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一万ニ千年後のレフュージア  作者: 上日 ゆうじ
16/28

15 朝駆け

 俺は驚くほど朝早くから動くことができた。


 まだ太陽は出ていなかった。真っ暗ではなかったものの、曇り空の夕暮れ時と、さして変わらない明るさだった。

 暗くても動ける。鎧が日ごと進化していると、今日ほど実感したことはなかった。

 振動にあわせて、脚のウミがちゃぷちゃぷと揺れる。すごいスピードで走ると、鎧の関節やつなぎ目から水が漏れて、ますます〈ウミ〉が溜まってゆく。

 このウミは、たぶん進化を繰り返せば繰り返すほど、溜まってゆくものなのだろう。

「経験値」の一種かもしれない。

 俺は予想する。

 水が胴体まで覆うようになったら、一種の緩衝材の役割も果たすようになるだろう。銃弾、砲弾の衝撃を受けても、アニキに蹴りを食らわされても、大してショックを感じないようになるかもしれない。


 敵のベースキャンプベースは海沿いにあって、どうも撤収作業の途中らしい。テントが解体され、トラックに資材を積んでいる兵士らしき影が、ちらほらと見える。

「撤退するのかな?」俺は希望的な分析をした。

「いや、進撃するんだ」カトレア。「昨日のあんなことがあってから、みんなトラッシュレインに引き上げちまった。だから、アタシらが放棄したこの〈ダイバーランド〉を占領するんだと思う」

 そういえば、昨日の市長とアンクル・サムはどうしただろうか? カトレアに会ってから急速に安心して、すっかり忘れていた。

「ほら、鎧様、叩き潰せそうな数かい?」

 カトレアが集中を切らしている俺を目ざとく見つけて、うながした。俺も、目の前に集中することにする。

 今眼下にいる兵士たちは、たぶん一〇〇〜二〇〇人ほどで、ほとんどが大人の男たちだ。

 クレナイが率いる少年少女兵では分が悪そうだが、俺なら大丈夫だ。

「双眼鏡か何かあればな」と俺は目を細める。ちょうどカトレアといっしょに、相手から三〇〇メートルほど離れた起伏の裏に隠れているのだけど、ここからではよく見えず、当然声も聞こえない。

「双眼鏡なんて貴重品、市長とクレナイぐらいしか持ってないよ」カトレアは手で筒を作ってのぞきこむ。「アタシは視力が2.0あるけど、さすがにこの距離じゃ・・・」

 そのとき鎧の内側、ちょうど目線の高さにある部分が丸く浮き上がる。まるで拡大鏡でのぞいたみたいに、景色をズームアップした。これには驚くのを通りこして、笑ってしまった。

「それが、『今日の進化』か」カトレアが俺の肩から、拡大鏡を透明な鎧越しに覗きこむ。「何が見える?」

 まず見えたのは、翩翻(へんぽん)とひるがえる青い★マークの国旗だ。

 そのふもとにはテントを解体する灰色のつなぎ姿の兵士たちがあって、かなり古めかしいトラックが一台、テントの部品を積んでいる。その横には寝かされた人炭がずらりと並んでいて、それは砂浜に置いてあるプロペラ飛行機のすぐ下まで続いている。飛行機は胴体にボートみたいな部品がぶら下がった、水の上を離着水するタイプだ。

 作業する兵士だけでなく、見張りの兵士もちゃんといて、目に見える全員が銃を肩から下げている。それにあちこちに、三つの立てた銃をそれぞれ互いにもたせかけて作ったバリケードみたいなものもある。

 もっともいずれも、今の俺なら簡単に突破できるだろう。

 問題はツバメとミーアの二人を助けるという思いが、人を殺したくないという抵抗感を、うまく突破できるかということだ。

「無理に殺す必要はない」カトレアが気づかう。「ただあいつらを押しのけて、二人を素早くさらって、逃げればいいんだ」

 しかし、鎧の俺と違って、カトレアは生身だ。肌を刃物で切られれば傷つくし、銃で撃たれれば死んでしまう。

 ――敵を減らしてリスクも減らさなければいけないのは、俺でもわかる。

「あんたも難儀だね」カトレアが俺の視線に気づいた。鎧越しに覗き込んで来る。

「ケンカもしたことなかったのに、いきなり人殺しをしちゃってさ」

「ミーアを無事に助けたら、自首するよ」

「はは」笑顔はすぐに、真面目な顔にとって代わる。「あそこ、一番大きなテント、司令官用だと思う」

 テントというよりちょっとした家で、アミューズメントパークとかで臨時のお化け屋敷を開くのに使われていそうだ。

 周りのものより高級そうな布を使っていて、そして概念鎧がくぐれそうな大きな扉の前に、直立不動の見張りが二人も立っている。

「ツバメとミーアがいるとすれば、あの中だと思う。――殺されていなければ」

 能面のような表情だった。

「アニキは、むやみに人を殺したりはしない」俺の安心させたいがための、反論。

「そのアニキ殿は、アタシらニューカムを殺すことが神の摂理だと考えている、神ナズ軍の指揮官なんだぜ?」

 確かにそれはかなりの疑問だ。

 アニキは一体どこで発掘され、どうして概念鎧になり、なぜ神ナズ軍の指揮官などやっているのか?

