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一万ニ千年後のレフュージア  作者: 上日 ゆうじ
17/28

16 鎧の真実

「二つだけ、聞きたいことがある」

 俺は目の前にいるツバメ、カトレア、ミーアに宣言した。

「一つは、俺の足にたまっている〈ウミ〉は、いつか俺を溺れさせるのかということ」

 ツバメがうつむき、カトレアはむっつり黙った。ミーアはチョウチョを追っているみたいに目を泳がせている。

「もう一つは、俺の名前を、なぜ呼ばないかということだ」

「おまえの名前なんか、よく覚えていないから」

 ミーアが答えた。

「そうか」俺は残り二人を見る。「二人はどう? ツバメにカトレア、俺の名前は知ってるよな?」初めて会った日の夜、野宿したときお互い自己紹介した。

「お兄ちゃんに似てるから」ツバメが答えた。「お兄ちゃん似てて、ついそう呼びそうになって、いっつも口をつぐんじゃうから、名前を呼ばないの」

 うまいように見える答えだけど、よく考えるとかなり苦しい。それにそわそわした、あきらかにウソをつきなれていない挙動だ。

「カトレアは?」

 うつむいて黙っている。

「カトレア!」

「カトレアもきっと、たんに忘れてただけだな!」

 ミーアがまた答えた。まるでかばう様に。

「忘れていたのか?」俺はさらに聞く。冷静に質問しているのが、自分でも驚くほどだった。――たんに、自分がどのぐらいの罪を犯されているのか、わかっていないだけとも言えたが。

 俺と面と向かう三人の背後には、あの「H」型の橋脚がそびえている。その向こうでは、その名で呼ばれ始めた頃から崩壊していたトラッシュレインの廃ビル群が、日の光をにぶく弾いている。

「ツバメ、ミーア、アタシはもう、」

 耐えられない。と、小さくつぶやいた。顔を覆った腕は、ずいぶん細く見えた。

「全部、話していいかな?」

「カトレア!」ミーアの声は、普段のふざけた様子からは考えられない剣幕だった。「あんなに竜人の掟を守るあんたが、ここにきてトラッシュレインのみんなで決めた約束は守らないつもりな?」

「ヒトをだます約束事が、あってたまるか!」

 やはり、俺はだまされていたんだ。――しかし、どの程度?

「鎧はヒトじゃないな!」ミーアの声、むきになったふるえ声。「あれは、〈人炭〉という資源が〈概念鎧〉という資源に変化しただけな! 本来は人炭からそのまま燃料の運命なのが、たまたま鎧になって一瞬の生を謳歌(おうか)してるんだな。最後には溺れて、結局――」

「ミーア、それ、ひどい言い草だよ!」

 ツバメの叫びを、俺はほとんど聞いていない。今、溺れるって言ったよな?

「俺は、最終的に溺れて死ぬのか?」幽霊がしゃべるならこんな発音だろう、という声が鎧の中に響いた。

 三人は黙っている。

「こんなやりかた、したくないが――」俺は怒りと不審に任せて言葉を紡ぐ。

「三人のうち誰かを今から捕まえて、白状するまで――」

「それ以上言うな」カトレアがにらむ。「気の弱いやつが、脅しをしちゃいけないよ。残酷に歯止めが効かなくなる」

 俺は、最もだと思ったわけではないけれど、相手がしゃべってくれるのを待った。たぶん、お人よしなのだろう。

 三人の少女は、お互いを見ないものの、明らかに気配でそれぞれを探り合っていた。姿形の違う彼女たちの共通点、それは「嘘をつききれない」。


「イッシキマモルさん」


 ツバメが初めて、俺の名を呼んだ。

「あなたに、全てを伝えたいと思います。わたしたちトラッシュレインの人々が、数百年にわたって犯してきた罪を」

 どうして俺にと、俺は小さく問う。話が、予想以上に大きくなり始めてる。

「あなたは最後まで気づかなかったからです」ツバメは続ける。「他の概念鎧さんたちは、ウミがある程度たまった時点で気づくんだけど、あなたは気づかず、――ずっとわたしたちのために働いてくれて、命を、何度も、助けてくれた。だから、それのお礼もこめて・・・」

