18 古代の鎧と現代の竜
「昨日一晩考えた。アタシはやっぱり、故郷を奪い、ツバメを傷つけた奴らを許せない」
当然の結論だな、と俺は思う。
カトレアが神ナズに行くことを拒否するだろうとは、予想はしていた。
だけど、まさか勝負しろと来るとは・・・
「あんたの事情ももちろんわかる。とゆうより、アタシには止める権利はない。それでも、マモルがあっちに行くのは嫌だ」
俺は黙っていた。どちらかといえば、拒否の意味での沈黙だった。
たとえ嫌だと言われても、事情がわかると共感されても、溺れ死ぬまでのカウントダウンは止まらない。
「マモル――」
「今さら名前で読んでくれるんだな」
カトレアは明らかに傷ついた顔をした。
ここで俺のほうも申し訳なく思うのが、俺の良いところであり、弱点でもあるんだろうな、と、自賛と自虐がまじったことを考えた。
「俺を倒すのか?」
「アタシを倒していけと言ってるんだ」
「俺がこのまま無視して進んだら、どうするんだ?」
「あんたは竜人を知らない。そこを通さないと言ったら、戦闘民族の誇りにかけて通さない」
「なら、迂回しよう」
カトレアを大きく避けようと足を踏み出すと、もちろんカトレアはまた俺の前に立ちふさがった。
「アタシは怖いんだ」俺をまっすぐ見上げてくる。「あんたが神ナズに行って、それで神ナズ軍に加わって、ツバメやアタシの同族や、トラッシュレインのみんなを殺してまわるのが」
「そんなことは絶対にしない」俺は右手をあげていた。無意識の行動だった。「カトレアもツバメもミーアも、トラッシュレインで知り合った全ての人も、絶対に殺さない」
「殺せば〈ウミ〉を抜く、と交換条件を出されても?」
これには言葉がつまった。頭がフル回転し、次の言葉を探し当てる。
「神ナズに〈ウミ〉を抜く方法があるとは限らない」
「あんたのアニキは、見たところまったくウミがたまっていなかった。何かあるんだよ、方法が」
そう言われて見ればそうだ。
しかし彼女のこのひらめきは、この場では最悪の結論に至る理由となった。
「なら俺はますます、神ナズのいるトウリアに行くしかなくなった」
「じゃあ、腹をくくるしかないね」
不意にカトレアは、上着を脱いだ。あいかわらず服の小さな穴から、翼を抜くのがうまい。
そしてスカートを下ろし、中にはいていたミニスカートも脱ぐ。胸元のさらしもとって、横に投げた。
青い空の広がる太古の海の跡に、足首の包帯だけを残した、一糸纏わぬ少女が現れた。
「別に、色仕掛けとか、そうゆうつもりはないよ」
足を軽く開き、気合を入れるように腕を上げる。
「『これ』をするときは服を脱いでおかないと、破れてしまうからね!」
カトレアが変わる。
指先から変化し、手が、脚が、首筋が、鱗に覆われる。ここまではいつもの戦闘態勢だ。
翼が拡大する。腕もレスラーのように太くなった。頭の角が大きくなり、肩から湾曲した角まで生える。
ほお骨のところまで鱗が広がったとき、赤く、爬虫類のような無機質な目が見開かれ、口から牙のように伸びた犬歯が見えた。
根元から太くなって尾が塩の地面を打ったとき、変身が完了した。
結論から言えば、そこには人型の竜がいた。女の子に角と翼をつけた竜人じゃなく、まるで体内の竜の血が人としての彼女を取り込んだような姿。
「まるで蛮族じゃないか」と思わず俺はうめいた。
その言葉が、彼女の逆鱗に触れた。
早い。もしかしたら飛んでくる砲弾よりも。
自分の前面に三本の爪の跡が付く。次の瞬間にはもう背後にまわりこんでいて、俺の首筋に近い背中の部分がうがたれた。概念鎧にひびまで入り、飛び散った〈ウミ〉が首をぬらした。
裸体が俺を眩惑する。彼女は手足と背中は竜なものの、胸から股にかけての胴体は少女のままなのだ。
戦いたくないというのが本心なものの、そんな心の余裕はみるみる削られてゆく。恐ろしい威力の爪がきらめくたびに、傷が増え、ウミがあちこちから血のように吹き出す。
殺されると思った。この平原で蛮族に襲われたときも、飛行機に撃たれたときも、ここまで精神的に追い詰められはしなかった。彼らは野生動物のように、たまたま「獲物」と認識したものを襲っているに過ぎなかった。
目の前の竜人は、まさにこの俺を殺そうとしている。
「イッシキマモル」という名の人間をちゃんと認識して、この世界から消去しようとしている!
