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一万ニ千年後のレフュージア  作者: 上日 ゆうじ
21/28

20 人工=兵力=存続

 中はぱっと見、のどかな風景だった。

 緑豊かな牧場(まきば)に、貴重品である木材をふんだんに使ったバンガロー、つる植物をたくみに組み合わせた林や、ちょっとした湖さえも作られている。

 足元に、野菜化していない小さなタンポポが生えているのを見つけて、感動さえ覚えた。久しぶりに見た、よく知る雑草だった。

 ここはかつての平和な牧場を、限りなく近い形で再現しているのだ。

 そののどかな光景の中を、不穏な影が横切った。

 裸の男が、同じく裸の女を追いかけているのだ。

 それは異様な光景だった。女の方はまるで野生動物のように、言葉にならないうなり声で逃げていくし、男の方はかろうじて言葉とわかるうめき声を上げて、必死に追いかける。

 やがて女が、つる植物を束ねて木のように造形している植物に手をつくと、追ってきた男と幹越しに向かい合い、逃げるのかふざけているのかわからないフェイントのような動きで右に行ったり左から顔をのぞかせたりする。ついに何度目かで男に組み伏せられると、そのまま男女の営みが始まる。

 一瞬、気が遠くなった。何をやっているのかはわかるのに、何をしているのかはわからない。

 気がつくとあちこちで、男女がまぐわっているのが見えた。

 芝生の上で、起伏の影で、湖のかたわらで。

 まったくエロくなかった。まるで人の形をした動物の交尾を見ているようで、俺の中の男の部分に訴えかけるものは何もなかった。

 ただ人として培われた理性が、「これは異常だ」と告げていた。

「数百年前、神ナズは女性の家畜化に成功した」

 アニキは学術論文の発表のように厳かに語り始める。

「これは人口の維持という観点から極めて有効だった。それまでは恋愛にしろ、お見合いにしろ、許婚(いいなずけ)の習慣にしろ、常に男女の『情』という不確定要素が入り込む、社会制度としては不完全なものだった」

 トウと同じく寒冷、蛮族、テンタクル・クラウドに悩まされていた神ナズは、これによって死者数をはるかに越える多産を実現させ、国を発展させた。

「人口が多いということは、農業生産力が上がるし、兵士の数も増えるということだ」

 神ナズはかつて人間が牛や豚にやったように、慎重に女性を選抜、育成した。これによって病気に強く多産で、従順な女性が年ごとに生み出されていった。

 そして増えた生産力と兵力を元に周りの国を席巻、併合した地域に同じような牧場を作る。そこの女性も「品種改良」に用い、倍々に人口を増やす。国力の増強と他国への侵攻をますます繰り返す。

 七十年ほどで、諸国に分裂していた北アメリカ大陸を統一した。

「石油機文明時代に、伝統的な牧畜が、高度にシステム化された大規模畜産業に敗れたのと同じ項図だ」

 このシステムはもう一つの効能を生み出した。

 女性に教育を施す必要がなくなったので税金や資源が浮き、その分を体力や脳の容量に優れた男に投資することができた。

 古代の機械の発掘が増え、必然的に軍備も増強され、その軍事技術が民間にもフィードバックされた。

 また子どもの養育が完全に専門家や職業人の手にゆだねられたため、それまでの時代にしばしばあった児童虐待や、母親が原因のひきこもりやマザコンなどの精神不安定、不注意から来る事故もほとんどなくなった。

「このSex牧場は、神聖ナチズム合衆国の礎の一つだ」

 ぼう然とする俺の目の前を、明らかに必死に逃げている女性が見えた。長い間、裸でこの広い牧場で暮らした人らしく、体格はたくましく走り方も俊敏だ。

 追われる子ジカのような表情で、子ヤギのような声を上げながら、なだらかな丘となったところを走ってゆく。その後ろには、同じく裸の男数人。――走力では男に敵わない。追いつかれるのも時間の問題だ。

「女性の気持ちはどうなるんだ?」俺は誰しもが出てくるであろう疑問を口にする。

「そもそもその人間らしい気持ちが、ほとんどない。彼女らは感受性が育たないように慎重に育てるし、言葉さえ教えない。存在しないものを、傷つけることはない」

 丘の裏手から、あの女性の悲鳴が上がった。

「家畜にも、いろいろ個性はある。今日は『したくない』気分だったのだろう」

「こんなのを俺に見せて、あんたは何が言いたいんだ!」

 鎧と自分の鼓膜を、突き破れそうな声だった。「こんな――」

「憤ったか?」とても優しい声だったので、思わずぐうの音が出たほどだった。「それでこそ我が弟だ。私もこれが絶対に正しいとは思っていない。いつもここにくると胸のむかつきが起こる」