 それに懺悔するならお兄ちゃんに似たヒトの方がいい。許してくれそうだから。小さなつぶやきの最後で、ツバメは泣き始めていた。

 それはまちがいなく、俺から見れば身勝手な言い分だった。けど、無視はできなかった。

 もしウソをついたヒトが後悔して真実を話すのなら、そっと耳を傾けた方がいい、と俺は思う。そうしないと世の中に、怒りを買う恐ろしさにウソをつき続けるヒトが増えるから。

 それに、明らかにこのウソは社会全体でついているものだ。社会の圧力に、少女三人が抗えるとはとても思えない。

「わたしといっしょに来てください」

 ツバメの今まで聞いたことのない、他人行儀な言葉遣いが痛々しい。

「天空の台地チバへ。そこで全てを、見ていただきます」




 秘密の抜け道は、トラッシュレインから延びていた。

 はしけを使ってトラッシュレインへと戻ってきた俺たち四人は、古代の核シェルター跡へと歩みを進める。ちょうど俺のいた神社の裏にある山に、くり抜かれた形で作られている。ほぼ完全な形で残っている唯一の古代遺跡だ。

 はしけに乗っているときも、山に向かう道中も、全員無言だった。

 特に山に向かうゆるやかな上り坂を登っているとき、「肩に乗る?」と気を使った俺を無視したツバメが、物悲しかった。

 拒絶されてわかったけど、俺、かなり彼女のこと、好きだったんだなと思い知った。

「ミーア」俺はちょっと意地悪を言ってみた。「おまえはついてくる必要ないんだぜ? 案内はツバメがしてくれるし、俺は敵前逃亡した上にその敵の司令官の弟だ。親しく付き合ってると立場的にまずいんじゃないか?」

 不意打ちの言い草に、ミーアは口をぱくつかせる。それで、いつものノリからは信じられないぐらい泣きそうな顔になった。

「そ、その、あんたがもう一度、脱走しないように見張りを・・・」

「この物資不足のご時勢、〈資源〉に逃げられると困るもんな」

「許してあげて」ツバメがするどく、だが悲しげに言った。「ミーアだって申し訳なく思ってるの」

「そうそうそれに、」ネコは少し勢いを取りもどす。「真実を知ったあんたが怒って、ツバメを叩いたりしないよう、守るヒトが必要な!」

「つまりあんたらは、俺に殴られても仕方ないようなことを、ずっとしてきたわけか」

 にゃうぅ、と息の詰まる声がした。

 シェルターの中は、非常電源もとっくの昔に死んでいることもあって、漆黒の闇だった。

「ひんやりしてるの感じる?」カトレアがひとり言のように、しかし俺に言ってくる。「鎧だから、感じないよね。すっごく寒いんだよ、ここ。寒さに慣れたアタシたちでも、一晩は持たない」

「『パイクリート』っていう、材質で出来てるの」ツバメが白い息をたなびかせる。「すっごく硬い人工の氷。石油機文明時代の英知ね。――わたしたちが古代の人を尊敬しているのは、まちがいないよ」

「ここから先はマオが先頭な」ミーアが率先して前に出た。「ネコだから夜目が利くな」

 ミーアが一度メンバーから離脱して持ってきてくれた石油ランタンをそれぞれ持って、中へと入る。

 銀行の金庫みたいな厚い扉を抜けて、がらんどうの空間を歩くと、奥に後付けしたとしか思えない道が続いていた。ランタンで照らすとよくわかる。地面をスコップやつるはしで掘っただけの、粗末な空洞だ。

「古代では地下に、あんな広い部屋が作れたのに、今のわたしたちじゃ、これが精一杯」

 ひも付きの滑車のようなものが、下り坂になっている道に備え付けてあって、俺はそれにくくりつけられた。

「この滑車は?」俺は問う。

「・・・動かなくなった概念鎧を、運ぶための滑車だよ」ツバメが静かに答えた。

 残念なことに、俺が通るにはその道は狭かった。それにもっとまずいことに、道半ばで完全に体が反応しなくなる。それまでは軽く身をよじるぐらいはできたのに、闇はいよいよ深い。