大きな翼が広がった。羽ばたき浮かび、俺を上空から攻撃する原動力。
その翼の動きは、攻撃する手足に比べて緩慢だった。
俺は手を伸ばす。
彼女の右翼をつかまえた。まるで飛び立ったトンボの翅を偶然つかんだように、左腕が反応した。彼女は反動でぐるりと向きを変え、クリスタルの腕に咬みつく。またウミが出るが、この無敵の鎧を砕くには程遠い。
つかんだまま、彼女を地面に叩きつける。
ケモノと少女がまじったような悲鳴があがり、塩もふきあがる。白い結晶の舞う中、彼女の赤い瞳がなお闘志をたたえて輝いていた。
もう一方の腕で、上半身を押しつぶすようにつかまえた。まるで子どもが、逃げるトカゲを反射的に押さえつけるように。指が彼女の鎖骨を、手のひらが乳房を、それぞれ感じ取ったが気にするゆとりはない。
そのまま巨大な手全体で、にぎりつぶしにかかった。大きくはない骨格がきしむ気配がし、彼女は歯をむき出しにして殺意と苦痛をあらわにする。このまま骨を砕いたらどうなるだろう?
言うまでもない、折れた様々な骨があちこちの内臓に刺さり、むごたらしい死をむかえるだろう。体の中まで出血し、無事な内蔵が血で溺れるのだ。
数拍の沈黙の後、俺は手のひらの力を緩めた。
彼女は死ぬことへの恐怖が遅れてやってきたように、くやしがりながらぐずり出した。翼がみるみるしぼんでゆき、左手から抜け落ちる。肩の突起もなくなり、腕も細くなり、まき戻しのように普通の少女へと返ってゆく。
俺は両手とも完全に手を離した。
まるで今さら裸であることを恥じたように、カトレアは横向きにまるまって泣き始めた。
俺は彼女を見下ろす。気の毒だとは思ったけど、それ以上の感慨は生まなかった。
ウミがもう、足の付け根まで来ていた。
今度こそカトレアを迂回して歩き出す。
「待てよ」と裸の少女は倒れたまま首を傾けた。
「とどめ、刺さないのか?」
不謹慎だけど俺は吹き出した。だってそうだろ?
「俺は誰も殺したくない。ただ自分の命を救いたいだけだ」
「アタシにも、竜人の戦士ってゆう立場がある」顔色はとても悪い。精根尽き果ててしゃべるのもしんどそうだ。
「敵に情けをかけられたとあっちゃ、トラッシュレインだけでなく、故郷にも帰れない」
「俺は敵か?」純粋な疑問。「進んで誰かの敵にもなった覚えはない。・・・まあ、カトレアの頭の中ではもう敵なんだろうが」
そう思うと残念でならなかった。生きるということは、必ずどこかで敵を作るということだ。
「アタシは今確かに、あんたを殺すつもりで立ち向かった」カトレアはくたびれていながらも、厳しい掟に生きる誇り高い少数民族の顔つきを見せる。「それで負けたのだから、本来なら殺されてしかるべきだ」
「カトレアの一族ではそういう発想なのか?」俺の戸惑いはあざけりに変わる。「明らかに負けて動かない相手に、わざわざ止めを刺すのか? そんなの」
野蛮じゃないか、という言葉は飲み込んだ。人をわざわざ怒らせるマネはしない。
「喧嘩を売って返り討ちにあって、その上見逃されるなんて恥ずかしい」
妙な感じだ。青空の下、素っ裸の女の子が、裸以外の理由で恥ずかしがっている。
もっとも、この生きるか死ぬかの戦いの直後で、こんなことを思う俺も大概だけど。
「とにかく、服を着たほうがいい」俺は勧める。
「不平等だ」ふてくされたように言った。「アタシは・・・ アタシたちはあんたを自分らの都合で生き返らせて、死んでからも利用しようとした。なのにあんたは、生きようとするのを妨害したアタシを見逃す上に、気まで使ってくれる。なんだよ、聖人様のつもりか?」
「ただの古代人だ」俺は歩き出すことにする。「もう行くよ。俺は日の光の元でしか歩けないから」
数歩歩いたとき、「待って」と声が、かけられた。
「本当に、恥を忍んで言うんだけど・・・」彼女はあきらめたような口調だった。。
