10 一万二千年前の贈り物
翌日、日が出ると同時に、俺はアニキを探した。
緑の映像に移っていたのなら、この近くに人炭として転がっているのではないかと、予想したからだった。
考えははずれた。マイブームがゲームセンターだったアニキはおらず、ボロボロの床を踏み抜いて大きな音を立てただけだった。
音は赤ん坊をぐずらせて、ツバメもカトレアも起こしてしまった。
ツバメは寝ぼけ眼に「おはよう」と頭を下げ、カトレアはさりげなくそっぽをむいた。――昨晩のことが尾を引いている。
「あ、また進化しているよ」まず指摘してくれたのはツバメだ。
頭の部分に、耳のようなものが形作られているのだ。
この耳、人間と違ってやや正面に向いていて、穴も空いていないのだが、耳の機能を果たしていることは間違いない。ツバメや赤ん坊の声がここから伝わり鎧の中で反響して、これまで以上によく聞こえる。
俺はアニキの人炭があるかもと思って朝早く歩き回ったことを説明して、起こしてしまったことを謝った。ツバメはやさしく「見つかった?」と訊ねてきて、いないと聞くと「残念」と耳を下げてくれた。
「お兄ちゃんが見つからないのって、さみしいもんね」
階段を登る音がしてきた。一階下の足音だが、ちゃんと聞こえる。最新の進化の賜物だ。
「この足音はデミオさんだね」ただツバメほどの精度はないが。
ドアがなくなった入り口をくぐって、デミオが顔をのぞかせる。
「起きていたか。すぐに身支度を整えてほしい。――急遽、演習をする事になった」
訓練は、不意の空襲に備えての散開から始まった。
ようはクレナイの合図で、みんないっせいに辺りに散って隠れるのだ。
発掘作業中に敵の飛行機が来たという想定で、クレナイが不意に「空襲~」と叫ぶ。みんながみんな、スコップやノミを放り出して物陰や地面のくぼみに身を伏せる。
俺にとって理解に苦しむのが、「警報解除」と言ったら、また作業に戻れと命じられているところだ。普通、攻撃を受けたら、みんなを安全な場所に避難させるべきじゃないか? 特に、子どもが多いのだから。
「それこそが、敵の目的なんだ」箒の柄にしか見えない指揮杖を持ったクレナイが力説する。「断続的な空襲によって、こちらの作業を妨害し、役立つ道具を得る機会を奪おうとする魂胆だ」
「それでも、人の命の方が大事だろ」
「言ってろ、古代人」ヤツは鼻で笑った。「次の訓練に移るぞ!」
次の訓練は、正気の沙汰とは思えなかった。斜め上に敵の飛行機が来たと想定して、弓矢で撃つのだ。
いちおう一つだけでなく、いくつかを一斉に放つ。放たれた矢たちは空中のある一点で交差するから、たしかにそこに都合よく飛行機が飛び込めば、何本かは刺さりそうだ。しかし・・・
「おい、クレナイ」今の俺の身長だと、かなり見下ろす形になる。「弓で飛行機が落とせると、本気で考えているのか?」
「うまくラジエーターに刺されば、不可能ではない」
「弓が届くような低いところを、飛行機が飛んでくれるといいな」
あの竜人の先生もそうだけど、カトレアも年長者として、弓はうまく引き絞れずちゃんと矢を飛ばせない子に「もっと力を抜いて!」などと指導している。・・・彼女は、少なくともまじめにやっている。特に竜人の子どもに対しては、ひときわ熱心だ。
「ツバメも、こんな訓練をしょっちゅうするのか?」俺は左肩の方を向く。「脚の付け根」を痛めているということで、彼女は訓練を免除されている。
「ううん。わたしは技術者の卵だから、その間は機械をさわってる。あ、でも、避難訓練はよくするかな」
「おい、鎧、出番だぞ」頃合いを見てクレナイが俺をアゴでしゃくる。「戦車の代わりをしろ」
戦車の代わりというのは、呼んで字のごとくだ。
まず兵士(ほとんど子ども)たちが三つのグループに分かれ、物陰に身を潜める。そこへ敵の戦車役の俺が「どしんどしん」と徒歩でやってくる。
予定の場所まで来たら、グループごと三方向から包囲する。ちなみに武器はありあわせの廃材で作ったようなナイフやナギナタだ。
