12 ダイバーランドの夜
夜、うろこ雲に細い月が見え隠れしている。月は本物の方だ。
人工の月は今日は見えない。
雲のすき間からは、ものすごい数の流れ星が流れている。
寒い日の朝に、窓についた結露を指でぬぐったら水滴が一斉にたれるぐらいに落ちてくるのだ。
「あれは、ジンコウエイセイが重力に引かれて帰ってきているの」と、ツバメは小さな火の番をしつつ説明した。
「人減戦争のとき、たくさんのジンコウエイセイが破壊されて、地球の周りには今でもその破片がただよっていて、この時期になると決まって、自分が離れていった地球に帰ってくるんだよ」
俺たちは、昔モノレールの線路の支柱だった柱の陰に野営する場所を作った。北を向けば、うなり声を上げる市民病院の跡が見えて、南にはひたすら陸に上がった海底が広がっている。
「去年は、あっちに大型レストランの跡を発掘してね――」
ツバメが海底を見る俺によりそう。今は夜なのでダメだが、天気が良ければ天空の台地チバが見えるそうだ。
「袋に入った砂糖を見つけたんだ。オオタンポポの茎にまぶして焼くと甘くておいしいの」
ずっと食べ物を口に入れられない生活なので、食事の話はやや苦痛だ。もっともツバメやカトレアが話す食べ物の話はどう考えてもおいしそうじゃないので、まだ耐えられたが。
そのツバメは今、コンビニから発掘されたロックアイスの袋を、刃が半分しかないハサミ(つまりはさめないハサミ)で開けているところだ。もちろん氷はとっくの昔に溶けているので、今はただの水の袋だ。
ツバメは水をコップに注ぎ、いつくしむように一口だけ飲んだ。
「古代の味」桃源郷に思いをはせるような伏せ目だ。「あとであなたにもかけてあげるね」
俺はたぶん賞味期限が切れているだろう水の世話にはなりたくなかったが、あまりにも顔に善意しかにじみ出ていなかったので、ことわれなかった。
古代への憧れと、その古代を俺が誇りに思っているだろうとの前提が、強く感じられた。
「わたしの名前のツバメって、鳥の名前から取ったんだけどね」
もちろん俺はそうじゃないかな、と予想をしていた。
「わたし、古代に行って、本物の燕を見たいとずっと思ってるの。氷河のない温かい初夏に、汚染されていないおいしい水を飲んで、燕の巣をずっと眺めて過ごす。ステキじゃない?」
「俺の通っていた学校にも、燕が巣を作ったな。なぜか俺が落ちてくる糞を防ぐダンボール制作係に任命されて、脚立を使って巣のすぐ下にダンボールをガムテープでくっつけた」
「すごい、燕って、そんな身近にいたんだね! わたしも、学校に通ってみたいな」学校跡にしか行ったことのない少女の目が、突如不安そうになる。
「ねえ、古代の学校でもやっぱり、こんな耳だと差別されちゃうのかな?」
「いや」俺はなぐさめるように力強く。「むしろエルフみたいで可愛いって言われると思う」
失言だった。が、彼女はほおをふくらませただけで特に何も言わなかった。
仕切りなおすように、ツバメは続ける。
「ねえ、この海の先に、古代にタイムワープできる装置があるんだけどね」
唐突な話だった。しかも「あるらしい」じゃなく「ある」と断言している。
「魔術教導文明時代に、過去を変えたいと思ったそのときのヒトたちが、天空の台地チバにその装置を作ったの」
それでね、とツバメは続ける。
「もしも、過去に戻れるとしたら、やっぱり自分が本来生きていた時代に戻りたい?」
「もちろん。俺のいた時代なら、少なくともこの鎧を脱げる技術はあるだろうからな」
「じゃあ・・・」ツバメのなぜか、悲しそうな顔をした。「もし自分にその装置を動かす能力があって、友だちを過去に行かせられるとしたら、装置に組み込まれる?」
「組み込まれる?」はっきり言ってナンセンスに近い質問だ。
「そんな友だちはいないし、だいたい俺なんかを組み込んで動く機械なんて、あるわけがない」
「そう、だよね、そう思うよね」言葉を打ち消すような言い方だった。
「でも、そう呼ばれている装置があるのなら、いっぺん見てみたいな」ただ、その装置とやらに興味を持つ。