「つっかえたな」肩、胴体、足、どれもが絶妙に土の壁にひっかかり、狭い空洞の栓のようになる。

「戦いすぎだよ、あんた」カトレア。「装甲が普通の概念鎧より分厚いんだ」

「少しも動けない?」ツバメ。「もうちょっと進めば、明かりのあるところに出るのに」

「そのトゲが邪魔だな」カトレアが、土にめり込んだ肩のトゲを見上げる。テンタクル・クラウドに襲われた次の日に防衛本能で生えたやつだ。

「引っ込められない? それかアタシの翼みたいに、折りたたむとかは?」

「どっちも無理だ」俺は言った。「勝手に生えたくせに、俺の言うことを聞く謙虚さを持っていない」

 結局三人で、俺を押したり引いたりすることになる。先頭を歩いていたミーアが引き、後ろを歩いていたツバメとカトレアは押す。

 めりめりと壁がえぐれる音がする。初めは少し動いたが、やがてまったく動かなくなる。

 ついに道の一番細いところで、完全に深みにはまった。

「俺はこの闇の中で朽ちるのかな」

 ぎらりと真横に、竜化した爪が見せ付けられた。

「ヒトを裂くだけが能だと思わないことだね」

 かなり時間がかかったものの、ようやく俺サイズに穴が広げられた。場所がゆるやかな下り坂になっていることも幸いした。運ぶのにかなり楽をすることができる。

 少し向こうが明るくなったとき、土に汚れたカトレアの腕が血まみれなことがわかった。

「気にするな」俺が気づいたのに、カトレアも気がついた。「明日には治るから」


 抜けた場所は海の底だった。厳密に言うなら、ガラスで覆われた道が、海の底を走っているのだ。

 そこは古代の都市だった。周りの建物は、すでに朽ちて丸みをおびた輪郭しかとどめていないけど、すぐ下の道はアスファルト敷きで、大きな駅にあるような動く歩道まで備えている。

 その道はくたびれているのに、よく手入れされているように感じられた。

 ツバメが脇にあったスイッチを入れると、あちこちで明かりが灯り、動く歩道が音を立てて流れ出す。電源が生きている!

「シャイン・ライン直後、まだ余力のあった人類が、アトミック様の〈ふりそそぐ害〉から身を守るため、メインストリートにこんなガラス覆いをつけたと言われているの」

「〈ふりそそぐ害・・・〉」

「うん。〈ホウシャセン〉って呼ばれている」

 俺らは自動で進む。

 海は浅く、ところどころにゆがめられた日光があちこちに当たり、浅瀬に進出してきた深海魚たちが一族の春を謳歌するように身をくねらせている。

「まるで水族館みたいだな」俺の感想。「これは、海底都市じゃないな。都市が海に沈んだんだな」

 ビルからビルにかけて、軍艦がひっかかっている。どこからか流れ着いたのか、はたまた都市が沈んだその上に沈んだのか。

 かなり長い間、動く歩道に乗っていた。やがてみんな腰を下ろした。無言の時間が数時間あった。夜になり、それぞれ食事を取る。俺には水がかけられる。歩道はずっと動いている。

 眠り、起きても、まだ目的地にはついていなかった。

「長いんだな」俺はようやく、軽く文句を言う。

「祈る時間としては、妥当だよ」カトレアが口を開く。「概念鎧に付き添う人は、この間ずっと祈ってるんだよ。――祟らないでくださいってね」

 やがて前方に、洞窟のようなものが見えてくる。視界の上にある水面に、寄せては帰る波が泡立っていて、黒くうつろな空洞に、道が吸い込まれている。

「暗闇か。また動けなくなるな」

「すぐに日の光をいっぱい浴びることになるよ」

 普通の言葉なのに、ツバメの言葉は謎かけのようだった。

 また太陽の光がさえぎられる。自分の体が動かなくなることが感じられる。

 俺はなんとか一歩を踏み出して、歩道から降りた。三歩目で完全に動かなくなり、がたん、と腰を落とした。

 中は暗いものの、広い部屋だということはわかった。ランプの明かりの範囲では壁を照らしきることができないからだ。

「そのランプは、・・・人炭の油か?」俺は気になっていた事を、口に出す。今の不穏なムードで聞くべきではなかったかもしれないが、ここに来て、相手がどう反応をするかどうしても見たかった。

「そうだよ」カトレアが答えた。「小さいころからずっと、アタシたちは人炭のお世話になってきた。これをつけるといつも、人間って温かいんだな、って思う。――皮肉じゃないよ」

