第二六話 集卓II
「六東せんぱいいらっしゃいますか?」
「あそこにいるよ」
授業の合間に教室が少しざわついたので入り口を見ると、俺のクラスに吹蓮が訪ねてきた。
「おいおい、また六東だよ」
「なんであいつばっか」
「そこまでイケメンって訳でもないのによー」
「枝木澤さんにあいつの妹にこの子とあと最近見ないけどもう一人いたなぁ」
「その中に本命がいるんだろうなぁ」
なにを勘違いしているのか知らないが、俺には全くその気はない。
「せ、六東せんぱい。その、先に帰ってしまってすいませんでした!」
「あぁ、そのことか。それなら別に何とも思ってないし、やることはやったしな」
「そ、それでも! 何かお詫びさせてください!」
ビックリした! 吹蓮が急に机に勢い良く手をつくもんだから。
「なにもそこまでしなくてもいい、と思うぞ」
「いいえ! これはしなくちゃいけないことなんです!」
「は、はい」
あまりにも圧というか勢いといか、凄すぎて敬語になってしまった。隣の席の香奈もビックリだ。
吹蓮にとって先に帰ってしまったことが相当心にきたんだろう。それならしょうがないか。
「そこまで言うなら・・・・・・、分かった」
「ありがとうございます! (やった!)」
腰の横で小さくガッツポーズをしているがなにに喜んでいるのやら。そんなたいしたことたでもないのに。
寒っ!?
と思ったら横からすごい殺気を感じる。外でも鳥が一斉に飛び立って行った。
「お、俺トイレ行ってくる」
と誰かが言ったと思うと皆一斉に俺も私もと言って教室から出た行った。今なら百獣の王でも逃げ出すな。現在教室にいるのは机につっぷして呑気に寝ている明と教室の隅で怯えながら俺を心配しているようなハルとこの異様な光景にした当事者である香奈とその香奈の逆鱗に触れるようなことをしてしまった吹蓮となぜか俺。こんな状況下で寝れる明は頭がおかしいな。
「私飲み物買ってきます」
と言い香奈が教室から出て行った。教室の扉近くでこちらを睨んだのは見なかったことにしておこう。
「あ、そろそろ授業が・・・・・・」
俺も時計を見るともう1、2分で授業が始まろうとしていた。
香奈、飲み物買いに行ったけど時間だいじょぶか?
「じゃあ、六東せんぱい約束守ってくださいよ」
「心配するな。約束は約束だ」
「ふふ。失礼しました」
またしてやられた。急に可愛く笑うもんだからついドキッとしてしまう。
吹蓮とすれ違うようにしてクラスメイトが慌てた様子で入ってくるが必ずと言っていいほど香奈の席を確認し安心してから教室に入ってくる。まるで戦車があるかないかを確認しているぐらいの怯えようだ。
結局、香奈は授業には間に合ったが飲み物など買ってきたようには見えなかった。まず、財布が机の横に引っ掛けてあるカバンの中に入っているので買えるはずがない。何しに行ったんだ。
「また、明日な」「バイバーイ」「じゃあね〜」「この後どっか寄る?」「あ、今日は無理。またこんどな」
教室内が騒がしくなる。
やっと、終わった。でも今日の放課後は報告があったな。
吹蓮が教室に来てからというもの香奈ははたからみても機嫌を損ねていた。そんな香奈を千夜と吹蓮の前に連れて行くのは気が引ける。報告は明日でもいいんじゃないかな?
「桜くん」
「は、はいっ!?」
「今日は下見の報告だよね」
「そ、そうです」
「大事な報告会だからそろそろ行こう」
会と言うほどでもないけどな。
「そうだな、早くいかないと千夜たちが来るからな」
廊下を歩いている間の香奈はご機嫌だ。5、6時限で何かいいことでもあったのか?
