第ニ五話 帰宅
「お兄ちゃん部屋にいこうとしてるみたいだけど話はまだ終わってないよ」
「報告することはしたぞ。それに確認したいこともしたし、もう話すことなんてひとつもないぞ」
「本当に?」
「おい!? なに銃抜いてんだ! こっちに向けるな! 引き金に指をかけるな! 香奈も放せ! なんで手錠なんか持ってんだよ!? おい、はずせ! ばか! 何、脚にもしてんだよ!?」
「すいちゃんを『吹蓮』って呼ぶようになったのは?」
「おい、そんなことよりこの手錠はずせ! 眉間に銃口当てるのやめろ! なんでそんなことが気になるんだよ?」
「お兄ちゃん人の名前を呼び捨てにすることが珍しいから」「それも会ってまだ一週間で」
「ただ親交を深めるためだ」
「怪しい・・・・・・」
何が怪しいのやら。
「お兄ちゃんのことだからおめかししてきたすいちゃんにドキッとでもしたんじゃないかなあ」
「し、してない」してないとは言い切れない。本当のことを言ってしまえば、していた。「ドキッとしたから呼び捨てになるのはおかしいだろ」
「すいちゃんに好意を抱かなかったと?」
「ぜんぜん抱いてない」
「本当に?」
「本当に」
「神に誓って」
「俺、神様いないと思ってるから」
「じゃあ、六東の血に誓って」
「・・・・・・少しは抱いたかもな」
「ほらぁ」
「けど、それとこれとはまったく別の話だ。元々俺からそう呼ぼうと思ったわけじゃねぇし」
「じゃあ、すいちゃんが『吹蓮』って読んでほしいって言ったの?」
「ああ」
「ぷふふ、冗談きついよお兄ちゃん。あのすいちゃんが自分からそんなこと言えるわけ無いじゃん。嘘つくならもうちょっと考えた嘘ついたほうがいいよ」
「はぁ、六東の血に誓って本当だ、嘘はついてない」
「・・・・・・、あのすいちゃんがそんなこと言える様な子じゃないし、でも少しでも距離を縮めるためにやったなら考えられなくはない。それでもあのすいちゃんがそんなこというかなあ?」
―――テロリン♪
テーブルの上においてあった千夜の携帯がメッセージを表示する。
「あ、噂をすれば。えーとなになに・・・・・・」
千夜の瞳が上下し文字をを追いかけてる。
「え、へ~。本当なんだ」
吹蓮からのメッセージを香奈にも見せている。
「だからそう言ってるだろ。もう別に良いよな」
「まだ」
「えっ」
「まだだよ、お兄ちゃん」
「これ以上何があるんだよ。もう全部包み隠さず話したぞ」
「じゃあ、単刀直入に聞きます。桜くんは翡翠さんのことが好きなの」
「何でそうなるんだよ。言っただろ、好意抱いたが少しだけって」
「好きではないけど好意は抱いたんだ」
「好意って言っても恋人に抱くようなものじゃなくてどちらかと言うと妹に抱くようなものだ。だからそういう好きじゃない」
「そうなんだ、よかったー」
「じゃあ、私とすいちゃんキャラかぶってるじゃん! むしろ、すいちゃんは後輩っていう立ち位置も持ってるから私よりキャラ濃い! あ~、完全敗北・・・・・・」
「なに言ってんだ、お前」
「こっちの話だから、お兄ちゃんには関係ない」
いや、見てる限りでは関係ありそうなんだが。
「そんなことよりそろそろ放せよ、これ!」
「桜くんは潔白であることが証明されたからもう話してもいいだけど・・・・・・、ほら、ね」
香奈は解放してくれるみたいだが、まだどうしようか迷っているみたいだ。それもそのはず香奈の視線の先を見れば分かる。
「髪形とか変えてイメチェンしようかな、でもこの髪形気に入ってるんだよね。あっ、そうだ。下着をもう少し大人っぽいのにしようかな。でもあんま意味ないかなあ」
千夜がさっきから自問自答を繰り返している。千夜も必死なんだな。何に必死なのか分からないけど。
「あーなった千夜は長いからもう外してくれ」
「でも・・・・・・」
「いいから外せ。聞きたいこともないんだろ」
「あ、・・・・・・」
「ん?」
「ううん、なんでもない」
「じゃあ、外してくれ」
千夜が自問自答している間に香奈が俺にかけた手錠を脚から手という順番で外していく。
「それと夕飯まで部屋にいるから何かあったら呼んでくれ」
