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一万ニ千年後のレフュージア  作者: 上日 ゆうじ
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19 白い世界地図

「〈神聖ナチズム合衆国〉は、石油機文明時代に強力な権威と軍事力をほこった、神聖ローマ帝国、ナチズム、アメリカ合衆国の三つにあやかってつけられた国名だ」

 街を歩きながら、アニキは説明する。

「ここから海を挟んではるか東の、かつてカナダを呼ばれていた地域から、極寒のアラスカを突破し、現在は陸続きになっている樺太と北海道を渡って、ここまで攻めてきた」

 トウリアは急速に復興が進んでいた。

 神ナズ軍の監督の元、あちこちから建物を再建する音が聞こえてきて、何かを叩く音や組む音はもちろん、機械工具の音さえ響いている。あの中には、鎧に穴ぐらいあけられそうな道具があるかもしれない。

 期待に胸が膨らむ気分は、本当にあるのだなと思った。

 ただ作業する人も道行く人も、いわゆる「人間」ばかりなのが気になった。ニューカムが一人もおらず、戦時下のせいか男ばかり見かけるし、どいつもこいつも肩に乗るカトレアのことを無遠慮に見てくる。

「竜人や長耳族が、一人もいないな」俺は独り言のように、アニキに言った。

「ほとんどが先の首都攻防戦で逃げたし、捕まえた者は一ヶ所に集めてある」

「殺すためにか?」俺は踏み込んで聞いてみる。カトレアも同胞の行方が聞きたいらしく、固唾を呑んで見守る。

「はは」控えめな笑いだった。首が動き、サングラスに写る風景がゆれる。「ヒトは貴重な資源だ。おいそれと殺しはしないよ」

 街中での一番の変化は、電線が通ったことだ。カトレアがまず発見して驚きの声を上げ、俺はこのぐらいの規模の都市に電線が通っていなかったことに驚いた。アニキいわく、

「今は軍用オンリーだが、いずれは民間人も利用できるようにしたいと思っている。かつての石油機文明時代のようにね」

「ハイホー!」その電線がつながっている施設の一つである検問所で、兵士から敬礼を受けた。アニキも自然に右手をかかげかえす。

「司令、その穢れた生き物をどうなさるおつもりですか?」衛兵の一人が聞いてくる。

「はっは。私とて、たまにはペットの一匹や二匹、慰みで飼いたくなるものだ」

 カトレアが怒りでぶわりと腕を変化させたけど、俺はこらえるよう手で押さえた。

 弟として、アニキの意図が汲みとれた。

「ここから先は司令部です。アトミック様のケガレが、ばらまかれます」

「伍長、君は英知ある古代人の指揮官の下にいながら、いまだにニューカムといっしょにいるとヒバクするなどという話を信じているのかね?」

「いえ、そういうわけでは・・・」

「ニューカムを知ることは、アトミックについて知ることだ。隣にいる我が弟はそれを自覚しているから、この竜人をここまで連れてきた。司令官特権で通してもらうぞ」

 やりとりを収丸めて無事に通過したとき、アニキは本当に神ナズ軍の指揮官なんだなと思った。それまで、心のどこかで疑っていたのだ。

 しばらく歩いて検問所から離れてから、アニキが口を開いた。

「古代人の利点は、この世界での『新興宗教』に犯されていないことだ」

 ウミのまったくたまっていない足取りは軽そうだ。

「さっき検問所にいた人間」カトレアがこわごわ口を開く。「顔を見たことがある。トウ軍で、隣の部隊にいたヤツだ・・・ まさか寝返るなんて・・・」

「寝返ったのではない。傘下に入ったのだ」アニキが打ち消すように力説。「この過酷な時代、生きていくには手段は選んではいられない。我が軍に入れば、とりあえず食い扶持は出るからな」