「なら――」

「マモル、もう一度彼女たちを見てみろ」

 あちこちにいる女性たちは男に押さえつけられ、うめいたり、大声を上げたりしている。だからどうしたというのか。

「彼女らは、ここから逃げようとしない」

 なるほど、と納得してしまった。アニキの理屈が読み取れたからだ。

「もちろん柵はあるし、見張りもいるが、誰一人本気で逃げ出そうとしない。牧場の牛や羊と同じでね。――ここにしか生きる場所がない事を、彼女らにも本能的にわかっているのだ」

 丘の裏手から、はげしく抵抗する声が聞こえてくる。しかし彼女でさえも、これまであったであろう脱走の機会を、活かさなかった。

「およそ哺乳類のメスは、子どもを生むことが本能だ。男という繁殖相手にこと欠かないこの牧場は、ある意味ではエデンの園なのかもしれないな」

 俺は、理屈は通ってるとは内心では認めたものの、とにかく一刻も早くこの場を放れたかった。だって、これはあんまりだ。

 俺は中坊のような、手と手が触れ合うだけで満足な純愛思考のお子様ではないが、それでも、愛し愛されにはそこそこの憧れがあった。

 ここは、それを、人炭を砕くように破壊してしまう。

「最終的には、ニューカムの女性も『ここ』に加えて、雑種を作りたい」

 まるで、頑丈な合金を作るような口調だった。

「そんなの、可愛そうすぎるだろ」俺は思わず、ツバメやカトレアがこの場に投げ込まれた様子を想像してしまった。頭を振った。

「しかし、混血すれば差別はなくなる。やがて世代が進み、親も、兄弟も、友も、自分自身も、雑種になってしまえば、差別は起こりえない!」

 俺は、アニキに対して生涯苦手意識を持ち続けるだろうと確信した。

 彼はまちがっていない、彼は正論なのだ、例え踏み外しているように見えても、ちゃんと理屈を通し、しかもその理屈どおりに自らを律する、そんな男だ。

 そういえば以前、アニキの何人目かの彼女と、彼について話したことがあった。具体的内容は忘れてしまったけど、これだけは覚えていることがある。

 彼女いわく、「あの人は頭が良すぎて、不幸になる人」

「おい弟よ、あの男が見えるか?」

 見ると裸の男がうなだれて、出口を目指して歩いている。足が不自由なのが明らかで、ひきずっている。

「おまえにぜひ会わせたい男だ。つきあってくれるよな?」


「ハイホー!」と不自由な足ながらも男は片手を上げた。すっぱだかで、まったくさまになっていなかった。股の間から揺れるもんが、ぶらんぶらと揺れていた。

「ハイホ」アニキも短く返す。男が少し身じろいだ。アニキは鎧だからでかいので、普通の人間からしたら手を振り上げる動作はちょっと怖いのだろう。

「どうした、不首尾か?」

 アニキは問う。しかし男は、俺のほうをちらちらと見るのにかまけている。

「脚は大丈夫か?」アニキがもう一度聞く。

「え、ええ、おかげさまで。でも、医者の話じゃ、もう走ったりすることは・・・」

「名誉の負傷だ。負傷者手当てがもらえるし、君の腕前なら、戦車学校の教官に転属できるかも知れんぞ」

「でも、女には逃げられます」うつむいて、歯噛みをする。「あいつら家畜なりに頭があるから、脚の悪い男なんぞに素直に捕まってくれませんぜ。子どもが作れないのなら、例えお給金をもらっても――」

「それは、あんたが所属する神ナズに原因があると思うぜ」俺は物申すつもりで、ややずけずけと声を出した。だってそうだろ? あんなショックな光景、気が立つものだ。

「もし女性を家畜なんかにせず、ちゃんと人として育てていれば、脚の悪いあんたを気づかう人もきっと生ま――」

「なんだと! 貴様が悪いんじゃないか!」話の途中で真っ赤になり、叫ぶ。不自由な足を引きずって、鎧の俺にくってかかる。

「貴様がトラッシュレインで体当たりした戦車に、オレは乗っていたんだ! ちょうど砲手をやってて、体当たりされたとき世界が回転して、砲弾ラックがはずれて足に――」

 何一つ言えなかった。この世界はあまりにも・・・ そう、あまりにも俺が犯したくもない罪を犯し続ける世界だ・・・

「その彼は今日、我々の友人になった」アニキのはげますような声。「今までのことは水に流せ。おまえの放った砲弾も彼に命中して、〈ウミ〉を作ったのだ。いわば痛みわけだ』