 ランプで照らされたほぼ中央に、ツバメのみぞおちぐらいの高さの円柱にのっかったテンキーがあった。

 ツバメが滑らかに操作した。石油機文明時代の遺物だけど、その当時の人とほとんど変わりなく、キーをたたく音がした。――この子、慣れている。

 足場が上昇し始める。

 エレベーターというより、工場なんかにあるリフトに近いものだろう。今まで通ってきた通路が隠れ、暗闇の中をどんどん上昇していく。

「また地上に出るのか?」俺は聞く。

「台地に出る」カトレアが俺を見ずに言った。

「天空の台地チバ。生きた古代人がこの台地に入るのは、初めてのことだよ」

 天井が左右に分かれ、光りが広がり、やがて空が大きく開かれた。




 概念鎧が、たくさん並んでいた。

 横たえられ、整然と敷きつめられた状態で、遥か地の彼方までずっと概念鎧。形は色々で、入っている人も老若男女様々で、だが全ての鎧が深い青色をしていて――

 中にいる人ことごとく、顔まで〈ウミ〉につかって死んでいた。

 俺は無言で歩く。三人も無言でついてくる。

 鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧、鎧・・・ 

 概念鎧の中の人は、いろんな死に顔をしている。

 穏やかな女、苦悶の表情を浮かべている男、目を大きく見開いて口を開けている少女、泣きながら死んだとしか思えない男の子・・・

 肉体が骨まで崩壊して、煮崩れたように原形をとどめていない人間もあった。

「これはなんだ?」直感的に把握する。いつか自分も、ここに加えられるのだと。

「これはなに?」もう一度聞いた。

「伝統」カトレアが答えた。「概念鎧の利用が始まって以来ずっと、こうして亡くなった人を、再利用している」

「再利用?」普通、死者には使わない言葉だ。

「ここはね、大きな太陽光発電施設なんだ。それで、概念鎧は、すごい効率のいい太陽電池だから、こうやって・・・」

「怒らないで!」口を開こうとした俺を、ツバメは先に制した。「これはね、人類みんなのためにやってることなの!」

「ワシから説明しよう」

 並んだ鎧の影から、意外なことにマステドウが出てきた。

 俺は視野が高いから、背の小さな先生のことを、見落としたのか。しかしどうしてここに?

 気がつくと、あちこちから、トラッシュレインの見知った人々が出てくる。デミオ、クレナイ、寺子屋の竜人の先生、カードゲームの見学をしていた子どもたちに、ナギナタを持った園児服の兵士たち・・・

「マオが、ランタンをとってくるときに、呼びかけたの」

 ミーアが白状した。「みんな、古代人に初めて真実を告げるってことで、ぜひマモルがどう反応するのか知りたいって。

 自分たちがどのぐらい、栄光の石油機文明時代のヒトとの価値観がずれてしまってるのだろうって」

「別に、みんながいちゃいけないなんてルール、ないでしょ!」ツバメが、まるで俺が怒っているみたいに叫んだ。

「それより先生、話の続きを・・・」俺はまったく気に留めずないふりをした。事実、緊張はほとんどない。誰がいても、何人いても、恐れることはない。

 生身の人間程度なら、今の自分ならたたきつぶせると、ほの暗い自信が沸き起こっていた。その自信で、自我を補強していた。

「この発電所の地下には、地球をぐるっと一周するエネルギー加速器が埋まっておる」

 マステドウははるか向こうを指す。

「そして一万年以上前から、ずっと太陽エネルギーを貯めておるのじゃ。時空転移のためにな」


 石油機文明崩壊直後に繁栄した「魔教導文明」。石油機文明の高い技術水準を受け継いだこの文明は、いずれ人類が滅びると確信した。

 すでに地上では〈アトミック様のケガレを受けたもの〉たちが跋扈(ばっこ)していたし、単純な構造ゆえ急速に進化したテンタクル・クラウドも猛威を振るい始めていた。世界大戦をこじらせた人間同士の紛争も現在進行形だった。

 何よりも地球が急激に寒冷化し氷河期が近づきつつあるのが一番の問題だった。毎年の最低気温も最高気温も共に右肩下がりなのが、子どもでもわかる折れ線グラフで示された。

 人類はこの先の氷河期を生き残れないと、魔教導文明時代の学者たちは考えた。これは石油機文明時代の学者が、もし現代に氷河期が来たら人類は生き残れないだろう、との予測と完全に一致していた。

 そこで、人類を救う最終手段として考えられたのが、時空転移による過去の修正である。

 選ばれた英雄を一人、あるいは数人過去へと送り、世界大戦を起こさせず、アトミック様の顕現を防ぎ、人類が一致して氷河期へと立ち向かうよう仕向ける、壮大な計画であった。