俺に向かって殺到する様子は子どもでも――いや子どもだからこそ、かなり怖い。 あっという間に、子どもたちに取り巻かれた。
もちろんクレナイや他の人たちも、ナギナタで戦車をぶっ壊せるとは思っていない。攻撃するのは、中の人間だ。
子ども兵士のうち一人が、戦車のふりをした俺に乗る。俺に乗ったら、想像上のハッチを開け中に飛び込み、手に持つナイフで乗員をみな倒すマネをする。終われば、俺から飛び降りるのだ。
「子どもにケガ、させないでね」カトレアが、今日初めて俺に口を聞いた。「訓練なんだから」
「訓練というより、お遊戯のレベルだな」俺は口さがなく言った。
言い返してくると思ったけど、カトレアはどこかしょんぼりした顔をした。そして口を開く。
「アタシらは、生き残るための行動しかしない。訓練だって、人炭を燃やす事だって」
「昨日のこと、事情は察するよ」俺は単なる共感じゃない、本心を伝える。
「完全な納得はできないけど、それを表に出すことはひかえる。もちろん今の自分の役割も、うまく果たす」
だが実際は、うまくことが運ばなかった。俺を取り囲んだまではよかったものも、子どもらはみんなは遠慮をしていたのだ。
なんだかんだで、俺はすでにそれなりの信仰を得ているらしく、そんな「ご神体」にナギナタを向けるなど、例えマネでも恐れ多くてできないようだった。
「そんな立ち居地でいいのか? 俺が本当に戦車なら、機関銃を撃ちまくるぜ?」
しかしついに、勇気(好奇心?)のある竜人の少年がナギナタをふりかぶってきた。訓練なので直接たたくことはなく、ナギナタは寸止めで何度もふられる。
「俺は戦車だぞ?」警告をしてやる。「そんな攻撃は利かない。はやくよじ登って、ハッチをあけるフリをしろ」
少年はよじ登ろうとするものの、鎧はつるつる滑るらしくもがいてばかりだ。仕方がないのでため息をつき、手で介添えしてやる。さすがにツバメは降りているので、左肩にのせる。
その少年は俺の肩で一通り敵をやっつける妄想を展開すると、「降りたい」と頼んできた。俺は彼がジャンプで降りられる高さまでかがんだ。
彼は小さな翼をグライダーのようにめいいっぱい広げて着地した。細かいプラスチック混じりの砂が舞った。
次の相手はツバメより一、二歳幼い、長耳族の少女の番だ。こんな子どもばかりを戦争に使うなんて、もう戦争やめた方がいいんじゃねえか? とちらりと思った。
彼女は決死の形相をして、「やあー!」と気炎をあげた。ナギナタの試合でする威嚇に似ていた。
ナギナタをふりかぶる。小刻みに動き回り、「や、や」と突くマネを繰り返す。だから俺は戦車だと、もう一度注意しようとしたとき、ショッキングな出来事が起こった。
ナギナタがすっぱぬけて、俺にぶちあたったのだ。
刃物が当たったこと事態は、別にどうってことない。この体、今や戦車砲も防ぐ。
問題はその刃物が、偽物だったことだ。
「待ってくれ!」俺は長耳の少女兵を手で押す。ゆるくさわった程度だったが、女の子は簡単に尻餅をつく。
ぶつかって折れた刃を、慎重につまんで持ち上げた。
「これ、プラスチックじゃないか!」
銀色に塗られて金属に偽装しているものの、まちがいなくプラスチックだ。
「鉄は貴重だからな」クレナイが言った。「一般兵にはプラスチックの剣や槍で、我慢してもらっている」
俺は唖然とした。だってそうだろう? 現実からかけ離れた訓練に、おもちゃに等しい武器。
降服を勧めようと思った。人のたくさんいるここでは言わないものの、これで戦争は無理だ。
一通り訓練に付き合うのを終えた俺が、ツバメに水をかけてもらい、鎧を拭いてもらっていると、マステドウ先生が近寄ってきた。
「こんな訓練でも、やらざるを得ないのが、ワシらの現状じゃ」
遠くでは、クレナイとデミオが、走る戦車を停止させる方法について議論していた。
昼過ぎ。俺とツバメ、カトレアは工場へ移動していた。
マステドウ先生が「この世界についてよく知ってほしい」と、街の色々なところを案内してくれることになったのだ。
そこは「ビニール袋裁縫工場」と呼ばれていて、発掘されたビニール袋を切り開いて、伸ばし、上着やバックや更に大きな袋を製造する場所だ。