「けれど、ウミは抜けます」

「まっとうな古代人なら、『ウミを抜く』のには罪悪感を覚える。その罪悪感を覚えさせるということだけでは、腹は収まらないかな?」

「オレには、もはやどうでもいいことです。誰を殺しても、誰を恨んでも、脚は治りませんので」

 砲手は裸でふらふらと、例のバンガローみたいな建物に歩いていった。

「この世界はあきらめの感情で支配されている」

 アニキの声は、喋る電卓みたいだった。

「二百年以内に食糧の生産が落ち込んで社会が維持できなくなるのは庶民にも知られていることだし、その諦念に引きずられるように、投げ槍のものが多い。彼らはもはや希望を抱けない」

 俺の方へ、期待を込めた笑みを見せた。

「――我々古代人こそが、ふんばらなければならないときなのだ」

 カトレアの悲鳴が聞こえたのはそのときだった。

「離せ! アタシはここの司令官の弟の持ち物だぞ! ――マモル、マモル、来てくれ!」


 囲まれ、あちこち擦り傷を作っているカトレアが、翼をつかまれ、今まさにナイフで切り取られようとしていた。組み伏せる男は四人、いずれも他の兵隊とは少し違う、中世ヨーロッパの貴族みたいなひらひらの肩章を身につけている。

 俺が「やめろ」といっても、「ああん?」といった感じでふりむいただけだった。しかしアニキが姿をあらわすと事情が違った。すぐに姿勢を正し「ハイホー!」と言いやがる。まったく、ハイホーが嫌いになりそうだ。

「どうした、何ごとか?」アニキがするどく問う。

「は、この生意気な竜人が反抗するので、思い知らせてやろうと思いました」

「違うんだ!」カトレアが必死にわめく。「どこからか石を投げられたんだ。それで、出て来い! ってタンカを切ったら、『憲兵だ』とか言うこいつらがやってきて、殴ったり蹴ったりしてきたんだ! もし抵抗すれば捕虜にしているニューカムを殺す、なんて脅しまで言って!」

「君、所属と名前と階級は?」アニキは四人のうち、中心にいる人物に体を向ける。

「はあ、言わなければダメですか?」

「それが司令官で、しかも栄光の二十一世紀人に対する口の聞き方か? 所属と名前と階級は?」

 男はばつが悪そうに名乗った。後ろの三人もそれに倣う。

「彼女は我が弟の私有財産だ。たとえニューカムであっても、手出しは許さん」

 憲兵四人はそそくさと去ってゆく。

 それからカトレアに向かって「すまなかった」とわびた。

「私が迂闊(うかつ)だった。ニューカムを一人にしておくべきではなかったのだ。すぐに司令部に戻ろう」

「まったくだ。あんたらの兵士はガキか? 背後から石を投げるなんて――」

「待て、石を投げたのはトウ人かも知れないぞ」アニキはあいかわらずの真面目な声だ。「いかにも子どもがやりそうなことだし、この都市に神ナズの子どもはいない」

「まさか。なんでトウのヒトが、ニューカムに石を・・・」

「トウにいる全ての人間が、ニューカムに好意を持っているわけではあるまい」

 また正論だ。なにもこんな場面で、こんな面と向かって言わなくてもいいのに。

「はっきり言って我々の宣伝工作のおかげで、トウの人間にもアトミック教の原理主義が広がりつつある」

 追い撃ちをかけるような物言い。「私の経験では、特に反ニューカムでなかった人々も、宣伝という後押しさえあれば、簡単に異種族差別主義者になる。このような厳しい世界では、常に誰かを犠牲にしたいという欲求が、働くものだ」

「その宣伝に加担しているあんたが、よくもぬけぬけと」カトレアは憎悪と悔しさが混じった瞳。「あんたはマモルとまったく違うな。頭がいいのに道義心がない。これなら差別主義者の方がまだマシだね」

「そういうこと、あなたみたいな聡明なお嬢さんならきっと指摘してくると思っていたよ」

「なんなんだあんた」俺も言い放った。「そんなはぐらかし様な言い草じゃ、誰も納得しないぜ」

「だいたい、説得力もないよ」カトレア。「ダイバーランドでもそうだ。アタシらを助けたいと言いながら奴隷になれと言うし、そもそも助けるつもりなら、なぜトウリアを攻撃して陥落させた?」