「アタシも、このまま連れて行って欲しい。お人よしのあんたのことが、本当に心配になった」
「やめておいた方がいい」古代人の俺が現代の分析を披露するのはちょっと気が引けたけど、かまわず続ける。「神ナズ軍はニューカムを殺そうって連中だろ? カトレアが行ったら、危険極まりないと思うぞ」
「そこはちゃんと考えてる。あんたはアタシを捕虜――ってそんないいもんじゃないな」
弱々しく、地面に横たわる自分の翼を見た。
「あんたはアタシを生きたカンポウヤクとして持って、神ナズ軍に投降すればいい。神ナズでは個人の財産は厳格に保障されてる。だから、あんたがアタシを所有しているかぎり、アタシも安全ってわけだ」
「そんなのはおかしい」と初めは反論した。生きてしゃべるヒトを「モチモノ」、ましてや「クスリ」として扱うなんて、正気の沙汰じゃない。
しかしカトレアは、ちゃんと反論を考えていた。
「マモルは何人かの神ナズ兵を殺している。そんなあんたが向こうで信用されるには、アタシという『手土産』が必要だと思うんだ」
幸い、と彼女は続ける。
「アタシも神ナズ殺しで多少は名を知られてる。そんな竜人を組み伏せて、生け捕りにしたとなれば、あんたの株も上がる。あいつらの中枢に入りやすくなる」
確かに筋としては通っている。
「けれど危険だ」俺は危惧する。「何が起こるかわからない」
「アタシから言わせれば、だからこそだよ」カトレアの真摯な顔。「こんなこと言えた義理じゃないのはよく承知してるけど、頼む、連れて行ってくれ。アタシはマモルのズイハンホヘイを任されたんだ。負けたとはいえこのカトレアに、戦士としての誇りをまっとうさせてほしい」
俺は唸った。
弱った彼女を連れて行く選択はとりたくない。たが、このままここに置いていくのは危険だ。
「わかった」
他人のやりたいことを拒むなんて、それこそ俺に言えた義理じゃないし、それにカトレアには、感謝すべきだと思い直したのだ。
俺が天空の台地チバで真実を知れたの、最初の彼女のカミングアウトがきっかけだった。
「それでさ、頼みなんだけどさ」
バツが悪そうに、だがちょっと甘えたように、カトレアは言う。
「今日一日アタシを、運んでくれないか。変身したその日は、まったく体に力が入らないんだ」
そういえばずっと、口元以外の感覚がないように、だらりと横たわっている。
カトレアは衰弱が激しく、自分で自分の服を着ることさえ出来なかった。
意識はなんとかあるものの、体がまったく命令を受け付けないらしく、指先ぐらいしか動かない。
そして今の俺の手さばきでは、竜人の独特の服なんぞとても着せられない。背中に二つ空いた翼用の穴や、スカートのしっぽようの穴に、それらをうまく通して履かせるなんて無理だ。
結局、裸の彼女を抱えて運ぶことになる。肩に乗って座っている力さえなかったので、まるで赤ん坊を抱えるように、塩の大地を歩く。
彼女は驚くほど軽かった。
「空を滑空するため、竜人は軽くできてる」
カトレアは懐かしそうに目を細める。「アタシたちの故郷じゃ、いつも強い風が吹くから、空中で浮かんで遊んでた」
「確かアカギって言うんだよな」以前の会話を思い出す。
「ああ。この島国で、一番高い山々さ」
「はは」俺は笑ってやる。「一番高い山は、富士山だろ」
「は? あんたこそ無知さらすなよ」弱々しいが、カトレアらしい笑み。「フジサンなんて、5000年も前に噴火して半分の高さになってるよ」
「・・・マジか」
道なき道はまだまだ続く。俺は方角がいまひとつわからないので、カトレアの指示に従う。
思えば、初めてこのトウキョウワンを歩んだときに比べて、歩き方もだいぶ板についたものだ。あの時のことが、一年は前の出来事に思える。
「しかし、正直言って」少女にに顔を向ける。少しぐらい、愚痴を言ってもいいよな?