「軽くて、水に強く、しかも大量に発掘される。まさにこの時代にはうってつけの素材じゃ」
工場自体はちゃんとした建物じゃなくて、まっすぐ伸びた高速道路跡の下に、高架下の店のように設けられていた。
中に入った第一印象は、なんとなく歴史の教科書の挿し絵で見た富岡製糸工場を思い出させた。従業員のほとんどが若い女工さんだったからだろう。
「ああ、そのまま作業を続けてくれ。ちょっと見学させてもらうぞ」
マステドウ先生はそう言うものの、女工さんたちはちらちらとこちらを見るのを止めない。俺、いるだけで邪魔になってるな。
「裁縫工場」と言っているけれど、縫う作業自体はあまりない。ほとんどが、ビニールとビニールを焼いて止める溶接のような作業だ。まずビニールを薄さや色合いごとに分け、似たもの同士をつなげて更に大きなビニールを作るのだ。
「ほら!」と、人間の女工さんが二人がかりで、ちょっとした気球が作れそうな大きな「ビニールの布」を広げてくれた。つなぎめはほとんど目立たなかった。
俺は袋の、すっかりかすれた店の名前を一つ一つ読み上げて、「これはスーパー、これはドラッグストア――」と、教えていった。けっこう好評だった。
次に見たのが、「プラスチック再生工場」だった。名前のまんま、発掘したプラスチックを溶かして、またプラスチック製品を作る工場だ。
ここは、男の子と女の子が半々ぐらいで働いていた。発掘されたプラスチックを洗い、種類ごとにわけるのは女子の役目で、大きな釜にそのプラスチック片を入れて溶かし、空気が混ざらないように混ぜ、ひしゃくで鋳型に移して固めるのは男子の役目のようだ。
「廃材という名の、古代人の贈り物です」釜を混ぜる役目の長耳の少年が言った。その横では竜人の少年が、翼を震わせて、火加減を調整している。
鋳型は、お皿やお椀などの食器や、くしやハンガーなどの日用品がほとんどだ。あのナギナタの先っぽもあった。
「金属製品は、どうして数が少ないんだ?」かつての俺の家や街を思い出す限り、金属製品もたくさんあった。この時代でも、発掘されてもいいと思うが・・・
「金属類は、ここ一万二千年の間にほとんど発掘されつくしておる」マステドウが悲しげに目を伏せる。「トウキョウにはまだ多少は残っておったが、神ナズに奪われてしもうた」
次はどこへ行くかの話になったとき、ツバメが「よかったらわたしのうちに遊びにきてよ」と言った。
「俺が?」女の子の家に? 鎧になったとはいえ、性欲は健在だ。もちろん、どうこうするつもりはまったくないし、そもそもできないが。
しかし半裸で平気なカトレアといい、どうもこの世界じゃ、男女の関係について大らかだ。
「じゃあ来て」自分の好きなものを教えようとする女の子の笑顔だ。「自慢の家なの」
ツバメの家は郵便局だった。
大昔の郵便局に、そのまま住みついているのだった。
いかにも町の小さな郵便局といった感じの建物で、「〒」のマークが、今でも外壁に残っていた。
ちなみにマステドウ先生は、俺がいちいち読み上げたビニール袋の店名をメモにとっており、そのメモを「清書したい」とのことで、工場に残っている。
郵便局に来て最初の難関は、俺の図体がでかくて中に入れないことだった。これは大胆にも、カトレアが竜化(鱗化というらしい)した腕で、裏口を物理的に広げることで解決した。
「おい。いいのか、俺なんかのために家を壊して?」
「いいの。ここの部分は『プラッドレンガ』で作ってある部分だから、すぐに修理できるの」
プラッドレンガとは、泥とプラスチック片を混ぜて作った煉瓦のことで、この世界では子どもの小遣いで買える物らしい。
さて、可愛らしい女の子の部屋を拝見するという俺のちょっとしたわくわくは、ゆるやかに粉砕された。
なんとゆうか、まさに「ザ・技術屋」という感じの部屋だったからだ。
工具や筆記具、フラスコやビーカー、そしてそれらの手入れ道具が、雑然とだけどたぶんツバメにとっての定位置に置かれている。壁際には技術書と思われる本や冊子が山積みだ。
