは南にあるから、うまく風をとらえられればつくはずだった。
「最悪多少、目的地からずれても、歩くよりは早いよ」カトレアがそう請け負った。「アタシが上で翼になる。死ぬ気で風をとらえる」
クレナイが下のゴンドラ、カトレアが上のゴンドラに乗りこむ。俺は下のゴンドラに固定されている。俺は合図で床から足を抜いた。
気球が浮かぶ感覚が、体を通り抜けた。
ゆっくり上がっていく。
しかし、5メートルほどの高度まで引き上げたものの、そこでぷかぷかしているだけだ。浮力が足りない。
「降りろ、鎧」クレナイが無常に言った。
「戦闘で役に立つのは、俺のほうだ」もちろん反論する。
「戦うのが嫌いなクセに」
「だからこそ、戦うと決意したときは強いんだ」
「ケンカはちょっと待って!」カトレアの声が届いた。
直後、気球の上のカトレアが紐を解いたのが、ビルに写った影でわかった。
あらかじめ、もう一つの気球も固定していたらしい。
二つの気球の力で、体が急速に浮き上がった。ビルが、周りの建物が、都市が遠ざかる。
「・・・高いな」
「鎧があれば、落ちても大丈夫だろう」クレナイが俺に無遠慮にさわる。
「この高さは無理じゃね? ヘリで空撮したみたいな光景になってる」
「安心しろ。僕は『溺死』以外の鎧の死因を、見たことがない」
「知ってるか貴族殿」俺は自分が高いところが得意でないことに気づいたので、それをごまかそうと軽口を放つ。「石油機文明時代、『貴族と煙は高いところが好き』っていうことわざがあったんだ。意味は――」
「そのことわざは僕でも知っている。おまえが改変された知識を教えようとしていることもな。切り捨てるぞ?」
「切れるもんなら切ってみやがれ。刃こぼれさせてやるぜ」
「貴様が無事に生身の体に戻れたら、必ず切ってやる」
「あんたら」カトレアが大声。「少し仲良くなった?」
竜人の少女が翼を大きく展開する。気球から出た影が、地上に映し出される。
大きい。翼の端から端まで、十メートルはあるんじゃないだろうか? 仮に地面に降り立ったら、重みで彼女は地に伏せるに違いない。
だが、おかげで、うまく風に乗れた。
街が離れて、徐々に小さくなっていく。
「無事、南西に進んでいるな」クレナイが太陽の位置を確認する。「少し進路がずれているが、まあ、敵のいる地上を行くよりはマシだろう」
「そういえば、『天空の大地チバ』って、昔の千葉県のことか?」少し前から、疑問に思っていた。「俺、実家が千葉にあったんだよな」
「『ケン』というのは、古代の行政区画のことか?」まさかの「知識レベル」だった。「ただ、古代への憧れから、積極的に古い名を使い続けるということはある。もしかしたら、そうかもしれんな」
「クレナイ・ケンのケンは?」
「気安く名を呼ぶな。――剣の意味だ」
「おまえって、すげえかっこいい名前だよな」
「ななななに!?」お、照れてやがる。「これ以降、僕にしゃべりかけるのは禁止だ! そろそろ空気が冷たくなって、目と口の中が痛い」
「左舷! テン・クルの群れ!」カトレアの、寒風を横切るような声がした。
冗談みたいな雲の魔物が、いくつもいくつも群れを成して、本物の雲のように風に乗って進んでいた。
白く、胸が苦しくなるような胴体で、凹凸の部分が影になっている。
スピードは速く、やがてこちらと並走するようになった。触手は折りたたまれているのか短く、まるでジェット機のエンジンのノズルのように、進行方向から反対側に管がのびていた。
「獲物を消化したときに発生するに発生するガスを噴き出して、進むんだ」
クレナイが備え付けの伝声管をとる。「カトレア、そちらのゴンドラに銃は積んでいるか?」
「積んでないし、もしあっても、アタシャしっかり両腕でゴンドラをつかんでるから無理だよ」
俺は手ぶらなものの、体を固定されている。クレナイのサーベルでは、分が悪すぎる。
「たぶん、大丈夫だろう」クレナイが意外なことを言った。「ヤツラが人を狩るのは、繁殖に備えて栄養を蓄えるためだ。今の時期は、狩りを終えて南に帰るところだから、・・・たぶん」
安心するには不安な物言いだった。が、信じるしかない。
「ねえ」カトレアは、遥かに大胆だった。「提案なんだけど、そっちに、マモルをしばるのに使った縄が余ってるだろ?
