21 アトミック様
二十一世紀が始まって間もなくの頃、人類は自分たちがけじめのない戦争を続けていることに気がついた。
それまで歴史の教科書に扱われていたような戦争は、宣戦布告や軍隊の国境突破から始まり、軍隊同士が何度か会戦をして、その後講和や降服が行われて戦争が終結するという、始まりと終りが誰にでもわかる形であった。
21世紀になって起こった「テロとの戦い」と称するゲリラや民兵との戦闘は、始まりも、経過も、終わりもわからなかった。
いつの間にか始まり、敵がよく見えないため経過も判然とせず、一つの戦いが収まったと思ったら、それは戦闘が違う場所に移ったにすぎなかった。心臓の鼓動のように、戦闘が強くなったり弱くなったりすることはあっても、けっして終わることはなかった。
そして、それとは無関係に見える紛争や領土争いが、実は裏でつながっているというのも、おぼろげながらも理解され始めていた。
以前の友好国は不倶戴天の敵になり、単なる隣国は半永久的な仮想敵となる。ほとんど交流のなかった国同士も、潜在敵国としていがみ合うようになった。
また、人間社会の悲しい事実の一つとして、前々からの敵は敵のままであった。「昨日の敵は今日の友」、「敵の敵は味方」という発想は、現実社会ではあまり起こらない。
人々が敵対している原因は、社会的なものだったり宗教的なものだったり資源や領土争いだったりして、知恵ある人間が自覚的に動いただけでは、どうしようもないものがほとんどだった。
西暦二〇二〇年。どこから、「本格的な戦争」が始まったのか定かではない。おそらく世界各地の紛争地から同時多発的に起こり、ドミノ倒しのように全面戦争に発展したのだろうと推測されている。
半年ほどしてこれまでの通常兵器(戦車、戦闘機、戦闘艦など)に加え、限定的だが核兵器も使用される。ついには、SFやファンタジーから出てきたとしか思えない特殊兵器も戦場に姿をあらわした。
それまで試作段階にあったレールガンは、弾薬に劣化ウラン弾を採用することによって、それまでの火薬の大砲を使う戦車を数千メートル離れたところから撃破する。
当初、戦車や戦闘機の絶好の的であった人が乗るタイプのロボットは、その機動力を生かして敵の後方へと密かに潜入し、毒ガスなどを撒くことで一定の戦果を収める。
『西暦二〇二二年、三月二二日、世界標準時二時二三分三三秒・・・』
ナレーションの言葉と共に、空から何かが降ってくる。空色をしていて、大きさはわからないものの、かなり大きいものだと直感した。
『戦争原因の根本的な解決のため、ある計画が実行されました』
はじけるように、その何かが炸裂した。
空いっぱいに広がるように、光の波動が走る。ふりそそぐ太陽光線を可視化させたかごとく、無限とも思われる光りの線が地上を雨のように刺す。
ナレーションは厳かに告げる。
『この新型の原子力兵器、通称〈Mr.Mk1(マーク1)〉の光には、戦争による化石燃料の乱用で地球上に増えすぎた二酸化炭素、一酸化炭素、その他重金属を人体に固着させ、石像のように変える機能がありました。これによって、大気中からそれらの物質が減り、ついでに生きた人間も減らすことによって、戦争と環境破壊が止められる、画期的とされた計画だったのです・・・』
映像は茶色く変色し、半裸でヒトを襲うヒトの姿に代わる。
『ところが、この『シャイン・ライン』と呼ばれる光りには、理性をつかさどる大脳新皮質を破壊する効力もありました。石になることをまぬがれた人間のうち、こうして脳を破壊されたものの成れの果てが〈蛮族〉です』
たくみにぼかしているものの、蛮族が人を襲ったり食べたりしている様子が映し出される。
「あ、あれ・・・」と思わず俺は声を上げる。人の崩壊を描きつつある天井いっぱいの画面に、ただの人間とは異なるものが現れたからだ。
長耳族だった。
長耳族の、俺とそんなに年の変わらない男女が、戦っている。
『シャインラインから百年以内に、減った人口を補うため、既存の人類より「優れた存在」として、新しい人類が人工的に製造されるようになっていました。
次の場面では、長耳族の少年が、明らかに長耳族のためにこしらえられた独特のヘッドホンをつけて、潜水艦のソナー室に勤務している。
『年端のいかない彼ら彼女らは、救国の精神に支えられ勇敢に戦い、ほとんど故郷に帰ってくることができなかったのです』
