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一万ニ千年後のレフュージア  作者: 上日 ゆうじ
15/28

14 もう一つの概念鎧 

 人間は、急に理不尽な仕打ちを受けた場合、だいたい三つの反応をすると聞いたことがある。

 怒るか怯えるか呆然とするか。この三種類だ。

 俺は、どうも怒る方のようだ。

 まったく、この世界にきてから、今まで気づかなかった感情の経験がたくさんだ。

 周りは広い平野で、ゆるい起伏があるだけで隠れたり攻撃をさけたりできそうな場所はない。

 強いて障害物になりそうなものは、俺が今転がって壊したモノレールの柱ぐらいだけど、こいつはすっかりくたびれた簡単に壊れるシロモノだ。攻撃を防いだりする期待はできない。

 俺は素早く首をあげる。激痛が走って「ああ、これがむち打ち症か」と妙に納得してしまった。妙なところで感心する、俺の変なクセだ。

 アニキとの距離は五十メートルほど。概念鎧の歩幅ならあっという間だ。

「ひどいアニキだ・・・」

 はるか彼方の未来で、万分の一といわれる概念鎧に復活して、更に劇的に再会したというのに、寝言として割り切るにしても無理があるタチの悪いことを抜かしたと思ったら、「勝負だ」と先制攻撃。

 アニキが近づいてくる。一瞬、あれは実はアニキじゃなく、たまたま俺と同じ名前の弟をもった他人だとの現実逃避が頭をよぎった。けど、あの、自衛隊で背筋を伸ばすピンとした歩き方に強制されたものの、頑固な気取りがちょっと残った歩き方は、アニキのそれだ。

「観念しろ」まるで小さい頃、俺が黙ってアニキのプリンを食べたことを問い詰めたような声。そんな思い出はないが。

「降参してくれれば、悪いようにはしない」

「それが、久方ぶりに再会した弟に言うことかよ」

 俺は声を荒げた。今の距離は二十メートルほど。

 アニキは、弟としての立場から言わせてもらえれば変人だった。

 どこかひょうきんでお茶目なところがあってファッション好き、しゃべりもうまくて、今まで何人もの女の子と付き合ったことがある。

 それなのにどこか暗く、何を考えているのかわからないところすらあって、物思いに沈んでいることがあった。

 アニキが自衛隊に就職するとき、こんなことを話してくれたことがある。何かの帰り道か、それとも家のベランダか、場所は忘れたけど、夕暮れがきれいだった。

『俺は人や国家を守りたいとは思わない。ただ、人を変えれる人間にはなりたいと思う』

 どこかで人間不信なのに、人類愛は自覚している。

 俺はそんなアニキが、言葉で表せないぐらい――とても苦手だった。

「申し訳ないと思う!」アニキがなんと、この俺に謝っている。「しかし今は時間が惜しい。おまえが負けたら、全てを話してやる」

 アニキが走る。一人で何かを決めて、それを絶対実行する、俺のよく知る気迫が伝わってくる。

 倒すと言った限りは、是が非でも倒すだろう。

 概念鎧の走りというのは、外から見るととても変だ。

 人間は地に足が着かない瞬間があるものの、一歩一歩がしっかりした、いわゆる普通の走り方なのだが、概念鎧は足を踏み出したとき、その踏み出した足の体重移動のバランスをとるためにさらに隣の足を出し、それをくりかえして前進する。前かがみで自転車を漕いでいるみたいな走り方だ。

 俺のほうは立ち上がる。夢の中にいるように、恐ろしく動作が鈍かった。

 その間に、鎧の中のアニキのディテールがはっきりする距離になる。彼は腰だめになっている。まるで騎士が盾ごと体当たりするシールドバッシュのように、分厚い板のついた肩をいからせている。離れていても感じる圧迫感が半端じゃない。

 俺と戦った人間は、こんな気分に陥っていたのか。速さ、質量、衝撃への恐怖。俺は鎧に守られているからまだ心の余裕が一握り残っているものの、生身の人間はほとんど絶望を感じたに違いない。

 彼の青の鎧は、神経の部分は赤く輝いている。その悪夢みたいな配色が、明確な闘志を持って迫る。突き出された肩の部分に、俺の苦手とするアニキの一挙手一投足が全てつまっているような錯覚が起こり、現実の俺をも動かした。