 世の中はうまくいかないものだ。苦手な相手にこそ、聞きたいことが山ほどある。

「それで、おりいって相談というか、頼みがあるんだけど・・・」俺は少し声の調子を落とす。

「この土壇場に来て?」

「俺単独でつっこんで、二人を救出したいんだけど・・・」

 ぶわりとカトレアの腕が鱗化して、ぎゅっと砂の地面がつかまれた。うわ、怒ってる。

「どうして?」静かな声に怒りを感じる。

「カトレアは生身だから、今ここで突っ込んだら、たぶん撃たれて死んでしまう。だから・・・」

「待っとけ、って言うのか? お断りだね。絶対アタシの腕で、ツバメを助けるんだ」

「助ける前に、助からないぞ?」

「アタシは一晩待ったんだ。本当は昨日の夜にでも助けたかったのに、あんたがアサガオの花みたいに夜はうずくまって動けないから――」

 パーン、と音がして、同時に自分の左肩に軽いショックが走った。撃たれたのだ。

「! 大丈夫?」反射的に首をすくめたカトレアが叫ぶ。

「この鎧の丈夫さを知らないのか? 撃たれたことより、見つかった事実の方が問題だよ!」

 するどい笛の音が鳴り、兵士たちがバラバラと散開する。見張りの者は物陰に隠れ、作業していたものは立てかけてあった銃をとり、みんなバラバラと撃ち始める。

 すぐに大きなテントから、概念鎧が出てくる。

 まるで俺が拡大鏡で見ているのを知っているかのように、アニキはこちらを向いた。サングラスが光る。

「俺がアニキをひきつける! その間にカトレアは二人を!」

 俺は堂々と立ち上がり、わざと自分をさらけだす。銃弾が何発も当たったが、小さなヒビとしずくのようなウミが飛び散っただけだ。まさに小雨に等しい。

 思いつきの作戦だけど、たぶんこれが一番いいだろう。でかくて丈夫な体は、おとりにはふさわしい。

 しかしアニキは、俺の予想外の行動をとった。さっと腕を水平に伸ばし、部下に「撃ち方やめ!」と号令をかけたのだ。

「マモル!」鎧に拡声器がついてるのか? と思わせる大声。「ここにはおまえを祭り上げる現地人がいない。よって腕力を見せつける理由がない。話をしよう、降りて来い」

 俺は一瞬面食らった。だけど、応じることにする。

 このまま戦えば俺は確実に何人か殺してしまいそうだが、その未来予想がくつがえせそうだったからだ。

 二人を助けるという思いと、人を殺したくないという抵抗感が、うまく共存できそうだ。


「アンヨがまだうまくないのだな」

 面と向かって会って早々、アニキは俺をそう評価した。

「あんなゆるやかな斜面を降りる程度でよろめいているようでは、この先の鎧での生活、苦労することになるぞ」

「はるか未来で再会したのに、まず説教か?」俺はせいぜい嫌みったらしく言った。そりゃそうだろ。

「説教ではない、事実だ」アニキはこともなげに言う。もうダメだ、猛烈な苦手意識が沸き起こる。

 十歳上のアニキは、俺が覚えているよりやや老けていた。

 高校時代から独学で情報系の資格を取り、大学卒業後は自衛隊に就職し、最終的には大学教師になるべく勉強中だった文武両道なアニキの悩みは、白髪が多いことだった。ハゲない代わりに若白髪の家系であるらしい我が家の血が色濃く出たらしく、大学二年生でもう、白髪染めのお世話になっていた。

 今のアニキは、白髪染めそのものが存在しない世界のせいか、はたまた鎧の中にいるから文字通り手も足も出せないからか(こっちが真実だろう)、前髪にあえて染めたように白いものが混じっていた。