次の場面では竜人が出ていた。カトレアと同じように竜化して、敵をなぎ払っていく。その背後にはミーアに似た猫人がいる。
猫人の少女が、魔法としか説明仕様のない緑に輝く力を、敵にぶつけている。そのわきを竜人と戦車が突進して行く。
「おお、おお」とマステドウが感動した声を上げている。まるで、探していた大切なものが見つかったかのように。
カトレアもじっと、先祖たちの成り行きを見守っている。
『各少年少女は、役割によってエルフ、ズメウ、マオルフと呼ばれました。
ズメウは接近戦に、マオルフは索敵と短期未来予知に、そしてエルフはソソを用いた魔術戦に、それぞれ特化していました』
やがて、長耳、竜人、猫人、三人のニューカムの少女が、あの緑の幽霊たちが発するのと同じ粒子を身にまとい、それを中空に結集させて、巨大な人型兵器に向かって放つ。人型は腕を脱落させ、撃破される。
神々しささえ感じられる映像だった。
『そして、この三種類が集まったときに発せられる重魔法は、おそるべき威力を持つものとして、敵からも味方からも恐れられたのです』
感動は不意に、画面いっぱいに映された青空で沈黙させられる。――ただの青空なのに不気味で、映画の「リング」で突如出てくる井戸を思わせた。
「アトミック様は二つあった」アニキの何でもない風だ。「映像は、北半球で使われたほうだ」
すぐに広い海が映しだされた。静かで波が立つ、たぶん外洋だろう。
「この作戦の発案者は、悪魔的に頭がよかった」不気味な静けさのしばらく続く映像の中、アニキの声。「それまで核兵器というものは、人間の住む都市や部隊の上に落とされていた。人間を殺す兵器なのだから、それが当然の発想だ。しかし、この時は違った。――海に落として、海底で炸裂するように時間をセットしたのだ」
落ちてくるものは見えなかった。しかし、確かに何かが海に落ち、炸裂したのだ。
海の柱だった。ものすごい遠くで起こった水柱が、すぐにカメラのところまで来て、映像を途切れさせた。
画面は違う場面を撮ったところに変わる。正面、覆いかぶさるような黒い大津波。波が画面にぶつかったとき、また途切れる。
次の画面は、石油コンビナートの火災で出るような煤に覆われ、わずかしか見えない太陽に、あらゆる災害で荒廃した大地。カラー画像なのに、黒い雨がふりそそいでいるせいで、昔の空襲で焼け落ちた町のように白黒だ。
『これで、持ち直していた文明と人口は、完全に打倒されました』
そして、それでも戦争をやめないらしい生き残った人類が動かす、なけなしの戦車や徒歩で歩く兵隊たちが映される。そして燃料のため、あるいは暖を取るために、ハンマーで破壊される人炭たち。
おびただしい数の人形のような死体。
しぶとく生き残ったらしい蛮族が、それに群がっている。
それらが静かに、画面の奥へと消えていったとき、その場の誰もが(アニキでさえも)「やっと終わった」と安堵するのがわかった。
最後に、アナウンサーの声が流れる。
『この映像を発掘する宇宙人、あるいはのちの地球で再び進化した知的生命体に、ぜひお伝えしておきたいことがあります』
平静に文を読み上げるよう訓練させられているアナウンサーの声が、ふるえている。
『これが地質年代第四期に繁栄し、急速に地上から姿を消しつつあるホモ・サピエンスの滅亡した理由です。自分たちの生存した証しとして、また理性ある知的生命体の証明として、このことから教訓を引き出して欲しく、制作者一同、これを制作する次第です・・・』
「人類が作った、最後の映像番組だ」
照明が点き、アニキが解説する。「のちにあなたがたがアトミックの降臨と呼ぶ事件から20年もたつと、テレビの文化はほぼ消滅した。電力が限られていたし、家電製品のほとんどが兵器に転用するため没収されていた。そもそも今や人類の半数を占めるようになった蛮族が、テレビみたいな高尚なものを解すわけがない」
カトレアは泣いていた。怖さとむなしさで泣いているのかと思ったら、――うれし泣きだった。
「うんうん、ごめんな、こんなところで不謹慎だと思うんだけど・・・」
「・・・嫌いな人間が衰退した理由が知れて、うれしいのか?」
「そんなくだらない理由じゃない!」うれしがりながら泣き顔で怒る、不思議な表情。