「へえ。アタシみたいなニューカムの小娘でも、望めば入れてもらえるのかな?」

 あざけるどころか、喧嘩を売るような口調だ。

「今は無理だ」アニキは非常に丁寧に、真摯ささえにじませて答える。我がアニキの一筋縄では行かない面の一つだ。

「しかし将来的には、ニューカムへの差別をなくしたい。私の夢の一つだ」

 市内各地で、神ナズ軍の関係者に挨拶される。

 市中を警備する兵士に、行進する部隊の指揮官に、停車する戦車の車長。みんな「ハイホー!」と高々と右手を掲げる。

 ただ司令官ということ以上に、敬意と畏怖の念を感じる。神ナズでも、概念鎧は尊敬されるらしい。

「しかし、ハイホー?」変なあいさつだ。「敬礼」とか、そういう意味か。

「ハイ・ホー、ハイ・ホー、声をそろえ――」アニキが軽やかに口ずさむ。俺も聞いたことがある。確か「白雪姫」で、小人たちが歌っていた曲だ。

「まったく」歌は皮肉な笑いに変わった。「時代が変わると何がどうなるかわからんという見本だな」

 やがて俺が発掘された学校にたどり着いた。

 建物の壊れている部分が布の覆いで応急修理が施されていて、校舎の一番高いところに青い★の国旗がひるがえっている。

「ここが臨時の司令部になっている。丈夫な建物というのが、なかなかなくてね」

 カトレアが緊張の面持ちで固まっている。

「不安か?」アニキが声をかける。「敵の本拠地なのだから当然か」

 カトレアが俺を見る。俺はなるべく力強く、うなずいた。大丈夫だ、今の俺は、あんたより強い。

 校舎は入り口の横に、入り口よりでっかい穴が空いていて、そこが新たな入り口になっている。

「一つ聞いていいか?」校舎の中に入る直前、カトレアが声を出した。「マモルのアニキさんよ。このマモルがそもそもあんたらのところに来た理由なんだけどな――」

「わかっている」アニキは素早くさえぎった。「私がウミをまったく溜めていないのに、心引かれたのだろう。しかし――」

 彼は気にせず先に進む。警備の兵が「ハイホー!」と右手をかかげた。

「まずは私のいる神ナズとこの世界について知ってもらう。話はそれからでも遅くはない」

 振り返ったアニキの表情は、サングラスでよく読み取れなかった。


 学校内は、鎧の司令官が通るところだけには、赤いマットが敷かれている。

 巨体が通りやすいようあちこち壊されていて、教室のドア取り払われ、巨大な人型にくりぬかれている。

 かつての校長室に、俺らを招いた。

 部屋はうす暗く、テン・クルが来襲する直前の宵闇のように陰気だった。

 壁には巨大な、現在の世界地図がかかげられている。

 地図は、ほとんどは白く塗りつぶされていた。

「この白い部分が、寒すぎて人が住めない地域だ」アニキが静かに言った。

 膨大な面積だった。ロシアの全部と中国沿岸部をのぞく地域に、中東から西ヨーロッパにかけての大陸。カナダのほとんどとアメリカの東海岸も真っ白だ。

 南半球もほとんど白に染まっている。南アメリカもそうだし、インドネシアと陸続きになっているオーストラリア大陸なんか、まるで流氷が浮いているようだ。アフリカ大陸でさえ、ほとんどが雪の積もったようになっている。

 無事な部分といえば赤道を中心とした、北の端が日本、南の端がパプアニューギニアの、まるで郵便ポストの口のような狭い地域だ。

 けれどその赤道はといえば、ぐるりと一周するように不気味な赤丸で囲われている。

「この赤線が・・・」アニキが感情なく指で示す。「テンタクル・クラウドの繁殖地だ。哺乳類は住めない」

「人間の生存圏狭すぎだろう・・・」俺はうめく。カトレアは地理感覚がいまひとつわかっていないようだけど、俺から深刻さを読み取ったようだ。

「あと五百年もたてば、氷河の範囲は更に増す。人が暮らせるのは赤道近辺だけになるが、そこにはテンタクル・クラウドがいる。まったく、むずかしい詰め将棋やっている気分だよ!」