 そして、俺も見覚えのあるサングラスをかけていた。その当時、若者にはやったデザインだったと思うが、今や浜辺のおじいちゃんがつけていそうなデザインに思えた。

「老けたと思っているだろう?」俺の本心を言い当てる。「おまえもこの世界ではすぐに白くなるよ」言い当てた上に、不吉な預言まで付け足してきやがった。

「俺は別に後ろめたいことをしていない」必死に言い返す。「だから心労が少ない。よって白髪にはならん」

「私も後ろ暗いことは何一つないね」再会直後に人を殴ったアニキが、堂々と言い放った。

「この白髪は指揮官としての苦労の結果だ。鎧で体が傷つかないぶん、心が傷つくのだよ」

 出た、キザアニキの迷台詞。俺が苦手とする、アニキの十はある性癖のうちの一つだ。

 アニキは俺の次の「返し」を待っているようだが、俺は一人で異国の雑踏に紛れ込んだみたいに押し黙ってしまう。

 アニキにはたずねたいこと、そしてたずねるべきことがたくさんあるはずなのに、いざとなったら何も思い浮かばない。

 苦手意識で頭が支配されて、他のところに脳みそを使う余裕が出てこないのだ。

「どうした?」そこまで汲み取っているかのような、アニキの少しあざける声。「兄弟久々の再会で、感動しているのか?」

「ツバメを返してくれ」まず出たのがそれだった。「そしてミーアも。もちろん、ツバメだけ返してミーアは返さないとか、その逆とかは、なしで」

「ツバメというのは、長耳族の娘のことだったね」さも興味なさそうに、頭のすみから思い出すような口調だ。てめえがさらったのに。「それでミーアは猫人(まおるふ)の方か。――捕虜の交換がしたいのなら、おまえも捕虜を連れてこなければならないぞ?」

「それがまがりなりにも弟に言うセリフか?」俺は敵の使節とかじゃないんだぞ。「そもそもなんで、神ナズ軍の指揮官なんかやってるんだ?」

「これでしか生きていけなかったからだ」ぐい、と真面目な声になる。「私がアメリカに派遣されていたことは覚えているな? そこで人炭化して、数年前に発掘された。生きていくためには、概念鎧としての体をフルに活用する必要があった。――ちょうど今のおまえがやっているように」

「俺はあんたみたいに、戦争はやっていない」これは失言だったことは、自分でもすぐに気づいた。

「バカな!」驚きさえ、どこか芝居がかっている。「ここ数日の我が軍の戦死理由で一番なのが、おまえだよマモル。一位がおまえで、二位がテンタクル・クラウド。おまえは立派な、トウ共和国の機動兵器だ」

「兵器なんて言い方――」反論は、すぐにはできない。市長は、俺のことを明確に「兵器」だと言っていたし、カトレアだってそう思っているふしがある。

「それで、ここから一番の本題なのだが」

 アニキらしいもったいぶった言い方・・・じゃない。かなり深刻な口調だ。

「マモル、私の元に来い。そのままトウに使われ続けるとおまえ、死ぬぞ?」

 

「俺は死なない」少なくとも、簡単には死なない自信がある。

「今の俺は戦車の大砲さえ防ぐ。ミサイルだって・・・」

「違う。その無敵の鎧が、死を招くのだ」

 身を守る鎧が死を招く? 鎧に何らかの毒があって、つながっていると俺本体にも毒が回るとかか?

「そうではない」鎧の中で頭を振る。「おまえのすぐ足元に見えているものだ」

 足元? 乾いた大地に、何があるんだ?

「〈ウミ〉だ」あきれたようにその名を言った。ウミ・・・ クリスタルの足に溜まったもの・・・

「このウミがどうかしたのか?」

「このまま戦い続け、鎧の破壊と修復を繰り返すと、やがておまえの――」

 アニキは、自分のお腹、胸、そして首元を、順々に水平な手でさしてゆく。首の次は、上唇の上に手が。

「息ができなくなって窒息する。鎧の中でウミにまみれて溺れ死ぬんだ!」

「まさか・・・」

「おい!」

 絹を爪で一気に裂くようなカトレアの高い位置からの声。逆光で陰のみの姿だ。

「ミーアとツバメは助けて逃がした! あとはアタシとあんただけだ! 無理に戦うことはない、さっさとトンズラしよう!」

「追うな!」アニキはまだ驚かせてくれる。身構えた部下に、俺らを見逃せと命じていた。

「今は逃げるがよい、マモル。私は真の意味での自由主義者だ。肉親の命にかかわることでも、束縛はしない。――しかし、おまえは必ず私の元に来る! そいつらはみんな、とんでもないペテン師だ」

「いい加減なことを!」俺は思わず、走るのをやめていた。

「思い出せマモル。おまえはこの世界で生まれなおしてから、私以外からけっして自分の名前を呼ばれたことはないはずだ。おまえはしょせん単なる『資源』なのだから、名前などいらないと、思われているのだ!」

「俺は逃げるぞ!」走り出す。

 俺は今度こそ、止めるつもりのない走りを行なった。

「逃げろ」と叫んだカトレアが、まるで逃げてくる俺が恐ろしいものに化けたかのように、立ち止まって見守っている。

「逃げるがいい、マモル! 逃げることは恥ではない! 最後に戻ってくればよいのだ!」

 何で俺には、耳ぶたがついていないのだろうか、と切実に思う。進化する鎧なら、今すぐ声をシャットダウンする機能を生やしてみろ。

 まちがいなく重要な話なのに、だからこそ聞きたくなかった。――人間誰しも、世界観が崩れる話には、耳を背けたくなるものだ、そうだろ?

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