 俺は反転した。回避のためによけたんじゃない。たんに回れ右をしたのだった。

 そこから、全速力で走り出す。

 もし概念鎧の能力の調査のときみたいに、走る速度を測ってくれるツバメがいたのなら、あまりにも数える数が少なくて目を丸くしたことだろう。

 俺は確かに、自分への理不尽な仕打ちに怒っていた。

 ただ、無理だった。アニキだけはダメだった。誰しもどうしても苦手なもの、一つは持っているものだけど、俺はアニキがそれだった。

 選択肢は一つだった。




 夜になった。

 だだっ広い荒野の中での、一人の暗闇。今夜も人工衛星の流れ星が明るい。

 水が飲みたかった。あるいは何か食事を取りたかった。水はしばらくご無沙汰だ。口から物を入れる食事は、もうずっと取っていない。

 腹は減っていない、のども渇いていない、ただ心を落ち着かせるために、何かを口に含みたかった。

 逃げてしまった。この、真の意味の孤独な世界で。俺はたった一人の古代人で、たった一つの概念鎧で、たった一個の――いや、違う。アニキも古代人で、概念鎧だ。

 アニキなら概念鎧について、くわしく知っている? もしかして、会って話せば何か得るものが? いや、無理だ、精神が耐えられない。

 怒りながら逃げるはめに陥らせたアニキを、俺は憎んだ。

 遠くに建物は一つしかなかった。しばらく歩いてようやく見つけた、壁が一面しか残っていない廃墟の残骸。

 なんの跡かはわからない。工場かもしれないが、この崩壊具合では、夜が明けてもどうゆう施設だったかはわからないだろう

 もっとも今の俺に、そんなことどうでもいいことだが。

「完全にやさぐれモードだな」自嘲は、鎧の中で少し響いただけだった。

 戻ろうか、とは、昼のさ迷い歩いている間から何度も考えたことだ。

 一人になってみると改めて思う。ツバメやカトレアの隣が、この世界での自分の居場所だった。

 二人は確かに、俺のことを大切にしてくれたと。

 ツバメはちゃんと、あのテンタクル・クラウドのマヒ毒から回復できただろうか? カトレアもあれから、無事でいるだろうか。喧嘩っ早そうだから、むやみに鎧のアニキに突っかかったりしていないだろうか? 

 ミーアでさえも、なつかしく感じる。あのツナ缶、もう食べてしまったのだろうか?

 ただ、いくらさみしい思いに駆られようとも、今から戻るのには抵抗がある。時間が立てば立つほど戻りにくくなることはわかっていたけど、体がみんなとは逆方向にしか動かなかった。

 今まで戸惑いしか覚えなかった「ご神体」という尊称が、今になって重くのしかかってくる。

 半ば押し付けられたとはいえ、俺は神様の化身として、確かにあがめられていた。

 そんな俺が今さら、どのツラさげて戻れるだろうか?

 日が落ち始めると、明らかに全身の動きがにぶくなる。まるで油をさしていないバッテリーの切れたロボットのように、不自然に、ぎこちなく、徐々に体が死んでゆく。

「もし戻る機会があるのなら――」

 俺は妄想する。「今度はもっとちゃんと、彼らのために働こう」

 大切にしてくれた分は、返さなければ。

 宵の直前の、燃えるような赤に照らされた廃墟にたどりつき、何かわからない建物の朽ちた壁に手をかけた。その壁がぽろぽろと崩れたとき、俺は「あ」と悩むのを諦めた。

 自分がどこから来たか、どこに行けば元のところに戻れるか、まったくわからなくなっていたことに気づいたからだ。


 戻れない、と事実がわかったところで、問題はまったく解決していない。

 この世界でどうやって生きていくのか、皆目検討がつかないからだ。

 そもそも、自分がどの程度活動できるのかさえ不明だ。

 口から栄養を摂取する必要のないことはわかっているけど、水をまったくかけられないとして、いったいどのぐらい生き続けられるのだろうか? 

 手足を動かし、息をするかぎり、何らかの形でエネルギーは消費されているはずだ。おそらくこの鎧はとてもエネルギーの効率がよく、ツバメがかけてくれる水だけで動けたのだろうが、その供給がまったく断たれたとしたら、いつまで動く?

 俺はこの世界では、水の確保さえできない。水道はない、井戸もない。コンビニや自販機で飲み物を買うなど論外だ。

「・・・俺の足にたまった水は飲めるのか?」

 鎧が割れ、修復されるたびに溜まっていく水。どうにかして抜かないと、そのうち自分の本物の足までつかってしまうと常々思っていたけど、こいつを飲むことはできないか?