「全ては我々のためだ」俺とカトレアをまっすぐ見る。

「トウリアに関しては、私の指揮で首都を陥れて、神ナズ上層部の信頼を勝ち得る必要があった。私自身の野望を達成するためにね」

「野望ぉ?」俺の声、ちょっと巻き舌ぎみになっていた。だが恥ずかしさは、ない。

「そう、野望だ」

 アニキはそのまま押し黙る。まるでこちらの反応をうかがうように、笑みをたたえる。

 俺もカトレアも口をつぐむ。しばし沈黙。

 気に入らないが、話の主導権はアニキにある。

「その野望、聞かせてもらおうか?」仕方なく、俺が聞く。

「そもそも私が『我々』と言うとき、古代人とそれに協力するヒトたちのことなのだが・・・」

 アニキは牧場を、ちらりとふりかえった。

「私はこの世界に古代人の支配を確立したい。統治者である古代人の下に、全てのヒトが平等である社会。過去を知り、新興宗教にも汚されていない我々には、上に立つ権利があると思うのだか、どうだろうか?」


 アニキはひとまず司令室に戻ることを主張した。

「まだ、部外者には聞かれたくない話だ」とのことだった。

 あいかわらず学校は、悠久のときを得てくたびれた様子をかもしだしていた。

 司令室はやはり最初に見たときのように、陰鬱な調子を帯びている。あの世界のほとんどが白い地図が、うす暗い部屋の中で自己主張していた。

「アタシにはあんたが、長い人炭化で脳がパッパラパーになったヒトにしか見えない」

 部屋に入るなり、口さがなくカトレアが切り出す。「聞かせてもらうよ、鎧の司令官さん。あんたたち古代人が、この世界を支配するにふさわしい具体的な理由をね」

「さっきも似たことを言ったが、古代人はこの世界によい意味で染まっていない」

 アニキは、概念鎧専用に作られたとしか思えない巨大なソファーに腰かける。絶妙な角度の背もたれが、きしむ音がした。

「戦争による憎悪、宗教による差別、慣習からくる迷信、それらみ全てから自由だ」

「なるほど、それらみんなに染まっている『劣った』アタシらを支配するのは、当然というわけか」

 カトレアが変身していない状態でも尖り気味の犬歯をむく。「たまたま生き返った古代人風情が、アタシらの気持ちも知らず、どんだけ上から目線なんだ?」

「当事者たちを外から見ることができる、客観的な人物と言っていただきたいものだ。石油機文明時代に、こんなことわざがあった。『負うた子に浅瀬を教わる』。例え未熟でも、上から眺めている者の方が進みやすい道を示せるということだ」

 やっぱり上から目線じゃねえか、と俺は思う。カトレアもそう考えたらしく、少し呆れた眼をしていた。

 アニキが、いびつな鉄の固まりようなものに火をつけた。

「古代でさえ貴重だった香木だ。この世界で最後のものかもしれない。気に入ってくれればよいが」

「それじゃ、仮に支配したとしよう」彼女は、漂ってきた煙をふり払うように手を動かす。

「アタシらの暮らしはどうなる? 気候が暖かくなって、食べ物がいっぱいあって、病気とテンタクル・クラウドが減って、戦争や差別もなくなるのかい? それなら、支配されるのを考えてやってもいいけど」

「気候は暖かくならないし、テンタクル・クラウドも減らないだろう。戦争や差別は、減りはするが、消えることはない」

 しかし、とカトレアが何かを言うのをさえぎって素早く答える。

「人類の生存の可能性は高まる。現代の人間もニューカムも、等しく古代人には敬意を払ってくれている。この二つの種族を、仲良くとまでは言わないものの一致させることができれば、襲いかかる氷河期、蛮族や野生動物、どうにかなると確信している」

 俺はずっとうつむいて、お香の煙を見ていた。今の状況について吟味したいが、情報量が多くて処理しきれず、頭がフリーズした状態だ。

 ただ、この情報をたくさん与えるのも、アニキの『手』の一つなんだろうなとは、おぼろげながら想像がついた。

「この煙、なんか変なもの入ってるんじゃないの?」カトレアが指さした。「これで、マモルをゲンワクしていないという証拠は?」

「お嬢さんは大丈夫なのかな?」

「アタシは、・・・悪いにおいじゃないことは認めるよ」

「世界で一つだけのものを使った甲斐があったよ」

「ふん。あんたもせいぜいいい香りを楽しんでいるんだろうな」

「はは。それほどでも」

 このとき俺は気づいた。

 このアロマ、カトレア一人のために焚いているのだ。概念鎧はにおいを通さない。

 アニキに敵わないと思うのは、こういうところだ。

「アニキの理屈には、一つ穴がある。」俺はアニキに内心圧倒されたのを、跳ね返すように言う。さっきから「古代人」と聞くたびに、思っていたことだ。

「仮に支配しようとするだろう? だけど、そもそも古代人の絶対数が足りない。今のところ生きている古代人を、俺はアニキしか見たことがないし、アニキだって同じ時代の知り合い、ほとんどいないんじゃないか?」