「いつ見ても、女の子らしくない空間だなあ」カトレアが俺の気持ちをストレートに代弁した。
部屋の一画の、荷物で囲われた空間には、服や人形や小物が置いてあって、そこがかろうじてこの部屋の主が女の子であることを伝えていた。ツバメはそのスペースの隅にある、どう見ても電灯の「傘」にしか見えない入れ物に、赤ちゃんを寝かせた。この子は、まるで夢の中をすいすい泳いでいるように寝息を立てている。
難関その2は、部屋が狭くて俺の移動がままならないことだ。
建物自体は致命的に狭くはないのだけれども、郵便局時代のカウンターがそのまま残っていて、それがベルリンの壁みたいに俺の移動を阻んでいた。
急遽荷物をどかしてもらい、その荷物をどかすためにまた違う荷物をどかす作業を俺も手伝って、ようやく俺が腰を下ろせるぐらいの居場所ができた。
この鎧は、立ちっぱなしで疲れるということはなく、むしろ座ろうとするとかえってめんどうくさい。体が重いし、足の可動範囲が限定されるせいで、手をつきながらじゃないと座れない。しかも立ち上がるのがめんどうくさいと来ている。
だがツバメは腰かけてくれるよう頼んできた。
「いろいろ調べたいから」と彼女は笑顔。
ははん、俺を呼んだのは、技術者としての関心が先行していたかららしい。
まずいことに、腰かけるときに床をちょっと割ってしまった。ツバメの表情も「ぴしり」となったけど、その彼女が座るよう言ったのだから文句はなかった。ただ、
「この床、あなたの時代からの古いものだから、ちょっと気を使ってね」と釘を刺してきた。
俺を座らせると、あちこちをメジャーとわかる道具で計り始めた。頭や胴体、足と足回り、そして俺自身の身長も聞いてきた。
「173センチ」俺は答える。「1メートル73センチとも言う」
「ちょっと待って。『早見表』があるから」
紙の束から冊子を取り出す。古代の「cm・m」単位を、現代の「キュビット」単位に変換する表のようだ。
「うん。あなたは3.84キュビットだよ」
「へえ~」え~と、1キュビットを割り出すには逆算すればいいから、173÷3.84だから・・・ はあ、だめだ、電卓が欲しい。あるいはパソコンの電卓機能が。
「そろばんならあるよ?」ツバメがノートパソコンぐらいの大きさのやつをとりだす。いったい何桁まで計算できるんだ?
「いや、無理だ」答えはゼロ桁だ。「俺、そろばん触ったこともない」
そろばんを取り出した道具箱の上、ちょうど、俺の目線の先に肖像画が立ててあるのに気がついた。
ツバメと、カトレアと、俺に目つきが似ている長い耳の男だ。三人の距離は近い。
「これ、お兄さん?」
「うん、似てるでしょ?」ツバメが嬉しそうに言った。似ていると言われれば似ているが、そうでもないといわれればまあ納得する、そんなぐらいの間柄だが・・・
「ああ、似ているな」俺だって、このぐらいの空気の読み方はする男だ。
「そういえばツバメ、古代人に来てもらったんだから、アレを読んでもらえば?」
カトレアが、サビが浮いた上から塗装したけどまたサビが染み出してきたような金属製の箱を指差す。「マステドウ先生にせがまれても、渡さなかったんだろ?」
「あなた、文字は読める?」ツバメがたずねてくる。
「この世界の文字は無理だぞ」
「違うよ。あなたの時代の言葉だよ」
もちろん読めるが。
とゆうかマステドウといい、この時代では古代人に古代語が読めるか読めないか聞くのが普通なのか? SNSやってるか否か聞くみたいに。
金属の箱の中身は、さらに防水性のシートにくるまれていて、大切なものであることがうかがわれた。
「普段は、『虫干し』の日にしか表に出さないんだけど」
シートの中に入っていたのは、郵便局にあるのにふさわしいものだった。
「『ご当選おめでとうございます』」俺は出てきたハガキを、一つ一つ読んでいた。「『あなたに300ポイントがあたりました。期間以内に当店でお買い物いただければ、さらなるポイントアップが・・・』 これ以上は虫に喰われていて読めないな」