 すでに20世紀末、相対性理論が発見され、タイムワープの可能性が示唆されていた。机上の空論の域を出なかったものの、すでに理論化され、ワープ装置の設計図も完成していた。

 こうして、魔教導文明最後の賭けにして、この文明崩壊の直接の原因になった事業が始まった。

 地球を一周するエネルギー加速器の建造が開始される。それは万里の長城やスエズ運河の建設を超える、人類最後の自然への挑戦であった。

 すでに地殻変動や天変地異に強い、丈夫でフレキシブルな素材を作る技術は失われていたため、石油機文明の遺物から取り外す。人間の盗賊に、退化して魔物と化した人間、テンタクル・クラウドなどの妨害を受けて多くの死者を出し、推進か中止か意見の対立も起きて、工事は遅れに遅れる。

 加速器は、絶対に地球一周分の長さが必要であった。時空転移には膨大なエネルギーを動かす必要がある。充填と加速には、その規模の装置でなければ意味がなかった。

 そして計画開始から三〇〇年後、ついに加速器が完成した。もはや魔教導文明は建造による経済の悪化で断末魔。完成を祝う余裕もなかったと伝えられている。

 当初使う予定だった原子力エネルギーの科学者たちもことごとく寿命や病気で亡くなっており、技術が完全に失われていた。――完成はしても、稼動は不可能だった。

「こうして利用されることなく埋もれていた加速器と装置を発掘し、再稼動させたのが、ワシのひいおじいさん世代の人たちじゃった」

 長耳族は長寿だ。だいたい九百年前ぐらいことだそうだ。

「当時のワシらにはもう、原子力どころか火力も水力も扱えなかったし、それどころか乾電池一本製造できなかった。唯一利用できたエネルギーが・・・」

 大空を指差す。

「太陽だったってわけか」俺は相づちをうつ。

「概念鎧は大変優れた太陽駆動系じゃ。鎧自体が非常に高性能な『生体(せいたい)再現型(さいげんかた)太陽(たいよう)電池(でんち)』で、エネルギー変換効率は九〇パーセント以上じゃ」

 人間が発生させる二酸化炭素や汗さえ利用した、徹底的な独立型システムだそうだ。

「発掘した概念鎧を働かせ、戦争に使い、ウミがたまって役目が終わったら太陽電池として再利用する。ワシらが希望を胸に過去に行くために、ずっと続けてきた『伝統』じゃ」

 言葉が出なかった。あまりにも話が壮大すぎて―― 

 そして、あまりにも身勝手すぎて。

「俺の知ったことじゃない」唇はふるえていたけど、初めに抱いた感想が素直に言えた。

「俺の知ったことじゃない。同情はするけど、それだけだ。見ろよ、この透明な脚を」俺は見せつけるように一歩前に出る。

「もう〈ウミ〉が俺自身のひざのところまで溜まっている。あんたらが働かせたからだ。

 俺は絶対に、こんなところに並べられて、お日様に照らされて朽ちたくはない」

「生きているかぎり、〈ウミ〉は少しずつ発生する」デミオだ。「もはや君に戦えとか、埋まった車を引っぱれとか、そうゆう要求はしない。が、最終的にはここの一部になってほしい。我々人類にはもはや時間が――」

「関係ない、と言ってるだろうが!」

 脚に溜まった水がぶるぶると震えるほどの大声だった。この場の全員がたじろぐ。そりゃそうだ、戦車と戦えるような相手に、生身で立ち向かう人間なんて――

 一人いた。クレナイ・ケンが肩をいからせて前に。

「調子に乗るなよ、小僧」何歳も離れていないであろう俺に面と向かう。

「貴様は本来なら人炭として、燃料にされるところだった。そこを、技師見習いのツバメ・マトアが兄恋しさに、おまえを生き返らせた。本来ならおまえは、死んだ同然の状態のまま死に行く運命だったんだ!」

「だから素直に、ウミにまみれて溺れ死ねというのか?」

「――我々は自分たちに課せられた今の時代という運命を、雄々しく立ち向かっているつもりだ。それを貴様はなんだ? この時代に生まれなおしたというのに、自分は関係ないといまだ思っている。いったいいつまで、満たされた石油機文明時代のぬるい道徳やら人権意識を、後生大事に抱えておくのだ?」