それをアレに引っかけて、運んでもらおうよ」
しばし、誰も何も言わない。最初に口を開いたのはクレナイだった。
「それは・・・ やってみよう」
「できるのか?」俺が声を上げる。ちょっと声が裏返った。
「できないことはないと思う」
「けれど、仲間を何人も・・・ 食べた相手だぞ?」
クレナイが、ぎりっと歯を噛んだのを、俺は見逃さなかった。
「・・・利用できるものは利用する。氷河期の掟だ」食いしばったのを隠すような声だった。
貴族は意外に器用さを発揮して、ナイフに縄を結び、それを群れの最後尾にいるテン・クルの触手の部分に投げてひっかけた。
すぐに縄にいくつもの触手が絡みつく。
「ふん、所詮は下等生物だな。条件反射で絡んでくる」
気球は、クモの魔物を馬代わりに、順調に引かれていく。
「方角はいい」指揮官を自任する貴族が手を指す。うっすらと、光り輝く台地が見え始めた。
列車が加速するようにスピードが上がる。
空から見ると、天空の台地チバは壮観だった。
かつて陸続きだった半島は、南で起こる雨季の影響でやってきた海に囲まれ、島になっている。台地のところどころに点在しているツル植物の森が、風に吹かれて一斉に揺れて、音が聞こえてきそうだ。
そんな森に囲まれながら、にぶい輝きのまま微動だにしない無数の概念鎧は、まるで朝日が無限に反射する海のようだった。
「光を弾きすぎている」クレナイがゴンドラから身を乗り出す。「光を弾いているということは、太陽光をうまく吸収できていない証拠だ」
「真後ろに概念鎧の俺がいて、よくもそんなことが言えるな」
「僕の言い方に何か妙なところがあるか?」真顔で、こう言った。
「・・・いや」はたと、俺もどこがおかしいのか指摘できないところに気づいた。
俺は、冷酷になることによって、この世界に慣れたのだろうか?
「彼らは死んでいる。貴様は生きている。それを忘れるな」
クレナイの言葉には、ほんの少しだけど、気遣いの響きがあった。
台地がいよいよ近づいたところで、テン・クルの縄をほどく。
雲の魔物は、繁殖地である赤道に向けて、飛んでいった。
「ナイフ一本、持ってかれてしまったな」それがクレナイの、唯一の感想だった。
天空の台地が近づく。鎧にびっしり覆われた地面のところどころに、荒野が広がっている。
俺ははっと気がつく。もし俺が長耳族だったらピンと耳を立てたかもしれない。
「カトレア、カトレア!」俺は上に広がる気球にむかって大声。二つの気球は上下に重なるようにつながれていて、下の気球にカトレアが乗っている。「どうやって着陸するんだ!?」
気球から伸びる翼の影が短く折りたたまれたのがわかった。
ばすん! と豪快な音が上で広がり、彼女の乗る気球が急速にしぼんでゆく。
「中の水素を抜いてしまえば、気球は落ちるよね」伝声管からは、とんでもない声。
高度が下がり、地面がぐんぐん大きくなる。
鎧に固定された体が浮遊する感覚がする。
墜落の危険をまさに体感していた。
ガガガ、とゴンドラがこすれる激突の瞬間は、予想通り前後不覚に陥って、自分が一回転してそっくり返ったことしかわからない。中のウミが暴れて、あっという間に俺をずぶ濡れにした。
空がよく見える。どうも仰向けに倒れたらしい。だがその想いは一瞬だった。
すぐに、しぼんだ気球が覆いかぶさったのだ。