「それも、ポイントっていう空想上のお金で客を誘って品物を買わせようっていうハガキ?」カトレアが適切だけど容赦ない物言いをする。
「まあ、そうだな」
「次も読んで」ツバメがせがむ。さっきからずっとこの調子だ。
「『この度は2022年度春の・・・ 秋葉原店の〈ビシっと模型コンテスト〉にご応募ありがとうございました。秋にも開催予定ですので、ふるってご参加ください。次回も参加賞を用意しております・・・』 これはたぶん、プラモデルのコンテスト関係のハガキだな」
「プラモデルってなに?」長耳の少女が興味心身に聞く。「それはプラスチックでできてるの?」
「ああ、プラスチックでできた車や船や飛行機のことだよ」
「なんだよ、あんたらの時代だって、兵器をプラスチックで作ってたんじゃないか」カトレアがどこか「してやったり」の顔。「アタシらのナギナタのこと、非難できないな」
カトレアの頭の中じゃ、乗り物はみんな兵器らしい。「違う違う、ようは、組み立て式のおもちゃのことだ」
「ねえ、ラブレターはないの?」ツバメが少女にしかできないような顔を向けてくる。「恋人でも、夫婦でも!」
「う~ん、俺らの時代、すでにSNSやメールが主流だったらなあ」手紙で愛を語り合うなんて、親の世代か、ヘタしたらじいちゃんばあちゃんの背代だ。
明らかに、携帯電話使用料の払い込み用紙や店のダイレクトメールでもない、封筒が見つかった。宛名も送り人の住所氏名もすっかり消えているが、丈夫な封筒だったのが幸いして中身は密封された状態で時の流れを耐えた。
「でも、これ、開けていいのかな?」考古学的な価値とかを考えたら、正倉院の宝みたいに、門外不出開封厳禁とかに指定されるべきシロモノじゃないのか? なんてったって一万二千年前の手紙だ。
「うーん」ツバメが、これまたこの年頃の少女にしかできないあごを押さえて体をすくめる仕草をする。「でも、わたし、中みたいな」
「なあ、これ、中になにか入ってるよ?」カトレアが目ざとく、小さなふくらみを見つけた。「大きさから考えて、イヤリングじゃないかな」
「イヤリング? 恋人への贈り物?」ツバメが飛躍に近い早合点。「うん、やっぱり見よう!」
「よし」カトレアが爪を立て、カミソリのように封を切る。そのままツバメの手の上にひっくり返す。
「・・・なんか、ネズミのウンコみたいなのが出てきたな」カトレアが情緒のカケラもなく、女子らしくもない発言をした。「古代の人は、ネズミの落し物を何個も送る習慣があったのかい?」
「違う。そりゃ・・・」目を細めて確認して、結論する。ものは3粒。
「ヒマワリっていう花の種だ」
「花? 恋人に贈った?」ツバメの早合点が暴走気味だ。
「いや、種だから、違うと思う」
「手紙も読んで」ツバメが同封されていた紙をいそいそと丁寧に広げ、俺に差し出した。
「『スノーフレイク様へ』それは奇跡的にほとんどかすれずに残っている、少女の文字だった。「『あなたの兄がめずらしい植物の種を集めていると聞いて、これを送ります。ぱっと見は珍しくないかもだけど、土壌の汚染を浄化する作用のあるヒマワリです。汚れたところに植えてみてください』」
「なんだか、想像力をかきたてられるね・・・」カトレアが目を細める。「きっと、この二人は友だち同士で、贈り物を贈りあう仲だったんだろうな」
「わたしとカトレアみたいだね」ツバメが人懐っこい笑みを見せる。俺に向けてくれたものじゃないけど、心は和む。
「うん。この場合、送り主はアタシだね。ツバメには兄がいるからね」カトレアが、なぜかもの欲しげに指をくわえた。「ところで、この種って食えるのかな」
「え・・・」その発想はなかった! 「いや、食えないと思うぞ」
「食べれる、食べれないじゃない。食べてみるんだよ」カトレアがかっこいいように見えて実はそうでもないことを口走り、あんぐり口を開いた。ツバメは食い意地を張った親友の不意の動きに固まっている。――その顔にははっきり、「それを食べないで欲しい」と書いてある。カトレアはそれに気づかない。ははあん、どうやら、食い意地で空気が読めなくなる女だな!