「運んでる身分なのに、申し訳ない気持ちになるとは、一体いかなる拷問だろうね」
「どうゆう意味だい?」
「俺は健全な男だ。女の子を裸のまま放置しておくなんて趣味、持っていない」
彼女は快活に笑った。
「アタシを女として見てくれなくていいし、だいたいニューカムの女は古代人とは気構えが違う。一度旅に出たかぎりは、持ち物を奪われたり、乱暴されたり、捕食されたりする覚悟はできてる。裸で運ばれるぐらい――」
くしゅ! と彼女は手を口に押えた。ずいぶん控えめな動作で、まるでツバメがしたみたいだった。
「うー、寒い」とうめいた彼女の息が、白くたなびく。
もう日がかたむきかけていた。
なんとか一夜を過ごせそうな場所についたのは、太陽が落ちきる直前だった。例によって俺の鎧は言うことを聞かなくなり、一歩一歩、苦行のような道のりだった。
そこは古代のゴミが、潮の流れの関係で集まって、そのまま化石化して巨大な構造物になっている地点だった。
「気をつけて」カトレアの警告。「こうゆう場所には、蛮族のねぐらがあるから」
確かにねぐらにはなっていたようだった。だがもはや過去の話だ。
破片になった手足があちこちにちらばっていた。そばにはうがたれた地面とすすけた灰、そして空薬莢。――空襲を受けたのだ。
「蛮族は人類共通の敵だからね」カトレア。「・・・これは、たぶん空襲を受けた後、生き残った仲間が逃げるとき仲間の死体を食糧として持ってったんだな。共食いをするんだよ、あいつら」
「それは最早ヒトじゃないな」
「神ナズ軍は、アタシらニューカムもこうゆうことをすると思ってるらしい」
死体のそばではさすがに休む気にはなれなかったので、少し離れた、ちょうど「うろ」みたいになっている化石の下で夜を明かすことにした。
上に星空が広がり、横風も隙間が多くて防げそうにない一角だったけど、俺がもう動けなかった。
「本当、役立たずな体だ」俺は悪態。「ウミはたまるし、いますぐ脱ぎたいよ」
「でも、人間の身でソロで竜人を倒せるんだから、この乱世ではおいそれと捨てない方がいいと思う」カトレアの方はようやく手足が動くようになり、服をいそいそと身につけてる。「もちろん、溺れ死ぬのはダメだけど」
それからいろいろ話しをした。カトレアは特に古代でのドラゴンの扱いを知りたがった。
「ドラゴンは、魔物であり良きパートナーでもあった。神話や古典的なファンタジー作品とかだと、ただやっつけられるだけの存在だったりするんだけど、日本のアニメやゲームじゃ飼いならせたり味方になったりした。もちろん、強力なモンスターとして出てくることもしょっちゅうなんだけど」
「マモルも、そうゆうゲームをしたことがあるのかい?」
「ある」正直に答えた。「モンスターをハントするゲームなんだけど、そのゲームのオフ会にも出たことがある。オンライン対戦ができてさ、そこで知り合った人たちとリアルに会うんだ――」
オンライン、リアルなど、単語を一つ一つ教えていくのは大変だった。だけどすごく楽しくもあった。
人間なんにしても、自分の知識が披露できるのは快い。そして、なつかしくもあった。
「そういえば前にツバメと話したとき話題に出たんだけど、ツバメは古代に行って燕を見てみたいらしい。カトレアも、カトレアを見てみたいと思うのか?」
「いや」彼女は首を横に向けた。首を振るのではなく、たんに横に向けるのが、この時代での「否定」の意味みたいだ。
「カトレアが花の名前っていうのは知ってるけど、見たいとは思わないな。ほら、花って食いにくいじゃん」
花を食うという発想は、俺にはなかなかないな。
「古代に行きたいとも思わないのか?」
「アタシは未来に行きたい。氷河期が終わって、暖かくなった未来にね」
「氷河期は、いつごろ終わるんだ?」
「だいたい、一万二千年後と予想されてる」
「! この世界の誰も生きていないじゃないか・・・」
「それどころか、人類そのものもいないかもしれないね」