「案ずることはないよ、弟よ」自信を漂わせた声。「現在進行形で、古代人を増やそうとしているところだ」


 やってきたのは、俺が復活した機械「フロート・シェル」の前だった。

 何人かの技術者風の男と、人炭を運ぶ兵士が、教室の中でせわしなく動き回っている。

 フロート・シェルの中に人炭がセットされる。俺と同じ学生服を着た男だ。がしゃんと音がして、貝を立てたような機械が閉じられる。そして後ろに下がるように浮かび上がり、魔方陣の中央へ。

 まるで部屋のあちこちから音が鳴っているように、駆動音が幾重(いくえ)にも反響する。

 貝の中から硬いものが砕ける致命的な音がした。

 合わせ目から真っ黒な液体が滴り落ちた。

 貝がゆっくりと着地して、ぷしゅ、と開かれたとき、中からバラバラの人炭が出てくる。

「今ので六九五四体目の人炭でしたが・・・」白衣を着た学者風の技術者の報告。「なかなか成功しないものです」

 俺からすれば、男の簡潔な報告も、フロート・シェルの稼動も、正気の沙汰でない光景だった。

「アニキ、気は確かか?」心底からの疑問。「こんなのを、七千近く繰り返したのか? 人を砕いて殺すのと、まったく同じことだぞ?」

「しかしこれしか、速やかに人炭を人間に生き返らせる方法はない」簡潔な答え。「人炭とて風化はする。このまま朽ちてゆくか、生きる望みをかけて死の装置に入るか、おまえが人炭のままだったとしたらどちらを望む?」

 俺は反論も抗弁もできなかった。手を口で押さえるカトレアを見たので、声をかける。

「カトレアはどう思う? これは間違ってると思うか? それとも最もだと思うか?」

「アタシは・・・」自分の記憶に、目を伏せた。

「何も言う資格はない。マモルが生き返る直前、この部屋で敵に資源として渡さないために何人もの人炭を砕いたし、その前からずっと、暖房器具の燃料としてお世話になり続けた」

 六九五五人目の人炭が、またはかなく砕け散った。

「石油機文明が崩壊したとき、世界には七〇億とも八〇億とも言われる人類がいた」

 アニキの、ドキュメンタリーの解説のような声。「その多くは、その後の人類に燃料として消費されてしまっただろうが、まだたくさん地中や海の底に埋まっている。のぞみはある」

 この部屋を出たいと、俺は伝えた。

 居るに耐えられなかった。

「確かに、見て気持ちのいい光景ではないな」アニキは素直に認めた。「茶道室を使ってくれ。場所はわかるな? そこがおまえの新しい居場所だ」

 研究員がすばやく、人炭の破片を片付けている部屋を、俺も同じぐらい素早く後にしようとする。

「竜人のお嬢さん、少し待って欲しい」いっしょについて出ようとしたカトレアを、アニキが呼び止めた。

「話したいことがある。時間をいただけないだろうか?」

「弟にじゃなく、アタシに?」カトレアはもちろん怪訝そうだ。

「大事な話だ」

「アタシだけ?」首を少しだけ、威嚇するように傾ける。

「弟に関することで、あなたに伝えたいことだ。話を聞いてよしと思うなら、弟にそっくりそのまま内容を話せばいい」

 ふぅん、と鼻を鳴らしてから、カトレアは「先にサドー室とやらに行ってて」とうながした。

「まさかマモルのお兄さんが、アタシを獲って食うわけじゃないだろうし」




 夕方、あてがわれた茶道室で、しばらくぼう、と過ごしていた。アニキは司令としての仕事があるらしく、この場にはいない。

「結局、〈ウミ〉を抜く方法、聞けずじまいだったな」

 隣であぐらをかいていくカトレアに、声をかける。俺が座ってから、しばらくしてここに来たのだが、明らかに元気がなさそうだった。

「まあ、大丈夫だろう」俺ははげますように言葉を続ける。「俺の時代の歌にもある。『明日があるさ明日がある――』」

「なんだそれ? 明日が二回もあるのかい」ようやく、竜人の少女が返事をしてくれた。「そうか、人生は選択の連続だから、1という選択をした明日と、2という選択をした明日、二種類あるわけだな。さすが石油機文明人。哲学的だなぁ」