たぶん、長い年月の間に、何か変な形の機械が「タイムマシン」として伝承されるようになったのだろう。
「今度、さっきみたいにデミオが来たとき話のタネにしてみるか」
ちょっと前、「夜分にすまない」とデミオがたずねてきたのだ。
古代人の乗り物に関する知識の調査という名目だったが、どう考えても自分の趣味の話しをしたいのが見え見えだった。
「ここを通っていたモノレールは、ゴムの車輪を使った珍しい設計だったのだが、何か知らないか?」との切り口上から始まり、そんなの知るわけがない、と答えると「加速が優れた素晴らしい設計なんだぞ!」とちょっと怒り出す始末。おまえのほうがくわしいじゃねえか。
それからトラッシュレインにかつて集中していた私鉄、地下鉄の乗り心地の話になり、なぜ国鉄が民営化したのかという、俺が生まれるはるか前の話をした挙句、「君はもう少し乗り物に対する教養を身につけてから、人炭化するべきだった」と、こいつ殴ってもいいんじゃね? と思わせるやっかみまで言い出しやがった。
ツバメが同情のこもったかわいらしい笑顔を向けてくれたのが、せめてもの救いだ。
まあ、俺が自分の家がどんな車を使っていたかということにさえ答えられないのは、さすがに無知だなと思うところはあるけど。
「そういえば、お兄さんが自衛官だったそうだね」デミオがなおも会話を続ける。
「ああ」
「どんな乗り物に乗っていた?」
「知らないよ! 輸送トラックとかじゃないのか? 少なくとも、飛行機や戦車に乗る係りじゃなかった」
「二日前の君の戦闘報告書を読んだのだが、戦車を見たことがあったから、敵の戦車にも落ち着いて対応できたとの記述があった。かつて見たのはどういったタイプのものだった?」
俺が戦車のタイプをいちいち知っているとでも?
「緑色で、大砲がついていて、意外に小さかった。うちの乗用車と、ほぼ同じぐらいだった」
俺は見学会みたいなのが開かれた駐屯地の名前と場所を説明すると、彼は「君が見たのはまちがいなく七四式戦車改Ⅱだ」と答えた。なんなんだこいつ?
クレナイに呼び出されていたカトレアが戻ってこなければ、えんえんと乗り物ウンチクに付き合わされるところであった。
「ああ、あんた、戦車になったよ」カトレアが俺に意味不明なことを言ってくる。え、オタクな話につき合わされすぎて、ついに俺自身が乗り物に?
「ほら、正式な辞令書」文字が書かれた茶色い布をさしだした。紙は貴重品でそうは使わないのだ。
「あんたは次の戦闘からは、戦車のかわりとして働いてもらう」
「そんな話は聞いてない」
「だから今あたしがメッセンジャーとして伝えてる」
「俺に大砲を担げとでも言うのか」
「それは名案だな」デミオが感心する。「私はそろそろお暇しよう。明日も早くから発掘だし、〈ダイバーランド〉にはかつて、砲台があったという伝説もある」
デミオが去ると、カトレアが口を開いた。
「別に難しいことはないよ。前の戦闘みたいに、踏みつぶしてくれればいいだけだから」
冗談じゃない。俺はもう戦いたくないのだ。
それが顔に出ていたらしく、カトレアは言った。
「そんな顔はしないで欲しいね。もし戦ってくれないと、ツバメもアタシもいつか殺されて、あんたに水を用意してくれるヒトが誰もいなくなるよ」
「それは脅しか?」
「脅しに聞こえたらすまない。でも、事実なんだ。はっきり言って軍事力じゃ、アタシの祖国は圧倒的に不利だ。このままじゃいつか負ける。――あんたの鎧の体だけが、頼りなんだよ」
「戦争、やめたらいいんだ」俺はずっと思っていたことを言う。「講和か、あるいは、・・・降服か。訓練を見て思ったけど、正気の沙汰じゃなかった。子どもをあんなふうに使わなきゃいけないのなら、もうやめたほうが――」
カトレアとは、このぐらいのことは会話できる仲だと思っていた。
竜人の少女の顔が真っ赤になり、腕はもちろん頬まで、鱗に覆われた。指先から伸びるかぎ爪を見たとき、俺は殺されると思った。鎧で守られた体でさえ、その覇気にふるえた。
「カトレア!」止めたのはツバメ。「悪気があって言ってるわけじゃないよ。むしろ、わたしたちのことを、心配してくれてる」
