第二四話 後輩III
雲ひとつない空に唯一ある太陽が南を通り過ぎ西に傾き始めげんきいっぱいの小学生低学年らしき少年達と行き違いのように公園から出る。
午後することはある程度決まっている。市役所へ行くこと、そして・・・・・・、これだけだな・・・・・・
市役所内に入るのは控えたほうがいい、万が一ということもある。先生が言っていたこともあるし危険が及ぶことは避けたい。
何が起こるかは誰にも分からないからな。それに今回の会議で決まることは日本の治安に直結するようなものでもある、銃の輸入数の増減が関わってくると、一般人はそれでも大丈夫かもしれないがテロリストなどの組織に武器が手に渡る可能性が変わってくる。
正直、もっとちゃんとしたところでやるべきだとは思うが、今回は武特高が近いこともありなんとも言えない。何かあった場合先生達がすぐに駆けつけてくれるはずだ。さすがにこの学校でも学校外で生徒に死なれても困るだろう。まあ、死んだらそこまでのやつだと言って終わりそうでもあるが。
この公園から市役所本庁舎までは徒歩で行けない距離ではない、寄り道もせずに行けばだいたい30分ぐらいだろう。今すぐに市役所へ向かえば2時までに着く。それから外見と周囲を確認すれば終わりだがそんなこと入念にしても3時に終わるぞ。早く帰ってくるなとは言われてないがそれで「じゃあ、バイバイ」となっても切れが悪い。
だが他にすることもない。
悩んでてもしょうがない。
「市役所本庁舎に行くか、美味しいランチも食ったし」
片付けがてきなかったのでせめてもの罪滅ぼしで吹蓮の手作りサンドイッチを褒める。
「そ、そうですね。時間も無限ではなく有限なので、できることは早く終わらせましょう」
本当、この何時間で吹蓮との溝はなくなっと見えるな。よかったよかった、共に依頼をこなすのに仲が悪かったらチームワークなんて、まず無いな。
どんな依頼内容だろうとチームワークは大事だ。そのチーム内で足を引っ張り合っていては話にならない。
今日の、いや、今の吹蓮を見る限り今回の依頼ではそれもなくなったかな。
「じゃあ、気になることがあったら言ってくれ」
公園を出てから30分足らずで市役所本庁舎に着いた。
市役所本庁舎は隣接する建物がなく四方を道路に囲まれており正面入口は東側にある。12階建てとそれなりに高く1・2階は茶色の壁だがそれ以外の階はほとんどがガラス張りとなっている。
今回使用する会議室は10階にある第三会議室だ。第三は他の会議室よりも広いため今回使用されることになった。正直なことを言わせてもらうと市役所はセキュリティが完璧とは言えない(だからこそ選ばれたのもある)。よって警戒を怠るわけにはいかなくなる。
「中に入るわけにもいかないしなぁ、でも会議室の場所ぐらいはさすがに確認しないとなぁ・・・・・・」
「それなら、ここに・・・・・・」
吹蓮がそう言いバッグの中から取り出したクリアファイルの中身はーーー
「あった! これです!」
ーーー市役所の見取り図がプリントされた用紙だった。
「えーと、これを見る限りでは第三会議室はあそこですね」
と言いながら吹蓮が指差したのは俺たちがいる東側の部屋ではなく北側の部屋だった。回り込んで見たが、特に変わったところはなさそうだった。
「さすがにあの高さだからなぁ、中を確認することは無理そうだな」
「位置を確認できただけよかったほうじゃないでしょうか?」
「それでも、中のほうが重要ではある。扉の位置は図で確認できるが、机の並びは自分の目で確認しないと何とも言えない」
些細なことでもチェックしてできるだけ被害を最小限に抑えようとしなくてはならない。香奈たちが安心してストレスなく会議できるような場所を作っていくのも俺たちの仕事だ。
「とりあえず階段、脱出経路ぐらいは確認しとくか」
いち早く安全な場所へ連れていくのも俺たちの仕事でもあるので脱出経路を確認しようと、俺の前方にいる吹蓮の手元を背後から覗き込む。
「階段は近くにあるのか。それなら少し安心だな。逃げている間に・・・・・・、みたいなことがおきなければいいが」と言ったところで気がついた。吹蓮がさっきから微動だにしていない。プリントを持つその小さな手は赤一色へと変わっていた。
まさか! 朝から体調でも悪かったんじゃないか? それならずっと無理をさせていたことになる。
さすがに心配になり吹蓮の顔を覗きこもうと前に回り込み確かめると、耳の先まで紅く染めていた。熱でもあるんじゃないかと掌を吹蓮の額に当てると、鯉が餌を求めるようように口をパクパクと開けたり閉じたりしている。
「アツ! 本当に熱でもあるんじゃないドワァッ!?」
イッテ! 急に吹き飛ばされた。吹蓮が何かしたようには見えなかったが?