「わからないのかマモル? アタシらニューカムは、蛮族と同じじゃないんだ! 人減戦争で戦った、誇り高き戦士たちの末裔なんだ! アトミックでケガレタ一族じゃないんだ!」
「そろそろ二人とも、会話に加わらないか?」アニキがこちらを向いていた。「うまくいけば今夜のこの話し合いだけで、長く続く戦いの集結とニューカムの生存、今後のヒト全体の未来、そして私とおまえの和解が、相成るかもしれない」
「いつから気づいていた?」俺は聞いた。
「私はね、のちの人々が〈人減戦争〉と呼ぶ戦争で長く兵士として奉職した。様々な兵器や道具を見てきた」
アニキの鎧の一部が光り、赤く塗られたヒト型の影が二つ、浮かび上がる。一つは竜人、一つは概念鎧の形。・・・俺とカトレアだ。
「鎧に赤外線センサをつけるよう進化させるなど、朝飯前だ」
「カトレア」クレナイが呼びかける。静かな声だったが、どうしようもない絶望と怒りが伝わってきた。「鎧の古代人と行動を共にしたらしいとは聞いていたが、まさかこんなところで会うとはな? 一つ聞くが、鎧ともども神ナズに降服したのか?」
「アタシは・・・」言いよどむ。
「いや、俺が連れてきたんだ」俺は大声。「カトレアは神ナズに投降しようとする俺を止めようとした。戦いになって俺が勝って、――戦利品として連れてきた」ウソは言っていない。
「ふん、それで角が欠けているんだな・・・」クレナイは目を細める。
「それでカトレア、隷属したとはいえ、まだニューカムやトウのために戦う気概はあるか?」
クレナイは俺のことなど眼中にない。・・・なぜだ? 激怒してもおかしくないことを言ったはずだが。
「もちろん」カトレアは即答。
「ならば、降りてこちらに来てくれ。・・・戦士のカトレアがここにいるとは、まさにアトミックの天啓か」
マステドウが罪悪感にかられた顔をしてうつむいた。市長は平然としている。アニキの横にいる将校は、本当にさりげなくだがピストル入れの留め金をはずし、アニキ自体は笑顔だ。
なんだ、この空気は?
「おまえは夜は動けないのかな?」アニキが俺に。「この場まで負ぶっていってやろうか?」
「いらん」冗談ではない。「ここからでも声は聞こえる。俺にだって、鎧の外の音をよく聞く機能ぐらいついている」
「しばらくしたら、こいつのおかげで動けるようになるだろう」アニキは天井の照明を指さす。「太陽とほぼ同じ波長の光だ」
カトレアがみんなの前に降り立った。翼で滑空したのだ。
「カトレア」不意にクレナイがサーベルを抜く。素晴らしい速さで光を弾き、正眼で構えてなお、にぶく光り続ける。
剣を向けられたのは、市長とマステドウ。
「こいつらは百年にわたる裏切りの加担者だ。この場で処刑してよい大罪人だ。協力してくれ」
「ちょ、ちょっと待って」当然カトレアは狼狽。「どうして、気でも狂ったのか? 七〇年近く市直属の学者を務めた先生と、その市長さんじゃないか!」
「そもそも僕は、そこの神ナズの鎧が提案した我々の奴隷化を、切って捨てるためにここに来たのだが・・・」
アニキの隣の将校が、すでにピストルを抜いている。昔のカウボーイ持つみたいな、古めかしい形のリボルバー拳銃だ。アンクルサムの方は、ニヤニヤしたまま後ろに下がった。
「なんのことはない、百年前にとっくに、戦争は終結していたんだ! そして後の、僕やカトレアが必死になって戦った戦いは、ただ神ナズのやつらが人炭を消費するための『経済活動』に過ぎなかったんだ!」
クレナイの目から水の筋がつたった。
「百年前に、本来の首都だったセント・ダイが陥とされたとき、すでに講和が成っていたんだ! その後の毎年一定数、ニューカムを戦争に見せかけた戦闘で殺させることと引き換えに、トウの国は存続させるっていう従属の条約がね!」
「経済活動というのは語弊があるね、少年!」アニキだ。「たしかに人炭の使用はビジネスにもつながるが、本来の目的はそうじゃない。人炭を燃やすことによって大気中の一酸化窒素と二酸化炭素濃度を上げ、オゾン層を破壊し温室効果を高めることによって、氷河期を暖かくしようという作戦だ」
「毎年、夏の終わりのこの時期、来年のニューカムの殺害数をお互いの指導者階級で話し合うのが恒例行事だ」
アニキは飄々(ひょうひょう)と言ってのけた。
「それは私が発掘されるよりもずっと前、そこのマステドウ女史が生まれるよりもまだ前に決まったことだ」