「神ナズはニューカムを捕虜にとらない」吐き捨てるように顔をそらした。「とるとすれば、二、三日の間なぶって遊ぶためだ。あいつらの宗教が、そう教えてるんだよ。――栄光の二十一世紀を取りもどすためにはニューカムを殺せ。再び人間単一の世界を作るのだ! てね」
人工衛星の流れ星が雨のようにふりそそぐ。「今日はすごい多い」とツバメが話題を変えさせようと空を見上げた。
「とにかくあんた一人を戦わせようってわけじゃない。アタシもすぐ横で戦うからさ」
カトレアはもう一枚の辞令「布」を見せた。
「古代の戦術書によれば、戦車にはズイハンホヘイっていう戦車を援護するための兵士がついたそうだ。それで今回、その役目をアタシがおおせつかった。――アタシといっしょに戦ってくれ。アタシはあんたのすぐそばにいたい」
この世界で復活して以来、カトレアにはいろいろ世話になってるけど、ここまでしてくれる理由がいま一つ腑に落ちない。
「なんでそこまで言ってくれるんだ?」俺は問う。
「あなたがわたしのお兄ちゃんに似ているから」ツバメが答える。
「それは聞いた。だけど、俺は彼じゃない」
カトレアが口を開く。「竜人の掟じゃ、友人や恩人だけでなく、それによく似たヒトにも親切にすれば世の中は良くなるから、可能な限りそうすべしと教えてるんだ」
「掟どころか哲学だな」
「掟なんて、どこかしら哲学さ」
ツバメが、眠ったままの赤ん坊をあやし始めた。そしてぽそりと言った
「死んじゃったお兄ちゃんに似た人になつくのは、古代では悪いこと?」
「悪くはないが・・・」
「死んだ恋人に似た相手を気にするのも、古代では悪いことじゃないだろう?」カトレアがたたみかけるように口をとがらせる。
「それはそうだ」
「メシにしよう」もう会話はここまで、とわかる声だった。「今日は食材が豊富だよ」
焚き火にセットされていた小さな鍋が、いつのまにかことことと音を立て始めていた。例の氷が溶けた水が沸いたのだ。
「何作るんだ?」俺はたずねる。
「鍋!」ツバメがしんみりした空気を追い払うように答えて、同じく発掘された、パンパンに膨れあがったポテトチップスの袋を取り出した。
「・・・鍋?」
具材らしきものどもが、次々と鍋に入れられる。
ポテトチップスに、溶けて一塊になったグミ。真空パック包装されていた鳥の胸肉(どす黒い)に、よくわからない冷凍食品と思しき袋に入った緑色の何か。とどめに「貴重品!」とインスタントコーヒーが加えられる。
最後に俺もよく知る赤いキャップの食卓塩とテーブルコショーがそれぞれ五振りぐらい振りかけられ、ふたが閉じられた。
言うまでもなく通常の鍋には入れないものであり、さらに付け加えれば、みんな一万二千年前の食材である。
「はっきり言おう。うまそうじゃない」
「好き嫌いは良くないよ」戦慄する俺の表情を見て、ツバメがお姉さんのように言った。
「いやいやそういう問題じゃない。賞味期限、はるか昔に切れてるよね?」
「ショウミキゲン?」カトレア。「なにそれ食べれるの?」
「食べ物が、この日を越えたらおいしく食べられませんよっていう日付だ』俺は空のビニール包装の一つをつまみ、賞味期限が書かれた部分を指差す――文字がかすれてまったく読めない。
「ダイジョウブだよ」ツバメが自信を持った声「冷たい海の底にずっと沈んでいたんだから、くさってないよきっと」
「いやいやいや、仮に冷凍保存しててもダメだろ」
「わたしたち、発掘した食品をよく食べるけど、お腹を壊すことなんてめったにないよ」
とゆうことは、たまには腹を壊すわけだな!?
「なあ」カトレアが立ち上がる。俺に近づく。
「あたしたちはさ、古代の人の技術力を尊敬してる。宇宙に浮かぶ機械や、今でもおいしく食べられる『保存食』を発明したんだから。それでさ、これを作った人っていうのは、あんたと同じ時を生きていた人たちなんだ。そうゆう人たちの作ったものを、同じ時代の人として、もっと信頼していいんじゃないかな?」
・・・まさか俺、説得されている? 親がダダッ子をなだめるように、さとされている?