体を半分起こすと吹蓮を中心にプリントが散らばっているのが見えた。何の力が働いてこうなったか確かめようと吹蓮を見ると髪やスカートの裾がなびいていた。それは吹蓮の周りに風が吹いていることになる。が今日の風は残念ながら元気が無い。
吹蓮が何かをしたのだろうがそれがまったく分からない。
俺を何らかの力で吹き飛ばした当の本人は口の開閉運動を止め何かに気がついたのかーーー
「わ、わ、私、さきにかえらせていただきますーーー!」
ーーーと言って、ものすごい速さで走っていった。
「結局なんだったんだよ」
―――ってことがあったんだよな」
「はあ、まずどこから説明したらいいんだろう?」
今日あったことを家に帰り千夜に報告してみたのだがこの反応だ。
「とりあえず、お兄ちゃんはもっと周りの人のことをみること」
「いや、ちゃんと見てる。いつナイフで刺されるか分からないからな」
「そういうことじゃなくて・・・・・・、はあ」
「?」
千夜の言いたいことが分からない。けど、ソファに座っている俺の、後ろに立っている香奈がうんうんとうなずいている。分かるなら説明してほしいものだ。
「まず、お兄ちゃんとすいちゃんは今回がはじめましてじゃないから」
「何言ってんだ、吹蓮とは今回の件以外で会ったことは一度も無い。さすがに忘れることも無いだろう、あの髪の色は記憶に残る」
「それでも忘れてるんだから」
「俺もそこまでバカじゃないぞ」
「じゃあ、バカだね」
「ハァ」
「お兄ちゃんが中3になってすぐ、私がこの学校に入学してすぐの頃。ぜんぜん覚えてないの?」
「まったく覚えが無い」
「ほんとうに?」
「あ、ちょっと待てよ、あれかあれ。ほらあれだろ」
「あれあれって言う時は大概分かってない時だよ、お兄ちゃん。・・・・・・あんまり人の過去のことを言うのはきらいなんだけどなぁ・・・・・・すいちゃんはいじめられてたの」
「はあ?」
「すいちゃんはあの髪の色でいじめられてたの」
「今の吹蓮を見る限りそんな感じには見えないけどな」
「それはあの髪に自信を持つことができたからだよ、きっと」
「何かいいことでもあったのか。あ、ありがと」
この話が始まる少し前からコーヒーを入れてくれていた香奈がコーヒーが入ったマグカップを持ってきてくれた。
「はい」
「あ、ありがとうございます。ほんとうに思い出せないの? はあ、助けられたの」
「誰に?」
「ん」
千夜が指差したのは、
「俺!?」
「うん、だから聞いたのに」
「いやーぜんぜん思い出せない」
「そのときは3人ぐらいに絡まれてたみたいだけどお兄ちゃんがその人たちを投げてすいちゃんにこう言ったみたいだよ『きれいな髪だ』って。(助けられてからそんなこと言われたら誰でもおちるだろうなあ。すいちゃんから見たお兄ちゃんは白馬に乗った王子様だったんだろうなあ)」
「ん?」
「何でもない。それで思い出した」
「いや、まったく」
「ほんとうにバカだ」
っく、言い返せない。
「それで、結局俺は何で吹き飛ばされたんだ?」
「あ~それは・・・・・・。お兄ちゃんはすいちゃんが何科か知ってるよね」
「それぐらいは分かる。特別だろ」
「うん。けどすいちゃんは魔銃を使わないの」
「それじゃあ魔術士じゃないだろ」
「それでも一応魔術士なの。すいちゃんは特異体質なの。自分の体内で生成できる魔力はお兄ちゃん以下。けど外部から魔力を受け取ることはできる」
「外部? 人か?」
「ううん、自然。すいちゃんは自然に漂う魔力を使って魔術を使用するの、魔術と言っていいのか分からないけど。すいちゃんにとって自分の魔力は外の魔力と自分とを繋ぐケーブルにすぎない。けど自然の魔力が使えるからって自由ではないの。魔術の系統で言えば風しか使えないから」
「それであの時・・・・・・」
「さすがにお兄ちゃんも気づいたと思うけど話を聞く限り魔術で吹き飛ばされたんだよ」
「それは分かったけど、じゃあなぜ吹き飛ばされたんだ」
「それは・・・・・・、少しは自分で考えたら!」
急になんだよ。かわいくねーな。吹蓮を多少見習え。
まあ、ちょっと予想外なこともあったが下見は上手くいったかな。