ぴん、と、人間に戻っている親指でタネを弾いて宙に飛ばす。着地点は当然口の中。
俺は腕を伸ばして、タネを掬って救った。長い腕が幸いした。
「あん? 〈アカギのカトレア〉のおやつの邪魔をした?」ちょっと巻き舌気味で、妙な二つ名を披露する。そんなことでキレるなよ。
「いや、喰うのはやめとけよ」腹ペコドラゴンから、タネを守るに理由を考える。とっさに思いつく。
「植えたら、生えてくるかもしれないぞ」
実際、生えてくる可能性はほぼないだろうなとは思っていた。
俺らの時代に、千年たってから発芽したハスの種の話があったけど、これはその12倍だ。それも、1000年という長い年月の12倍だ。
だがツバメは楽しそうに庭先に植えていたし、カトレアもまんざらではなさそうだった。
「花、いっぱい咲くといいね!」長耳の少女が耳を震わせる。
「ああ。タネがいっぱい取れるといいな!」竜人の少女がにんまりとした笑みを浮かべる。
このように、同じ「タネを植える」という行為にも、それぞれ微妙な想いの違いがあるのである。
土をかぶせたころには、夕方になっていた。ものすごくはっきりとした夕焼けで、まるでぴかぴかに磨き上げられた果物のようだった。そのまま家に残るツバメに「また明日」と別れを告げて、カトレアと共に歩く。ご神体として神社に戻る俺に、付き合ってくれるそうだ。
ビルとビルの間にかかるつり橋の上を、昨日と同じように、人間と長耳族、竜人の混じった子どもたちが駆けていく。
カトレアが手を振った。
「ほら、あそこにいるの、訓練であんたにナギナタをぶつけた女の子だよ」
俺も手を振った。腕が夕日できらきら光った。
カトレアは続ける。
「覚えてないかもしれないけど、あの子はあんたが、イリョクテイサツに来た神ナズの戦車をやっつけたときも、すぐ近くにいたんだ。『命を助けてもらった』ってすごい感謝してたよ」
「あの園児服の集団の中にいたのか?」胸糞悪い出来事だった。「どうして幼稚園の制服なんか着せてるんだ? 見てて気分が悪いし、サイズが明らかにあってないだろう」
「そりゃ、まとまった数が発掘されたからさ。ほら、軍隊って、服装を統一しなきゃいけないだろ?」
つり橋の上の竜人の少女が、隣の人間の少年に手をとられて駆けていった。
「そういえば、人間と長耳族、あるいは長耳族と竜人のカップルなんてものは、あるのか?」ふと疑問に思う。
「いるよ。むしろ、多いくらいさ。――ただ、種族が違うと子どもが生まれにくいから、フウフにまではなかなかならないけど」
そろそろビルが風で鳴り始めている。ここ二日でなんとか安定した俺の歩みが、規則正しい音を立てる。
神社が見えてきた。
「じゃあ」拝殿の入り口の前で、カトレアはたちどまる。俺はもう建物に入っている。
「俺、この神社の夜を独りで過ごすの、とんでもなく嫌なんだけどな」
「我慢しろよ」
「いろいろヤなこと考えちゃうんだ」
「どんなこと?」
「俺が殺されたり、カトレアやツバメが殺されたり・・・」
「へえ、心配してくれてるんだ」片方のまゆを上げた。「でも、アタシに言わせれば自分の心配だけをしておくべきだね。あんたはまだ、この世界で歩き始めたばかりなんだ」
カトレアが腕を上げる。別れの時に腕を上げる仕草は、一万二千年たっても変わらない。
扉がゆっくりと閉まり、光りが徐々に細くなり、やがて閉じられる。やはり鍵がかけられた。
俺は重い体をゆっくりゆっくり動かし、奉られる位置に着いた。腰を下ろすという、今日最後の運動に取りかかる。
鎧の足を伸ばすように座ると、自分の足は鎧の足の付け根部分に引っかかって伸ばしきることができない。少しひざを曲げなければならなくなる。本当に足を伸ばしきりたければ、立たなければならない。疲れを知らない体だけど、やっぱり精神的には、足を伸ばして座る体勢が恋しくなる。
座り終わると、そのまま俺は目を閉じ、悪夢に備える。
夜、うとうととしていた俺は、物音で目を覚ました。
天井裏から聞こえる。
「ネズミか?」それにしてはでかい。静かに動いているものの、たぶん、俺の時代にあったテーマパークのネズミぐらいの体長はあるんじゃなかろうか?