 いや、答えはわかっている。この〈ウミ〉、本物の海のようにしょっぱいのだ。これまでにあったいくつかの戦いの中で、勢いよく顔にかかったとき舐めてみたのだが、しょっぱくて飲めるシロモノではなかった。

 途方にくれる、というのはまさにこのことだろう。

 天啓のように視野の隅っこが光ったのは、リストラされた公園のサラリーマンみたいに、横倒しの柱に腰かけていたときだった。

「あれは・・・ 車だ」

 文明崩壊後の世界で、動く車が一台、ちょうど横切るように右から左に向かって走る。荷台がきらりきらりと、未舗装の地面をバウンドするたびに月明かりで輝いている。

「神輿が載ってる・・・? いや、霊柩車だ」

 霊柩車が一台、ゆるやかな起伏がずっと続く大地を進む。夜で、しかも足場が悪いからだろう、かなりゆっくりした速度だ。昼間の俺なら、走れば追いつけそうだ。

 人工衛星がふりそそぐ荒廃した大地の中、かなり手入れされた霊柩車が走る光景は、昔アネキと行ったシュール・レアリスムの絵画展にあっても、おかしくない光景だ。

 その霊柩車が、弧を描く様に曲がって、ライトをこちらに向けて走ってきた。

「・・・俺に向かってくる?」

 実際は違った。壁の影に座っていた俺を何事もないようにスルーして、ちょうどぎりぎり俺が見ることのできる位置で、止まったのだ。

「あの霊柩車、市長のだよな・・・?」

 予想はすぐに正解だとわかる。市長が運転席から降りて来る。火が揺らめくランタンを手に持って、あたりを落ち着いた様子で見渡したあと、そのランタンを屋根の上にのせた。

 離れたところから見ると、目印のようだった。

「なぜトラッシュレインの市長がここに?」

 予測する材料はすぐに現れた。霊柩車と同じような砂煙を上げて、もう一台車がやってきたのだ。

 車は、丈夫そうなジープで、かつて米軍とかが使っていそうなやつだ。

 降りてきたのは、アンクル・サム? と言うのだろうか? 白い帽子に赤と青を貴重にしたコートの、いかにもアメリカの喜劇に出てきそうな人間の男で、かなり太っていた(俺はこの世界で太った人間を初めて見た)。

 冗談みたいな装飾を施したサーベルを吊っていて、車から降りるとき、ドアの隙間に鞘の先を引っかけた。慌てて外していた。

 ジープの運転席には、灰色のつなぎに似た軍服の、神ナズ兵がいる。

 市長とサムの二人は握手をした。

 そして何かを話しながら、俺からもジープからも遠く離れる。市長ももう一人の男も、特に馴れ合いをしているわけでもないが、取り立てて敵意を感じさせない。

 そうか。

 アニキの「奴隷になれ」の要求を受け入れる決意をしたか、少なくともそれ関係の話し合いに来たのだろう。

 唐突で無茶な要求だが、トウはもう首都も落とされてしまっている。勝ち目がない、と判断して降伏の算段をしても、やむを得ないだろう。あるいは俺が逃げたあと一戦交えて、いよいよ完膚なきまでに敗れてしまったのか。

 ツバメやカトレアの身が、ますます心配になる。二人とも、「はい参りました」とおとなしく降参、ましてや奴隷になるような性格じゃない。カトレアの方は頑固に戦い抜いて、最悪アニキに――

「マモル」後ろから声が。

 ゆっくりと首を振り向く。影が印を結んで――カトレアだ。

「あんた、顔色が悪いよ。まるで月の裏側から来たみたい」

「無事だったのか」驚いた人がする率直な感想だった。

「よくもそんな間抜けな言い方ができるもんだね。それはこっちのセリフだよ。あんたこそ無事かい?」

「どうして俺がここにいるとわかったんだ?」

「足跡」

 カトレアはあいかわらずの整った指で地面を指す。ド近眼の人でも追えそうなでっかい概念鎧の足跡が、てんてんと向こうの起伏の後ろまで続いていた。

「あんた、悪いことはしないほうがいい性格だな。絶対にどこかでヘマして捕まる」

「勝手に逃げたのはすまなかった」俺は素直に自分の頭を下げる。

「いいんだ。でも、ツバメが捕まった」

 心臓を不意打ちで殴られたようなショックだった。「捕まった?」

「ああ。あの直後、あんたのアニキを名乗る概念鎧に向かって『兄弟を殴るなんてひどい!』ってガソリンスタンドの爆発みたいに怒ってな、そのまま胴体を人形みたいにつかまれて、さらわれた」

 言い知れぬ怒りが沸く。アニキは、俺に恥をかかせた挙句、お世話になった女の子までさらっていったのだ!