 こんなやりとりも収まってしばらくたつ。その間カトレアはずっと、体育座りのまま、だまってうつむいていた。

 まるで、乱暴された直後のツバメみたいだった。

「アニキと何かあったのか?」俺はいよいよ聞いてみることにした。

「いいや、ちょっと話をしただけさ」ひときわ高い声。「弟のこと、よろしく頼むって」

「内容はそれだけ?」

「マモルの家族の話をした。あのキザ司令と、妹の、三人暮らしだったんだってな?」

「ああ。母親とアネキは死んじゃったから・・・ これも聞いたのか?」

「古代でも、一瞬で人が死ぬことってあるんだな・・・ アタシは、古代の人はもっと恵まれてると思ってた」

 空がいよいよ赤くなってきたとき、意を決したようにカトレアが「なあ」と声をかけてきた。

「ここから外出ってできるのかな?」

「外出?」

「ああ。トウリアの名物スポットが近くにあるんだよ」

 俺はあきれた。あらゆる状況から見てそんな場合ではなかったし、俺自身も気分が乗らない。

「嫌ならいいんだけどさ」カトレアはひざを伸ばす。「あんた、いろいろ気が滅入っているだろうと勘ぐってさ。きっと懐かしい思い出がよみがえる場所だと思うんだけど」

「懐かしさは、今はむなしさでしかない」言ってみて、肩をすくめる。ちょっとこっぱずかしい。俺もアニキのキザがうつったか?

「ふうん」含むがあるように鼻を鳴らす。「もしかして思い出より、Sex牧場のほうがいいのかい?」

 思わず吹き出した。「し、知ってるのか?」

「ああ、神ナズが侵攻した地域に電信柱といっしょに最初に建てるものとして有名だもの」

 顔を曇らせる。「友だちが『実験』とかいう名目で収容されて、ヒドイめにあった」

 俺自身、自分のリフレッシュよりもカトレアの気分転換のほうが大事じゃないかと思った。

「よし、行こう」俺は立ち上がる。

「おや、どういう風の吹き回しだい?」

「気分転換だよ。こんなしなびた畳部屋にいたんじゃ、それこそ気が滅入る」

「たぶん、夜になるから、今日中には帰ってこれないけどいいのか?」

「帰ってくるっていっても、ここは俺の家じゃない。――この世界に、俺の家はない」

「じゃあ、今夜は外でお泊りなわけだな」俺のわりとネガティブな発言を打ち消すように、イタズラっぽく笑う。

「なんだか意味深だなその言い方」しかし、もしかしてこれはデートになるのか? そう思うと悪気はしないものの、緊張、とまでは言わないが少し身構えたいな気分になる。

「いちおう、アニキ殿に『今から出かける』と伝えておいた方がいいかもな」

 俺は少し黙って、「いやいい」と答える。「小さな子どもじゃないんだから、いちいちアニキにお伺いを立てるのはおかしい」

「そうか。あんたがそう言うんだったらいいんだけどさ」

 カトレアも立ち上がる。ほこりっぽい部屋のためスカートをパンパンとはたく。そして「うん、きれいになった」と俺を見上げた。

「じゃあ、行くぞ」

「ああ、Sex牧場だな!」

「何!?」

 かなりの速度でカトレアのほうを見ると、彼女は「にしし」と笑っていた。

 カトレアが俺にした、初めての冗談だった。

「バカは置いといて」俺は友人たちの間では、どちらかといえばボケ役で、こうゆうのは苦手だ「とにかく、案内してくれ」

「案内?」

「俺は、一万二千年前のこの町のことしか知らないんだ」

「そういえばそうだったね」どこかとぼけたような、わざとらしい声。「でもマモルも知ってると思うよ」

 カトレアがドアを開けてくれる。この世界で生まれなおしてからずっと、ドアを開けるのはツバメやカトレアの役目だった。――俺の身長と手先では、ドアを「壊さずに開ける」という日常動作が難しいのだ。