「う、うん」
「認めようかな? ダメダメ、それだけは絶対にダメ。それを認める勇気と覚悟がまだ私にない・・・・・・」
長くなりそうだな・・・・・・
「うーん、なかなか決まらないなー」
今日見てきたビルの中から狙撃ポイントとしていいものを探しているんだがなかなか決まらない。
―――コンコン
「桜くん、失礼します」
部屋の扉をノックする音がしたので椅子に座っていた俺は扉のほうに振り向くと香奈が入ってきた。
「もう、ご飯か?」
「ご飯はまだまだだけどそれよりも何してるの?」
「ん、どこにしようかなって」
俺はコピーした地図を香奈にひらひらと見せる。
「狙撃ポイント?」
「うん」
俺の傍まで寄ってきた香奈は俺の上から覗き込むように地図を見た。
「ふーん」
「どっちにしようか迷ってんだ。こっちのビルにすれば方角的に会議室は見えるけど入り口は見えないんだよな。だからと言って入り口が見えるこのビルを選べば会議室が見えないんだよなあ。どっちがいいと思う」
「う~ん、正直なこといえば会議室の方は見えなくてもいいんだよね」
「は?」
「だって、たぶん外からは見えなくするもん」
「あっ、言われてみれば・・・・・・。じゃあ、入り口が見えるほうのビルでいいんだな」
「うん。それと戦力的に会議室の方は心配ないだろうから」
「それもそうだな」
最強の魔術士、特異体質の魔術士。ともに成績優秀。経験不足なのが唯一懸念すべき点だな。それも持ち前の根性とかでどうにかなるだろう。
「やっぱ、困ったことがあれば香奈に相談するのが一番早いな。ありがとう」
「そんな、私しかいないなんて、きゃ」
「いや、そんなこと一言も言ってないんだが・・・・・・、それとその手に持ってるものなんだ」
香奈は手の中に黒い円柱状のものを持っている。
「これはプレゼントです」
「プレゼント?」
「はい。これはただのスコープだよ、高性能なだけの。桜くんのことだからなるべく遠くから見ようとするから普通のものより遠くが見えるようにしてあるから。それでもほんのちょっとだけだよ」
「ありがとうな、いつもいつも。香奈からはずっともらってばかりだな。俺なんてなにもしてやれてないのにな」
「ううん、いいの。私が好きでやってることだから。それでも桜くんがなにかしたいって言ってくれるならもうちょっとしてからでいいの。うん、5年後とか」
「5年後?」
「例えばの話。そんなに真剣に考えないで・・・・・・、やっぱりちょっとは真剣に考えて」
「お、おう」
すごい圧で言ってくるもんだから返事してしまった。
「5年後、22歳か・・・・・・。まったく想像つかないな」
「22歳って事はもう大人だね」
「そうだな。もう5年後、いや、3年後には大人か」
「大人になったら運命の人と歩み子ができ幸せな日常をおくるのかなぁ」
「さあな。けど幸せなことだけじゃないだろうな。つらい事だってあるだろうな。けどそれを越えて成長していき大きい人になる、それが大人なんだろうな」
大きいとは見た目ではなく中身、こころのことだ。だから大人になれるときは人それぞれだ。20歳未満で大人になれるし、40歳すぎても大人になれないかもしれない。死ぬまでなれないかもしれない。けどそれは誰かに決めてもらうようなものではなく自分で決めるものだ。自分が大人なのか、それとも子供なのか。そうやって悩んで生きていくことで人は成長していく。さらにどんな完璧な大人でも悩むこともある、つまり大人だって人として最高点にたどり着くまで通過点にすぎないのだ。
「難しいもんだな。・・・・・・大人って」
「そうだね」
20歳、40歳、60歳になった時俺は自分の事を大人だと言えるのだろうか。言えないだろうな。俺が大人になったと自分で言えばそれは諦めーーー人として成長することを諦めた瞬間だ。
俺はもう諦めることは嫌だ。どんなに壁にぶつかっても、その壁が高くても、硬くても、厚くても。
だから今、この高校生活で俺は大きく成長してみせる。一度諦めた俺でももう一度立ってみせる。誰かの肩を借りずに自分のこの脚で。