「こんな恐ろしいものを見せて、アタシらにどうして欲しいんだい?」

 カトレアが口を尖らせる。

「ただ、真実を見すえる目を養ってほしい」こうゆう芝居がかった訴えるセリフも、俺の苦手とするところだ。「世界には、統一された支配体制が必要だ」

「読めたぜ、それで、神ナズの出番ってわけだ」俺はせいぜい、あざけるような声を出してやる。「侵攻して、多少人が死んでも、世のため人のためにはやむを得ないって論法だな。夕方アニメの悪役の論理だ。アニキのこと、もうちょっと頭のいい人間だと思ってたけど、俺は――」

「勘違いするなよ」俺になんか出せそうにないドスの聞いた声。普段どこかとぼけた口調のアニキが出すと、効果覿面(てきめん)だ。

「私は神ナズの価値観と政治体制をほとんど評価していない。親近感で言えば、トウ連合共和国の方が、だんぜん親しみが沸く。だが――」

 アニキはゆっくりと白い世界地図の前を横切る。絨毯を猫が歩くような足音しかしない。

「人類には避難できる場所が必要だ。

 私は、この日本の土地に、〈レフュージア〉を作りにきたんだ」

「レフュージア・・・」

 俺は、この一万二千年後の世界の言葉だと思ったので、カトレアに顔を向けた。カトレアの方は古代語だと思ったらしく、俺を見た。

「遥か太古に起こった氷河期で、氷河に覆われず多くの生物が生き残った地域のことを、レフュージアと呼ぶ。生物学の用語だ」

 アニキが言うには、日本はレフュージアとして候補になりうるらしい。なんでも、俺らが学校で習ったナウマンゾウがいた氷河期のときも、日本列島は氷河に飲まれず多くの植物が生き残ったそうだ。

「人々が平和に暮らし、人口を維持し、氷河期を乗り越えられる、そんな場所を、この地上に構えたい」

 ある場所に案内しよう、とアニキは出口へと向かった。

「神ナズ発展の原動力となり、征服した土地には必ず作られる、この世界の厳しさを象徴している施設だ」


 学校を裏手から出た。

 そこは昼休みにこっそり抜け出してコンビニで買い食いをしたルートにだったけど、面影はまったくなかった。

 コンビニの跡と予測される更地を横切ったとき、マステドウ先生に教えたらまた感心されるかもしれないな、と思った。

 その地区はまったくの手つかずで、復興の影も形もない。

 あちこち穴ぼこだらけで、人炭を砕いて固めたセメントを使ったかなり丈夫な建物が、手ひどく痛めつけられている。

「この辺りはうちの守備隊がはげしく応戦した場所だ」

 カトレアが言った。

「この辺は直さないのか?」俺はアニキに問う。

「いずれは直したい」わりと事務的に答えた。市民に弁明する官僚の声に似ていた。「この町はすでに我々の財産なのだから、復興をするのは当然だ」

 やがて、柵に囲われた敷地が見えてくる。真新しい金属のポールに、有刺鉄線を張りめぐらせた囲いが、人間の胸までの高さだ

まである。

「お嬢さん、申し訳ないが」アニキがカトレアに振り返る。「ここで待っておいてくれないかな。この先は弟と二人で進みたい」

「アタシがニューカムだから、差別するのかい?」

「違う。――君が、女の子だからさ」

「ふぅん」意味深に、鼻を鳴らした。「羽つきを女の子として見てくれるわけか。 いいよ、待っといてあげる」

「なにかあったら大声で呼んでくれ」俺はカトレアが飛び降りるとき、声をかける。「すぐにかけつける」

「あんたも、そんな頼もしいこと、言ってくれるようになったんだね」笑顔で、ぽん、と俺の正面をたたいた。

 俺は足を踏み出す。

 敷地内に入ると更に、金属製のゲートがあった。そこには記された文字が、俺でも読めるものであることに気づいた。

 意味がわかったのに、いや、意味がわかったからこそ、軽い困惑がおきた。

「Sex牧場」と、書いてあった。

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