「プラネタリウム」彼女がくつくつ笑った。「未来のプラネタリウムを、見せてあげるよ」


 急ぐ。あいかわらず動きは、昼間よりずっとにぶい。

 人炭から復元された初日にはぜんぜん気づかなかったものの、ここはたしかに俺が暮らしていた町だ。

 大通りの形、建物の配置、おぼろげながら、かつてを忍ばせる。

 東京の下町のはずれに、俺は暮らしていた。

「ここに小さな駄菓子屋があってな、たまにお世話になった」俺は説明する。ここじゃないかもしれないが、こういうのは相手を楽しませるのが重要だ。

「へえ」かなり興味深そうな関心。「アタシさ、過去で行ってみたいお店の一つが、駄菓子屋なんだよね。あれでしょ、『千円あれば店ごと買える』ってやつ」

『さすがに千円じゃ無理だな。――土地代とかもかかるし」

 そのプラネタリウムには、俺も行ったことがあった。

 建物の外見はとどめていて、うっすらとした金属の輝きも失われておらず、驚くほど保存状態がいい。

 ただ、中はだめだった。屋根がほぼ崩壊していたのだ。

「こりゃあダメだな」真っ赤な夕日を見上げる。「投影機も見当たらないし、ここはただの外見は小ぎれいな建物だ」

「古代人ってのは」カトレアが少し小ばかにした風。「意外に近い未来の予想はつかないんだな。いいから、残りの一日そこから動けなくなってもいいと思う場所に腰かけなって。夜になればわかる」

 空が青くなり始めて、ようやくわかった。――ここは天然のプラネタリウムなのだ。

 古代においては、よほどの山の上か海の上でしか見られなかった星空が広がっている。あまりにも星が多すぎて、かえって夏の大三角や北斗七星などの有名どころの星がわからないほどだ。

「人の数が極端に減ってやっと、人を感動させる星空が戻ってきたんだ」

 カトレアがしんみりした調子で言う。それから立ち上がり、奥の暗がりへ。

「どこへ?」

 すぐに答えはわかった。

 プラネタリウムの音声ガイドが流れてきたのだ。

『私たちの住んでいる天の川銀河から二百五十万光年離れたアンドロメダ銀河。今回はこの古代ギリシャのお姫様の名を持つ銀河の中を、ちょっとのぞいてみましょう』

「音は生きているんだよ」カトレアは戻ってきて、座る俺にもたれかかる。「どう、プラネタリウムの解説を聞きながらの、本物の星空。なかなか乙じゃないかい?」

「カトレア」俺はにっと笑った。「最高だよ」

「じゃあ、お礼代わりに頼みがあるんだけど」カトレアが少し改まった。

「この音声、なんて言ってるのか翻訳してくれよ。アタシは古代語が、ちんぷんかんぷんなんだ」

「・・・もしかして、そのために俺を連れてきたのか?」

「ふふ、まあ、それもあるね」

「不思議なものだ」本当に不思議に思う。「俺とカトレアは普通にしゃべれるのに」

 翻訳する。と言っても、耳に聞こえてきたことをそのまま伝えるだけなので、簡単なことだ。

 生き残っていた音声は、アンドロメダ銀河をテーマにした内容だ。

 渦巻銀河で、星が一兆個あるという説明から始まり、肉眼で見ることのできる最も遠い物体だとのトリビアが話される。

 もっとも、翻訳こそほぼ完璧にこなせたものの、宇宙にはほぼ無知なため、「アンドロメダ銀河は結局どれだい?」という質問で、もうお手上げだったが。

 それでも、雰囲気は十分に楽しめた。解説を元にあれこれ想像して、あれがアンドロメダ銀河だ、あれが天の川だ、と適当なことを言って笑いあった。カトレアは意外に星に関心があるらしく、とても話しやすかった。

『――こうして最終的には天の川銀河とアンドロメダ銀河は一つに溶け合い、光り輝くクェーサーが形成されるのです・・・』


 音声が終わると、星空だけが残された。壊れた笛の音で強弱をつけるようなすきま風が吹いていた。

「一万二千年前、妹といっしょにここに来た」

 俺は思い出を話す。「一度きりだったけど、かなり印象に残ってる。人工衛星が、たった一機で、はるか彼方の銀河に地球外生命体を探す旅に出るんだ。冥王星を越えて、地球のある銀河も脱出して、更におとめ座銀河団の外へ行くんだ」

「へえー、妹と」カトレアは不自然に言葉をのばした。「それで、最後はどうなったんだい?」

「・・・実は途中で寝てしまって、オチはわからないんだ」

「なんだそれ」首をすくめるように笑った。「がっかりだよ、マモル。この時代のヒトは、古代の話の肝心なところが聞けないのが大嫌いなのさ」

「どのぐらい?」

「あこがれのあの子の近況をあれこれ聞いて、その子が付き合っているか否かは結局話されずじまいな気分さ」

 しばらく無言で星を眺める。今日も、人工衛星の流星はない。

「なあ」カトレアが俺を見ずに訪ねる。「妹がもう死んでるのって、悲しい?」

「そうだな、でも・・・」俺は少し考える。「どちらかというと古代で、あいつがどうゆう人生を歩んだのかの方が気になるかな。どんな高校に行って、大学には行ったのか行かなかったのか、どこで働き始めたのか、それで、どんなヤツと結婚したのか・・・」

 カトレアはうつむいて静かに聞いている。見たことないはるか古代に、思いをはせているのだろうか?

