第七話 依頼
この学校は長方形で端から端までが2km以上あり東西に伸びている。
端から約1km地点に学習棟が建ち、東に高等部の実習棟、西に中等部の実習棟が建つ。
学習棟を除くと中央から救護科、整備科、普通科、特別科が建ち並ぶ。
実習棟に移動時は自動車を使用することもある。そのため、校舎前には車道も整備されている。そして学習棟の昇降口から校門までは直進でここも整備されている。上から見るとTの字になっている。
校門からの一本道の脇には内側から、庭、グラウンドがいくつか、車庫、火薬庫がある。
車道脇のいくつかの桜の木の花びらが散ってから一ヶ月近くが経ち、GWも終わり新しい月に移り変わった。ちなみに香奈は準備があるとかなんとかで俺の家には居たり居なかったりで忙しかったらしい。千夜は千夜で友達と用事で居なかった。家に1人だけという時間が長く日頃の疲れを取るにはもってこいだった。
まあ、そういうこともあり今の俺は超元気、医者が困るほど。この状態が一ヶ月ほどは続く・・・・・・・
「今日から3日以内にグループを作ってもらいます」・・・・・・と思っていた。はぁ。月曜の朝礼でそんな事言われたら、今日一日やる気でねぇ。
この学校にはいくつかの年中行事があるがそのうちの1つが今回のこれだ。俺の溜め息の原因でもある。
『外部特別教育』、3~5人のグループでどこかの会社のお偉いさんを警護する。他にも色々あるが、これが一番多い。俺も去年は警護だった。一日中、いやその期間中ずっと集中していなければいけない。それは想像以上にきつかった。
「よっこいせ」
どかっ!と俺の机に座り込んできたのは明だった。こいつオヤジかよ。
「そういえば先生が呼んでたよ」
ハルもいつものことのように近くに来た。
「分かった」
先生がいるか見渡すとニコニコ顔で俺を見ている香奈の顔が視界の端に映った。
「あ、香奈さんも」
嫌な予感しかしない。
差し込む光もうっすらと赤みがかってきた放課後、俺と香奈は談話室に来ている。書類が何枚か置いてある机を挟んでソファに座っているのは1B(1年Bクラス)の担任である『井上 恵』はミディアムと呼ばれる髪型で美人教師だ。正直困る。
でも未婚者という残念そうなこの現実。まあ、大体分かる。たぶんあの瞳が原因だろう。思っていることとか全て見透かされるような気がするもんな。
そんなことは置いといて本題だ。
「先生、なんで俺たち呼ばれたんですか」
「目上の人に『俺』はよろしくないよ」
あ、やべ怒らせた。ここの教師になるぐらいだから普通なわけがない。こういう時は素直に謝るのが吉。
「すいません、以後気をつけます」
「先生、そろそろ本題に・・・・・・」
俺と先生が茶番じみた会話をしたからなのか急かすように本題に入ろうとする。
「実は先日連絡があり香奈さんに今度の会談に出席しろとの事です」
ん、俺関係あるか、それ。
「ちなみに誰からの連絡なんですか」
「もちろん枝木澤さんのお父様からです」
「それがどういう会談か分かんないですけど、ぉ、じゃなくて僕関係あるんですか」
「六東君には依頼が来ています」
「ま、まさか」
ちょっと待てよ!待て待て!
「枝木澤さんの警護をしてもらいます」
最悪だ!これは絶対に断るべき依頼だ。警護対象が香奈なのが一番の問題だ。自分より強い者を警護することは普通ありえない。警護対象者は不安になってストレスを感じる場合もあるからだ。
「ついでにこれは決定事項です」
「先生は僕の実力を知っていて言ってるんですか」
「知っています、そしてこれは枝木澤さんのお父様からの依頼です」
おじさんからの依頼かよ。断りに断れねえ、それにおじさんからの依頼だしな。
「はあー・・・・・・分かりました。その依頼、受けます」
まあ、香奈も知っている奴に警護される方が安心するか。
「それでは決定ですね。3人警護をつけて欲しいとの事なので残り2人はこちらで決めさせてもらいます」
残り2人・・・・・・か、この2人がエリートだと安心できるが・・・・・・どうかなあ。
「その2人はもう決めているんですか」
俺の考えを読み取ったのかはたまたは自分のみを案じてか香奈が尋ねる。
「普通科、特別科の2年のトップ・・・・・・」
普通科トップはたしか・・・・・・Aクラスの『黒目 槍蛇』だったか。そして、特別科トップは・・・・・・誰だっけ。特別科とあまり接点がないからな。
「それが無理なら中等部から、かな」
「ちゅっ、中等部!」
嘘だろ、経験豊富とは言えない中等部の生徒で香奈を警護するきか!