まあ、ご機嫌になってくれたなら俺としては助かる。香奈のご機嫌取りにどれほど俺の体力が持っていかれることか。あっち行ったりこっち行ったりと四六時中付き合わされた。
だが今日は違う。勝手に一人でご機嫌になってくれた。これほど楽なことはない。やはり神はいたんだな。
「まだ誰も来てないな」
ドアノブを回し扉を押してみるがガチャガチャと音を立てるだけで開かない。まだ千夜たちは来てないみたいだ。
「職員室から鍵とって来るから千夜たちが来たらそう言ってくれ」
「うん」
「失礼しました」
鍵も取ったしさっさと行くか、香奈たちを待たせるわけにはいかないしな。
トン
職員室を出たところで誰かと軽くぶつかってしまった。
謝ろうと顔を確認するとそいつは見覚えがある少しパーマがかかった髪、どちらかと言えば切れ長の目。身長は俺と変わらない。体格はガチってしているというほどいい体ではない。どちらかというと細く見える。聞いた話では力はあるらしい、つまり細マッチョっていうやつだ。普通科2年なら誰でも知っている有名人、黒目槍蛇だ。
「すまん」
「いえ、いえ、ちゃんと注意してなかった僕が悪いです。六東君が謝ることではないですよ」
このとおり黒目槍蛇はとても性格がいい。
「ん、六東?」
何で俺の名前知ってんだ。俺が黒目槍蛇のことを知ってるのはしょうがないが、黒目槍蛇が俺のことを知っている道理がない。
俺の成績はそこまで良くないし注目されるようなミスも犯していない。
それなのにこいつは俺の名前を知っていた。
「君は有名人だからね」
「俺が!?」
「君は複数人の女をたぶらかしている、って有名だよ。それも誰もが認める美女たちみたいだね」
俺、この学校でどんな噂流されてんだよ。何、俺に恨みを持っているやつがいるのか。
転校しようかなあ・・・・・・
「そんなことより時間は大丈夫? その鍵は談話室のものだよね? 誰か待たせているんじゃあ・・・・・・」
「あ!! やべ、香奈のことすっかり忘れてた。じゃあ、俺はそろそろ・・・・・・、ごめんな。ぶつかって」
俺はできるだけ速く職員室から逃げるように全力疾走する。香奈がまだご機嫌でありますように。
「本当に桜くんは鈍感だから」
「そうです、あのお兄ちゃんは本当に・・・・・・」
「全然気付いてくれないです、私の気持ち・・・・・・」
「何に気付いてないって?」
ーーービク!
香奈、千夜、吹蓮、三人揃って体が跳ねる。
なにやら俺の話をしていたみたいだ。悪い噂の原因になりかねないのでここで問い詰めたいところだがそれ以上に大事なことがある。その後でも時間はある。
「実は私が右利きなこと・・・・・・あはは、はは」
「いや、そんなこと知ってるけど」
香奈が右利きなのは見てれば分かることだ。そんなことに気付かないほど俺もバカじゃない。
「そんなくだらないこと言ってないで始めるぞ」
職員室から持ってきた談話室の鍵を開ける。
「ふう、助かった」
何が助かったんだ、千夜。
この前同様の場所に座る。ひとつ気に食わないことがあるとしたら、
「近くないか、香奈」
「そうかな?」
俺の言葉に反応はしたものの全く離れない。俺の肩と香奈の肩の距離15センチあるかないか。
近いよな? どう考えても近いよな。千夜と吹蓮も「え⁉︎」みたいな顔してるけど。
「それでは始めます」
勝手に始めちゃうし。
「あ、は、はい」
千夜と吹蓮、動揺してるじゃん。
こんな状態で進めていいものか。
「とりあえず、桜くん下見の報告を」
「ん」
俺は土曜日の下見で感じたことを時に吹蓮の助言を踏まえつつありのまま伝えた。
「う〜ん」
「なんだよ言いたいことがあるなら言えよ、千夜」
「お兄ちゃんが言うなら・・・・・・。お兄ちゃんとお姉さん近すぎます」
俺も思ってる。
「ここは学校、学び舎です。不純異性交遊はお姉さんでも許しません!」
あ〜、千夜は俺の妹でも優等生だからなぁ。
「やるなら、学校の外でやってください!」
「はあ!? 学校の外でもダメだろ。普通に考えて」
「お兄ちゃんとお姉さんの仲だからそこは、ね・・・・・・」
「何が、ね、だ! 俺と香奈にはそんなことが許される仲ではない! てか、許される仲ってどんな仲だよ!」
「それはもちろんカップルの仲ーーー」
「ひっぱたくぞ」
「六東せんぱい、話が・・・・・・」
「あ、ごめんな、大事な話の腰を折って」
それもすべては千夜のせい。罰として今日の夕飯抜きだな。
咳払いをひとつし気持ちを切り替える。
「俺の位置だが悩んだ結果ここにしようと思う」
俺は香奈に言われた通り市役所の入り口が見える場所にした。だが、異変をいち早く感じるため入り口から角度が少しついたところにあるビルにした。これで入り口も見えるし会議室はほんの少し見える。
「異論は?」
三人とも首を横に降り異論はなさそうだ。
香奈が近いせいで首を振るたびにいい匂い、りんご? の匂いが鼻にくる。
離れてくれると嬉しいです。
「俺からは以上だ」
今日の報告はこんなものだろう。
あとは何かあった場合のシュミレーションを各自でやるだけだ。
どんなことが起きようと俺は冷静を保つ。そして、香奈を守る。
いよいよ無事で終わらない依頼が始まるーーー