夜に月明かりにほんのり照らされたマリア様の顔はとんでもなく不気味だ。木魚さえふくれあがった影を落としていて、まるでRPGで人を丸呑みにするモンスターだ。
「よっ」と、天井から何かが降りてきた。俺の足のひっかき傷が残る畳の上に着地するとき、こうもりのような翼が広げられたのがわかった。
格子からさしこむ星々の明かりの下で立ち上がったのは、、カトレアだった。
「え・・・ どうして・・・」こんな夜更けに。それにここは人間以外、夜は立ち入り禁止では?
「せっかくだから、本当に『バチ』とやらがあたるかどうか試してみようと思ってさ」カトレアは俺の考えを読んだらしく、そう答えた。
「それに、不安におののくあんたが哀れになってね」微妙に腹立つ軽口だ。だから俺は切り返してやる。
「もしかして、俺に気があるとか?」
ガン、と、足蹴にされた。鎧に守られた俺がゆらゆら揺れる。
いや、でも、俺は安心した。こうゆう軽口が、まだこの世界でも通用するんだって。
カトレアは横に腰かけた。
「それにしても、横に並ぶとあんたでかいな」
「望まない大きさだよまったく」
「いや、でも、上の乗ったら眺め良さそうだな」
「今度、乗ってみるか? 俺は別にかまわないが」
「いんや」顔を振ったとき、星明りが当たる顔の影が強調された。「あんたの上は、ツバメのお気に入りの場所だ」
それから、しばらくは二人とも無言だった。
「なあ、二つめの月を見てみたくないか?」カトレアが思わぬ提案をした。
「月は一つしかないものと心得てるが」
「あんたの常識ではね」竜人の少女は立ち上がる。すぐ横の格子のところに立ち、顔ぐらいのサイズの鏡を取り出した。
「あんたは動けないだろうから、持ってきた」
鏡は夜空を映す。
そこには、見慣れた丸い月と、それより小さいがコンペイトウのような形をした黄色い物体が、映っていた。
「・・・それ、空にあるのか?」
「空にあって、地球の周りを回っている。人減戦争で破壊されたジンコウエイセイを『掃除』するための、ジンコウエイセイだそうだ」
途方もない話だ。
「なんでも、マステドウ先生のひいじいちゃんの頃は、この『月』はもっと小さかったらしいんだけど、年々少しずつ大きくなっているらしい。ゴミを、どんどん取り込んでいるんだそうだ」
「すごいな。そのうち、月と同じ大きさに見えるようになるかもな」
「その時は、ヒト族全体が滅ぶだろうって、学者たちは推測している。――あの月は、すでに独自の重力を発生させているから、その重力で地球は自転がおかしくなって生物が住めない環境になるだろうってさ」
「・・・・・・」赤い糸でからまれて固定された腕を、思わず何度もよじるような感情が起こった。
戦争に、氷河期に、蛮族。例えそれらから生き延びても、月が膨れるのは止まらない。俺の生きていた頃、未来はバラ色とはとても言えなかったけど、それでもここまでひどくはなかった。
「俺は、今みたいな未来は嫌だ」
「でも、現実、なんだよ。アタシにとっても、あんたにとっても」
もうしまっていいか? と聞いてきたので、俺は早くしまってくれ、と急かした。幻想的な光景だが、聞いてしまえば恐ろしさしかない。
またカトレアは、隣に腰かける。
「少し昔話をしていいか?」カトレアが、ツバメみたいに遠慮がちに聞いてきた。
俺はピンと来た。「今夜は、その話をしにきたんじゃないか?」
カトレアは素直に「うん」とうなずくと、ぽつぽつと話し始めた。
それは、ツバメの兄の話だった。
ツバメの兄とカトレアの出会いは、今から半年ほど前、カトレアの故郷だった「アカギ」の攻防戦までさかのぼる。
その高山地帯は、トウの首都から歩いて三日ほどの位置にあるということもあってお互い多くの兵隊を送り、激戦地となった。
「ひどい戦場だった」カトレアが細目でそのときを思い返す。「そもそも神ナズの連中が、なんでそこに目をつけたと思う? ・・・カンポウ薬の材料を取るためさ」