「ワタクシが、その最初の条約の、神ナズ側の代表者の一人でした」ずっと沈黙だった、神ナズ側の背の低い老人が口を開く。俺は気づく、彼の耳が長いことを。
「ご存知の通り、ニューカムは数が少なく、技術的にも劣っている。ニューカムの居場所であるトウ連合を守るには、このような苦肉の策しかありませんでした」
おそらく百年以上を生きたであろう老人がうなだれている。ニューカム排除を唱える神ナズに、ニューカムを殺す条約の代表者として参加するのはいかなる気持ちだっただろうか? 俺はちょっと同情して、やがてその恐ろしさに気づき身震いした。
「神ナズとしては」いつでも冷静なアニキだ。「人炭燃焼によるオゾン層の破壊と、ニューカムを存続させることによって敵を作り、国内の統一を図る、いい事ずくめの条約だった」
「ところが、現実はもっときびしいんじゃ」疲れ、しょぼしょぼした瞳のマステドウ。「今の疲弊した人類の人炭の消費量じゃ、とても地球のオゾン層修復システムに追いつかんし、氷河期を暖かくするなんぞ絶望的じゃ」
「事実、神ナズ本国も年々気温が下がってきておる。作物は取れなくなり、ワタクシら神ナズ所属の学者はあと百年で人口が現在の4割にまで減ると推測した。
そこで、迷信深い民衆からこんな声が起こる。『氷河期が来ているのはニューカムがいまだ地上に存在しているからだ。ニューカムを殺せばアトミック様がお喜びになり、きっと地球は暖かくなる』と――」
「バカバカしい」俺は言い捨てた。だって、そうだろう?「そんなこと言うやつら、放っておけばいい!」
「そうはいかないのじゃ、若い鎧の古代人よ。神ナズは偉大なる父祖の一つアメリカ合衆国を手本にして、民主制じゃ。民衆の意見は尊重されねば成らん。――でないと不満から国が滅びる」
「そんな国、滅びればいい」
「それはダメだ、弟よ」アニキの俺を見るようで虚空を見る瞳。「もっと巨視的に物事を見なければいけない。多数の発掘された機械を持ち、Sex牧場を成功させている神ナズが滅ぶと、人類全体の生存が立ち行かなくなる」
「なんだよ、それ・・・」みんなでヒト殺しをしたいのか?
「しかし、トウとしては、徹底抗戦をすることに変わりはない」クレナイがサーベルを両手に、剣士独特のにじり寄る足取り。「それにはまず、百年の屈辱のうち十数年分加担している、この二人を切り捨ててからだ」
大上段に切りかかる。俺に止める能力はなく、叫ぶ間さえない。マステドウがぎゅっと、イタズラしてぶたれる子どものように身を縮め目をつむった。
振り上げた剣はカトレアの竜化した腕につかまれる。クレナイが大きくのけぞった。
「貴様!」今にもふり払って、かえす刀で切りかからんとするようない剣幕。カトレアはぐっと腕を放さない。
「クレナイ、あんたは仲間を切り捨てるために、ずっと古代の剣術の訓練を積んできたのかい? それに市長さんは、・・・あんたのお父さんじゃないか」
「義理のな」ゆるく捻じって、竜の腕から剣を抜く。ひとまず、すぐに切りかかる様子はない。
「もっとも今では敵よりも憎い」
「もう少し、大人になったほうがいいよ」市長がぽつりとつぶやいた。家族ではない俺でさえ、腹が立つ言い方だった。
「それでだ、弟よ」アニキはなぜか俺に話しかける。「この虐殺を止める、たった一つの方法があるのだが――」
「トウの住民全ての奴隷化だろう」クレナイ。「神ナズではかつてのアメリカと同じく、私有財産は厳密に保障される。もし奴隷として、この古代人の個人的な所有物になったら・・・」
「命の危険は去る、ってわけね」カトレアはまだ竜化をとかない。「アタシはゴメンこうむるね。この翼にかけて、アタシは不自由でも自由がいい」
「クレナイくん、神ナズの法律では、君は奴隷にならなくてもよい」
アニキの理路整然とした言葉。「普通の人間だからね。それどころか貴族の身分のまま、神ナズの支配者階級に加えることもできるだろう。神聖ローマ帝国の名の由来になった古代ローマ帝国は、征服した民族をこうやって同化していった。私も、そうなるよう根回しは惜しまない」
「ふん。このクレナイ・ケン。もし貴族であるおまえが自決するのなら、他の民の命は助けてやろうという提案なら、心動いたかもしれん」
クレナイが大口をあけた。「しかし、自分だけぬくぬくとよい暮らしをして、民が奴隷になるなんぞ、言語道断! 馬車馬になって、牧場の草を食んでいた方がまだマシだ!」