辛気臭い話になっちゃったね、と、カトレアは立ち上がった。
「さっき渡しそこねたけど、改めて仲間になったしるしに受け取ってくれ」
どこかとぼけたような言い方でカトレアは、以前コンビニで発掘されたカミソリを取り出した。自分の左の角を切り始めたとき、「お、おい」声をかけずに入られなかった。
「大丈夫、また生えてくる」となだめた。
角の先っぽ、だいたい二センチぐらいが切り取られた。
そして、昼の戦闘で彼女が傷つけ、今まさに治りかけの鎧の下腹部のヒビに、はめこんだ。
「これは、友情の証」
ヒビにぴったりとはめこまれた。明日になればすっかり鎧の中に、取り込まれているだろう。
「なんか抵抗があるな」俺は正直な感想。「恋人が彼氏の服に、自分の名前を書くみたいだ」
「はは、古代ではそんな女がいたのか」カトレアはおもしろがった。「それとも、あんたの恋人のことか?」
「いや、寿命と彼女いない歴が等しい」
「人類史上最長じゃね? 彼女いない歴。なんたって一万二千年だもんな」
二人で笑いあった。
「アタシは?」と彼女が笑いながら言った。
「え?」直前の会話とかみあっていない。
「いや、気にしないで」カトレアが、少し影のあるマジメな顔をして、いったん口を閉じた。
次の瞬間には、もう違う話題だった。
「聞いていいかな? もし時を越えれるとしたら、自分の生きていた古代に戻りたいか?」
「そりゃ、そうさ」俺は即答。「命の危険がないし、娯楽はあるし、飯も口から食べれる。それにあの時代の技術力なら、この鎧に穴を空ける方法もあるだろうし」
「違いない」カトレアは少し寂しそう。「でもね、あの概念鎧の太陽電池を見ると思うんだ。もし過去に飛んで、アトミック様の顕現を止めたとしたら、アタシたちニューカムは生まれないんだろうなって」
俺は黙っていた。カトレアは続ける。
「アタシは今のアタシが気に入ってる。だから、過去に行って未来を変えるより、更なる未来に行きたい」
「カトレアらしいと思うよ」
「過去に戻るとするなら、せめてあんたが復活する直前にまで戻りたいな」
「その心は?」
「あんたを早めに復活させて、全てを正直に話して協力を仰ぐ。そして、ツバメが乱暴されないよう素早く助ける」
俺はうめいた。それしかできなかった。
「あの子はいい子だ。信じられないかもしれないけど、ずっとどうにかしてマモルを助けようとしていた。一日に二回は体調を訊ねてただろう? ようは、そういうことだ」
「本当に、あの直後に正直に言ってくれればよかったのに・・・」
「慣習は恐ろしい。恐ろしいことを馴らしてしまうから」
彼女はぽつぽつと続ける。「あの子、あんたの直前に復活した概念鎧が溺れるところを見て、すごく傷ついてな・・・」
「どんな人だった?」
「あんたと同じ学校から発掘された。小柄な女の子だったけど、よく尽くしてくれた。戦闘も、発掘も、人一倍がんばった。でも人一倍鎧も小ぶりだったから、すぐにウミがいっぱいになって・・・」
「天空の台地チバで、花が供えられた女の子を見たけど・・・」
「そうだよ。ツバメが、子にえさを運ぶ鳥の燕みたいにせっせと花を集めたんだ。戦闘で盾になることがなければ、もっと長生きできたのにね・・・」
「戦争はどのぐらい続いてるんだ?」
「誰もわからない」意外な答えだった。「マステドウ先生なら知ってるかもしれないけど、庶民は知らない。少なくとも、数百年は続いている」
トウ連合は本来、もっと東に首都があったそうだが、そのはるか東からやってきた神ナズ軍に、どんどん領土を侵食されていったそうだ。
会話が途切れたので、俺は空を見上げた。この世界での唯一の娯楽だ。
今日は人工衛星の流星が少ないなと思ったとき、不意に、白いものがちらつき始めた。
・・・雪だ。
俺が暮らしていた時代じゃ、考えられないほど大きな塊が、ぱらり、ぱらりと落ちてくる。
「流星が減ってきたら、いよいよ冬の到来間近さ。古代にあった秋って季節は、はるか昔になくなってる」