「でも実は、どこかで人炭になっていて、ひょっこり出てくるんじゃないかと思ってる。俺が人炭になった日の記憶は曖昧だけど、たしか願書の提出とかで、その日うちの高校に来る予定だったんだよ。案外この町のどこかで、まだ埋まっているかもな」

 突如、空が隠れた。辺りが真っ暗闇になる。するするやわらかいものが硬いものにこすれる音がして、空を覆った何かに一瞬「しわ」がよった。

 ――穴の空いた天井を、布をかぶせてふさいだようだ。

「し、動いたりしゃべったりしないほうがいい」カトレアは戦士の顔。「これは内緒話をするヤツの気配だ」

 まもなく俺らが入ってきた入り口から、複数の足音がする。静かなのに、息がつまるような緊張感がみなぎっているのが、鎧越しの俺でさえ感じられた。

 生きていた電気が一斉に点いた。照らされた影は六つ。

 向かって左側には、鎧を身にまとったアニキに、以前ダイバーランドで市長と話していたアンクルサム男。そしてマステドウ先生と同じぐらい小柄な老人。

 向かって右には、トラッシュレインの市長、マステドウ先生、そしてクレナイ・ケンがいる。

「なぜ・・・」こんなところにいるんだ? という声は自重する。

 俺とカトレアはプラネタリウムの上のほうの、電気の光りが届かない暗がりにいる席にいるため、六人は誰も俺らに気がつかないようだ。

 俺もカトレアも直感で、ここはばれないように話をうかがった方がいいと感づいていた。

 二人して息ぴったりに、息を殺して潜んだ。

 プラネタリウムは座席の列ごとに段々になっていて、中央が一番低い。神ナズとトラッシュレイン、それぞれの人物は、その中央に集まっている。

「こちらが、今回あなたがたにお見せしたいものです」アニキがうやうやしく腕を出す。腕にはきれいな布がかけられて、その上には光沢のある薄い円盤。

「あれ、なにかわかる?」カトレアが俺の腕をつかんで小声。

「これは、CDかDVDじゃな」答えたのは俺らに気づいていないはずのマステドウ先生。「しかし、こいつは見覚えがあるのう・・・ ワシ自らが発掘して、手持ちの再生機じゃまったく再生できず、金庫にしまっておいたものじゃ」

「失礼ながら、あなたの私室を調べさせていただいた際に、見つけたものでして」アニキはうやうやしさをくずさない。

「・・・ふん。ワシとて一私人ではない。戦争の勝者なら、その程度は当然じゃな」

 奥の暗がりから将校らしき男が、台車に詰まれた機械を運んでくる。プラネタリウムにある投影機だ。

 投影機には、かなり大きなノートタイプのパソコンがつないである。

「それで、乙女とは言わんがレディの部屋を漁ってまで回収したそのディスクの内容を、見せてくれるというのかな? 言っとくが、ワシはそのラップトップよりも高性能なデスクトップパソコンで再生しようとして、果たせなんだ」

「これはDVDではないんですよ、マステドウ博士」アニキは将校に細かくセッティングの指示を出す。

 ボーカロイドに自作の歌を歌わせネットにアップし、ある程度の再生回数を記録したアニキも、さすがに鎧の指ではパソコンの操作はままならないようだ。

「DVDによく似た、ブルーレイディスクというものなんです。ブルーレイ再生機能のないパソコンでは、いくら性能がよくても音一つでませんよ」

 六人とも静かになる。ウィーンと、ディスクの起動する音がする。

「なにが・・・」映ってるんだ? と俺が心でつぶやいたとき、電気が切れた。

 一拍置いて持ち込まれた投影機から、映像が映し出される。

 英語の筆記体で読めなかったけど、「human」「dead」と文字は読み取れた。タイトルだ。

 まもなくドキュメンタリー独特の、男のアナウンサーの声も聞こえる。

 天井いっぱいに映し出されたそれは、世界が崩壊するさまのダイジェストだった。


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