「俺を生き返らせたのは、あくまであんたらの都合だ!」

 生き返らせてくれなどと、俺は一言も頼んでない。

「初めから素直に頭を下げて、事実を語ってくれていれば、まあ協力する気がないでもなかったかもしれないが、今となっては無理だ。おまえらは勝手に寒さに震えて、蛮族や触手に襲われて、戦争で傷つき傷つければいい」

「寒さも戦争も蛮族も、みんなみんな、おまえらの古代人のせいなんだぞ・・・」

「なんだと?」

「あたりまえだろ!」俺の鎧の胴体をつかむ。

「なぜ我らが寒さに震えている? おまえらがオゾン層を破壊しなかったからだ! なぜ世の中に魔物や触手がいる? おまえらが堕落してアトミック様の顕現を許したからだ! なぜ戦争で、私の仲間や幼い部下が死ぬ? おまえらが戦争というものを根絶できなかったからだ!」

「おぬしら古代人は――」マステドウが長年生きても解決できなかったものを思い返すように、目を伏せる。

「地球温暖化を食い止めるか、それとも石油経済を優先させるかの、二択しかなかった。本当に必要なのは、『適切な地球温暖化』じゃったのに。お主らの時代ではすでに、地球がまもなく氷河期に突入することはわかっていたはずじゃ」

 夏なのに、冬空のように凛とした天空を仰いだ。

「あと二百年後には、氷河期はもっとも厳しい時期になる。平均気温が三度下がるに過ぎないが、作物は壊滅して、人類は皆餓死じゃ」

「貴様は我らのことをまったく無関係な人間だと思っているようだが――」さっきから叫んでいるのに、クレナイの息は切れない。

「我々は貴様がかつて住んでいた日本に住んでいる。つまりおまえの子孫だということだ!

 おまえらが一家に一丁小銃を配備しなかったから、おかげで子孫は銃が発掘できず、神ナズにいいように殺されている。おまえらは動物を大切にしたようだが、そいつらが凶悪に進化して人を襲うようになっている。そこのカトレアは一番の被害者だ!」

 カトレアは、眉毛一つ動かさなかった。

「そいつら竜人の翼や角がカンポウヤクになるなんて迷信がはびこったそもそもの原因は、おまえらが映画やゲームでくり返しドラゴンを退治して、鱗や肝を奪取したからだ。そのエンターテイメントを、神ナズのあほうが真に受けて、一族を皆殺しに――」

「なんだよ・・・」

 みんな俺が、悪いみたいじゃないか。「俺には、関係・・・」

「関係ない、そう言いたいのか? 確かにおまえ個人にしたら、そうだろうよ」

 つばを地面にはき捨てた。「だがな、俺らの苦労はおまえら古代人が原因なのはまちがいない。古代の罪を我々が負っているのなら、その古代人を『有効活用』して、何が悪いのだ?」

 まるで俺が罪人みたいな言い方だ。

 ただ普通に生活して、気づいたら鎧にとらわれていて、こいつらのために人まで殺すはめになったのに、なぜその俺が責められる?