今年は、何人の餓死者と凍死者が出るんだろう、カトレアがぽつりとつぶやいた。
「餓死、凍死、ってアタシらはよく使うけど、本当は死因もわからないんだ。どの人も食べ物がなくて衰弱していくから、餓死なのか、寒さなのか、それとも病気にかかったのか、その判断もつかない。まったく、逆に笑える世界だよ」
「そんな言い方するなよ。石油機文明時代には、住めば都って言葉があって・・・」
「その都さえ、アタシらの時代にはないんだ」
カトレアはうなだれるように俺にもたれかかる。
「あんたが先に寝てくれ。後で起こして、見張りを替わってもらうよ」
「わかった」
その夜は何事も起きなかった。ただ遠くで、またテン・クルに襲われる蛮族の悲鳴がかすかに聞こえただけだ。
次の日、いよいよトウリアが見える地点で、相手の防衛線にぶつかった。
踏み固められてかろうじて道とわかる道の、すぐ背後にトウの外壁がある地点。土のうとバリケードが築かれており、鎧のズーム機能を使うと、機関銃がすえつけられているのがわかった。銃身に管がはえていて、ポリタンクみたいなのとつながった変な形だ。
俺らはかなり遠くから発見されたらしい。
しかし相手は恐怖の概念鎧だし、攻撃する素振りも見せないので、どうしようか迷っているみたいだった。
かなり近づいたとき、ようやく土のうの裏から、おっかなびっくり男が一人出てきた。用量悪そうな感じで、たぶん命令を言いつけられて怖々と確認しに来たといったところだろう。
「誰か? そなたの名前と所属を言え!」手には俺でも知っている銃、カラシニコフを持っている。以前の俺なら映画の世界にいるみたいだと思ったことだろうが、俺はこの銃で実際に何度か撃たれている。
「無所属、イッシキマモルだ」俺は頭の中であらかじめ何度も予習したセリフを吐く。「あんたらの司令官、イッシキソウジの弟に当たる。トウの連中にだまされたことに気づいたので逃げてきた。ここに、戦利品もある。
狩ったウサギにするみたいに、カトレアの両手を片手でつかんであげた。この演出はカトレアの提案だ。
「少し待て」男が戻る。少し離れた位置で見ていた兵士たちの群れから、サーベルとも刀とも判別付かない剣を持った男が出てきた。たぶん、小隊長か何かだろう。
「古代人殿。あんたのことはよく存じ上げておりますわ。なんたってこの間トラッシュレインで、私の同期を殺してくれましたからね。ほんでそのことは置いとくとして、とにかくトウの連中にだまされていたと気づいて、逃げてきたと?」
「そうだ」会話の最初でさっそく、軽い先制パンチをしてくるあたりは、人とのしゃべりに慣れているようだ。
「あいつらはヒトを電池として扱おうとしていた、ヒトでなし共だ」
カトレアが少しうつむく。芝居だとわかっていても、やはり心苦しいみたいだ。
「それで、その竜人は?」カトレアをアゴでさした。
「俺がこの手で捕まえたアカギのカトレアだ。あんたたちも名前は知ってると思う。俺の憎しみの証明として持ってきた。なんでも竜人の翼と角はカンポウヤクになるそうじゃないか。手土産としては、不足ないと思うが」
小隊長がぷっと、タバコを捨てた。どう見てもストローにタバコの葉をつめたとしか思えないシロモノだった。
「私はね古代人殿、三十人ほどの部下を預かるしがない身分ですが、それでも竜人の翼がカンポウヤクなんて迷信、信じちゃおりませんぜ。あいつらはケガレタ生き物ですんで。それなのに、英知ある古代人のあなた様がそれを信じるなんて、そりゃあおかしい」
まずいな、と不安になる。雲行きが怪しくなってきた。さすがに人の上に立つものとなると、多少知恵は回るらしい。
カトレアやツバメからさんざんぱら悪口を聞かされてきたので、神ナズはどうしよもない低能な連中の集まりだと思っていたけど、彼らだって人間なのだ。疑いもするし、――揺さぶりもかけてくる。
「そんなに憎いなら、この場でその竜人のメスの翼と角をもいでくださいよ。それなら、司令部に掛け合いましょう」
困った、と後悔する。どうする俺?