「桜君、落ち着いて」
「でも、これは、さすがに」
「言いたいことは分かるけど、先生もプロだから考えなしに言ってるとは思えないから。そうですよね、先生」
そう言われて先生は少し口角を上げたようにも見える。
「経験達者な2人のうち1人は2人も知っている生徒です」
中等部で俺と香奈が知っている生徒?あっ、まさか。
「六東 千夜さんですね」
香奈がすかさず答える。
やっぱり俺の妹か。確かに千代は警護を何回もこなしている実力者だ。世界ランキングも高いしな。
「ええ、彼女なら中等部でも実力は申し分ないですから。もう1人は彼女のパートナーの子です。彼女の実力も折紙付きです。まあ、高等部の2人が駄目だったらですけどね」
俺としては高等部の2人が良いけどな。
まあ、どちらにせよ俺がやることは変わらないけどな。
「それでは、話は終わりです。退室してもよろしいですよ」
「それでは失礼します」
「私も失礼します」
ふかふかのソファからケツを離し、退室しようと扉に向かう。
「六東君」
「はい!」
急に名前を呼ばれたもんだから少し声を張ってしまった。
「先生は・・・・・・」
先生は続きを言おうとしてかぶりを振る。
「私はあなたの実力を本当の意味で分かっています」
「はあ」
「なので遠距離からの警護をしてもらいます」
遠距離・・・・・・まさか。
「狙撃手をしてもらいます」
「ちょっ、ちょっと待って下さい。スナイパーはもっと周りが見えて状況判断ができて、冷静で殺傷可能範囲が広い奴がやるべきです。俺には・・・・・・無理です」
先生は机の上に置いてあるいくつかの書類の一番下から引き出し、言った。いや、読み上げた。
「昨年の殺傷可能範囲は820m、今年の四月時点での記録は1572m」
この記録は四月時点での実力を見るための記録会でのものだ。記録会は始業式の放課後に行われる。
1500m以上は凄いかも知れないが、この学校ではもっと上がいる。
俺がそんな記録では役立たずだと言おうとした時。
「そして、GW最終日の記録2365m。この記録は努力の証です。私が根拠も無しにやれるなんか言いません。もう一度言います」
先生は一拍置いてから、射るように見据えこう言った。
「私はあなたの実力を本当の意味で分かっています」
その言葉が本心だと分かるほど真剣な眼差しだった。
「先生は・・・・・・見てたんですか」
「はい。六東君が学校に来て屋上で練習をしていたのを見ていました。実習棟の端から端の狙撃は静物でも難しいです。それをこの連休中にやってのけたのは素晴らしいと思います」
俺がGW中に練習したのは人に見られる可能性が低く、暇だったからだ。その練習が上手くいったと思う。
「先生は今回のこの役目は六東君が適任だと思います。引き受けてくれますね」
う~ん。断る理由も無くなってしまった訳だしな。そこまで言われてはやるしかないな。
「分かりました。全力でその依頼、勤めさせてもらいます」
「うん。いい面構えになった。もう日没です。帰宅して良いですよ」
先生は安心したように微笑んだ。
「はい、失礼しました」
俺はそう言い談話室の扉を開け入室したときよりも暗くなった廊下に出る。
「少し長話になった、すまん」
扉の横で待っていた香奈に向かって、一言誤る、一応。
「ううん、誤らないでください。私のことで長話になってしまったなら私が誤るべきです。・・・・・・時間を取らせてすみません」
香奈が高校生ではなく一企業の社長代理として接してくる。
「いや、気にしてない。それと・・・・・・俺にはその接し方はやめてくれ。俺の同級生として接してくれ。こっちの気が滅入る」
「それでも、警護してもらうのに同級生として接するのは失礼だと思うから・・・・・・」
これだから女は苦手だ。上目遣いで、こんな風に言われたら強くは言えない。
「分かった分かった。分かったから、そろそろ帰るぞ」
そう言いながら少し廊下を歩き俺は半ば強引に話を切って、帰路に着こうとする。まあ、外もそれなりに暗くなってきたしな。
「うん、そうだね」
香奈は女子高生らしく明るい笑顔で返事して俺の横に来た。その頬は、夕日に照らされてか少し紅潮していた。