「今の発電効率では、時空転移に必要なエネルギーが溜まるまで、一万年はかかる」

 デミオがまた自分たちの現状を言う。

「氷河期は終わるものの、気候がどうなるか予測もつかない時期だ。――このままでは人類は、温かい時代を迎えられない」

 実は俺、さっきから殴る機会をずっとうかがっていた。だってそうだろう? 何が一家に一丁小銃だ。

「せっかく与えられた能力を活かさないのは、罪だ」

 クレナイのこの言葉、今さら殴るほどの言い草じゃないことは、わかっていた。

 でも俺は殴った。ちょっと殴って、みんなを脅してやろうという思いがあった。だからもちろん本気じゃない、突き飛ばした程度だ。

 それでも、ものすごい勢いでクレナイは吹っ飛ぶ。

 横たえられた概念鎧のうち一つにぶつかり、それをのりあげて、反対側に転げ落ちた。赤い髪が振り乱れる。ミーアが心配そうに駆け寄った。

「ひどい!」叫んだのはツバメだった。

「ひどいひどい! どうして突き飛ばしたの? あなた、今自分が、ものすごい力を持っているってわかってるの?」

 ものすごい剣幕ではしとつかむ。小さな手のひらが、俺の腰辺りにへばりつく。

 クレナイが頭から血を流しつつ、立ち上がった。ミーアが肩を貸している。

「ひどいのはアタシらだよ、ツバメ」

 カトレアが脇に立つ。「アタシらのやっていることは、ようは安らかに眠っていた人をたたき起こして、自分たちのために働かせてるに過ぎないんだ」

「なによ、カトレアだってマモルの時は乗り気だったじゃない! お兄ちゃんに似てるから!」

「それは今は関係ないだろ?」カトレアはツバメより頭一つ分大きいから、見下ろす形になる。

「アタシは、概念鎧を発掘して『消費』するシステム自体を問題にしてるんだから!」

「自分だけいい子ぶるつもり? みんなを巻き込んで!」

 そのみんな――つまり俺以外の周りにいるヒトたち――が息を止めた。

「カトレアが白状しなければ、マモルは何もわからないままだった! 仮に知ったとしても、ごまかせる範囲だった!」

「おまえは、自分の兄に似た人を、だまし続けることができるのか?」

 ツバメは言葉につまる。ちらりと背後にいるトラッシュレインの同胞たちを見た。そして・・・

 痛々しいほど目をいからせた。

「できる」

「この、エルフめ」

 カトレアが素早く言った。

 しばらく、電池となった概念鎧と概念鎧のあいだを通り抜ける風の音だけだった。全員が、上空をテンタクル・クラウドの群れが覆いつくしているように息を潜めていた。

 ツバメがわなわなと振るえ、目に涙をいっぱいため、顔を覆って脱兎のごとく駆け出した。

「カトレア、ツバメと絶交する気?」

 日頃おちゃらけたミーアが、しごく真面目な声だった。「それ、言っちゃいけない言葉だって、わかってるよね?」

 カトレアは黙っていた。

「だんまり? 今から追いかけて、あやまりなさいな」

 カトレアはうつむいて、握りこぶしを作っただけだった。

 ミーアも明らかに、あざける口調になる。「それともアカギみたいなド田舎で竜人ばかりと暮らしてたら、そうゆう礼儀作法を忘れちゃうのかな?」

 ガン、とカトレアは手近にある頑丈な物を殴った。抗議と威嚇と否定、そんなのがない交ぜになったこぶしを、みんなにアピールせずにはいられないようだった。

 殴られた俺の胴体がふるえ、ウミがちゃぷりと静かな音を立てた。

 カトレアも黙って去ってゆく。ツバメとは反対の方向に。しっぽがまったく動いていない。

「マモル殿、最後によいかな?」

 マステドウが改まって俺の前に立つ。――すごく小さい。見下ろす首が痛いほどだ。

「なぜワシらが概念鎧を『ご神体』とあがめておるか想像がつくか? ――怖いからじゃ」

 俺も、カトレアみたいに黙っていた。心はツバメのように逃げ出したかった。

「みんな本心では、お主みたいな概念鎧が恐ろしくて仕方ない。もし暴れたりしたら、ワシらにはまったく手がつけられないからじゃ。もし概念鎧が悪人で、富や名誉や女を求めたら、ワシらは従うしかない。

 だから、神と奉ることで、概念鎧本人を(りっ)しさせ、同時に民のために働かせるシステムが出来上がった」

 ところがお主は、ワシらの仲間に手を上げた、と長寿の学者は声を出した。

 クレナイが、ミーアが、デミオが、みんなが俺を見ている。そこには不安と恐怖。

 俺を初めて見たときに見せてくれた、期待と安心がこもった瞳は、一つもない。

「どうか、ワシらの前から消えてくれんか?」それは死の宣告と同義だった。

「身勝手なのは重々承知しておるが、もはやワシらはお主と過ごすことはできんし、お主だってワシらと共にいることはできんじゃろう。だから、頼む」

 どこへなりとも、好きなところへ行ってくれ。長寿の賢者は深々と頭を下げた。

 俺は、全てを聞いたと判断した。

 回れ右をする。そのままゆっくりと歩く。足のウミが静かに揺れる。誰も何も言わない、無言の別れ。

 しばらく歩き、一番はじっこの概念鎧にまで来たとき、俺と同じ高校の制服を着た少女がいた。きれいな体だ。「痛んで」いない。一番最近のものだろう。

 顔は、穏やかだった。

 その子の足元に、花が備えてある。オオタンポポの黄色に、センジョウケシの白に、フクノクズの紫。

 この時代で生き残っている花がみんな、そろえられていた。

 なんで花なんて供えてるんだよ、と俺は思う。道具として扱うなら、それに徹すればいいのに。

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