カトレアは自分の角と、そして背中を指さした。そして翼をピンと張った。
「あいつら竜人の角と翼がカンポウ薬になると信じて、少数民族のアタシらを狩りまくったのさ。生きたまま翼を切り取って、用済みの胴体はその辺に転がして死ぬに任せておくんだ」
人工の月がきれいな晩のことさ、と彼女は続けた。
「何人も相手を殺していたアタシも、とうとう疲れて捕まった。それで広場まで引っぱられた。そこに転がる友だちのほとんどは、死んだか死にかけだった」
振り下ろされた斧が月の光を弾いていて、今でも夢に見るほど怖い思い出になったと、少数民族の少女は語った。
そんな間一髪のところで、助けてくれたのがツバメの兄だったそうだ。
「アイツは首都から応援に来た〈魔術士〉の一人だった。『先祖返り』を起こしたエルフで、雪の剣を作ったり氷の矢を飛ばせたりした」
俺は魔術について少し知りたいと思ったけど、カトレアはもっと思い出を語りたそうだった。
「竜人は義理堅い。恩も仇も必ず返す。お礼に何が欲しいかと聞いたら、笑いながら『僕の彼女になってほしい』と来た。性格のいい妹と違って、キザな野郎だったんだ」
もちろんその後も、キスもしなかったけど、とカトレアは言い足した。
「でもさ、アタシもさ、まんざらでもなかったんだよ。あんたたち古代人の感覚ではどうか知らないけど、アタシらはけっこう簡単にエッチするんだ。今の時代、いつ死ぬかわからないからね。アタシだって女だから、子どもの一人は残したいじゃん。だから、アイツならいいかなって思ったんだ」
「神ナズを撃退したら、ツレアイになろうって約束したんだ」彼女は静かに言った。
「でもね、首都防衛戦が始まって数日目に、神ナズは発掘したばかりのドローンとフィフス・ポッドを戦場に繰り出してきた。アタシは、どっちも始めて見るから、どうしたらいいかわからなくて・・・」
彼は、アタシを守って死んじゃった、と彼女は顔を伏せた。
「ねえ、どうしたらいいと思う? アタシは彼に何もあげられなかった。教えてよ、彼に似た古代の人」
カトレアは正面に立って、俺の鎧を押すように触れた。白い指がはりついた。
俺は重荷を担がされた気分だった。こうゆうときは男らしく、そして「当意即妙」に返答すべきだとはわかっているけど、あいにく俺はこうゆう気づかいにはてんで頭が回らない。
黙っていると、以前見た緑の過去が、あたりに沸いてきたので、思わず体を強ばらせた。
それは、明確だけどおぼろなヒトの形だった。スーツ、私服、学生服、俺のよく知る服を着た人々が、駅前で急いでいるように歩いている。服のシワまで見えるのに、輪郭は定かでない。
「おかしい、新月でも、第二新月でもないのに」カトレアは不安げに辺りを見回す。「そうか。あんた、もしかして昔生きていた頃、霊感があるとかそういうことなかった?」
「いや、俺はまったく『見えない』人だけど」
「この緑、感受性の強い古代人の近くだと、よく発生するんだよ。まるで何かメッセージがあるみたいにね」
「俺にしてやれることは何もないぞ」
「たぶん、忘れないで欲しいんだよ。自分達の、存在を」
「ツバメを、大事にする」俺は相談するカトレア自体から、ヒントを得た。「そして二人で、そのアニキのことを忘れない。そいつは、死んじまったかもしれないけど、カトレアやツバメの中で思い出は残っているはずだ。古代の言い回しに、こんなのがあった。――記憶に残っている限り、人は不死だ」
カトレアは、半泣きの目を丸くした。そして言った。
「あんたに相談した良かったよ」心の底からの、笑顔に見えた。「実はあいつも、『忘れないことが供養になる』って、友だちを殺されたアタシにいったことがあったんだ」
アタシって、けっこう男を見る目あるかもね、と小さくつぶやいた。俺は聞き流した。
だってそうだろう? ここでどんな声を上げたって、自慢がふくまれてしまうのだから。
緑の過去は、もはや怖いものではなくなっていた。