カトレアがクリスタルの鎧に触れたとき、俺ははたと気を取り直す。
今の自分は、この鎧に身を守られているじゃないか。あの、人としての踏み外した鍋料理を、召し上がる手段がない――。
世の中食べたいやつだけが、食べればいいのだ。
「じゃ、一番出汁を、上からかけてあげるね」ツバメがいい笑顔で、グレープのグミの色をした液体を、発掘されたビールジョッキに汲んだ。どす黒い紫の液体が夜でも良く映える。
「肩の上に乗っていい?」いい笑顔だ。
「ゴメン無理」心底から懇願した。
「なあ」カトレアがたしなめる。「晩餐を断わるなんて、この時代じゃ結構無礼な行為なんだよ」
その食材を食べさせようなんてことのほうが失礼極まりない。
「うーん、食べないか」ツバメは思案顔。カトレアの方をちらりと見て、目配せしあった。
嫌な予感がしたと思ったと同時に、ツバメが「あ、あそこ古代人が歩いてる!」と指を指す。
俺は何もない暗闇を目で探す。
だってそうだろう? 俺という存在がいるのだから、他に似たような境遇の古代人がいると期待しても、とがめられる道理はない。
カトレアがツバメを肩に乗せ、ツバメは素早く俺の肩に乗った。手にはジョッキ。気がついたときには、俺の頭の上で湯気がたつ。
「やめてくれ!」と叫んだが、ツバメはいっこうにお構いなし。もう夜で、体が動かずろくな抵抗できないうえ、なお悪いことに夜間の動けない時間帯はかけられる液体をシャットダウンする「術」もうまく効かないのだ。
「ぐわああああぁぁぁ」全身に辛くて苦くて甘ったるい、生暖かい汁がいきわたり始める。
「どう、実際飲んでみるとおいしいでしょ?」ツバメはいい笑顔。
全身が一万二千年分の汚れに汚された気分だ。「み、水を・・・」
「またコンビニを見つけて、ミネラルウォーターでも発掘すればいい」カトレアが言う。「竜人の掟じゃ、出された料理は絶対に食べるもんだよ」
「俺はヒューマンだ!」
そのとき北の方角から一斉に、大きな緑の光に包まれた。
都市の亡霊が顕現したのだった。
吹き上がる緑の粒子が、まず対岸のトラッシュレインを形作る。何本かの直立するビルに、山のように盛り上がった建物、細長い砂時計のようなタワー、それに観覧車だろうか? 灯った明かりが回転している。
みんな、かつての夜と同じように窓から明かりを投げかけて、飛行機の追突防止のためのライトまで点滅させている。手前に見える大きな船が、汽笛を上げた。煙も緑だった。
「あれが、かつてのトラッシュレインか・・・」俺はうめいた。
間もなくこの島の海側からも、かつての建物が再現され始め、遠くの景色は隠れてしまう。
病院が復元されて、その他いくつかの建物も地面からわきあがるように姿をあらわす。頭の真上を板みたいなのがわたされて、そのうっすら緑にすけている板の上を、モノレールが通った。――小型自動車のような車輪が、たしかについている。
まもなくすぐそこにある駅の階段から、たくさんの人が降りてきた。老若男女、スーツの人も骨折で腕を吊っている人もいる。
それらの幽霊とも生霊ともつかない影たちが、かつての日常を繰り返していた。
ぶわりと風が吹いて、焚き火の火が消えた。
「古代の人たちを見ていつも思うことは――」カトレア。「ずいぶんせかせかとした歩き方をするんだなってことだね」
「みんな時間が惜しいんだ」俺は思うことを答えた。「学校にしても、仕事にしても、病院にしても、みんな何時から始まるって決められているからな」
「あたしには、生き急いでいる風にしか見えない」
カトレアは緑の影が自分の体をすり抜けていくことにまったく平気だ。ツバメは俺の足の間にうずくまり、赤ん坊の目も押さえてぎゅっと目を閉じている。
「あんなに一所懸命に歩いて、すり減らすのは靴底だけじゃないと思うな」カトレアは俺のわきに来て、静かに腕にもたれかけた。
「だからきっと神様は、休ませるために、人間を石に変えなさったんだ」
突如辺りが点滅した。