土のうの裏から、「もーげ、もーげ」とはやし立てる顔が見えた。どいつも二十~三十の男に見えるが、知能はクソガキの群れだ。
「どうしました? なんなら後ろの部下に預けてくれてもいいですよ。有効活用しますんで」
目の前の男の表情こそ変わらないものの、後ろの部下からはいっせいに歓喜と口笛を吹く音が。たとえ自分の爪の先だろうと渡したくないような連中だ。
小隊長が、腕をさっと上げた。歓声がはたと止まる。
「この手が下ろされると、機関銃が火を噴く手はずでね」
相手はけだるそうな顔を変えない。「このままだんまりだと、わたしゃあなたを敵と見なして、手を下ろさなきゃいけなくなるし、なにぶん年なんで、ずっと腕をあげておくのもしんどい」
カトレアが目で「やってくれ」と信じられない訴えかけをしてきた。バカな。
俺はかなり小さいころ、つかんだトンボの翅を間違ってむしってしまい、吐き気がするほど後悔したことがある。
世話になり、根が優しくて、しかも自分を信じて付いてきてくれた少女にまちがってでも何かしたら、ショックで気絶するかもしれない。
カトレアは目だけでなく、背中をひねって翼をこちらにむける動作まで加えてきた。小隊長は興味深げに事の成り行きを見守っている。俺はとにかく時間稼ぎのつもりで、翼をつかむだけはした。
カトレアが、堪忍したような恐ろしく悲しげな顔をした。
まさか、俺についてくると言ったときから、こうなることを予想していた?
突如、小隊長殿の顔が強ばり、「気をつけ」の姿勢をした。視線は俺の背後。
「なにをしてるのだ!」救いの声は、俺の苦手とする叫びだった。「説明しろ!」
音もなくやってきたアニキが、後ろに立っていた。あの重くて図体のでかい鎧で、音を立てずに動けるなんて、――ますますアニキのことが苦手になる。
小隊長は、どっかの独裁者にするみたいに右手を高々と上げて、「ハイホー!」と叫ぶ。
「は、申し上げます、亡命を希望する不審な概念鎧でしたので、尋問しておりました!」
「不審だと? 君は、これが私の弟だと、知らなかったとでも言うのか?」
「は! たった今あなた様の口から、真実を知りました!」
どうして大人って、こんな簡単にばれる嘘をつくのだろう? 働くということは、どうしても知能の低下を招くのか?
「ウソはいけないね」明らかに年下のアニキがたしなめるように言う。「今日は見逃すけど、次やったら『牧場』でクソかきをさせるからね」
「はい、以後気をつけます」
俺には「ウソがばれないように気をつけます」といっている風にしか聞こえなかった。
アニキがそんなこと気にしていないように、笑みをこぼす。
「来てくれてうれしいよ。そちらの竜人のお嬢さんも、弟の友人なら私の友人も同然だ。さあ、立ち話もなんだ、町を見て回ろう。この世界のことを、かなり詳しく説明できるはずだ」
俺はようやく、カトレアの翼を離す。
赤い鎧の神経に繋がった本当の手のひらが、したたるほど汗をかいて、いまだ止まらないのを感じる。