「それでミーアが、このすぐ近くに敵のキャンプがあって、相手の概念鎧もそこに移動したことを突き止めたから、夜が明けたら救出に行く」

「今すぐ、じゃなくて?」ミーアの手際の良さに驚きながらも、俺は思う。なんで今すぐ動かないんだ? 夜の方が、少数で行動する側の有利だ。

「あんたが動かないからだ」カトレアはコン、と俺の胸をたたく。「敵に概念鎧がいる以上、あんたの助けが必要だ。しかし、あんたは夜には動けない。だから明け方、日が昇ったら叩く」

「アニキも動けないんじゃないのか?」同じ概念鎧なら。

「日が落ちても動いているのを、ミーアが確認した」これは、俺には衝撃の事実だった。

「だいたい、そう考えて日が暮れてから忍び込んだミーア本人も、あんたのアニキに捕らえられたんだ。アニキさんは、あんたよりも優秀なようだね」

 口調から、明確な悪意のある嫌味ではないとわかったけど、それでも俺にはえぐられるような言葉だった。

「いいぞ」自分に、ほの暗い欲求が沸いてくるのを感じた。

「日が出たら思う存分やってやるよ。血のつながったアニキだろうと関係ない。俺はずっとアイツが苦手だった。そして今日、嫌いになった。絶対に叩きのめす」

「よし、それでこそアタシらの『鎧様』だ」不意に、カトレアが不安げに目をふるわせる。「なあ、あんたのアニキ、あんたみたいな優男だよな。乱暴ものじゃないよな?」

「どちらかといえば、紳士だと思う」特に年配の女性のウケは、かなり良かった。

「本当か? 紳士面したサディストじゃないよな? 小動物をいじめたり、女の子をいたぶったりすることに喜びを感じる人間じゃないよな? ニューカムへの差別主義者じゃないよな? あいつ、奴隷うんぬんと好き勝手な要求したから、不安なんだよ!」

 俺は答えに窮する。特にニューカムへのうんぬんは、まったく予想不可だ。

「大丈夫だ」それでも請け負った。「少なくとも、それなりにバランス感覚の取れた人だった。昼間の寝言も、たぶんアニキなりの考えがあってのことだと思う」

「うん・・・ そうだよな、あんたのお兄さんだもんな。ちょっとだけ安心した」カトレアは腰を下ろし、また昼間のカードゲームのように、俺のお腹に頭を乗せた。

「ツバメに何かあったら、アイツの死んだ兄ちゃんに申し訳が立たないからな」

「ツバメのお兄さん、かーー」

 カトレアに、思っていたことを思い切って聞いて見ることにした。

「もしかして、俺はそのお兄さんに似ているから、人炭として消費されずにすんだのか」

 このことはぼんやりと予想していたものの、聞けずじまいだった。この世界は、普通の会話をする余裕がなさすぎる。

「正直言って、そうだね」

「じゃあ、俺もそのお兄さんに感謝するべきなのかもしれないな。俺に似ていてありがとうって」

 カトレアは小さく笑った。こうして見ると、俺が見ただけで数人殺している戦士にはとても見えない。

「なあ」俺は思い切って言ってみる。

「俺、たぶんツバメのことかなり好きなんだ。もしかしたら『惚れてる』ってやつなのかもしれない。この世界では、どうやってそうゆう気持ちを伝えるんだ?」

 竜の少女は、蝶の翅についているめだま模様のように目を大きくした。

「あきらめたほうがいい」きっぱりと言った。「あんたが概念鎧というご神体、ツバメは普通の技術者だ。釣り合わない」

「釣り合わないものなのか?」

「ってゆーか、このタイミングでそんなこと言うかな? 明日は確実に戦闘なのに」

「すまん、不謹慎だったな」

 しばらくしてから、ぽつりと彼女はつぶやいた。

「・・・自分の体の一部を渡すんだ。それが、好意の証しさ」

「この鎧、どこかもげるかな?」

「くだらないこと考えない方がいい」目を閉じる。「とにかくあんたはこの世界の誰とも結ばれない。それこそ世界が変わらないかぎり」

 その後もカトレアは、少しうつらうつらしただけで、ずっと起きていた。

 俺も目こそ閉じていたものの起きていた。ツバメとの記憶より、アニキとの思い出のほうが、頭の中でいっぱいに広がっていた。

 朝まではすぐだった。

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