緑の影たちが次々に、怖いものににらまれたように足を止め、一斉に空を見上げた。口をぽかんとあけ、そのままの状態で固まる。
緑の粒子が、空から降り注ぐ光の線を再現する。
そして、不完全な緑の影での再現でさえ、石になったとわかる硬化をする。何人かは何かの弾みで彫像のように倒れる。
数分、いや、数十秒かもしれない。息を呑む俺らに突如、水のうずまく音が聞こえてきて、どーん、という音と共に波が襲いかかった。襲いかかったといっても、鎧の俺はもちろん、ツバメもカトレアもびくともしない。波も緑色だ。
波が人の影をどんどんさらってゆく。何体かは柱や壁にぶつかって、粉々に砕けた。
以前テレビで見た津波の光景とよく似ていた。
やがて波が市民病院の屋上の高さまで達したとき、不意に全てが収まった。星空ばかりが明るい夜が戻ってくる。
「この海の底には、何万体という人炭があるんだ」カトレアが言った。「その何万体の夢が、世界終焉を繰り返しているんだ」
静かな夜の底で、誰も何も言わない。
「そういえば」としばらくしてからカトレアが切り出した。
「あんたは、人炭になったそのときの記憶って、ないのかい?」
「・・・ちょっと待ってくれ、思い出す」
俺ははるか過去の記憶をひねる。学校で発掘されたと言うことは、俺は学校にいたわけで、とゆうことはその日の朝は借りているアパートの部屋にいて・・・
「ダメだ、覚えていない」
「そうか。みんなそう言うんだよな。――もう寝るよ、変なこと聞いてすまなかった」
カトレアはテントに入り、シーツにくるまった。なぜか入り口は開けっ放しだった。
「あ、赤ちゃん横に寝かせていい?」ツバメも赤ん坊を抱えてテントに入る。
「いいけど、夜泣きはツバメがあやしてくれよ」
「うん。わたしの弟だもの」
寝かしつけたとき、赤ちゃんはカトレアを見て、「あ〜、あ〜」と手をばたつかさせた。挨拶しているみたいだった。
「そのうち、アタシの弟ちゃんにもなっちゃうかもね」
カトレアは赤ちゃんを寄せて、目を閉じる。やがて二人共、規則正しく胸を上下させるようになった。
ツバメは、俺にちょんともたれかかり、星空にむかって手を組む祈りを捧げ始めた。
「お兄ちゃんは死んじゃったけど、神さまはカトレアというお姉ちゃんを与えてくれたから、今でも祈ることにしているの」
「星が神さまなのか?」
「うん。ジンコウエイセイの中にある、本物の神さまを想像するの。カトレア姉さんや弟が、明日も無事でありますようにって」
「俺も、ツバメのお兄ちゃんになれるかな」俺は半分冗談で言った。
彼女は、目はゆるく細めているけどマジメな声で、「あなたは、どこまで行っても〈鎧様〉だから」と答えた。ほんの少しの疎外感を覚えさせてくれた。
やがてそのさびしさが、大きくふくれていくのを感じ取った。自分は、自分の想像以上に、人との「交流」をがっつりと求めているのかもしれない。
「あの子、名前はなんて言うんだ?」ふと思いついた疑問で、話題を変えることにした。
「あの人たちから、名前、聞きそびれちゃったね」ツバメが申し訳なさそうに耳を下げた。でも開き直ったように耳を上げる「もう、わたしがつけちゃっていいんじゃないかな? そうだ、あなたの名前つけていい?」
「いや、それはちょっと・・・」自分の名が赤ん坊につけられるのは、かなり違和感がある。
「過去の偉人の名前にあやかるのは、この世界のジョーシキだよ」
「俺は偉人じゃないし、現代の人間だし」
「あなたの現代は、古代だよ」
話がややこしくなってきた。俺は古代でも現代でもなく、明日に備えて眠ることにした。
遠く離れた違うグループのテントの小さな炎が、ゆらゆらと眠気を誘ったのもあった。
うとうととする覚醒と半覚醒の間の中、ふと目を開けると、人工衛星がふりそそいでいる。
そして完全な夢の中にまで、緑の津波が出てきた。
次の「13 空のクラゲ」は、ちょっとエグい描写があります。
苦手な人は、めいいっぱい下にスクロールして、主人公とマステドウが「遊戯王」しているところまで、飛ばすといいと思います。