あわてて取りのけようとする。のけきれなかったので、転がるようにして脱出した。
クレナイも這って出てくる。髪がぐしゃぐしゃだだ。
「まったく、尋常じゃない方法だ!」クレナイのもっともな悪態。「竜化した腕で気球に風穴をあけたのか?」
「アタシの暮らしてたアカギでは、こうやって気球で滑空して荷物を運んでんだよ」
しぼんだ気球とともに降り立ったカトレアが、翼を小さくしつつ、手に持った牽引ロープを放す。
無事な方の阻塞気球が、風に流され飛んでいった。
「さすが田舎。粗野で野蛮な方法だ」
「そう言わないでよ」別に気分を害した感じはない。「その田舎のアカギから吹く風に助けられた。まさにカミカゼだよ!」
休む間もなく、飛行機のエンジン音が聞こえてきたから、俺たちはあわててくぼみや草の影に身を隠す。降り立った場所は概念鎧の密集地から、少し離れた場所だった。
しばらくして、もはや見慣れた神ナズの青い★マークをつけた飛行機が、俺らの上空をぐるぐると旋回する。――金属で出来た飛行機だ。
時間にして、数十秒だっただろうか? 風に流された気球を追って、飛び去った。
「急ごう」俺はうながす。「もうアニキが来てるかもしれない」
「いや、」クレナイが目を細める。「今来たところだ」
大小さまざまで、ヘリコプターすら含む飛行機の編隊が、トウリアのほうから飛んでくる。俺は鎧の望遠機能を使った。
編隊の中央には、前にダイバーランドで見たエンジンの二つある輸送機で、胴体と尾翼に固定したロープでグライダーをひっぱっている。――グライダーには明らかにアニキと思しき概念鎧が、収まっている。
飛行機はゆっくりと、ここから見て南の地点に降り立った。上空ではおそらく護衛のためだろう、戦闘機が旋回していて、着陸地点がよくわかった。――離れてはいるものの、概念鎧の足ならすぐの距離だ。
「カトレア」クレナイが指揮官が命ずるときの顔。「トラッシュレインに戻って、応援を呼んでくるんだ。ここは曲がりなりにも僕たちの聖地だ。奪われたら、自分たちの先祖が代々やってきた行為が――後ろ指をさされてもおかしくない行為とはいえ、それでも努力の結晶が――全て無駄になる」
「嫌だね」意外にも、彼女の拒否はきっぱりとしていた。
「アタシは戦士だ。メッセンジャーじゃない。それに、マモルの護衛する役割を与えたのは、あんた自身じゃないか。
どのみち、トラッシュレインへの道は閉ざされてる。アタシがエレベーターを、壊しちゃったもの!」
護衛の飛行機のうち一機が向かってくる。低いうなり声のようなエンジン音。ゆるいが速い降下だ。
ダダダ、と撃って、しぼんで横たわっていた気球にいくつもの穴を空けた。飛行機はすぐに旋回し、もとの空まで引き返し、ルーチンワークに戻った。
俺らを見つけたわけではなく、とりあえず不審なものを撃って確かめてみた、そんな感じだった。
「連中、僕らが気球にのってやってくるなんて、思ってもみないだろうな!」
クレナイの目の前の銃撃に感化されたような狂暴な笑顔は、すぐに収まる。
「だが、いつかはばれる。速やかにフロート・シェルを確保しよう。幸いあの辺りに重要なものが集まっている。フロート・シェルに、時空転移装置の入り口、概念鎧発電の制御室。少ない人数で守るほうにとっちゃ、好都合だ」