見事な啖呵だった。けど、ますますうつむくマステドウが気の毒だった。明らかに自分を恥じている。けど、かなり程度の考えた上でやってきたことだから自信もある、そうゆう複雑な表情だった。
「どうせ、全ては無駄なんじゃ・・・」絶望ゆえの静かな自信。「今の人類じゃ、どうあがいても氷河期は越えられん。滅ぶのが三〇年か四〇早くなったり遅くなったりするにすぎん。地球の歴史から考えれば、またたきほどの時間もない一瞬じゃ」
市長は腕組みをして、表情一つ変えずに黙っていた。アニキが、クレナイの義父たる市長に視線を向ける。
ホシ・ツガルは、視線で意見を求められていることにとっくに気づいるはずだった。彼は目を伏せて、深く考え込んでいた。まるで、小さいころ見た洞窟の中の暗がりを、思い出しているみたいな表情だった。
「トラッシュレイン市長のお考えを、今一度お聞かせ願う」アニキがうながす。
市長は黙っている。
「息子さんに何か言うことはないのですか?」鎧は、少し前に動いただけで威圧感がある。
マステドウも市長を見た。彼は表情を変えない。
「あなたは、息子の失言をいさめる立場にありますよ!」神ナズの司令官が声を荒げた。
彼はぽつりと、
「最後ぐらい、騙していた息子に罪滅ぼししておくかな」と言った。「本当に久しぶりに、意見が一致したし」
「バカめ! 自分から炎に飛び込みおった!」アンクルサムがさもおかしいと言わんばかりに叫んだ。
「それは全てを破棄すると捉えてよろしいですかな?」アニキは少し下がる。誰も何も言わないから、それは『肯定』と受け止められた。
「君らは外交使節だ。この場で命はとらないし、ちゃんと今日の宿も保障しよう。しかし明日の朝一番で、このトウリアから出て行っていただく」
俺はずっと考えていたことをここで言うべきだと思った。このまま、この集まりをお開きにするわけにはいかない。
「おじいさん!」神ナズの長耳族に提案する。「今流れたブルーレイを、神ナズ本国の人に見せましょう! ニューカムはケガレタ種族じゃないという強力な証拠だ。もしかしたら差別が・・・」
「ワタクシにはできんよ」おじいさんは耳を伏せる。動き方は似ていないけど、ツバメがそうしたときの様子を思い出させた。
「古代ローマ帝国の格言にもある。『民衆は信じたいと思うことを信じる』。それにワタクシは百年も前に捕虜になり、運よく神ナズにやとわれた学者。いわば合衆国臣民の税金で食べさせてもらっておる。――民衆の不安を煽り立てるようなことは、言うわけにはいかんのじゃ」
「あんた、毒されてるよ」はっきりと言ってやった。
「そうじゃな。古代人としゃべって楽しいところは、毒されていないところじゃな」
彼は一瞬弱い笑みを浮かべたけど、次には力強く言った。
「――若き古代人よ。自分の選択に自信を持ちなされ。たとえまちがっていても、ワタクシら未来人に新たな活力を与えるというところで、あなたは絶対に正しいことをするのじゃ」
「それは・・・」俺はうなるようにたずねた。
「本当にやりたいことをやって、生きるということをこの〈詰んだ世界〉に示してくれ」
予想外のところで、予想もしていなかったはげましをもらった。
「世の中は、あまりうまくいかないものらしい」アニキが、なんでもないことのように当たり前のことを言った。「古代の記録を見せれば、現代を痛感して、私への隷属もやむなしと考えてくれると期待したが・・・ まあ、今日という日は、肉親が戻ってきてくれただけでよしとするか」
洗練された鎧のアニキはあまり洗練されていない鎧に声をかける。
「マモル、私とおまえは、仲違いしないでおこうな」
この場の全員の視線が、俺に集まるのにすぐ気がついた。
鎧は、正面とわきの下のところで微妙に湾曲しているから、まったく何もないクリアな視界が得られるわけではない。事実、端にあるブルーレイの再生機や、市長の胴体の部分が、微妙にゆがんで見えている。
けれど、その場の、息を断つような空気は肌で感じていた。
俺は、自分の意見を求められている。俺とアニキはもちろん同じ鎧の古代人で、肉親同士ですらあるが、明らかにクレナイとカトレアの友人でもある。だから、俺には発言が求められている。みんなに期待されているのはなんだろうか?
アニキが期待する事は、クレナイやカトレアと決別する言葉だろう。クレナイからしたら、俺がこの場で暴れたりしないで自重することか。・・・カトレアは、前に言った「例え神ナズに下ってもトラッシュレインのみんな傷つけない」の約束を果たすことを願っているに違いない。
だけど、俺は、本当にやりたいことをやれ、と言われてしまっていた。俺のやりたいことはなにか?
やりたくないことは、はっきりしている。
戦うこと、殺すこと、殺されること。これらが、したくもやりたくもないことだ。やりたいことは一つ。俺が復活して以来の悲願――鎧を脱ぐことだ。
これらを手っ取り早く実現するには、アニキのところの客人になるのが、一番の近道だろう。客を戦闘に送りはしないだろうし、鎧を脱ぐ方法は、そこでじっくり捜せばいいのだ。
けれど、俺は、もう一つやりたいことがある。――ケンカした相手との、仲直りだ。
「クレナイ、一度は離れた身だけど・・・ やっぱりこの世界ではトウの人々といっしょに過ごしたい」
俺は、生まれて初めて、思い切ったお願いをした。
「もう一度、仲間に加えてくれないか?」
クレナイは一瞬黙って、そしてうめいた。「・・・僕らは、『二体』の概念鎧を相手にしないでいいのか・・・?」
カトレアははっとした表情をたっぷり数秒続けてから、ぱっと笑顔になった。
「クレナイ、アタシからも頼むよ」
カトレアも口を開く。「騙していたアタシらに、協力をしてくれるんだぜ?」
「いや、しかし・・・ どうして・・・ その理由は?」
「ツバメやカトレアのこと、仲間だと思っているから」俺は答えた。「もちろん、あんたが望むなら、あんたも仲間に加えてもいい」
今、思い出していた。俺が本屋の後で奇跡的に見つけたマンガの主人公は、こんなセリフを言っていたのだ。
『俺が思う限り、仲間は仲間だ!』
「バカな!」クレナイは叫んだ。
一瞬残念に思ったけど、それは俺の思い違いだった。
「仲間かそうでないかを決めるのは、貴族である僕の役目だ!」
もし、と、氷河期の貴族は言葉を発した。
「・・・もし、騙されたうっぷんを晴らさないと約束するなら、仲間に加えてもいい」
「クレナイ! そりゃ、ちょっと失礼だよ」
「うるさいな、貴族として、民衆の安全を第一に計るのは当然だろう!」
俺は、肩を強ばらせているようにも落としているようにも見えるアニキと向かい合った。
「悪いなアニキ。別に積極的に敵対するつもりはない。あんたはあんたのレフュージアを作ればいい。俺は・・・ 俺と共にいる人と、レフュージアを作る」
ただ、挑まれれば戦うと、釘を刺してやった。
「おまえは」鎧の司令官が、言葉を紡ぐ。「おまえは、母さんと姉さんだけでなく、私にまでも危害を加えるのか?」
「母さんとアネキのことは、『戦争』じゃないか」
こんな言い方、以前の俺ならできなかった。ふてぶてしさが身についたみたいだ。
「待てマモル」アニキが珍しく、狼狽を混ぜた口調。「本当に行くのか? やめておいたほうがいいぞ」
「俺はアニキの弟だぜ?」不思議なほど、穏やかな心持ちだった。以前なら優秀なアニキの弟であることに、ちょっぴり引け目を感じていたのに。
「一度決めたことを、早々ひるがえしたりはしない」
「そうか、そのおまえの姿勢は、大変立派だ。しかし忘れてるんじゃないか? ――私は〈ウミ〉を抜く方法を知っているぞ? 知りたくはないのか?」
本当に、自分が溺死へのカウントダウン状態であることを、完全に失念していた。
そうなのだ。火急の問題は、鎧を脱ぐことではない。――ウミを抜くことなのだ。
俺は、
「そんなことどうでもいい」
なんて見栄、仲間の前でも言えなかった。




